45 魔術師の主 〜慰霊祭前夜〜
これまでずっと膠着していた帝冠継承候補者による継承権争いも、いよいよ大きく動き出しそうだ。
明日より始まる慰霊祭での計画を筆頭魔術師アウグスト・ハーデンから聞き終えたアマーリアは頭を垂れるアウグストを傲岸な眼差しで見下ろした。
「そなたが立てた計画よ、上手くやってみせなさい」
「御意に」
「では、下がりなさい。もう夜も更けました」
筆頭魔術師がアマーリエの言葉に従い、退出する。
それを皮切りに控えていた側仕えのミランダがアマーリエにそっと近づいた。
「殿下。お召し替えを。身が汚れますわ」
「そうね。まったく、面倒な身体だこと」
「殿方に比べればマシと割りきるほか、ございませんわ」
幼い頃から付き従う幼なじみのような側仕えの言葉にうなずくと、着替えを済ますために隣室へと向かった。
アマーリエも帝冠継承候補者の例に漏れず、子を産めない呪いに蝕まれている。救いなのは男の候補者とは異なり純潔を守っていれば呪いは発動しないということだった。
ただ、この純潔というのが厄介で心を許すだけでも引っかかる。身体だけを清く保てば良いというわけにはいかないのである。
必然的にアマーリエの周囲は男の気配に極めて敏感だ。
ミランダなどは口を利くだけでも汚れると筆頭魔術師と話を終えるごとに「お召し替えを」だとか「湯浴みの準備が整いました」と言ってくる。
ミランダのことを杞憂と笑い飛ばせないのが帝国の呪いだ。
男と同じように成長を止めてしまうというのも選択の1つだったが、アマーリエはあえて自身の身体の成長を止めることはしなかった。
「それにしても、本当にあの男は何を考えているのやら。そんなにあの娘が良いのなら、婚約破棄などしなければ良いでしょうに」
着替えを手伝いながら、ミランダが呆れた口調で吐き捨てた。
「構いませんわ。それであの男がより使い勝手が良くなるのならね。それにね、ミランダ。考えてご覧なさい。あの男が手に入れた娘を上手く籠絡できれば、そちらの方が良いでしょう?」
「それですわ! さすがは殿下でございます。筆頭魔術師が女であれば、私どもとしても安心ですもの。それにあの娘、興味をそそられますの」
「ほどほどにしておきなさい」
さすがに側仕えの性癖に苦笑いを溢しながら、アマーリエは隙あらば柔らかな指を肌に沿わせてくるミランダの手をペシリとはたいた。
「それにしても、本当にカルンブンクルスが動いてくれて助かりましたわ。大公殿下も痺れを切らしておりましたから。さすがに時間稼ぎも、そろそろ限界でした」
「そうね。父上にしてみれば、ポーンがいつまで駄々を捏ねると言ったところでしょう」
アマーリエは顔を合わせる度になぜ試練に挑まぬのか、と発破をかけてくる大公の顔を思い浮かべ眉をしかめた。
第1の試練は最後の試練と併せて、少し特殊な特徴を持っていた。
証である帝冠の霊台に宿るという、歴代の皇帝の霊魂に認められるまでがかなり大変なのだ。ある意味では試練を突破してからが、本当の第1の試練であると言っても良い。
帝冠の霊台は主を認めるまでに莫大な魔力を要求するのだ。
最初に試練を突破しても維持するのはかなり難しい。ならば、奪う方がよほど理にかなっている。
首尾良く奪えば、帝冠の霊台には最初の候補者の魔力が蓄積されているので随分と守るのは楽になる。
どの帝冠継承候補者もそう考えているからこその3すくみだった。
「大公殿下は気楽に、奪われれば奪い返せば良いとお考えなのでしょうけど」
「それでは妾がたまりませんわ。所詮、最初の帝冠継承候補者など使い捨てとお思いなのでしょうけど」
スファレウス公国はあらゆる意味でカルンブンクルス公国とは正反対だ。
騎士と尚武のカルンブンクルスに対し、スファレウスは魔術師と謀略の気風を持つ。
帝冠継承候補者も筆頭魔術師候補もいくらでも替えは存在する。
この層の厚みが、すなわち歴代の皇帝排出数2位の実績である。
「やはり、あの男よりもローランという娘が欲しゅうございますわ、殿下。国元の筆頭魔術師候補など、いつ寝首をかかれるかわかりませんもの。あの男を筆頭魔術師として迎え入れたのも、大公殿下のヒモ付きではないからでございましょう?」
「もちろん、それだけではありませんけどね。死人を操る異国の術は歴代の皇帝の霊魂と対峙せなばならない試練に有利ですもの」
ヘプトアーキーにも、もちろん死人に対抗する術は多い。
浄化、結界、破邪。
それが無くては帝国を覆う呪いに国が食い潰される。
だが、いかなる死人をも従える魔術は無い。
せいぜいが、自分の手で殺した死人を支配するのが関の山だ。
「ですが、あの男の魔術も所詮は借り物の紛い物。やはり本物こそが殿下には相応しいですわ」
「そうね。そのためにも、やはりあの男にはもう少し頑張ってもらわないと」
試練を終えた後、謀略をもってレオンハルト公子を除く。
そして、証を手に入れる。
カルンブンクルス公国には次の帝冠継承候補者は存在しない。
必然的にローランは寄る辺を無くした、孤独な奴隷上がりの娘になりさがる。
アウグストはそこを狙っているのだろうが、同じ手はそっくりそのままアマーリアにも使えるのだ。
「小心者のあの男は、自分を中心にしか策を練れませんもの。可愛いものですわ」
そうミランダは嗤うが、アマーリエはそこまでは考えていなかった。
アウグストが使えるのであれば、横取りまではする必要はないだろう。
あの娘は筆頭魔術師補佐とでもして、アウグストにくれてやっても良いのだ。
「ミランダ。不敬ですよ。あれはまだ妾の筆頭魔術師です。愚弄は許しません。いくら替えがきくとしても、です」
「失礼を申し上げました」
丁寧に謝意を示すミランダを眺めながら、アマーリエは心の中で呟いた。
(そう。替えがあるというのならば、替えの効かない存在になれば良いのです)
そこだけはアウグストとの共通点を見いだしている。だからこそ、周囲の反対を押し切ってあの男を筆頭魔術師として迎えたのだ。
(アウグスト、証明してみなさい。出来なければ、お前は妾には必要ありません)
それはアマーリア自身、父に言われ続けた言葉であった。




