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52 私からもご提案をさせてくださいまし、陛下

 目を開けて、最初に見えたのはずっと遠くで蠢く死人の群れだった。


「あれは……殿下?」


 死人達を率いるように、小さな炭火のような光がチロチロと瞬きながらゆっくりと進んでくる。

 その光の正体に気がついたローランは、共に手を重ね試練に挑んだ少年が一足先にそれをくぐり抜けたのだと感じ取った。


(ヒルデガルド様は歴代の皇帝から、呪いと霊台を授かると仰っていましたが)


 果たして、どんな呪いを受けたのだろうか。

 それとも、まだこれからなのだろうか。

 そんなことを思っていると、不意に背後から嗄れた声をかけられた。


「まだ、これからじゃよ。帝冠継承候補者の魔術師よ」


 老いてはいるが張りがある声だった。

 思わず振り向けば、そこには見覚えのある帝冠を被った1人の老人が剣を杖代わりにじっとローランを見つめている。


 霊台に宿るという過去の皇帝たち、そのうちの1人に違い無かった。


 思わず、拝跪して臣下の礼を示そうとすると、皇帝の霊は鷹揚にローランを引き留めた。


「拝跪は良い。すでに儂は皇帝ではないからな。それに異国の者が儂に跪く道理もなかろう。そなたは儂の民では無いからの」


 『この国の民では無い』


 その言葉に不思議な疎外感を覚える。

 そんな自分に幾ばくかの戸惑いを感じるローランをよそに皇帝は剣に身体を預けたまま、じっと遠くの灯火を見つめながら言った。

 

「さて。帝冠継承候補者は心を定めたようだ。であれば、魔術師よ。そなたも心を定めねばならぬ」

「殿下が心を?」


 さよう、と皇帝は頷くとスッと死人の群れを指さした。


「死者も生者も等しく率い、やがてはこの国から呪いを打ち祓って見せると。そう、友の姿を借りた5代様に語りおった」

「アーベル様のお姿をでございますか。いささか趣味が悪うございますよ」


 ローランにとっては会ったこともない元・元婚約者でしかないが、レオンハルトにとっては無くてはならない存在だったはずだ。

 それはきっと、未だに思い出にしてしまうことの出来ないローランにとっての母にも似た存在だっただろう。


 その姿をとってレオンハルトを試した、と聞けばさすがに愉快ではいられない。

 不敬も不遜も放り投げて、思わず睨みつけると皇帝は軽く肩を竦めてみせた。


「そんな事は百も承知よ。が、必要なことであった」


 失ったはずの親しい者の前で自分の心を偽ることは難しい。たとえ、それが偽物であったとしても母の姿の前で偽りを語る自身はローランには無い。

 きっと、それはレオンハルトも同じだろう。


「出来れば翻意して欲しかったのだがな。皮肉なものだ。帝冠に相応しいと思えば思うほど、帝冠から遠ざけたくなる」


 そう語る皇帝の目つきは帝冠継承候補者を見定める裁定者というよりも、孫を気遣う老爺のように見えた。


「魔術師よ。そなたの主はこの国より呪いを打ち祓うために帝冠を望み、我ら10名の魂はそれを是とした。故に我らが魂の宿る霊台をそなたに預ける。そなたの手から帝冠継承候補者に授けるが良い」


 そう言った皇帝が差し出したのは、簡素というよりも質素という言葉の方がよく似合いそうな額冠だった。

 何の飾りも無く、ただの輪っかでしかない。


「これが霊台、ですの?」

「今はこんなモノだがな。徐々にこうなる」


 と皇帝は自らの額を指さした。徐々にというのは証を重ねればということだろう。

 言われてみれば、確かに帝冠の最も土台にあたるパーツのようだった。


 さあ、とローランは霊台を手に取った。見た目に反し確かに帝冠の一部と呼ぶに相応しい呪力が秘められているのを感じる。

 そして、霊台の内側では秘められた呪力の中を泳ぐように呪いが蠢いているのを感じ取ることが出来た。


「呪いはそなたの魔力を通じて、帝冠継承候補者へと流れ込む。帝冠継承候補者が右手で帝冠を受ければ孤の呪いが。左手で受ければ比翼の呪いが。どちらを選ぶかはあやつ次第。じゃが、証と共に呪いを授けるのはそなたの役目だ」


 孤というのは、つまりレオンハルト1人で歩む道ということだろう。誰も巻き込まない代わりに誰とも何も分かち合うことは無い。

 比翼というのは、その逆。おそらくローランと一蓮托生の道だ。比翼の言葉通り、片方が失われれば墜落する。


 帝冠継承候補者はそのどちらかから選ぶ権利はあるが、そこから外れることは許されない。それはあくまでも帝冠継承候補者が試練を受ける立場である以上、当然と言えば当然の契約だ。


 だが、その契約には魔術師は含まれていない。

 魔術師は契約の中に組み込まれているのに、あくまでも帝冠継承候補者の一部として見なされている。

 なのに、呪いだけは自分がかけろと皇帝は言っているのだった。


 それが最初から定められた役割であると。


(それは少し――)


 業腹だった。


「陛下。つかぬことをお伺いいたしますが、どちらの手も選ばない場合はどうなりますの?」

「何? そなた、何を考えておる?」

「そう、たとえば殿下の手を煩わせること無く私が殿下に戴冠させて差し上げれば呪いはどこへ行くのか? ということでございます」


 思いがけぬことを訊かれたというように、皇帝の霊はローランをマジマジと見つめると慌てたように頭を振った。


「待て。それはならん。あくまでも選ぶのは帝冠継承候補者じゃ。そなたではない」

「ええ。ご選択は殿下にお任せいたしますわ。ただ、私は――もう1つの選択肢をご提案させていただくだけです」


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