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3 売り上げ好調なのはいいですが、そろそろ客単価を増やしたいですね

 アルマにお友達価格で妖魔除けの護符を作成してから、はや2週間。

 ローランは牢屋の中で積み重なった注文書をめくりながら、せっせと呪符の作成に励んでいた。


「ローラン様、はい追加の注文です!」


 気がついたら牢付きの女中というよりも、すっかりローラン専属のマネージャーと化したアルマがバサリと注文書の束を文机に載せる。

 筆を片手にパラパラと注文書をめくったローランはウンザリした顔でアルマを見上げた。


「アルマ。宣伝だけじゃなくて、こうして注文までとってくれるのは嬉しいのだけど。どうして恋のまじない符ばかりの注文ばかりなのかしら?」

「そりゃあ、いい殿方を見つけるのは戦争ですから! 黙っていても良縁を調えてくれるようなお貴族様とは違うんです。さりげなく確実にゲットしなきゃ、他の女にゲットされちゃうんです!」

「良縁ね……」

「あ、ご、ごめんなさいです!」

「まあ、それはいいけど。それから、私のことは外では言わないこと。良いわね?」

「それはわかってますけど、けど良いんですか? おかしいですよ、こんなの。私は納得いかないです」


 少しむくれるアルマを苦虫を噛みつぶしたような顔で見つめながら、ローランは密かにため息をついた。


 ローランのおかげで無事に窮地を脱したアルマとすっかり親しくなったのはいいものの、あれやこれやと聞き出されてしまったのは誤算だった。


 婚約者と家族に裏切られて冤罪でもって、この塔に閉じ込められる羽目になったという事実をヘタに誰かに吹聴されるとアルマの身に危険が及びかねない。


 その辺のことはさすがにアルマも理解しているようだが、納得出来るかというと話は別でことあるごとにムカムカと義憤にかられているようだった。


 親身に心配してくれるのは正直言って嬉しいが、だからといってアルマが危険にさらされてしまうことはとても許容出来そうにない。


「とにかく、ここだけの秘密。わかったわね」

「はぁい」


 アルマの気乗りのしない返事に気持ちを切り替えて、ローランは再び筆を手に取った。


「それにしても、恋バナって強いわねえ」

「ローラン様の呪符は使いやすいですもん。おまけにお値段も手頃ですし。そりゃあ飛ぶように売れますよ」


 ローランがせっせと書き殴っている恋の呪符は、いわゆる惚れ薬のような直接的なものではなく、ちょっとしたきっかけを演出するだけのものだった。

 ふと視線が絡み合うだとか、風で飛ばされた意中の相手のハンカチがたまたま手元に舞い落ちるだとか、その手の偶然を呼び寄せるだけのささやかなもの。


 とはいえ、偶然も積もり積もればそれは運命と呼ぶに値する。


 さりげなく意中の相手と仲を深めるにはもってこいのおまじないというわけで、あっという間にアルマの同僚に広まった。


 おまけに使い捨ての呪符なので、1人で何枚も買い込むことになる。

 1人が2人、2人が4人と増えれば増えるほど、注文数はうなぎ登り。気がつけば、全体の注文のほぼ全てを独占していた。


 ローランにしても、1人で何枚も買うのを狙って薄利多売の価格設定にしたわけだが、さすがにここまで注文が偏るとは思っていなかった。


 本音を言えば、もっと単価の高い注文が欲しいところだが、欲張っても仕方ない。


 ローランはアルマから受け取った銀貨を積み上げると、にへらと笑み崩れた。

 奴隷となるであろう自分を買い上げるにはまるで足りないが、それでも文字通りゼロから積み上げたとなると感慨もひとしおだ。


「ローラン様、ちょっと殿方には見せられない感じになってます」

「え? そう?」

「そうですよ。私しかいないから良いようなものの、外でそんな顔したら寄ってくる優良物件も逃げちゃいますよ?」

「別に殿方のことはどうでもいいけど、店主の威厳が無くなるのは良くないかもね」


 さらさらさらと筆を走らせながら、おざなりに言葉を返す。

 さすがに恋バナで盛り上がれるような心境では無いのだが、アルマはアルマで別の考えがあるようだった。


