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幕間④ リーズデールの優雅な午後とレオンハルトの受難

「叔母上。無事に塔の試しを終えたこと、ここにご報告申し上げます」

「おめでとうレオンハルト。よくやりましたね。きっと大公殿下もお喜びでしょう」

「まだ、これからですよ叔母上。さすがにカルンブンクルスが帝位に興味が無かったとは言え、塔の試しを放棄された方は数えるほどです」


 塔の試しを無事に終えたことを報告していたレオンハルトは、少しばかり大げさな叔母の祝福をはにかみながら受け取った。


 確かに前例の無い不穏な塔の試しであったのは事実だが、面と向かって褒められるのは少しばかりくすぐったい。


「ですが、この度の塔の試しは今までに無い試しであった。そのように報告を受けていますよ?」

「確かに知らないままなら危険だったと思います。魔術師たちは、よく調べてくれました」


 そして、死人の村の経験も大いに役にたった。

 この2つが1つでも欠けていれば、何も考えずに階段を登り転落していたかもしれない。


「レオ。これからですよ。十分に気をつけ、気を配りなさい」

「はい。ご忠告、ありがとうございます」


 これから先は1000年の呪いと1000年の継承権争いの泥沼が待っている。

 そして、果てしないその先に帝冠がある。


 まさに叔母の言うとおり、これからなのだ。


(アーベル。やっと始まりだ。お前はどこかで見てるのか?)


 死人の村で、試しの塔ので、死人はたくさん出会ってきた。これからも呪いに立ち向かう以上は大勢の死人たちと出会うだろう。

 その中に彼はいるのだろうか?

 

 レオンハルトの初めてにして唯一の友が。


(いるなら、俺の前に出てこい。面白いことを教えてやるから)


 お前が妻にしようとしていた娘は、やっぱり面白いやつだぞ。

 そう教えてやったら、どんな顔をするだろうか。


(そうでしょう! とはしゃぎそうだな)


 思わずニヤけた笑みが浮かんでくる。


「レオ。どうしました? ちょっと気持ち悪いですよ?」

「いえ。少し考えていたものですから。アイツがローランに出会ったら、どんな顔をするのかと」

「そういえば、アーベルがローランを見初めたのでしたね。たしかに、あの2人が夫婦になっているところは少し見たかったですこと」


 破天荒なところも何をやらかすか予想が付かないところもそっくりなのに、会話が噛み合うところがまるで想像出来ないのが、また面白い。


「それにしても、アーベルもまた、どうしてあんな男装しか似合わないような女を妻にと思ったのか。そこだけは理解出来ません」


 何かとレオンハルトを子供扱いするくせに、自分が糸杉みたいと言われると怒るのだ。似合うドレスがあるなら、見せてみろと思う。


「レオ。そういうところが子供っぽいと言われるのですよ。それにアーベルがローランを見初めたのは、まだ彼女が子供の頃でしょう。肉付きも何もありません」


 叔母はそう言ってレオンハルトに呆れるが、納得出来ないものは納得出来ないのだから仕方が無い。

 完全に意固地になっている甥を見て、リーズデールはふと一計を案じた。


 そうまでいうのならば、ローランを着飾ってあげましょう。衣装はこちら持ちだと言えば、彼女もまさか断りはしまい。


(……転売は禁止しておく必要はあるかもしれないわね)


 断らないだろうが、その後のことも考えておかなくては。


 それはともかく、これは名案だった。

 レオンハルトは精神的には年相応なのだが、肉体にどうしても引っ張られてしまうせいか情緒が幼い。ここで矯正しておくのも悪くは無いだろう。


 さて、問題はどこでデビューさせるかだ。社交のデビュッタントの季節はもう過ぎている。さすがに来年というのは長すぎる。


(そういえば、慰霊祭がありましたね!)


 皇帝陛下が自ら祭祀を務められることになった、慰霊祭には大勢の貴族が列席する予定となっていた。

 想定以上の規模になってしまったため、宮廷では参列者の調整に苦労しているらしい。

 ぜひ、この機会にと望む貴族の数が凄いことになってしまっているのだとか。


 とはいえ、祭祀堂のキャパシティには限度がある。


 おそらくは二部構成にせざるをえないと夫であるアラン・アキテーヌ侯爵が珍しく愚痴をこぼしていた。


 これほどの貴族が一堂に会するというのもなかなかない機会なので、併せて夜会の開催も執り行われる予定になっていた。


「レオ。慰霊祭のことはもちろん知っていますね?」

「嫌というほどです、叔母上。まさか、こんなに大事になるとは思いませんでした」


 発端もレオンハルトなら、その功績を賞されることになっているのもレオンハルトだ。

 かなり、あちらこちらと引っ張りまわされているらしい。


「では、この機会に宮廷主催の夜会が執り行われることも知っていますね?」

「はい」


 何を言い出すつもりだ、と身構えるレオンハルトにリーズデールは短く命じた。


「その夜会にローランをエスコートしなさい。そこで貴方にローランの美しさというものを見せてあげましょう」

「叔母上? いや、私はそのようなつもりで……」

「いいえ。そのようなつもりがないから、貴方はダメなのです。お兄様にもお願いして、申しつけていただきますからね。大公殿下と私からの命令です」

「叔母上! それは横暴です! 第一、私の姿を見てから言って下さい。どっちがエスコートか分からないではありませんか!」


 端から見れば姉が弟をエスコートする図にしか見えないだろう。

 帝冠継承候補者として、堂々と名乗りを上げようというのにそれではいくらなんでもあんまりだ。


「もちろん、それも考えてあります。刻騙(ときがた)りの香を特別にレオに差し上げます」

刻騙(ときがた)りの香!? 叔母上、そんな夜会ごときに!」


 刻騙(ときがた)りの香とは文字通り、刻を騙すお香のことだ。

 この香の香りを纏えば、香りが消え去るまでの間だけ香りを纏った者の年齢を操作することが出来る。

 もちろん、極めて高価な魔術具である。おまけに一回こっきりの使い捨てだ。


 兄は渋るかもしれないが、ここは何と言いくるめてでも押し通さねば。

 これもレオンハルトの情操教育のためである。


「子供扱いされるのがイヤなのでしょう? ちょうど良いではありませんか。本当の貴方の姿を見せてあげなさい。いいですね。ローランを立派にエスコートするのですよ。繰り返しますが、これは命令です。反論は許しません」

「叔母上!」


 となると、レオンハルトの衣装も必要だ。

 これは忙しくなるわ、とリーズデールはほくそ笑んだ。


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