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38 完璧なプランなのは心強いですが、広告塔の人選はいかがでしょう?

 いきなり話が飛んだ気がして、ローランは思わずカップを口につけたままリーズデールをまじまじと見つめていた。


「ドレス、ですか? 私に?」

「ええ。貴女、ご実家から放逐されてドレスなんてもっていないでしょう? 普段は魔術師団の制服で事足りるでしょうけど、さすがに夜会にそれでは無粋だわ」

「私が夜会に、ですか?」


 その発想はまるでなかった。

 慰霊祭ではレオンハルトも主役の1人なので魔術師団の総員が出席することになっている。だが、夜会にも出席するという話は聞いていない。


「レオからは何も?」

「はい」

「……何をやっているのかしらね、あの子は。ごめんなさい、ローラン。本当は先にレオから話があって然るべきなのですけれど。貴女にも夜会には出て貰わなければならないの。悪いけど、これは命令よ」


 命令とまで言われれば、さすがにご遠慮しますと言うわけにはいかない。


「ご命令ならば私に否はございませんが。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「護衛よ。今のレオはすぐにでも試練に挑むことの出来る、正式な帝冠継承候補者だもの。丸腰で夜会に放り出すわけにはいかないわ。もちろん騎士は配置しますが、ずっと騎士がレオを取り巻くわけにはいかないでしょう?」


 その説明で、ようやく理解が追いついた。

 なるほど。それならば理解出来る。


 確かにいかつい騎士たちが子供のようなレオを護衛していたのでは、一体何事かと思われてしまう。

 それに何よりも、華やかな夜会には似合わない。


 自分自身が華やかだというわけでは決して無いが。


「ローランならば、レオのエスコート相手として不足はないわ。魔術師としての腕も騎士団長のオーランド卿のお墨付き。完璧よ。服装を除いてはね」


 リーズデールの言葉を待っていたかのように、数枚の美しい光沢を放つ布がテーブルに並べられた。黒と赤と青と黄色が一枚づつ。


「そこで、そのドレスをこの布で作ろうと思っているの」


 それは不思議な光沢を放つ布だった。

 微かに光を帯びているのだが、ピカピカチカチカ輝くという下品さは無い。しっとりとした、どこか落ち着く光だ。


「ステキな布ですね」

「でしょう? けど、この布の凄いところはそれだけじゃないのよ?」


 そう言うと、リーズデールは赤色の布をもう一枚受け取ると互いをゆっくりと近づけていった。


「え?」


 距離が縮まると、不思議なことに布の輝きがどんどん深みと一体感を増していく。

 まるで、離れていた布が1つになって喜んでいるかのようにさえ見えた。


「……いい。ですね」

「でしょう?」


 この布を使えば、一緒に居れば居るほど特別な一体感を感じさせるカップルを演出出来る。しかも、その輝きはしっとりと落ち着いており下品さは欠片も無い。

 夜会で使うにはもってこいの布だ。


 ただ、それだけならローランに話を振る意味が無い。

 これは何か問題があるなと思っていたら、案の定だった。


「魔術具で染料を加工しているのだけどね。この布。夜会で使うには少し問題があるのよ」


 そう言うとリーズデールは同じ色の布をもう一枚受け取って近づけていった。

 今度は三位一体という感じで、やはり一体感を感じさせる輝きを帯びる。


「あ。これはちょっとマズイですね」


 同系色の色をオーダーされたら、複数のカップルで一体感が出てしまう。

 これはマズイ。まるで乱交状態だ。


「でしょう? 元々は騎士団の制服用に開発された染料なのよ。同じ隊の騎士たちが一体感を感じられるようにね」


 確かにその用途ならば、こちらの方が望ましい。

 要するにこの布は集団用なのだ。カップル用ではない。


「ローラン。この布をカップル用にすることは出来るかしら? 同じ術の組合せでないと一体感が出ないようにしたいのよ」


 少し考えていたローランは、高山地帯の関所で使われていた勘合用の呪術符を脳裏で応用させてみた。

 この術を施した呪術具は2つ揃わないと呪力が発揮されないのだ。

 つまり、これの応用だ。


「……出来ます。一枚の布に呪術を施し、そこから2着の衣服を作るんです。2着が近づいた時に初めて、布本来の魅力が発揮される仕掛けです」

「いいわ。それでいきましょう。布と衣装作りはこちらで引き受けるから、ローランは布に呪術を施してくれないかしら。もちろん、ローランの名前はタグにちゃんと記すわよ? そうね、一枚につき……金貨1枚はいかが?」


 むむっとローランは眉間に皺を寄せた。


 この手のドレスや正装は結構お高い。安い魔術具程度の金貨は飛んでいくはずだ。

 しかも、オーダーによって値段は大きく変動する。


「リーズデール様。金貨1枚というよりも、最終価格の割合で決めるべきではないでしょうか? そうですね……1割でどうです?」

「ローラン、それではこちらの利益が少なくなりすぎます。ダメです」


 あっさりと却下されてしまった。

 が、価格そのものはアウトだが、固定ではなく変動でという提案は却下されていない。


「では、7分で」

「5分」

「6分。こちらも手間が大きいんです。それとも呪術の材料費は持ってくれますか? それなら5分で良いです」


 ローランの言い分にリーズデールはため息交じりにうなずいた。


「レオの気持ちがわかるわね。良いでしょう。それで契約しましょう。こちらも新しい販路が開けるわけですしね。広告費として割りきりましょう。その代わり、ローラン。貴女とレオにも、この布で作ったドレスと正装を纏ってもらいますよ?」

「リ、リーズデール様? 別に私と殿下はカップルでも何でもないのですが」

「宣伝です。夜会でこの布の素晴らしさをタップリとアピールしてきなさい。私も割りきったのだから、ローランも割り切るべきではないかしら?」


 ぬぬぬっと睨みあった後、どちらからともなく笑い出す。

 まあ、それぐらいは仕方ないとローランも割切ることにした。


 これでローランの商品はカップル達の出会いからとりあえずのゴールまで関わることが出来るようになったわけだ。


 きっと、思い出作りに成功したカップル達はことある毎にローラン商会の名前を思い起こしてくれるに違いない。


 だが、それにしても。


(私と殿下が夜会のペアだなんてねえ)


 頭の中で、その時の様子を想像してみてが、どうにもピンと来なかった。


「どうしたのローラン。妙な顔をして」

「いえ。殿下と私が夜会にというのが、どうにも似合わないなと想像してしまいました」

「あら。そうでもないと思うわよ。これ以上は今は言いませんけど」

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