41 そうでなければ良いと願っておりました
「カルンブンクルスの魔術師は随分と度胸が据わっているのだな。まさか1人で来るとはさすがに予想外だった。てっきりレオンハルト殿下を伴われると思っていたのだが」
明るいオレンジ色の瞳を輝かせ、じっくりとローランを観察していたフェリシア・カルネリウス公女はそういうと快活そうに笑い声をあげた。
明かりらしい明かりは窓から差し込む月明かりだけだが、暗いとは感じない。
巧みに配された魔術具が月明かりを受け止めて、余すこと無く室内へと返している。
さすがに脳筋公国のカルンブンクルス公国とはひと味もふた味も違うな、と思いつつローランは今日された茶菓子に口をつけた。
「お褒めいただきまして恐縮でございます」
「まったく、大した物だ。普通は他の公国で出された茶菓子になど手をつけぬぞ」
「……もしかして、無作法でございましたでしょうか?」
「肝が据わっていると褒めているのだ」
そういって、またも豪快な笑い声をあげる。
フェリシア公女はローランの予想とは正反対の、まるで女騎士のようなさっぱりとした性格の公女殿下だった。
(ドレスよりも絶対に甲冑が似合いそうですわね)
さすがに口に出しては言えないが、全身これ武人というオーラが漂っている。面倒事は全力で回避するカルンブンクルスの魔術師団に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
てっきり胃がキリキリと痛むような神経戦を予想していただが、1人カルネリウス公国の管轄地を訪れたローランを待っていたのは豪快な公女殿下のさっぱりとした歓迎の茶会だった。
「まあ、こちらも安心した。場合によって帝冠継承を諦めてでも禁忌を犯さねばならぬかと覚悟していたからな」
笑みを浮かべたまま、紅茶と一緒に一口でケーキをのみ込んだフェリシア公女はじっとローランの瞳の奥を覗きこみ、まるで明日の朝食の話でもするようにあっさりと本題を切り出した。
「禁忌、でございますか?」
「そうだ。スファレウスとカルンブンクルスの帝冠継承候補者を、候補者でもない我が直接手にかけるという禁忌だ。犯せば三代に渡って帝冠継承候補を出す権利を失う。もちろん、我の命はない」
思わず言葉を失ったローランは無礼も非礼もそっちのけで、公女の顔を見つめた。
「そこまでの覚悟を決めねばならないほどですの? その、帝冠継承候補者を失うというのは」
「それは違う。言ってはなんだが、帝冠継承候補者は道半ばで命を失うのも勘定のうちだ。謀殺であろうが試練で命を失おうが、覚悟はとうに済ませている」
「では、一体何が……? それが私を招いた理由でございますの?」
給仕を待たずに自らティーポットをひっつかんでお茶のお代わりを補給すると、三度ローランの瞳を覗き込んで頷いてみせる。
「そうだ。アウグスト・ハーデン伯爵。あの男は人の心を支配し操る魔術をどこからか手に入れたのではないのか? と疑っていた。もし、そうであれば――帝冠継承候補者が互いに試練に挑む意味など消し飛んでしまう。1000余年、88代の皇帝の影でどれだけの候補者が命を落としたと思う? その覚悟を茶番にするような真似は断じて許せぬ。故にローラン、お主がアウグスト伯に心を支配されておらぬか確かめねばならなかった」
一息に言い切ると、初めてフェリシア公女はローランの瞳から視線を逸らした。
「だが、杞憂であった。そなたの魂の主は確かにそなただった、ローラン」
「魔術具を使われましたね?」
ようやく、あの意味深な招待状の理由が理解出来た。
あれは本当に疑心暗鬼を生じさせるためだけに設えられた小道具に過ぎなかったというわけだ。
はたして、フェリシア公女は悪びれることもなくあっさりと認めた。
「使った。我が公国の魔術具は魂の色を見る。ローラン、そなたの魂に誰かの意思が混ざっておれば決して、見逃さぬ」
「……気がつきませんでした」
「そなたの術理を我らが理解しきれぬように、我らの術理もそなたには理解しきれぬというだけだ。そなたの未熟が原因では無い」
見た目の豪快さとは裏腹に、繊細に慎重に幾重にも狡知を張り巡らせている。
どこまで演技でどこまでが本性なのかさっぱりわからない。
そんなローランの思いを知ってか知らずか、フェリシア公女は事もなげに話を続けた。
「アウグスト伯、あれは小心者だ。己の手の中に収まっておらねば一時も安心出来ぬ性格よ。人を殺せば、真っ先に現場に舞い戻るタイプの男だ。であれば、もしもそなたを支配しておれば、あの招待状は無視出来ぬ」
ただ、少しばかり懲りすぎたのは確かだがな。
そうフェリシアは苦く笑ってみせた。
「それで、殿下。どうして、アウグスト様が他人の心を操ることが出来るのではとお疑いになられたのでございますか?」
その答えはもちろん、ローランの予想の中にある。
しかし、こうして眼前にその答えを突きつけられると、やはり平静ではいられなかった。
「ローラン。そなたの義父殿のフッガー男爵の魂には異なる色が混ざっておった」




