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49 今さら、私に拘る理由が解らないのが薄気味悪いですね

(アーベルの弟というのは、こんなヤツだったか!?)


 アウグストと会うのは今が初めてというわけではない。

 アーベルの葬儀の時には挨拶ぐらいはしているし、その時はもっと普通の印象だった。


 だが、今のアウグストにはアーベルの面影などまるで感じられなかった。


 アーベルは良い意味でも悪い意味でもヘプトアーキーの貴族らしくなかったが、この弟はヘプトアーキーの貴族がもつ暗黒面そのものだ。


 貴族の婚姻に愛だの恋だのと言うつもりはないが、最低限の礼節と敬愛はあってしかるべき。


 この男からはそれさえも感じられなかった。


 アーベルの弟だからという以前に、人として大切な魔術師を預けるに足る存在ではない。

 

(この男だけは、ダメだ)


 レオンハルトはそう決意を新たにしながらアウグストと対峙した。

 そんなレオンハルトの気迫に応えるように、胸元のペンダントは爛々と輝きを増している。


「もう一度、言うぞ。ローランは渡さぬ。下がれ」

「下がれませぬな。いかに主とはいえ、私事にまで嘴を突っ込むのは僭越というもの。そちらこそ控えられよ」

「そこまでローランに執着するなら、なぜ婚約を破棄した? 僭越は貴様だろう」


 アウグストはそれには答えずに薄く嗤うだけだった。


「これ以上は言葉は使わん」

「ほう」


 アウグストの目が細められる。

 私闘も止むなしとレオンハルトが魔力を込めようとした刹那、ふわりとした感触を肩に感じた。


「殿下。私のために、ありがとう存じます。ですが私の分まで怒ってしまわれては、私が困ってしまいますわ。おかげであの男を叩きそこねてしまいました」


 戯けた声に顔を上げれば、ローランの翠のかかった瞳が大丈夫ですわと言っていた。

 その目をみるだけで、頭に上っていた血がすっと下がる。


「殿下のお手を煩わせる価値など、ございません。殿下は明日の試練のことだけをお考えくださいまし」


 私の仕事を取らないでくださいまし。

 そう諭された気がして、レオンハルトは吹き出す寸前だった炎を再び魔力に戻した。


 確かにここでレオンハルトがアウグストを叩きのめしても解決にはならない。

 あくまでもローランの意思こそが重要だ。


「そうか。では、遠慮無く叩いてやれ」

「ええ。それはもう」


 ローランに場所を譲り、一歩後ろへと下がる。

 だが、魔力は身体に残したまま油断なくアウグストを監視する。


「それで、私にご用とは? 先ほどのお言葉でしたら、答えは否ですわ。フッガー家はもはや私にとっての家ではございません」

「本当にそれで良いのか、ローラン? あそこには岳父殿もおられる。そなたの母の墓所もある。全てを棄てて後悔は無いのか?」


 アウグストはローランに告げると、胸元から墓を暴いて手に入れたアミュレットを取り出してローランに見せつけた。


「これはそなたの母の形見ではないのか?」

「……母様の墓を暴いて、そんなものまで奪っていたのですか」


 墓を暴いた、というローランの言葉が事態を見守っていた群衆に広がっていく。


 信じられないという雰囲気がざわりと高まった。


「馬鹿なことを申すな。これは岳父殿からお預かりしたのだ。大事に遺しておいた形見だが、やはり今は辛すぎるとな。ローランが見たのは模造品だろう。そなたの目は憎しみで曇っている。だが、俺はそなたを許すとしよう」


 この男の言葉にはいちいち毒がある。

 ローランの言葉を巧みにねじ曲げ、自分に都合良く書き換えてしまう巧言だった。


 おお、と周囲から納得の声があがる。


 知らない者から見れば、ローランよりもアウグストの言葉にこそ真実味を感じられるのだろう。


「戻って来い。全ては水に流して家族に戻れば良い。俺は受け入れよう。ローラン、そなたに他に居場所はないのだ」

「いいえ。私の居場所はここにございますわ。カルンブンクルス帝冠継承候補者の筆頭魔術師。それが今の私でございます」


 幾ばくかの誇りと共にローランの名乗りをあげる。

 しかし、アウグストはその誇りを愚弄するかのように鼻で嗤ってみせた。


「そう。()()、な。だが、レオンハルト殿下が道半ばで斃れたらどうするつもりだ? カルンブンクルス公国に次の帝冠継承候補者はいないのだぞ? その時、そなたは誰の筆頭魔術師だというつもりだ?」

「それは……」


 あってはならないが、考えないわけにはいかない可能性。

 その『もしも』を突きつけられ、ローランは口ごもった。


 ローランに考える暇を与えず、アウグストが巧言を重ねる。


「ローラン、目を眩ませるな。筆頭魔術師の立場は幻に過ぎぬ。同じ公国の筆頭魔術師であれば、そのまま公国の貴族に戻ればよい。だが、そなたは違う。公国にそなたの戻る場所は無い。そなたの戻る場所は男爵家だ。岳父殿も待っておられる。母君の墓所もある。家族の場所へと戻って来い」


