14 牧歌的な景色こそ、悍ましい。そういうこともございます。
「っ痛ぅぅ……」
激しい衝撃で意識を失ったのはほんの一瞬のことだったらしい。
ローランは赤茶けた石ころだらけの地面から身体を起こしながら、ぼやけた視界をはっきりさせるために軽く頭を振った。
「……殿下、大丈夫ですか?」
気を失う一瞬前に感じた魔力はレオンハルトの放った魔法だろう。
(1つ借りが出来てしまったかも。値切られたりしないかしら……)
などと場違いなことを考えながら、周囲を見渡す。
すっかり見慣れた鮮やかな赤毛の少年は、思った通りローランのすぐ側に大の字になって倒れていた。
「大丈夫だ。問題無い。ただ、魔力が底をついた。しばらく動けん」
仰向けになったままピクリとも動かないが、声には張りがありどこか怪我を負ったりしているような雰囲気は感じられない。
レオンハルトの言うように、魔力が底をついてしまったのだろう。
ローランの操る東方の呪術には魔力という考え方はあまり無いのだが、精気というか気力を失うとやはり気怠くなって動けなくなることはある。
それと同じようなものならば、解決するのは時間だけだ。
「殿下。ありがとうございます。助かりました」
「自分のためだ。お前はついでだついで。図に乗るな」
憎まれ口も相変わらずだが、少しわざとらしい。
が、そこはつっこまないでいるのが礼儀というものだろう。社交に自信の無いローランでもそれぐらいの空気は読める。
「それにしても……どうにも妙な感じですわね」
肌を温める日差しに思わず空を振り仰ぐ。そこにあるのは紛れもない青い空と白い雲。そして中天で輝く太陽があった。
あれほど立ちこめていた濃霧が綺麗に晴れている。
「これがお前が言っていた『何か』か?」
レオンハルトの問いかけにローランは少し考えを巡らせる。
明らかにおかしいのは間違いないが、これが『何か』かまではわからない。無関係だということはないだろうが、どう関係しているかはまるで不明だ。
「『何か』に関係しているだろう、としか今は申せません」
「そうか」
レオンハルトの声に不満の色は見られない。彼自身、まだ判断を下すときでは無いと理解しているのだろう。
いずれにせよ、まずはレオンハルトが動けるようになってからだ。
ピーヒョロロと遙か空の上で鳥が鳴いている。
とても死霊の群れの中を突っ切ってきたとは思えない長閑さだった。
暖かい日差しは心地よいが、生い茂る芝生のような草地からはまるで命の気配が感じられない。
(……取り込まれたと考えるのが妥当かしら)
あれほどの死霊を1カ所に引きとどめ、それでいて肝心の要には近寄せない。それだけの力がある『何か』であれば、独自の『界』を持っていてもおかしくはない。
一見、平和な。その実、緊張感に溢れた時間がジリジリと過ぎていく。
天空の太陽はまるで位置を変えることはなく張り付いたように動かない。
そのように作られた仮初めの世界だからか、それとも単に時間が経っていないだけなのか。
少しづつ現実感を失っていくような気分でいると、初めて自分とレオンハルト以外の気配を感じた。
「あんれまぁ。どうなすっただよ?」
気配の主は見せかけの景色に相応しく、とてもノンビリした声をかけてきた。
※ ※ ※
「まあ、災難だったべなあ。とりあえずはオラの家でゆっくり身体を休めるだよ」
古戦場跡の不思議な場所で出会った農夫はレオンハルトが動けないことを見て取ると、まるで敵意の無い雰囲気で自分の家へと誘った。
「それで、貴方はなぜこんなところにいるのかしら?」
「なんでと言われてもなあ。ここがオラの土地だし、外はおっかなくてとても出て行けねえだ」
クワを肩に担いで、心底困ったように遠くに見えている斜面の向こうに目を向ける。その様子は本当に困っているようだった。
「一体、どうなってる? そいつはやはり人外の者なのか?」
背中に背負ったレオンハルトがそっとローランに囁いた。
まだ身体は動かないが、少しづつ魔力が戻ってきたらしくいつでも魔法を使えるように準備しているのが背中越しに感じられる。
「この世の者でないのは確かですけど、それ以上は何とも」
男からは生命の熱がまるで感じられない。いずれ、定められた命はとうに尽きているのは確かだが、だからといって死霊でも動く死体でも無いようだった。
ローランも初めて出会う、不思議な存在としか言いようがない。
では、この男が戦場跡の死霊たちを縛り付けている何かなのかというとそれも違う。そういった力はまるで感じられない。
本当にこの場に囚われたまま寿命が尽きてしまい、そのまま自分が死んだことにも気がついていないという感じなのだ。
とにかく、しばらくはこの男につきあうしかないだろう。
そう腹をくくって、こうして後について歩いている。
「騎士の皆さまとはぐれたのは痛恨ですね……」
「それを言っても始まらん。ここにいないということは、窪地の外だろう。オーランドのことだ、すぐに本体と合流して追ってくる。考えようによっては、そちらの方が都合が良い」
レオンハルトの言い分ももっともだ。確かに精鋭とはいえ、数人の騎士が増えても事態を打開できるとは思えない。
そうこうしているうちに、あっさりと窪地の中心にある男の家に着いてしまった。
本当にどこにでもある農家という感じで、少し離れたところに見事な老木が佇んでいる。
畑も広がっており、季節外れの麦が黄金色に輝いていた。
「さ、ついたべよ。まずはここで身体を休めて、それからオラの仕事をてつだってけろ。どうせ、出られねえんだで、娘さんも坊ちゃんも諦めが肝心だべ」
そう言って、男が家の扉を開いた瞬間。
ローランとレオンハルトは目を大きく見開き、すぐに戸口の奥に見える景色から目を逸らした。
そこでは幼い少女の腐りかけた死体が、身体のあちこちから糸を引きながら、それでいてとても楽しそうに手まりをついて歌を歌っていた。
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