「どうでも良くないですよう。酷い目に遭ったら、次は良いことがあるっていうのがお約束なんです! 次の機会を逃さないためにも、毎日が大切なんです!」

「確かに毎日の売り上げは大切よね」


 たしかに赤字の後には黒字が来てしかるべきだ。

 その意見には同意出来る。


「売り上げじゃ無いです!」


 悲鳴のようなアルマの声に被さるように、おもむろに牢の扉がノックされた。

 ローランの返事もまたずに扉のノブがガチャリと回される。そこに姿を見せたのは見習い騎士の鎧に身を包んだ、1人の青年だった。


「テオ兄ぃ。勝手に入ってこないでよ」

「お前は何を言ってるんだ。ここは牢獄でそこの黒髪のお姫さんは罪人で、お前はただの世話係だからな。お貴族様のサロンでもなけりゃ商会の会議室でもないぞ」


 テオ兄と呼ばれた青年は呆れたように言いながら、ズカズカと牢に足を踏み入れると無造作にローランが書き上げたばかりの呪符をつかみ取った。


「ちょっと! 何、勝手に触ってるのよ! 言っとくけど、それ売り物なんだからね! 汚したら弁償よ、弁償」

「だから、ここは商会の会議室じゃ無いって言ってるだろ。何度も言うけどな、お前は罪人の世話係なんだからな。でしゃばるな」

「まだ、罪人じゃ無いわよ、バカ兄貴!」


 フンとそっぽを向くアルマに苦り切った顔でテオは手にした呪符に目を向けた。


 アルマの言うように、ローランはまだ罪が確定したわけではない。

 断罪の塔の噂は貴族社会のみならず、それを支える騎士団や教会にも広まっており、概ね誰もが同情的だ。


 だからこそ、囚人が呪術具を売りさばくなどという酔狂も条件付きで黙認されたわけだが、さすがに野放しというわけにはいかない。

 万が一、脱獄ということになれば騎士団の責任はもちろん、世話係である妹の連座も免れないのだ。


 ローランが何をしているのかをきっちりと監視して騎士団の隊長に報告する義務がテオにはあった。


「で、これはアレか? いつもと同じヤツなのか?」


 当然と言えば当然だが、一介の騎士見習いのテオにはローランが作る呪符を見分けることなど出来はしない。

 ただ、同じような文様が描かれているのでいつもと同じだろうと見当をつけるだけだ。


「ええ。いつもと同じ、恋の呪い符です。どうぞ一枚お持ち下さいませ。お役目ですもの、お代を要求したりはしませんわ」


 ローランはテオが好きなものを選びやすいように、書き上げた札を机に広げて見せた。

 ローランが牢獄で呪術具を売り出すにあたり、つけられた条件がこれだ。

 販売する呪術具は騎士団の検閲を受けること。


 タダで持って行かれるのは悔しいが、こればかりは仕方が無い。税とでも思えば、まだ少しは納得出来る。


「わかった。それじゃあ、これを貰ってくぜ。それにしても、なんで色恋関係ばっかりなんだ? 魔術具といったら、もう少し他にもあるだろう」


 見習い騎士のテオからみれば最初にアルマが作って貰ったような護符の方がよほど価値があると思えるのだが、なぜか騎士団に提出する魔術具は揃いに揃って恋のおまじないなのだった。


「……それしか注文が無いだけです。本当はもっと単価の高い商品の注文が欲しいのですけど」

「けど、私みたいなメイド友達だと他の品物は手が出せませんよう。あまり必要も感じませんし。これ以上のお値段となると、もっと懐の温かい騎士様あたりじゃないと厳しいです」


 ふと、テオは自分を見つめる肉食獣のような視線に気がついた。


「そういえば、アルマのお兄様は騎士様ですわね?」

「見習いですけどね。テオ兄、あまりお金無いですよ? 護符を壊したときに、一緒になって真っ青になるぐらいですし」

「けど、騎士団には正騎士もいるでしょ?」

「いますね。金貨がそのまま歩いてるような、優良物件が」


 妹とお貴族のお姫様が何を言いたいのかわからないが、とにかく嫌な予感がする。

 

「じゃ、俺はこれで帰るわ。邪魔したな」

「テオ兄。商品のリストはこっちよ」


 妹にがっしりと手首を掴まれたテオにローランがにっこりと微笑みかける。


「他ならぬアルマのお兄様ですもの。お友達価格で提供させていただきますわよ?」

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