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54 リ、リーズデール様? 

「さあ、殿下。少し早いですが――戴冠式の予行演習ですわ」


 そんな風に戯けながら、ローランはそっとレオンハルトの額に両手を添えて試練の証である霊台を押し当てた。


 カチリとした音と共に、簡素なリングがレオンハルトの額に沿って姿を変える。その瞬間、レオンハルトの魔力が霊台へと吸い上げられるのが分かった。


 並行して、ローランの左手と右手から霊台に込められた呪いが奔流となって流れ出す。本来ならばそのまま、レオンハルトのいずれかの手を通じて彼の中へと収まるはずだった呪いは、行き場を見失いそのままローランの中へと戻ってきた。


 戸惑ったようにローランの内で2つの相反する呪いが暴れ狂う。

 その不快な感覚に耐えながらローランはレオンハルトに晴れやかな笑みを向けた。


「よくお似合いですわ、殿下」

「さすがに戴冠は言い過ぎだ。それよりも……大丈夫なのだろうな?」


 一瞬、はにかんだように笑ってみせたレオンハルトだったが、すぐにその笑顔は真剣な表情にとって変わられた。


「ええ。今は互いに喰い合う2匹ヘビのように、互いに食らいついておりますわ。いずれ、そのまま互いに消え去ってしまうでしょう。少し、時間はかかるかもしれませんが」

「そうか。まあ、その間は大人しくしているとしようか」


 第1の試練は突破するよりも、その証を奪う方が容易いというのは帝冠継承候補者にとっては常識と言ってもよい。


 しばらくは油断の出来ない日々が続くだろう。

 もっとも、悪い話ばかりでもない。


「皆さま、てっきり殿下に呪いがかけられているとお考えでしょうね」

「だろうな」


 帝冠継承候補者と命運と共にする筆頭魔術師とはいえ、試練の呪いに関しては蚊帳の外だ。強いて言うならば、その身でもって呪いをかけねばならないという役目はあるが、それはあくまでも燃料の代わりのようなものでしかない。


 それだけに実はローランにこそ、呪いが移っていると考える候補者はいないだろう。そもそも、霊台に宿る皇帝の霊からして、ありえないと叫んだ反則技なのだ。


「魔術師よ。あまり呪いを軽く見るな。その呪いは元々は帝冠継承候補者の運命に干渉しうる力を持つ。己の力を解き放つために、お主の運命に干渉するぐらいはやってのけるぞ?」

「ご忠告、確とこの身に刻みましてございます」


 それでも、やはり呪いは呪い。その力を甘く見るなと諭され、ローランはじっと2人を見つめる皇帝に謝意を示した。


「帝冠継承候補者よ。あれだけ大見得を切ったのじゃ。恥は晒すでないぞ」

「心得てございます」

「では、そろそろ現世に戻るが良い。魔術師よ、また会おうぞ。どういう形になるかはわからぬが」


 皇帝の霊の声に2人揃って、拝跪の礼をとる。

 ヒヤリとした剣の冷たさを肩口に感じたと思ったら、再び目の前の景色が切り替わっていた。


※ ※ ※


「やっと戻りましたか。さすがに待ちくたびれましたよ、2人とも」


 杖にもたれかかり、まるで居眠りでもしているかのような格好で2人を待っていたヒルデガルドは身体をほぐすかのように大きく伸びをしてみせた。


「あわよくば、継天の儀式の終盤には間に合うかと思っていたのですが……もうそんな時間はありませんね」


 異界の時間の流れが現世のそれとはまるで違う、というのは昔話などで良く聞く話だ。たとえば異界の1日が現実では数百年といった具合に。


 ローランの体感としては丸1日ぐらいはあの場に居た気がするので、それから考えればズレはさほど大きくは無い。

 ただ、為すべき事に考えるべきことが多かったローランやレオンハルトと違い、ただ待つだけのヒルデガルドにしてみれば、なかなか忍耐を試される時間だっただろう。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「別にとがめているわけではありませんよ。無事に帝冠継承候補者が証を得て戻った。それが何よりです」


 ヒルデガルドは少し眩しそうにレオンハルトの額に嵌まっている、試練の証である霊台を見つめた。


「継天の儀には間に合いませんでしたが、この後の夜会にならば間に合うでしょう。陛下も今代、初の試練をくぐり抜けた帝冠継承候補者と言葉を交わすのを楽しみにしておられます」

「陛下が、でございますか?」

「ええ。陛下にしてみれば、皇太子を選ぶようなもの。血のつながりはなくとも、帝冠継承候補者は子供のようなものでございましょう」


 だとしたら、随分と過激な子育てだ。

 そんなことを少し皮肉めいた気分で思いながら、ローランはそっと傍らのレオンハルトの様子を盗み見た。

 

「さあ、それでは帝城へと戻りましょう。夜会にまで遅れてしまっては、私が陛下に叱られます」

 

 ヒルデガルドに促されて門をくぐり抜ける。行きはローランが魔力を込める必要があったは帰路はヒルデガルドが簡単な開門の呪文を唱えるだけだった。


 ゴツゴツした足下が磨き抜かれた帝城の大理石へと変わるだけで、ようやく戻ってきたという実感が沸いてくる。


 予想もしなかった結果になってしまったが、ともあれレオンハルトは証を手に入れることに成功した。あとは霊台の皇帝たちに認められるのを待つだけである。


 もっとも、そのためにはローランの内で暴れまわっている呪いを押さえつけ力尽きさせる必要があるわけだが。


 さて、どうやって呪いを押さえつけてくれようかなどと考えていると一歩先を進んでいたレオンハルトの足がピタリと止まった。


「殿下?」


 どうされましたか? と尋ねようとしたローランの口もピタリと止まる。


「レオ。それにローラン。その様子では無事に試練を終えたようですね」


 落ち着いた口ぶりとは裏腹に凄みのある笑顔を浮かべたリーズデールがじっと道を塞いで2人を待ち構えていた。


「お、叔母上? なぜここに?」

「それはもちろん、あなた方の準備を整えるために決まっていますよ。レオ、約束は忘れていませんね? それから、ローランも契約を果たしてもらいますよ?」

「け、契約でございますか? 護衛でしたら、別にこのままでも――」

「お黙りなさい」


 有無を言わさぬ迫力でリーズデールはローランを黙らせると、続けてレオンハルトを厳しく睨みつけた。


「レオ。私は命じましたよ? ローランをエスコートしなさいと。ローラン、貴女には広告塔になってもらうという契約でしたね? 護衛などどうでもよろしい」

「リ、リーズデール様? あくまでも殿下の護衛のための夜会であって、広告塔はおまけと申しますか……」

「お黙りなさい」


 再びローランを黙らせるとパチンと高らかに指を鳴らす。

 その途端、まるでリーズデールの影が分裂したがごとく、どこからともなく侍女達が姿を現した。


「で、殿下? 夜会ですわね? 戦ではございませんわよね?」

「や、夜会だ。間違いないぞ。決闘でも無い」


 1人1人から立ち上る武人のごときオーラにビビりながら、2人して抱き合っていると、そそくさとヒルデガルドが笑顔を浮かべたまま逃げ出していた。


「ヒルデガルド様。この2人は陛下の御前に相応しい装いに仕上げてご覧にいれますわ。どうぞ、お楽しみにお待ちくださいとお伝えくださいまし」

「ええ。楽しみにしております」


 あとに残された2人に侍女達が迫る。


「さあ。試練は終わりました。楽しい楽しい、夜会が始まりますよ。皆の者――やっておしまい!」 



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