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30 試しの塔にはやはり秘密がありそうです

 ガコン! と重々しい音と共に背後で塔の扉が閉められた。

 前もって灯されていた唯一の明かりの篝火が、煌々とローランとクララの2人を照らしている。


「ああ、どうしましょうローランさん。ついに始まっちゃいましたよ……」

「クララさん、落ち着いて。どうせ、何も起きませんよ。昼のうちに調べるだけは調べたじゃない」


 塔の中でローランに抱きつきながら愚図るクララをあやしながら、ローランは暗がりに溶け込んでいる塔の天上を見上げた。


 同じ塔と言っても、ローランが閉じ込められていた断罪の塔とは造りがまるで違っている。

 内部は完全な吹き抜けになっており、中央の柱に螺旋階段が配されているだけの簡単な造りだ。


 本当にそれっきりで、途中の階もなければ部屋も無い。

 一階部分には祭壇が設えられており、八角形の塔の角にはそれぞれ灯りを兼ねた篝火がメラメラと怪しく燃えている。


「さて、どうしましょうか」

「ローランさんが決めて下さい。私はそろそろ気絶しそうです」


 すでに気になる部分は昼のうちに調べ尽くした。

 確かに怪しいところはどこにも無い。

 階段は頑丈だし、床材は処刑台を分解した木材と処刑場から引き剥がされた石材を組み合わせた簡素なものだ。


 中身はガランドウなので、そもそも疑える部分がそこぐらいしかないのだ。


 後は、処刑場に染みついた死霊の中に手に負えない化物が混ざっているとか、それぐらいしか考えようが無い。


「やっぱり、出ましょうよ。もう一度、全員で隅から隅まで調べましょう」

「もう、遅いですよ。朝まで扉は開かないのでしょう?」

「こんなところで死にたくないです! 死んだら絶対に呪ってやる、あのおっさんども!」


 胆力を試すためなのだから、塔の中では魔術の類は封印されている。

 当然クララも杖はあれども、魔法は一切使えない。魔術具もやはり使えないようだ。目的は違えど、断罪の塔によく似ている。


 ただ、上の方では封印が少し弱くなっており、弱く簡単な呪術ならば、なんとか使うことが出来た。


「うう、ローランさん。もうちょっとくっついてもいいですか?」

「クララさん。さすがに暑いですわ」


 震えながらピッタリとくっついてくるクララには悪いが、炎がガンガン焚かれている塔の中はかなり暑い。

 亡霊よりも先に汗が噴き出てくるほどで、早くも少し息苦しい。


 ひっしとしがみついてくるクララを引き剥がしたりしているうちに、ついに亡者たちがボンヤリとした姿を現し始めた。


―首を

――首を切るなぁ……


 断頭台の露と消えた亡者が自分の首を探して動き回っている。


「ひっ! で、出ました! 出ましたよ!」

「出ましたね」


 次から次へと首無しの亡者達が床からしみ出して、自分の首を探し始める。たまに腹が割けてこぼれおちた内臓をかきこんでいるのは、腹裂きの刑に処された罪人だろうか。


「ロ、ローランさん! あ、あれ。あれなんですか?」

「車裂きの刑じゃないかしら」


 見れば、四肢を引きちぎられた亡者が床で蠢いていた。


(確かに肝試しね)


 不気味で悍ましく、確かに恐怖を煽りはするが身の危険は感じない。

 ローランの見たところ、危険な死霊は確かに塔にはいない。


――首ぃ

―――お前達、なぜ首をもってる

――――足ぃ。

―――――首ぃ。


 寄越せ寄越せと、鈍い動きでローラン達ににじり寄る。少しづつ少しづつ、亡者から逃れるように後じさるとコツンと背中が柱に触れた。


「う、上です! 上に行きましょう!」

「けど、危ないんじゃない?」

「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないです! どうして、ローランさん平気なんですか!?」


(まあ、今さらですし)


 ローランの中には無数の死霊がみっしりと眠っている。

 ローランにとって、死人はむやみに怖れたり忌んだりするものではない。


 だが、さすがにクララはそうではない。

 このままでは恐怖のあまり、心臓が止まってしまうかもしれない。


 やむを得ず、階段を上り始めるとすぐに亡者たちも後を追いかけてきた。

 とはいうものの、その歩みは遅い。一晩かけて、上まで来れるか来れないかというほどの遅さだ。

 これなら、追いつかれて引きずり落とされる心配は無いだろう。


 塔の半ばまで登ると、死人の群れが我先にと階段に群がっているのが見えた。

 ようやく落ち着きを取り戻したクララが、おっかなそうに階段を一歩登っては別の亡者に引きずり落とされるのを見ながら呆然とつぶやく。


「所詮は肝だしだって舐めてましたけど、これは洒落になってませんよ……」

「クララさんも死霊ぐらいは祓ったことがあるのでしょう? そこまで恐がらなくても良いと思うのだけど」

「ローランさん。今までどれだけこき使われてきたのか知りませんけど、感覚おかしいです! 麻痺してますよ、それ! 杖も護符も無いんですよ。怖いに決まってるじゃないですか!?」

「そ、そうかしら?」

「そうですよ! とにかく、もっと上に行きましょう。声も聞きたくないです」


 ああ、うう……という死人の声が少しづつ少しづつ近づいてくる。

 互いに足を引っ張りあっているので、その進みは遅い。

 それでも少しでも距離を取りたいのだろう。クララはローランの手を引いて階段を上り始めた。


「ちょっとクララさん。危ないわよ。まだ、塔で何が起きたか分かってないのに」

「そんなの決まってます。ビビって落ちたんですよ。私だって1人なら、パニクって足を踏み外す自信あります。ローランさんと一緒だから、耐えてるようなものです」

「かもしれないけど、念のために確かめておかないと。この高さなら、簡単な術ぐらいならなんとかなりそうですし」


 とローランは懐から薄い羊皮紙を1枚取り出した。親指に歯を立てて、滲んだ血で呪言と印を書き殴る。


「ち、血? ローランさん、どうしたんですか!? 実はやっぱり怖くておかしくなっちゃいました?」

「東方の呪術よ。さ、出来た。お飛びなさい」


 ふっと羊皮紙に息を吹きかけると、羊皮紙は1羽の鳥へと姿を変じた。

 パタパタと羽ばたいて、そのまま塔の中を飛んでいく。


「な、なんですあれ?」

「呪術で出来た鳥よ。視界を共有出来るから、こういう時にはもってこいね。まあ、本物の小鳥と同じようにひ弱だから、たまに鷹なんかに食べられちゃうんだけど」


 意識を羊皮紙で作った鳥と同調させる。鳥目なのであまりよくは見えないが、とくに昼のうちに調べた時と変わりは無い。

 が、天上近くで急に様子が変化した。


「かっ、はっ」

「ローラン!? 大丈夫ですか!?」


 息が出来ない。喉を押さえて咳き込むローランの背中を慌ててさするクララの腕を掴みながら、慌てて意識を鳥から切り離した。


「はぁはぁはぁ……」

「び、びっくりしたあ。ローラン、大丈夫ですか!?」

「大丈夫。少し驚いただけだから。けど、上が危険なのはわかったわ」

「え?」


 目を丸くするクララの隣を、羊皮紙に戻った鳥がヒラヒラと落下していった。




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