25 ご、ご無体ですわ!
目標としていた自由が棚からポロリと転げ落ちてきた。
このまま、その自由を受け取っても誰にも文句を言われることはない。
だが、ローラン自身は別だった。
今まで対価に拘ってきたのは、そうすることで胸を張ることが出来るからだ。契約は対等な立場で行わなければならない。
1度でも物乞いのような真似をすれば、それは自分を縛る枷となる。
だから、確認しなくてはならない。
「私を購った大金貨25枚はどうなるのですか?」
「貴女への褒美ですよ。もちろん」
「それでは、お申し出を受けるわけにはいきません。報酬は既に大金貨17枚金貨40枚といただいております。これ以上は対価を超えます。あ、殿下。オーランド様に預けておきました分は返してくださいましね」
ローランの言葉にリーズデールの瞳がすっと細まる。
「では、どうするおつもりかしら? 奴隷に戻るの? 私はそれでも良いけれど」
「もちろん、稼いでお返しします。というわけで、殿下。ご入用の呪術具は何かございません?」
恵んで貰うわけにはいかないのだから、稼いで返すしか無い。
何しろ、額が額だ。
大金貨25枚から返して貰った大金貨17枚と金貨40枚を差し引いても、大金貨7枚以上の借金が残る。
それ相応の商談でなければ、とてもではないが追っつかない。
「騎士団まるごと相手にするような話がそうそうあるわけないだろう」
「そういわずに」
「意地を張らずに大人しく、褒美と思って受け取っておけば良いだろう」
レオンハルトは呆れたように言うが、そうはいかない。
こればかりは譲れぬ一線だ。
(何か他に商品はないかしら。さすがに恋のまじない符で追いつく額ではないし)
じっと、金策に思いを巡らせるローランを見つめていたリーズデールはイタズラっぽい瞳のまま、思いついたように1つの提案を口にした。
「ならば、レオ。あなたがローランを雇えばいいわ」
「え? 殿下が私をですか?」
まるで想像もしていなかったことを言われて、ローランは思考の池から顔を出した。
「ローラン。レオが帝冠継承候補者であることは知っていますね? 帝冠継承候補は初代皇帝が残した7つの試練をくぐり抜けねばなりません。この国で7つの試練と言えば、それはすなわち呪いに打ち克つことを意味します」
それは男爵令嬢時代に学んで知っている。
ただ、所詮は男爵位なので、貴族の常識という程度の知識でしかない。
深いことはさらに高位の貴族ぐらいしか必要としない知識でもあるので、あとはおざなりのままだ。
「呪いに打ち勝つには帝冠継承候補者の心の強さはもちろんですが、それを支える魔術師もまた強くなくてはなりません。こればかりはレオ1人でどうにかなる問題ではないのです」
しかし、カルンブンクルスは尚武の気質。
早い話、ろくな魔術師がいない。
「実際、これまでカルンブンクルス公国は皇帝をほとんど排出していません。ですから、今回も無理にレオを皇帝にと考えていたわけではないのです。無策無謀に帝冠の試練に挑んで命を落とされては困ります」
これまでは、とリーズデールは一息つくとじっとローランを見つめる。
「ですが、先日の件で風向きが変わりました。有り体に言うとレオの功績が大きすぎたのです。もう、形だけの帝冠継承候補者と日和見を決め込むことは出来ません。レオにかけられる期待が大きくなりすぎました」
話は理解出来た。
それが目的だったのだろう。
そのためにローランを確保したに違いない。
もちろん、ローランがあっさりとご褒美に食いついたり、首尾良く自分で自由を勝ち取る可能性はあったわけだが、それはそれで改めて誘うつもりだったに違いない。
今のローランは帰る家も無いのだから、改めて打診されれば無下に断ったとは自分でも思えない。
上手く誘導されたなという思いはあるが、不愉快ではなかった。
これぐらいあれこれと手を打つのは商談ならば当然のことだ。
「それで報酬はいかほどでございましょう?」
もっとも安売りする気も無いが。
「初年度は大金貨10枚を用意するよう、兄上には私から伝えましょう。あなたが魔術具を作成した場合は必要経費と手当を公国が規定に則って負担します。いかが?」
破格の報酬だが、ローランが抱える借金を思えば妥当な金額とも言える。
相殺すれば、ちょうど良い落とし所だろう。
「承知いたしました。お引き受けさせていただきます」
「決まりましたね。それでは、レオンハルト公子殿下をよろしくお願いいたします。魔術士殿」
リーズデールとレオンハルトに深く頭を下げて、ローランは謝意を示す。頭を上げれば口頭ではあるが契約は成立だ。
ローランが頭を上げるのをまってから、リーズデールは思い出したように1つ付け加えた。
「ところでローラン。魔術具を作成する際には必要な経緯と工数は事前に申請するのを忘れないようにしてくださいね。前回のような自由販売はダメですよ? 同じように勝手に商売するのも禁止です。雇用中はあなたが作る魔術具は公国の財産になるのですから、勝手に売り飛ばされては困ります」
その一言にローランはピシリと凍り付いた。
「え、え? ちょ、ちょっとお待ちを! そんなご無体な! それでは釣り合いませんわ!」
「公国が魔術具の材料費や諸々の経費と貴女への手当を別途支払うのですから、当然ではありませんか。でなければ、大金貨10枚も魔術師のお給料には出せません。他の魔術師が反乱を起こしますよ」
「で、では、そこは無しで! 材料諸々の経費は私が負担するということで! 手数料も無くて大丈夫ですから!」
縋り付くような声をあげるローランにリーズデールは艶然とした笑みを崩さずに首を振った。
「ダメです。口頭ですが契約は既に成立していますもの。手遅れです」
「そ、そんな! あんまりですわ! リーズデール様、私を嵌めましたわね!」
ご褒美に自由をという、ローランが食いつくはずもない飴をぶら下げたのは目眩ましだったのだ。
その飴をつかって、ローランがレオンハルトの呪術師となるように仕向けるというのがローランの読みだった。
だから破格の大金貨10枚を落とし所と踏んだのだ。
だが、リーズデールはさらにもう一歩踏み込み、ローランが作った呪術具の所有権をまるっと内包した契約をローランに飲ませてしまった。
年期が違う。完全にしてやられてしまった。
「商売そのものを禁止する、というわけではありませんよ。公国に不利益を与えない範囲でなら、まあよろしいでしょう」
「は、範囲とは……!?」
「そうですね。他の公国への騎士団や魔術師団などへの販売は禁止させてもらいます。公国の魔術師が他の公国の帝冠継承候補者を利するようなことを許すわけにはいきませんもの」
要するにカルンブンクルス公国を含めた組織との取引は認めないということだ。
「ぬぐぐ……わ、わかりました。個人相手ならよろしいのですね!」
「ええ。ただし、本業の魔術師としての職務を疎かにするようであれば考えさせて貰いますからね」
軽くそう釘を刺すとリーズデールは満足そうにローランに釘を刺すとにっこりとレオンハルトに向き直った。
「レオ、良かったですわね。これで魔術具は作り放題ですよ。素材は用意しなくてはなりませんけど。なかなか良い取引が出来て良かったこと」
「……うう。ちっとも良くありません」
さすが叔母上と唸るレオンハルトの賞賛を受けながら、リーズデールはローランの心底悔しそうな顔を今度こそ存分に愛でていた。




