23 お買い上げ、ありがとうございます。ぐすっ。
裁きの間での裁判はあっという間に決着がついた。
何しろ、弁護人もいなければ罪人に弁明の機会も与えられないのである。
「罪人ローランの身分を剥奪し、奴隷と為す。奴隷ローランは帝国の財産であるが、ハーデン伯爵およびフッガー男爵が被った被害を鑑み、特別にこれをこれより売却する。売却益はハーデン伯爵に支払われる。異議あるものは沈黙をもって答えよ。異議無き者は手を打ち鳴らすが良い」
たちまち、万雷の拍手が裁きの間を満たした。割れんばかりのヤジが裁きの間の中央に立ちすくむローランに降り注ぐ。
(……形式だけとはいえ、茶番も良いところですわね)
意義無き者は沈黙を持って答えよ、という宣言からして人を馬鹿にしている。そんなもの、この歓声の中で分かるわけがないではないか。
手枷の重みに耐えながら、ローランは自分を見つめる様々な視線を感じていた。
好奇心満々の視線。ねっとりとした好色な視線。わずかながら同情的な視線も感じられる。
だが、ローランの鋭敏な感覚に触れたのは嘲るような心底嬉しそうな視線だった。
チラリと見上げると、見慣れた金髪と冷たい顔が特別に誂えられた座席からローランを文字通り見下げている。
(わざわざ、こんなところまで見に来るなんて)
確認するまでも無い。義妹のシルヴィアと元婚約者のアウグストだった。
2人はローランを訴える側ということもあり、特別な扱いを受けているらしかった。
澄んだ青玉のような瞳がローランを楽しそうに見つめている。
(やっと、相応しい身分になれましてね。お義姉さま)
そんな声が聞こえてくるようだ。
嘲る瞳の色は前と変わらないが、それでも何か雰囲気が違う。
(あの娘、少し痩せた? いえ、やつれた?)
ふっくらとした頬が少しスッキリしているように見える。
伯爵という格上の婚約者に苦労でもさせられているのだろうか? だが、アウグストにしなだれかかる素振りにそんな雰囲気は感じない。
それに痩せ方がなんだか不健康だ。
そう感じる。
(まあ、私が気にすることでもないわね)
自分に濡れ衣を着せた相手を心配するのは、さすがに僭越というものだろう。
思わず、苦笑してキッと2人を睨むように顔を上げた。
(そうそう、思い通りにはなりませんよ)
「それでは大金貨5枚より始める。この奴隷を欲するものは札を掲げよ!」
裁判官がそのまま、オークショナーとなってローランの競売が始まった。
「ぶひひ。我が輩、7枚をまずは投じるのである」
そう声をあげたのは、ローランを好色そうな目つきで見つめていた貴族だった。
身体はブタそっくりだが、残念なことに目の輝きだけは欲に染まった人のものだ。
(さ、さすがにあれだけは勘弁していただきたいわね……)
ルドルフに託した大金貨は17枚。始値の3倍もあれば、まさかは無いだろうが、それでも背筋に嫌な汗がにじみ出るのをおさえるのは難しい。
ブタ貴族がローランをどう扱うのか簡単に想像出来るのだろう。観客席のあちこちから下卑た笑いが聞こえてくる。
「私は8枚を投じましょう」
次に札を上げたのは少し不思議な雰囲気のする女の貴族だった。遠目でもかなりの美人なのがわかる。
ただ、ローランを欲する目的はわからない。まさか、そっちの趣味というわけでもないだろう。
(……ないわよね?)
ブタと同性愛。どっちがマシかと言えば、分かりきっているが、それでも亡き母に顔向け出来ない性癖になってしまうのはやっぱりイヤだ。
「では、我は大金貨8枚に金貨40枚である」「大金貨9枚」「大金貨9枚に金貨10枚」
謎の美女の声を皮切りに、あちこちで堰を切ったように札が掲げられ声が飛び交い始めた。
(大人気ね、私)
さて。彼らの目的はなんだろうか。夫婦連れの入札者も多いようなので、ブタのようにローランの肢体が目当てというわけではないだろう。
となると、ローランの東方の呪術のことをどこかで嗅ぎつけたのだろうか。
(確かに、ちょっとした騒ぎになってましたしね……)
ローランが関わっていることはもちろん秘密にされていた。さすがに囚人が塔を出て、亡者の討伐に加わっていたと公言出来るわけもない。
だが、人の口には戸は立てられぬもの。
そこはかとなく、断罪の塔の囚人が関わっていたらしいという噂が流れていたらしいことはアルマから聞いている。
その噂の裏をとった貴族たちが参戦しているのではないかとローランは当たりをつけた。
となると、妾にでもして、その血を家に取り込みたいのだろう。
家の利益になるとなれば、奥方としても文句は無い。生まれた子供は夫人の子として育てれば良いだけだ。
これもあまり愉快な未来とは言いがたい。
(オーランド様。お願いいたします……!)
