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32 なんとなく、謎が見えてきましたけれど

 長い長い一夜が明けた。

 

 2人が塔の扉から姿を見せると、ソワソワしながら待ち構えていたクラウスが2人に駆け寄ってきた。


「ど、どうじゃった? やはり、ただの事故か?」


 出来ればそうであってくれ、と考えているのがモロに顔に表れている。

 しかし、そんなクラウスの願いに反してクララは難しい顔で首を横に振った。


「事故と言えば事故ですが、人為的に事故が起きやすいような罠が仕掛けられているようでした。塔の死霊達に追い立てられて螺旋階段を登れば、息が詰まって転落する仕掛けです。呪いの1種かとは思いますが、証拠はまだ見つけていません」

「な、なんと……。しかし、あれほど綿密に調査したのにか? 本当にそんなものがあったのか?」


 クラウスは信じがたい思いで試しの塔を見上げた。

 帝城の中庭に設えられたこの塔に、そんな仕掛けを施すことが可能だとはどうしても思えない。

 可能だとすれば、持ち運びが可能な小型の魔術具だろう。

 そんなものは簡単に用意出来るものではない。


「だとすると、かなり高位の魔術師が関わっておるということになるの」

「はい。何かはまだわかりませんが、何かがあります」


 わかった、とクラウスは髭を撫でつつ頷いた。

 窓際族で無責任だが、さすがに部下が命がけで掴んできた事実を闇に葬るほど割りきってはいない。


 まずは証拠を隠滅されないように手を打つ必要があるだろう。

 調査はその後だ。


「ふむ。とりあえず、しばらくは塔を封鎖せねば。衛兵! しばらくはこの塔に誰も入れてはならん! 清めも後回しで良い。しばらくは誰も近づけるな、良いな! そなたらも同じじゃ。今より塔に入るのを禁ずる。文句があるなら、カルンブンクルス公国へ申せ」

「は、ははっ!」


 クラウスの声に、後片付けの準備を進めていた兵士達が慌てて塔から距離を取った。

 要らぬ嫌疑をかけられてはたまったものではない、ということだろう。

 数人がローラン達からよく見えるように、大げさな動きで扉を閉ざしていく。


 ガコンと大きな音がして扉が閉じると、押し込められた空気が行き場を失い、塔の天窓がぎぃと音を立てて内側から押し開かれた。


 やがて、余分な空気が抜けてしまうと自身の重みで天窓が再び閉ざされる。

 これで塔は完全な密室となった。


「さて、これで良い。それでは儂はここで見張っておるからクララはクルト達を呼んでくるのじゃ。ローランはことの次第をセバスティアン筆頭侍従にお伝えせよ。さすがに試しの塔を勝手に封鎖したとあらば、中央への弁明は必要じゃ。ちと骨を折って貰わねば」


