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51 レオンハルトの問われしこと

 荒れ野の中でレオンハルトは、自分が一人っきりで佇んでいることに気がついた。

 空は濁り大地は草木1本もなく、ただゴツゴツとした荒涼たる大地が広がっている。


「ローラン……は別の場所か」


 おそらく、ローランはローランで別の試練を授かっているのだろう。

 さて、自分には何が待っているのだろうか。

 そんなことを考えながら、周囲を見回すとふと懐かしい顔がレオンハルトを見つめていることに気がついた。


「や! 久し振りですねえ殿下!」

「ア、アーベルか!? どうして、こんなところに!?」


  レオンハルトの友であり、ローランの本来の婚約者。その姿は最後に見たときと寸分違わぬものだった。


「そりゃあ、もちろん殿下の案内ですよ。それにしても殿下は変わりませんねえ」

「変わるわけないでしょう……だろう」


 つい、昔の言葉遣いに戻っていることに気がついて、レオンハルトは口調を戻した。

 この友の前では一瞬にして、幼い頃の自分に戻ってしまう。


「それで、案内ということはアーベルが俺に試練を授けるのか? 霊台に宿った皇帝の霊から授かると聞いていたのだが」

「そうですね。そこは陛下たちの仕事です。オレの目的はちょっと違います」

「違う?」

「ええ。オレはね、殿下。アナタが皇帝なんて諦めるようにって、説得に来たんですよ」


 ※ ※ ※


「諦めろ、だと?」


 思わず剣呑な表情で尋ね返すと、アーベルは生前と変わらぬ飄々とした態度で頷いた。


「そうです。殿下、オレが昔言ったこと覚えてます? お貰いゴッコした時のことですよ」


 アーベルはあの時、市井の暮らしを身体に刻み込めとレオンハルトに言った。


 見知らぬ誰かの人生など背負っていては潰れてしまう。どこの誰とは言わずとも、せめてどんなことに喜び悲しみ恨むのかぐらいは理解しておけ。


 そんな意味だったとレオンハルトは理解している。


「あれね、殿下。オレが間違ってました。この国の皇帝はもっとロクなもんじゃなかったですよ。死んじゃって、初めてわかりました。ほら、アレ見てくださいよ」


 レオンハルトが振り向いたその先には、ゆっくりとこちらへ近づいてくる無数の死者の群れがいた。どの死者もボロボロの格好で、見るだに悍ましい。

 なのに、不思議と嫌悪感は抱かなかった。

 ただ、その膨大な数に恐怖を感じた。


「ね、凄いでしょ?」

「ああ……」

「アレでほんの一部なんですよ。殿下、この国の皇帝はね……生きてる人間だけ背負ってちゃダメなんですよ。死人まで背負わなきゃいけないんです。帝国が始まって、何人死んだと思います? これから何人死ぬと思います? 生きてる人間なんか比べものにならないですよ」


 それがこの国の呪いなんですよ、とアーベルは告げた。


 死者は輪廻の輪に入ることを許されず、呪いによってこの地に縛られ続ける。

 そして、代を重ねるごとに積み重なっていく。


「ね、殿下。今なら、引き返せますよ。止めましょう? 生きてる民だけでも重いのに、あんなにたくさんの人間を背負って行くのは無理ですって」


―おうおうおうぅ

――うぁああああぅ


 と死人たちがレオンハルトをじっと見つめている。


 この少年が自分たちを救ってくれるのかと、期待に満ちた腐れ落ちた眼窩で見つめている。彼らが望んでいるのは解放だ。輪廻へと戻り、再びこの地に生を受けることだ。


 そのことは薄々、気がついてた。だからこそ、あの日にアーベルと約束を交わしたのだ。


「だからこそ……俺たちできっと呪いを解いてみせると約束したんじゃないか」


 血が滲まんばかりに強く拳を握りしめるレオンハルトを、アーベルは済まなさそうな顔で見つめた。


「殿下。期待させてしまったのは謝ります。けど、無理ですよ。呪いがいくつもいくつも重なり合って、どれが大本かさえも解らないんです。だから、歴代の皇帝も手出し出来なかったんです」

「では、ただ呪いを受け継ぐだけではないか!」


 まるで悲鳴のようなレオンハルトの声にアーベルは沈鬱に頷いた。


「そうですよ。それがこの国の皇帝なんですよ。だからね、みんな棄てちゃうんですよ」

「棄てる?」

「第1の試練の証をです。押しつけるって言ってもいいですね。証を奪って喜んでる帝冠継承候補者は良いツラの皮ですよ」


 奪った証では、ここには来られませんからね。

 そう、アーベルは結んだ。


「それが真の試練ということか」

「試練というか、まあ覚悟ですよね」


 その重みに耐えてなお、帝冠を求めること。帝冠を得て何を為すのかはそれぞれだが。


「殿下はこの国の呪いを解こうと言うんでしょう?」

「……そうだ」


 それがアーベルとの果たされない約束だ。


「その約束にオレの元婚約者を巻き込まないで欲しいっていうのは――我が儘ですかね?」


 レオンハルトはアーベルの頼みには言葉を返さなかった。


 アーベルはそんなレオンハルトを追求しようとしたりはせずに、ただ3本の指を立て見せた。


「殿下。殿下には3つの選択肢があります。1つは……このまま帰ること。一番のお勧めです」


 そして1本を折り曲げる。


「2つ目は殿下だけで進むこと。この場合、あの娘との縁はおそらく切れます。あの娘は異邦人だ。この国の呪いには捕らわれていません。きっと、どこかで幸せになれるんじゃないですかね」

「3つ目は?」

「魔術師と共に歩むこと。この場合、どちらかを失えばもう片方も道連れです。例外はありません」


 3つの指を握り込んだアーベルはくしゃりとした笑顔で、レオンハルトに静かに言った。


「試練なんて言ってますが、このどれかを選ぶだけです。本当はこう、ドラゴンとか出てきて倒してみせよ! とかが格好良いんですけどね。まあ、皇帝なんて格好悪いものなので仕方ないですね」

「格好悪いか」

「格好悪いですね。最悪です。それでも格好悪いなりに何かを出来ると思うのなら――」


 アーベルは死者の群れを真っ直ぐに指さした。


「あとは彼らと一緒に道を真っ直ぐに行ってください。その先に、殿下の魔術師が待っています。魔術師から霊台を受け取れば……ここでの試練は終わります。あとは皇帝たちに認められるまでに殿下が選んだ道に沿うように何かが起こります」

「何が起こるのだ? と聞いても無駄なんだろうな」

「オレたちにも分かりません。それが呪いです。殿下、霊台を受け取るとき2つ目の道を選ぶなら右手で受け取ってください。3つ目なら左手です。良いですね?」


 全てを語り終えるとアーベルは務めを果たしたというように姿を消した。

 荒野にただ1人の生者として、死者のただ中に取り残される。

 

「どなたか存じませぬが、感謝します。影とは言え――嬉しかった」


 レオンハルトは誰に言うでもなく礼を述べると、死者の群れに向かって歩き出した。帝冠継承候補者として霊台をローランから受け取るために。



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