ローランの心の声が聞こえたのか、そろそろ参加しないとマズイと判断したのか。オーランドの胴間声が会場に轟いた。
「大金貨10枚である!」
さすがにこれは意外だったのか、ぎょっとした視線がルドルフに集中する。
いかにも余裕という顔つきは、さすがに歴戦の騎士団長と言ったところか。まだまだ懐に余裕がありそうなオーラが立ち上っている。
すでにローランの価格は始値の倍に達している。
オーランドの余裕を見れば、そろそろ限界を感じている貴族も多いはず。
が、ローランの祈りも空しくブタは食い下がった。
「じゅ、12枚を投じるのぶひぃ!」
(貴方はすっこんでいてくださいませ!)
「私は13枚を」
(だからと言って、貴女ならいいわけじゃないんですの!)
よりによって、なぜこの2人が……というローランに救いの胴間声が響く。
「14枚である!」
おおっというどよめきが会場を満たした。
金貨での小競り合いでなく、大金貨のぶつけ合いは貴族と言えどもなかなかお目にかかれない光景らしい。
「まさか、こんな展開になりますとは」「まったくですな。せいぜい、大金貨7、8枚と見ておったのですが」「これは見応えがございますな!」
貴族達は大興奮だが、ローランは芝居では無く本気で真っ青になっていた。
(マズイマズイマズイですわ……)
さすがに限界という感じで、パタパタと掲げられていた札が下げられ始めた。残ったのはブタと謎の美女とオーランドの3名のみ。
「16枚! 我が輩16枚!」「17枚である!」
ブタの声を打ち消すようにオーランドがさらに上積みにかかる。
ついに限度額の17枚に達してしまった。
残り、金貨40枚。
だが、今やローランの値段は大金貨単位でせり上がっている。
金貨など無いも同然だ。
(………………神さま)
「18枚! 我が輩18枚!」
(お、終わりました……)
ついにローランの限度額を越えた。
その場に崩れ落ちることも出来ず、ローランは暗澹たる気分でブタを見つめた。
(閨では絶対に食いちぎってみせますわ)
何を? と問われれば、もちろん決まっている。
そんな悲壮な覚悟を決めていると、オーランドの裏返ったダミ声がもう1度会場に轟いた。
「じゅ、19枚である!」
まさかの予算オーバーにローランはぎょっとした顔でルドルフを見つめた。
脂汗を浮かべたルドルフがぐっとローランに親指をあげてみせる。
(オ、オーランド様? まさか、自腹!?)
だが、ブタは無情で金持ちだった。
「20枚ぃぃぃぃぃぃぃ!」
「む、無念……」
がくりとうなだれるオーランド。
もう、感覚がおかしくなっているが大金貨1枚は金貨50枚なのだ。金貨1枚といえば、見習いの給料2ヶ月分である。
その大金貨2枚を自爆覚悟で上乗せしたルドルフは決してケチでは無い。
ついにローランの運命はブタの慰みものかとローランを含め会場の誰もが思った時、涼やかな声が新たな額を告げた。
「25枚」
「ぶひ? 21枚ではないのか? 我が輩、20の次は21と記憶しておるが?」
「まだるっこしいことは嫌いなの。25枚」
「ぶひひひいいぃぃぃぃ」
オーランドとブタの一騎打ちを静観していた、謎の美人があっさりとさらに大金貨を積み上げた。
まだまだ余裕がありそうな美女の雰囲気に、ついにブタがお肉にされたような悲鳴を上げて札ごとひっくり返る。
甲ッと槌が打ち鳴らされ、オークションの終了が告げられる。
(…………私、これからどうなってしまうのかしら)




