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40 疑われているというよりも、試されている気がします

 会議室にレオンハルト共に入ると、すでにセバスティアンとクラウスが意見を交わしている最中だった。


「待たせた。ローランを連れてきたぞ」

「殿下、ご足労ありがとうございます。ローラン、封書は見ましたか?」

「はい」


 レオンハルトが上座に着座するのを待ってから、ローランも末席に腰を下ろす。

 テーブルの上には花びらが漉き込まれ香水が振りかけられた、豪奢な紙片が広げられていた。


「それが招待状ですか? その、見た感じとてもお金がかかってそうな招待状なのですけど」

「ええ。なかなかお目にかかれない招待状ですよ、これは。カルネリウス公国でも公家に連なるものしか使うことが許されないものです」


 そう言って差し出された書状に目を落とす。

 羊皮紙ではなく、もっと柔らかく懐かしい感触は楮や雁皮などの植物の繊維から作られた紙であることを示していた。


 紙を作るときに花びらが漉き込まれており、見ているだけでも雅な気分になってくる。手触りは滑らかで毛羽立ちなどまるで感じられない。


 これほどの紙はローランの故郷でも一級品だ。簡単に銀貨が飛んでいく。怖ろしくて呪符などには使えないレベルの上質な紙だ。


 内容は確かにローランをお茶会へと誘うものだった。


 場所はカルネリウス公国の管轄区内。

 指定された時刻はちょうど月の昇る頃。お茶会というには遅すぎる時間だ。


 文面は礼を尽くしたものとなっており、招待状に使われている紙の品質も相まってローランにはいささか不釣り合いに感じられる。


「これ、本当に私宛なんでしょうか?」

「本当にも何も、宛名はお前になってるだろう。念のために確認もした。ローラン宛てで間違いないと言っていたぞ」


 あまりの豪勢さにローランが気後れしてしまうレベルだ。

 これぐらいの招待状となると、受け取るのはレオンハルトぐらいでなければ釣り合わないだろう。


 だが、レオンハルトは繰り返すようにきっぱりと首を振った。


「間違いなく、ローラン。お前宛だ。ただ、どうにも真意がつかめん。当初はお前に告げずに断ってしまおうかとも思っていたのだがな……」


 レオンハルトの言葉にセバスティアンが小さくうなずいた。


「最初はローランの責任を問うための招待状では無いか、と私も殿下も考えたのです。篝火の件から、フッガー家のことを嗅ぎつけられたのかと」


 ローランも真っ先に考えたのはそのことだった。

 そうとでも考えなければ、ローランが名指しで招待される理由がつかめない。


「儂はそうではない、と思ったのじゃ。確かにローランを疑うのは簡単じゃよ。儂らが起こした騒ぎから篝火が怪しいとさえ気がつけば、後は芋づる式じゃからの。男爵家の台所事情なんぞ、筒抜けじゃ。じゃがの、そこまでわかっておるならローランが関わっておるかどうかまで調べはついとるよ」


 とっくに連中の中では白黒ついておる、とクラウスは自信ありげに断言して見せた。


「というわけでな、儂は筆頭侍従殿とは逆では無いかと思っとる。ローラン、お主からハーデン伯爵の情報を引き出すのが招待状の目的ではないかというわけじゃ」


 どちらもありそうな話だった。


「というわけでな。ローランにも来て貰ったわけだ。直感でかまわん。お前はどう感じた?」


 じっとレオンハルトに見つめられ、ローランは招待状にもう一度目を落とした。


 漉き込まれた花の名前はタリク。

 花言葉は確か――。


「気がつきましたか。私がローランが疑われているのではないか、と思ったのはそれも原因なのです」

「なんだ。まだ、何かあるのか?」


 重々しく頷くセバスティアンにレオンハルトがいささかゲンナリしたように問いかける。


「タリクの花言葉は鎮魂でございます。意味深だとは思いませんか?」


 鎮魂という言葉が横死した公子へ手向ける言葉であれば、確かにローランに疑いが向いていると思える。

 

 だが、そういった敵意は不思議とこの招待状からは感じられない。

 ローランの呪術師としての感覚が、この招待状に敵意は無いと訴えている。


 ローランは少しだけ考えたあと、心を決めた。


 理由はわからないが、この招待状の主はローランを試している。


 豪奢な招待状に似つかわしくない、ちりばめられた寓意の数々。

 

(それにタリクの花の鎮魂という意味も気になりますわ)


 直感でしか無いが、それは横死した公子のことでは無いのではないか。

 そんな気もするのだ。


「殿下。この招待、お受けしようと思います」

「いいのか?」


 レオンハルトの言葉にローランはうなずいた。


「ええ。いずれ、私が関わっていないとしてもです。フッガー家が関わっていたとするならば、やはり私が逃げるわけにはいかないと思いますもの。今は男爵家と関係が無いとはいえ――」


 母と自分を匿い救ってくれた、義父との関係まで無に帰したとは思いたくなかった。




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