13 死霊の渦を強行突破です!
「よし、行くぞ! 突撃!」
ルドルフの号令一下、菱形に陣を組んだ騎士たちが一斉に馬に拍車を当てる。
ローランとレオンハルトを中心にして、先頭に二騎。左右に一騎。そして、殿を護るルドルフという菱形のような陣形でもって、古戦場跡の中心を目指す。
「ローラン、遅れるな!」
「もちろんです!」
騎士たちほど自在にというわけにはさすがにいかないが、真っ直ぐ走らせるぐらいならばさすがにそうそう遅れを取ることも無い。
「来るぞ! クルト、エミル! 脚を止めるな。突っ切れ!」
ルドルフの声と共に、生ある者に気がついた死者が群れをなしてこちらに突っ込んでくる。
ルドルフの指示通り、先陣を切る2人の騎士は剣を構えて切り結ぶこと無く、そのまま突進力を利用して文字通り馬の蹄で蹴散らしていく。
ワイトやスケルトンのような動く死体達は腐ったはらわたや黄色く汚れた骨の欠片をまき散らしながらも、しぶとく大地で蠢いていた。
浄化が目的ならば、この状態で放置は出来ないが、今は前に進むことだけを考えれば良い。
「殿下、上にござります!」
「応っ!」
上空から雪崩れ落ちるように半透明の幽鬼が悲鳴と共に飛びかかってくる。が、ローランが張った呪壁に阻まれ、そのまま勢いよく弾かれ、姿勢を崩したところにレオンハルトの炎の矢がトドメを刺した。
「お見事ですわ、殿下」
「言ってる場合か、右だ! 避けろ!」
ムグリと地面が盛り上がったかと思うと、新たな死者たちが身体を起こす。眠りを妨げられた恨みか、その落ちくぼんだ眼窩の奥には燐光が燃えていた。
眼球はもちろん、残っていない。
ローランは馬の腹を蹴って、死者を一気に飛び越えた。続けて背後を護っていたルドルフが戦槌を叩きつけて、死者の残骸を戦場にまき散らす。
そうこうしているうちにも周囲の死者達は数を増し、それに圧迫されるように左右を護っていた2人の騎士が真ん中へと押しやられてくる。
「さすがに多いな……」
額に汗を浮かべながら、レオンハルトがさらに炎を召喚する。
「殿下、大丈夫ですか?」
「問題無い」
さらに数発の炎の矢がレイスに突き刺さる。フレイムアローは撃てば当然ながら次の弾を召喚しなければならない。
魔力はともかく、幼い身体のレオンハルトには負担が大きいはずだ。
あまり無理はさせられない。
「殿下、手綱をお願いします!」
「え? お、おい!」
ローランは握っていた手綱をレオンハルトに押しつけると、そのまま鐙に力を込めて仁王立ちに立ち上がった。
「結界を張ります。騎士の皆さま、こちらへ!」
呪言を唱えつつ、両手の指を複雑に絡み合わせて印を組む。生あるもの以外全て阻む青白い繭がローランを中心に徐々に膨れ上がっていく。
青白い燐光が死霊に触れる度に、この世ならざる炎が吹き上がり悲鳴が響く。苦悶の声が戦場跡に木霊する度に騎士たちが歓喜の声をあげた。
「でかした、ローラン殿!」
ルドルフの声に応じる余裕も無いまま、次から次へと印を変えていく。一体の死霊を阻む度に印を変えねば、術はあっさりと解けてしまうため、一瞬たりとも集中力を途切らせることは出来ない。
(……やっぱり、使いたくなかったわね)
のみならず、死霊が1人燃え上がるごとにローランの心の中に直接、死霊の断末魔の声が響き渡っていた。
ほんの刹那ではあるものの、死霊がその命を奪われた時の断末魔の苦しみが流れ込んでくる。
いわば、死の瞬間の追体験とでも言うべきだろうか。
何度、味わっても馴れることは無い。
「お、おい。顔色がマズいぞ?」
おっかなびっくり手綱を操るレオンハルトの声もよく聞こえない。遙かに大きな死霊の叫び声に蹴散らされていく。
〝痛い痛い痛い痛イッ抜ケッソノヤリヲオレの腹カラッ!〟〝殺さないでオ願いそのコだけは……〟〝帰る帰る帰ルノダ!〟
朽ちた骸や半透明の幽鬼の姿からは想像もつかない、生前の姿が血にまみれ崩れ去っていく。
(……どういうこと!?)
その生者の中に、この場所にいてはならない存在が幾人も含まれている。
混乱した思考に視界がぐらりと揺れる。
(え?)
「しまっ」
ふわりとした一瞬の浮遊感。
背後から、ルドルフの悲鳴にも似た雄叫びが聞こえている気がする。
気がつけば、窪地の縁から中空へとローランとレオンハルトを乗せた馬は飛び出していた。
擂り鉢状になった窪地の斜面が凄まじい勢いで近づいてくる。
風に押されて、鐙から脚が離れ馬から放り出されるのを他人事のように感じていたローランは自分の身体が小さな腕に力強く抱きかかえられるのを感じた。
「我が名にかけて、顕現せよ護りの炎よっ!」
ヘプトアーキーの地に伝わる魔法の呪文がレオンハルトの声により形を為して深紅の盾となって2人を包み込んだ。
次の瞬間、激しい衝撃と暖かな温度をローランは感じていた。
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