 塔に入ることから逃げ回っていた時とは別人のようなクラウスに戸惑いながら、ローランは先に駆けだしたクララの後を慌てて追いかけた。


「まるで別人みたいですわね、団長殿」

「……仕事は出来るんですよ、身の危険がなければ。だから、余計に腹が立つんです!」


※ ※ ※


「どうです? 息が詰まって死にましたか?」

「生きてるよ!」


 念のために命綱を括り付け、塔の梁によじ登って天井の辺りを調べていたカスパルがクララに怒鳴り返す。

 先日のことを根に持っているのか、クララの声はとても冷たい。


「それで、何かあったかね?」


 そう声をかけたのは調査の指揮をとっていたクラウスだった。

 腰抜けなのはさておき、こういう地道な仕事ではなかなか堂に入っている。


「いんや。なんにも無いっすね。魔術具どころかミスリルの欠片1つ転がってませんよ」

「そんなわけはないんですよ。実際に死にかけたんですから」


 ごそごそと埃と煤に塗れながら、あちらこちらと這いずり回るカスパルの言葉にクララが首を捻る。

 隠すとしたら、間違いなく天井の辺りのはずなのだが何も出てこない。


「息が苦しいということはないかの。呪いが残留しておるかもしれん」

「まあ、狭いから多少は息苦しいですけどね。息が詰まるってほどじゃないですよ」

「ふむ。痕跡も無しか。これはちと困ったことになったの」

「けど、何かはあるんですよ。そうじゃないと説明が付かないです」


 ローランとクララの気のせいだと言いたいが、実際に試練に挑んだ公子や魔術師が死んでいるのだ。

 いくらなんでも、ただの事故というには確率が高すぎる。


「クルト。お主の方はどうじゃ? 何かあったか?」

「特に怪しいものは何も。強いて言えば、明かりが変わったぐらいでしょうか」


 こちらは文官らしく、塔の記録を丹念においかけていたクルトもやはり同じく首を横に振る。


「明かりか。確かに塔とは直接関係無いの。そういえば、昔は魔術具の明かりを使っておったのう。懐かしいワイ」


 そう目を細め、クラウスは在りし日の塔の姿を思い出すように目を細めた。


「先代の頃ですね。ああ、思い出しました。確か槍を持ち込んだ帝冠継承候補者が大暴れして壊してしまったんですよ。貴重な魔術具だったのに」

「そうじゃそうじゃ。ただの武器ならばよかろうと、死人相手に大暴れした公子がおった。あれ以来、武器の持込も禁止になったんじゃ」


 さすがは先々代と先代からの窓際だけあって、些細な歴史にやたらと詳しい。

 そんな風にほのぼのと昔を懐かしんでいる2人の言葉に反応したのはローランだった。


「昔は篝火では無かったんですの?」

「そうですよ。明かりの魔術具が設置されていました。壊された後、宮廷の魔術師たちが再現しようと頑張ったんですけどね。難しくて諦めたんです」

「明かりの魔術具ですよね?」


 ローランの知る限り、明かりの魔術具など大した技術は必要ない。はっきり言えば生活魔法のレベルだ。

 もちろん、東方式よりは随分と高価にはなるだろうが宮廷の魔術師たちが再現出来ないとは思えない。


「塔の中は扉が閉じれば結界が発動しますからね。その中で明かりを放つ魔術具というのは結構な難物なんですよ。結界の効力を無効化する結界という多層魔法陣は規模が大きい。この塔の半分ぐらいの広さが必要です」

「あ、そういえば、そうでした。けど、それならば……」


 ふと、思い出したことを確かめるため、ローランは燃え残った篝火の籠を漁り始めた。

 腕が煤で真っ黒になるのにも構わずに、底の方から燃え残った塊をつかみ出す。


「どうしたんじゃ、いきなり。それは何じゃ?」

「練り炭です。炭の粉を練り固めたもので、大量に燃やすと悪い空気を出します」


 昔、義父の商会が経営している炭鉱で大規模な事故が起こったことがあった。

 ごくごく稀なことだが、微細な炭塵が連鎖的に燃え広がり爆発事故を起こしたのだ。この事故で炭鉱は長期間の閉鎖を余儀なくされ、かなりの損を被った。


 事故後も長く炭鉱が閉鎖されたのは、悪い空気が溜まったからだ。悪い空気は下に沈むものもあれば上に溜まりやすいものもある。


(あの時も息が詰まって大勢亡くなったはず。確か、純度の高い炭が中途半端に燃えると良くないと聞いたわ)


 それで悪い空気が出るのだそうだ。無味無臭なので、なかなか気がつかずに手遅れになってしまう。


「副団長。その記録をお貸しくださいませ」

「あ、ローラン」


 返事も聞かずにローランはクルトから試しの塔の記録をひったくると、篝火に関する記録を追いかけた。


(どこかで何かが変わってるはずだわ……)


 丹念に指で追いかけていくと、ちょうど数年前に薪の仕入業者が変わっているのを見つけた。

 時期的には公子が死ぬ1年ほど前。

 スファレウス公国の公女が試しの儀式に参加する直前のことだ。


 新しく変わった業者はフッガー商会。

 義父の経営する商会だった。


 強ばった手の中で、カサリと練り炭の残骸が崩れ去った。


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