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17 ちょっぴり格好いいですわ、殿下

 レオンハルトが紅蓮に包まれた両腕を大きく振りかざす。吹き上がる炎が少年の髪を鮮やかに彩った。

 轟々たる炎の塊が頭上で膨れ上がっていく。


「滅びろ、化物!」


 戦場跡で見せた炎の矢がチンケに見えるほどの業火がレオンハルトから放たれた。渦巻き螺旋に捻れながら、一気に少女を飲み込み燃えさかる。


「せめて、炎で浄化してやる」


 息を荒らげレオンハルトは燃えさかる炎を見つめながら呟いた。

 びっしり浮いた珠のような汗に炎が映り込み、レオンハルトの顔を染め上げている。


「っと……」

「で、殿下? 大丈夫ですか?」


 やはりまだ回復しきっていなかったのだろう。ふらりとよろめいたレオンハルトの小さな身体を慌てて支えるとローランはパチパチと爆ぜる小さな身体に目をやった。


 バチバチと音を立てて、炎がおさまっていく。その様子が少しおかしいことにローランは気がついた。


 たとえば、金属の鎧に油をまいて火をつける。

 炎は鎧を覆い尽くすが、やがて力を失い元の鎧が顔を出す。


 ちょうど、そんな感じだった。


「その炎は見覚えがあるわ。何人か殺してあげたもの。あなた、王さまの子供だったのね。生き残りがいたなんて思わなかった。お仕事、失敗してたのね」


 炎の下から、焼け焦げ1つない少女の顔が現れる。


「なっ!?」

「お返しよ。あなた、炎は出せても防ぐことは出来ないでしょう?」


 パチっと爆ぜた炎が渦を巻いてレオンハルトに襲いかかった。レオンハルトが生み出したはずの深紅の炎が、敵となって四方八方から包み込むように襲いかかってくる。


「殿下! 金生水以水克炎――疾く炎を防げ!」


 シャランと音を立てて袖口からローランは炎に金貨を投げつけた。素早く口にした呪言によって金貨から水が噴き出し、迫る炎を消し止める。


「ああ……もったいない。もったいないですわ……」


 水に変じ溶け落ちた金貨に涙しつつも、さらに金貨を指に挟み次の攻撃へと備える。


「お姉さん。どうして邪魔をするの? 私を手伝ってはくれないの?」

「アイラ。もうおやめなさいな」


 物心が付くか付かないかの幼い頃に暗殺者の村に攫われて、その異能をもって人を殺めることしか教えられなかった境遇には同情を覚える。

 殺せば殺すほど、自分を取り巻く死者が増え、それでもこの村にしか居場所がなかったことには哀れみさえ感じる。


 しかし、少女の心に共感することはない。


 じっと静かな眼差しを向けるローランを理解出来ないというように見つめていた少女は、すぐに納得したように1つうなずいた。


「そっか。お姉さんはまだ生きているものね。殺さないとお友達にはなれないわ」

「アイラ!」


 少女の身体の端々でチロチロと燃え残っていた小さな炎が一気に膨れ上がる。古い時代の死霊術師の少女は他人の術を奪い取ることに長けているようだった。


「殿下っ! 必要経費でお願いいたします!」

「おい!」


 吹きすさぶ風炎を再び金貨を投じて防ぐ。しかし、ローランの心にためらいがあったのか単純に金貨の枚数が足りなかったのか。

 すべてを消し止めることはかなわず、弾けた炎は飛び散り周囲を取り巻いていた亡者の群れに降り注いだ。


「しまっ――」


 その時だった。

 炎を浴びた亡者の姿が一瞬だけ生前の姿を取り戻し、かき消すように見えなくなったのは。その足下には一振りの剣や古びた鎧だけが残されている。


「何が起きた?」

「殿下の炎で清められたのです。アイラを浄化することは叶わずとも、他の霊であれば殿下の炎は有効でございます」


 キョトンとした顔のレオンハルトは何が起こったのか理解出来ていないようだった。だが、ローランには理解出来る。

 レオンハルトの炎が少女の呪いを断ち切ったのだ。


「みんな! その子を抑えて! これ以上、その炎をつかわせてはダメ!」


 少女の叫びに死者たちがクワを捨てて、レオンハルトとローランににじり寄る。

 しかし、次の瞬間、レオンハルトの張りのある声に雷に打たれたように立ちすくんだ。


「聞け、兵どもよ! 我はこの地を安ずる帝国の継承候補レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルス! 今やこの地に戦は無く、そなたらの務めは果たされた! カルンブンクルスに連なる兵は我が前へ参ぜよ!」


 レオンハルトの声に導かれるように、幾十人もの亡霊がズルズルと身体を引きずりながらレオンハルトの前で立ち止まった。かつては彼らの隊長だったのだろう。1人の亡者が代表するように、さらに前に出る。


「貴方様はカルンブンクルスの王太子であられますか」

「否。すでにカルンブンクルスは王国ではなく、この地の覇を競った7つの王国からなる帝国の一部となっている。故に俺は王太子ではなく、公子である」

「それでは我らが祖国は滅びたと」

「それも否、だ。そなたらの祖国は公国と名を変えてはいるが、未だに健在であり帝国の継承者を出す権利を有する。決して、一方的に帝国に併呑されたわけでも滅ぼされたわけでもない。帝国は7つの玉座を束ねて建国以来、1000余年を経ても大陸最大の国家として在る」


 亡霊に噛んで含めるようにレオンハルトはゆっくりと言葉を句切りながら説明した。


「それではもはや祖国のために戦わずとも」

「良い。そなたらの任は果たされた。帝国も公国も、これ以上の献身を求めぬ。カルンブンクルスの地に帰り眠りにつけ」

「帰れませぬ! 我らはこの地に縛られております」

「その縛は我が解く。この地に何人の兵が囚われていようと関係無い。帝冠の継承者の、それは務めだ。皇帝に代わり、我がその務めを果たそう。カルンブンクルスの者に限らぬ! この地の兵の任は全て、今を持って我がその任を解く!」


 地響きのようなうめき声がレオンハルトを中心に波のように広がっていく。


「ダメ! みんな、私のお友達よ! ここで永遠に私と過ごすの!」

「そのようなものは友では無い。友とは臣下でも奴隷でもない」

「やめて!」


 少女の声が怨嗟の見えない呪縛となって吹き荒れる。

 兵達の骸を巻き上げ、鋭い刃と化した突風は、しかしレオンハルトにも亡者にも届かなかった。


 ローランの結んだ印によって生まれた障壁が瘴気に満ちた風を阻んでいる。


「殿下。ちょっと格好良かったですよ。アイラは私が抑えましょう。殿下は殿下の役目をお果たしください」

「ちょっとは余計だ――世話をかける」


 レオンハルトの腕から炎が吹き上がり、跪いた霊を包み込んだ。

 後には錆びた剣が墓標のように突き立っている。


「やめて!」


 少女の叫び声がもう一度、響き渡った。


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