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1 牢付きメイドは、あまり運が良くないようです。

 魔法によって眠らされたローランが目覚めたのは、断罪の塔と呼ばれる貴族専用の(ろう)(ごく)の中だった。


「……やっぱり、術はまともに使えそうにないわね。呪術具もかろうじて起動はするだけか」


 ローランは手の平の中で淡く光を放ってはそのまま消えていくイヤリングを見つめて、残念そうにため息をついた。


 ローランが母から受け継いだ東方式の呪術はヘプトアーキーの魔法とは原理がかなり異なっている。

 (ろう)()に張り巡らされている結界をもしかしてすり抜けられるのではないかと思ったのだが、やはりそう甘くはないらしい。


 まったく術が発動しないということはないのだが、かろうじて起動するだけで本来の効力を発揮しない。

 もっとも、これが東方式の呪術では無くヘプトアーキーの魔法だったら発動さえもしないのだろうが。


「さすがに良く出来てるわね」


 そう独りごちて、ごろんと粗末な寝台に横たわる。

 集中力が途切れると、吹きすさぶ風の音に交じって死霊や妖魔の(えん)()の声が聞こえてきた。


 断罪の塔はさすがに貴族専用と言うだけあって、平民の(ろう)とは訳が違う。


 魔法を使える貴族は珍しくないためか、(ろう)(ごく)には魔法を封じる結界が張られているし、塔の出入り口は騎士団によって厳しく監視されていた。


 さらに(うつ)(とう)しいことに結界の効力の及ばない場所には死霊や低級の妖魔がひしめき、塔の外には人面鳥が飛び交っている。

 昼はこの人面鳥がひっきりなしに窓から塔に入り込もうとしては結界に弾かれ、夜は夜で死霊の声が囚人の心を(さいな)んでくる。


 断罪の塔は刑が確定するまでの一時的な幽閉場所ということになっているが、実際には裁きが下される前に囚人は発狂して自殺するともっぱらの評判だった。


 むしろ、断罪の塔の目的は裁きが下される前に後腐れ無く自死へと追い込むことだと言われているほどだ。


 実際、ローランに呪術の心得がなければとっくにおかしくなっていたに違いない。


 人面鳥が目に入らないようにごろんと寝返りを打つと、コンコンとノックの音が聞こえてきた。


「失礼します。お食事をお持ち致しました」


 そう言って顔を(のぞ)かせたのは(くり)(いろ)の髪の小柄な少女だった。

 キョトキョトと落ち着きがないのは、貴族であるローランが気になってというわけではなく単純に死霊や妖魔に(おび)えているからだろう。


 貴族専用の(ろう)なので一応はこうして世話係がついており、3度の食事の世話ぐらいはしてくれる。

 ()(わい)そうな気もするが、食事が無ければローランが餓死してしまうのだから我慢してもらうしかない。


 せめて優しくしてあげようと、ローランはビクビクと粗末なテーブルに食事を並べているアルマに声をかけた。

 

「今日もありがとう、アルマ」

「いえ、お仕事ですから……ひゃうっ!」


 ギャアと大きな声をあげて、結界に弾かれた人面鳥が落ちていく。

 思わず身を(すく)めたアルマにローランは苦笑しながら、威圧の視線を窓の外に向けた。


「そんなに(こわ)がらない方がいいわよ」


 呪術も魔法も使えないアルマが(こわ)がる気持ちはわからないでもないが、かと言ってあまり(おび)えるのは逆効果だ。


 塔に巣くっている妖魔や死霊はそうした心につけこんで、本来の力よりも大きな力を得ることがある。

 例えば、こっそりとアルマの肩に隠れて部屋の結界をくぐり抜けてきた小さなインプのように。


「護符はどうしたの? この塔に入るなら、持たされてるでしょう?」


 この部屋には結界が張り巡らされているが、さすがに通路にまでというわけにはいかない。

 必然的にアルマのような(ろう)付きのメイドは護符を身につけているわけだが、それならばアルマがいくら怖がりと言っても取り付く隙は無いはずだ。


「ご、護符ですか? それなら、ここに……あっ!」


 慌ててアルマが引っ張り出した護符はどこかに引っかけでもしたのか、端っこが少しほつれて精緻な魔方陣が傷ついていた。


「それでつけ込まれたのね」


 ローランは少し(あき)れながら、ひょいっとアルマの肩に手を伸ばした。

 そのまま、インプをひっつかんで床へと思い切り(たた)きつける。

 ピギャアと小さな悲鳴と共に消えていくインプを(おそ)ろしげに見つめていたアルマは、ふと思い出したように小さな悲鳴をあげた。


「ど、ど、どうしよう! 護符を傷つけちゃうなんて……!」


 ワタワタと慌てふためくアルマにローランは軽く首をかしげた。

 確かに護符をうっかり傷つけてしまったのは(けい)(そつ)だが、そこまで慌てるほどのことと思えない。

 

 痛んだ護符とは言え、帰り道ぐらいはなんとか身を守ることは出来るはずだ。

 外に出てしまえば、妖魔も死霊もいないのだから問題はとくにない。


 だが、アルマの心配はローランが考えていたようなことではなく、もっと即物的なことのようだった。


「とても、弁償出来ないです!」

「べ、弁償? まあ、確かにその護符は長くは持たないでしょうけど。けど、それほど高価なものでもないでしょう?」


 この国の魔術のことはあまり詳しくは知らないが、似たようなものならばローランも母から受け継いだ東方式で作ったことがある。


 必要なのはインクと羊皮紙。

 どちらも安いとは言えないが、決して高価なものではない。


 原材料費として、せいぜい銀貨一枚。手間賃を乗せても銀貨が5枚でお釣りをだせる。メイドの給料がどれぐらいかは知らないが、さすがに月に銀貨5枚ということは無いだろう。

 少なくとも、フッガー男爵家ではメイドに銀貨10枚ぐらいは支払っていた。


 だが、アルマの悲鳴と共に吐き出された金額はローランの想像を(はる)かに上回る金額だった。


「お、お貴族様とは違うんですよ! 金貨10枚も出せるわけないじゃないですか!」


「金貨10枚!? ぎ、銀貨じゃなくて?」

「銀貨で買える魔術具なんて、この世にありません! ああ、どうしよう……テオ兄からお金を借りて……父様にも何とか……うう、どうしよう。こんな借金、勘当されちゃうよう」


 死霊や妖魔に(おび)え、さらに即物的な借金の心配とはさすがに気の毒にもホドがある。よっぽど運がないとしか思えない。


「ほら、落ち着いて。ちょっと護符をみせてちょうだい――え?」


 アルマをなだめすかしながら受け取った護符に驚きながら、ローランは頭の中でもう1人の自分がキラリと目を輝かすのを感じていた。

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