 アウグストはもう一度、戻れと繰り返した。


 ローランが反駁しようと言葉を探しているのが手に取るようにわかる。


 だが、その言葉のよりどころが今のローランには無い。

 そのよりどころを与えなかったのは、明らかにカルンブンクルスの落ち度だ。


「ならば、その場所は俺が用意しよう」


 気がつけば、レオンハルトは自分でも驚くほど落ち着いた声でそう告げていた。


「で、殿下? いきなり何を?」

「ん? イヤか?」


 驚きに染まったローランの困惑をしっかりと受け止める。

 アウグストの言葉には毒があるが、確かに正鵠を射てはいたのだ。

 

 確かにローランの居場所は定まったとは言えない。

 であれば、それを正すのは主たる自分の役目だ。


 小さな決意を悟られるのが恥ずかしくて、レオンハルトはすぐにアウグストに視線を戻した。


「ハーデン伯爵。そういうわけだ。我が魔術師に手を出すな」

「レオンハルト殿下。それが出来ておらぬから、恥を忍んでこうして来たのです。人1人の居場所、そう簡単に作れるなどとは公子殿下といえど思い上がりというもの。家族の絆とは一朝一夕になるものではありません」


 それきりレオンハルトから視線を外すと、アウグストは再びローランを見据えた。


「お前は俺の元に戻る。必ず、だ。そのことが解る時は必ず来る」

「ハーデン伯爵。貴方様から家族の絆などという言葉を聞くとは思いませんでしたわ」


 それはローランなりの皮肉だったのだろうが、アウグストはまるで痛痒を感じた様子を見せなかった。


「家族であればこそ罪は見逃せぬ。だが、家族であればこそ罪を許せるのだ」

「私の家族は貴方様ではございません。家族と言われても困ります」

「では、そなたの家族はどこにいる? 今すぐにとは言わぬ。行き場を失った時には俺の元へ来い」


 その言葉を最後にアウグストは踵を返した。


 すでに歩き出したアマーリエと共に、スファレウス公国の魔術師団を率いて広場から立ち去っていく。

 その姿が見えなくなると、雑多なざわめきが周囲を満たした。


「殿下? その、大丈夫ですの? あんなことを言ってしまわれて。私は別に気にしておりませんのに」


 ざわめきの中、ローランが少しはにかんだようにレオンハルトを見下ろしていた。


「まあ、心配するな。前にも言っただろう。男爵家の1つぐらい何とかしてやる」


 慰霊祭が終わったら、さっそくリーズデールを通して父に奏上しなくては。

 セバスティアンにも相談する必要があるだろう、などと考えていると、ふいに聞き覚えのある声がレオンハルトの意識に割り込んできた。


「なかなか頼もしいの。あやつに言いくるめられそうになったら割り込んでやろうかと待っておったのだが、出番が無くて何よりよ」

「フェリシア公女? まさか見ていたのか!?」


 オレンジ色の瞳を好奇の色に輝かせ、ニヤニヤとレオンハルトとローランを見比べている。


「うむ。なかなか格好良かったぞよ? 『ならば、その場所は俺が用意しよう!』もう一度、聞かせて欲しいぐらいじゃ」

「ま、待て。忘れろとは言わんから、繰り返すな!」


 他人から聞かされると、さすがに恥ずかしい。

 恥ずかしさに身もだえしていると、ローランがフェリシア公女を窘める声が聞こえてきた。


「フェリシア殿下。意地悪ですわよ」

「良いではないか。ローランも満更ではなかろ?」

「ええまあ。嬉しいのは嬉しいですけど。私としては爵位よりも商会の許可をいただきたいところですわ」


 ……やっぱり、そうなるか。

 なんとなく恥ずかしくなっていた自分がバカみたいでは無いか。


 そんなことを思っていると、フェリシアが気の毒そうな顔でレオンハルトを見つめていた。


「ま、それは後の話としてじゃ。あやつからは目を離さぬ方が良い。何を思って今さらローランに執着するか、そこが見えぬ」

「それはローランの力を見たからだろう?」


 何を今さらは間違いないが、ローランの力を知らなかったのならあり得る話だ。


「アマーリエ公女はそう考えたじゃろうな。だが、あやつの目は膿んでおった。理で計るのは危険な気がする」


 フェリシア公女はまるで自分に言い聞かせるように語ると、改めてレオンハルトに向き直った。


「御身、重々気をつけられよ。ローランもな。これ以上、あやつの思い通りに事が運ぶは業腹よ」

 

 アウグストの奸計により、帝冠継承候補者を失ったフェリシア公女の言葉は重く無視出来ない響きが籠もっていた。


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