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39 招待状? 私にですか?

 ローランとリーズデールの商談などを始めとした夜会への準備が着々と進んでいく一方で、慰霊祭に向けての準備もそろそろ本格的になってきた。


 文官たちは慰霊祭に向けての各種会議に謀殺され、騎士団は騎士団で警備の管轄決めなどでやはり会議漬けになっている。

 魔術師団の団長であるクラウスやセバスティアンも調整で飛び回る日々で、最近はあまり顔も見ていない。


 ただ、そういった仕事は基本的に人脈もあれば経験もある年長組が担当しておりローランやクララは今のところ、日々のルーチン以外に特に割り振りはない。


 というわけで、今のうちにとばかりにローランとクララは纏まった商材作成をこなす日々を送っていた。


「今から衣装の注文なんてとっていて、大丈夫なんでしょうか?」


 恋のまじない符を束に纏めていたクララがふと思いついたように首をかしげる。


 ローランがリーズデールから仕事を受けてきたおかげで、恋のまじない符の作成は全てクララが受け持つことになっていた。

 

 とは言っても、作ったそばから売れていくという時期は過ぎており今は在庫の生産程度で一時に比べれば余裕がある。


「前からオーダーそのものは受けてたみたいですよ。あと、お若いお客様がほとんどだから、価格を考えて既成のデザインを選ぶ方がほとんどなんですって。採寸もほとんど終わってるから、後は人海戦術でと仰っていましたわ」


 額に付術を施す呪符という、いささか反則じみたお札をぺたりと貼りつけたローランがノンビリと答える。

 勝手に腕が動いて、同じ付術を量産してくれるという実に便利な符だ。

 なんでも大昔の東方で毎日毎日、同じ呪符を量産するのがイヤになった学者が考えたものらしい。


「……なんていうか、魔術師としての常識を疑いますよね、それ」


 ちょっと不気味そうな目でローランを見ながらクララがぼやく。まるで身体の一部だけが人形になっているようでちょっと気持ち悪い。


「便利でしょ? まあ、そんなに複雑な術には使えないんですけどね」

「使えてたまりますか。けど、アレですよね。リーズデール様、どう考えても前から計画してますよね。恋のまじない符の印象づけが必要だとか、完全に後付じゃないですか。ローラン、乗せられちゃってますよ」


 完全に手と顔で動きが別々になっているローランを見ながら、クララが呆れた声を出す。まったくもってクララの言うとおりで、実に悔しい。


「まあ、今回は名前を売ると割切りましょう。赤字にはならないんだし」

「私、思うんですけどね。ローランって実は商売が下手なんじゃ……」

「クララ、リーズデール様が1枚上手なの。いいわね?」


 認めたくない事実を突きつけられたようにピシャリとクララの言葉を遮る。

 絶対にそれだけは認めたくない、ローランだった。


「ローラン、少しいいか――な、なんだ? 気持ち悪い」

「あ、殿下。気持ち悪いって……いくらなんでも意地悪ですよ」


 ふうと一息ついて、ローランは呪符の効果を打ち切った。さすがにそろそろ呪力がつきかけてきたのか、頭が動かなくなってきている。

 リーズデールからの発注は8割方終わっているので、あとはさほど無理なく終わらせられるだろう。


「まったく……あまりガメツイのもいい加減にしておけよ」

「与えられた勤めはちゃんとこなしてます。余暇を使う分には自由だって、最初の約束じゃないですか」

「急な仕事に備えて、体力と魔力を温存するのも魔術師の大切な務めだぞ。目に余るようなら叔母上に報告するからな。それより、少し厄介なことになった。お前に招待状だ」


 ペリペリと額から呪符を剥がしながら、レオンハルトの差し出した封書を受け取る。もちろん、心当たりはまったくない。


「私にですか? 殿下にではなくて? 私、帝城にお知り合いなんて1人もいませんよ?」


 いるにはいるが、相手はクララと犬猿の仲のベアトリスだとか、もはや名前を聞くのも嫌なアウグストだ。間違っても招待状を送る仲でも受け取る仲でもない。


「俺も確認はしたんだがな。間違いないそうだ。悪いが先に中も改めさせて貰った。そのつもりでいてくれ」

「それは別に構いませんけど……」


 中身の抜かれた封書を受け取って、宛名を確認する。

 確かにローランの名前が記されていた。心当たりが無いまま、クルリと裏向けると、折りたたまれた羊皮紙に割れた橙色の封蝋が張り付いている。


 封蝋印はカルネリウス公国の紋章。

 差出人はカルネリウス公国公女フェリシア・カルネリウス。


 試しの塔で立て続けに公子を失った、あの公国の公女だった。


「対策を練らねばならん。ローラン、お前も来い」



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