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47 殿下の出番は明日の試練でございます。ここは私にお任せを。

 皇帝主催による慰霊祭の第1日目は、ローランが想像するよりもずっと静かに始まった。


 慰霊の場となる祭祀堂は帝城の北部、帝都からも少し離れた広場の北辺に設えられている。

 

 その祭祀堂に入堂を許されたのは各公国の大公と帝冠継承候補者、そしてその筆頭魔術師のみだった。


 皇帝直属の魔術師団でさえも、この場に参列することは認められていない。

 それぞれの公国から馳せ参じた騎士団や魔術師団は、外の広場で降天の儀式が終了するのを待ちわびているはずだった。


「帝国の礎となりし、我らが祖霊よ。今再び眠りにつきし我らが偉大なる祖よ。我ら高祖を慰むるため、ここに集い祀りを開かん。願わくば存分にお楽しみあらんことを」


 皇帝に成り代わり、皇帝の筆頭魔術師が祖霊に言上を述べる。


 静寂に支配された大聖堂から彼女の言葉が消え去ると同時にローランには聞き取れない言葉で皇帝が祖霊たちに語り始めた。


 太く豊かな声質は、むろん少年のものではない。

 立派に成人した男の声が朗々と大聖堂に響き渡る。


 儀式が粛々と進む中、ローランとレオンハルトは参列者の最前列で祭壇に祈りを捧げる皇帝の姿を見守っていた。


 皇帝の声にあわせるように、大公たちが捧げ持った霊璽から祖霊たちがフワリフワリと姿を現し、祭祀堂に丁寧に並べられた武具へと吸い込まれていく。

 

 レオンハルトやカルンブンクルスの騎士団の奔走により、1度はそれぞれの故郷へと還っていた霊たちが再びこの地に集ったのだ。


 慰霊祭が終わるまで、この場所に安置された武具に宿り、明日より広げられる儀式や宴を生者と共に楽しんだ後に再び故郷へと還るのだ。


(これが、皇帝陛下とその筆頭魔術師……)


 どの公国の旗色ももたない純白のローブに身を包んだ皇帝の筆頭魔術師からは、莫大な力が溢れているのが離れていても感じ取れる。


 万が一にも祖霊達が機嫌を損ね、暴れ出したりしないように見守るその姿は魔術師というよりも聖女と言った方がしっくりとくる姿だった。


(さすがに陛下の威は凄まじいな)


 ローランが筆頭魔術師に目を奪われたように、レオンハルトは皇帝の姿にどうしても意識が向くようだった。

 真っ直ぐに前を向いているつもりで、少しづつ身体が皇帝の動きに合わせて揺れているのが伝わって来る。


(殿下。お姿が乱れておりましてよ)


 そっと小声で注意するとピタリと動きが止まった。

 ほっと一息ついて、再び皇帝と筆頭魔術師に意識を戻す。


 異変が起こったのは、その時だった。


 パシリ、と堅く何かが爆ぜるような音が堂内に響いた。

 さらに続けて、パシパシと何かが爆ぜる音が周囲から聞こえてくる。


(結界に何かが?)


 ローランにはそれが、祭祀堂を包みこむ結界に何かが当たっては弾けている音だということが分かった。

 音は徐々に勢いを増して、堂内はまるでにわか雨にでも行き会ったような騒音に包まれる。


 さすがに何事かと、大公たちがざわめき始めると祖霊を見守っていた皇帝の魔術師が口を開いた。


「静かに。今はまだ儀式の最中です。取り乱しては祖霊が乱れます――陛下。儀式に惹かれてこの地を彷徨う死人たちが押し寄せてきているようでございます」

「そうか。確かに彼奴らもおこぼれには預かりたかろうな。が、此度は祖霊のための慰霊の祀り。他の者を招くわけにはいかん」


 皇帝は筆頭魔術師の言葉に祈りを止めて、居並ぶ一同に向かって振りむいた。


「外の者達も難渋しておろう。帝冠継承候補者レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルス!」

「御前に」

「汝の筆頭魔術師と共に、外の騒ぎを鎮めよ。余には祖霊を迎え入れる役目が残っておる故、我が魔術師を差し向けるわけにはいかぬ」

「御意」


 深い声に膝をつき、頭を垂れたレオンハルトは頭上の皇帝の声に応えた。


「大公らはこの場に残れ。帝冠継承候補者とその魔術師は好きにせよ。共に騒霊を鎮めるも良し、ここに残り祖霊を迎えるも良し。裁量の自由を与える」

「帝冠継承候補者レオンハルト、これより命に服します。御前、失礼」


 立ち上がるレオンハルトと皇帝の間に一瞬、視線が絡み合う。


(貴様が始めたことだ。少しぐらいは役にたて)


 ローランには皇帝がそうレオンハルトに告げているように感じられた。


※ ※ ※


 三重に重ねられた最後の扉を開くと、それまでのパシパシという軽い音が嘘のような騒乱と混乱がローランとレオンハルトの眼前に広がっていた。


 祭祀堂に繋がるなだらかな段の下の広場では、7つの公国の騎士や魔術師たちが群がる亡霊達を必死に追い払おうと奮闘している。


 厄介なのは列席を許されていた文官たちだった。彼らは自身で身を守る術が無い。どうしても魔術師たちに守って貰うほか無く、結果として全体の戦力を大きく削いでいた。


「ローラン! 一気に決着をつけるぞ!」


 豪ッっとレオンハルトの両腕から炎が吹き上げる。その胸元にはローランが作ったペンダントが灯火のように輝いていた。


 いついかなる時もレオンハルトの力を最大限に引き出すペンダントだが、この場でその力を解放するのは上策とは言いがたい。


 明日の試練に立ち向かうための魔力が枯渇しては意味が無いのだ。


「殿下! 力を抑えてくださいまし。明日がございます!」

「わかっているが、あれを見ろ! 手加減出来る状況か!?」


 レオンハルトに言われるまでも無く、ローランにも状況は見えていた。


「あ、あっちに行くのです!」「団長、さすがに手が足りないっすよ!? 騎士と文官さんたち両方は絶対無理っす!」「わかっとるが踏んばらんかい! 騎士団は放置で良い。ローランの作った呪術具がある!」


 他の公国はいざ知らず、カルンブンクルス公国が帝城に派遣している魔術師はわずかに5名。


 誰が見ても、まるで手が足りない。


 本国から慰霊祭に併せて増員も検討されたが、ただで少ない魔術師を祀りのために本国から動かすことは出来ぬと見送られたのが裏目に出ていた。


 逆に最多の魔術師数を誇るスファレウス公国は余裕を持って死霊たちを防いでいる。

 安定した結界の中にいるスファレウスの文官達はノンビリと死霊が退けられるのを見守る余裕さえ見せていた。


 頼みの綱の皇帝直属の魔術師団は、祭祀堂の結界の維持の他に動く気配は無い。

 彼らの存在は皇帝のためだけにあり、公国の面倒を見ることではなかった。


―儂も儂も中に入れてくだされ!

――娘が待っている、還るのだ!

―――いやだ、ここはもうイヤダ!


 行商の最中に盗賊に行き会った者。

 運悪く崖から落ちた者。

 部下に裏切られ殺され財を奪われた者。


 不運に見舞われ命を落とした死霊たちが救いを求めて祭祀堂に押し寄せては結界に阻まれる。

 そして、ふと見つけた生者を見つけて縋り付く。


 それがこの騒ぎの正体だった。


「くそ。高みの見物か」

「鎮めよと勅命を賜ったのはそなたでしょう」


 レオンハルトが悪態をつくと、騒ぎを眺めていたアマーリエはそれを笑い飛ばした。


 他の帝冠継承候補者たちは、すでにそれぞれの公国の元で死霊を退けている。


 だが、スファレウス公国の帝冠継承候補者アマーリエとその筆頭魔術師アウグストはじっと騒乱を見守るだけだった。


「ローラン! このままではカルンブンクルスだけが保たんぞ!?」


 良いな? 炎を使うぞ!? と焦るレオンハルトを制しながら、ローランはゆっくりと大きく息を吸い込んだ。


「殿下。ここは私がお引き受けいたしましょう」

「馬鹿を言うな。お前も明日の試練があるではないか!」

「心配はご無用でございます。借りを増やしてしまいますが、皆々様のお力をまた、お借りいたしましょう——」


 甲ッと足を踏みならし、大きく腕を広げ白鳥が舞い降りるかのように象牙色のローブをはためかせてローランは地に伏した。


 要所に走る赤い旗色がほのかに光を放っている。


「呪殺師の長、蒼天の蒼、天青石(ティアン・ティシー)の娘、深樹の翠、琅玕(ロウガン)が助力をお願い申し上げます。荒ぶる死人たちを安んじんために、今一度のご助力を」


 空にボンヤリと輝く太陽の光をまるで無視して、ローランの足下から四方八方に影が立ち上る。

 ローランが音も無く立ち上がると、影はまるで幻影のように彼女の背後に霧に包まれた森を映し出した。


 森の奥から1人の少女と彼女に率いられた死人たちがゆっくりと近づいてくる。


「お姉さん、お久しぶり。皆さまはこれぐらいでは動くつもりはないそうよ。だから、私がお友達と手伝ってあげる」

「アイラ。お願い出来るかしら?」

「ええ」


 そう力強く頷いたのは、生前の姿を取り戻したた死人の村の少女だった。




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