11 売るだけでは無く、アフターフォローも万全です。
帝都を出立した2日目の夜。
古戦場跡を前にしての野営の最中、騎士団の主だったものを集めて最後のミーティングが行われていた。
一際大きい篝火を前に、巨大な野戦卓がしつらえられいくつもの呪術具が卓上に広げられている。
炎に照らし出された騎士たちを見回したローランは全員の注目が集まるのを待ってからよく通る声で話し始めた。
「それでは、すでに何度もお話させていただいておりますが、最後にもう1度だけ確認を兼ねてご説明させていただきます」
今回の討伐任務はいつもとは違い、騎士たちには馴染みの無い呪術具が大量に投入されている。
騎士たちにしても、これまでの訓練でそれなりに使い方は理解しているがやはり制作者本人と、最後にもう一度注意事項を確認することは重要なことだ。
「まず、皆さま方の武具にはすでに附呪を施してございます。今回は古戦場跡の亡霊退治が主目的ですので、主に死霊に特化した附呪となっております。ご注意くださいませ」
ローランの説明に騎士の1人が手をあげた。
「注意というのはなにを注意すればよい?」
「死霊に特化しておりますので、邪視や死の声といったこの世ならざる攻撃からは皆様方の身を守ることが出来ます。その一方で単純な打撃などにはさほど効果は期待出来ません」
「では、ワイトやスケルトン、リビングメイルなどには無力と言うことか?」
「無力ではありません。それらの動く死体は呪いが籠もっているからこそ、その攻撃が脅威となりますから。呪いが籠もらなければ、腐った腕や錆びた剣を叩きつけられているのと変わりません。そのような単純な打撃に対しては鎧本来の防御力が頼りになるということです」
次から次へと繰り出される質問に、留意すべき注意点を付け加えて答えていく。
質問の中にはこれまでの訓練や会議で何度となく話し合われてきたものも含まれてきたが、そういった耳にタコな質問にもローランは省略したりすることなく、まるで初めて聞く質問に対するように丁寧に答えていった。
一通り隊長格の騎士たちからの質問が終わると、今度は普通の戦闘ではまず使うことの無い特殊な呪術具について改めて説明を行って行く。
まず、最初は取り立てて珍しくない普通のランタン。ただし、発する光は少し緑色っぽいので実際に使えば一目で呪術具とわかる。
「このランタンが発する光には低級な妖魔や強い恨みを持つわけで無い死霊は近づけません。逆にこの光に怯まない死霊には最大限の警戒をもってあたってください」
次に手に取ったのは小さな丸薬。こちらは一見してただの丸薬だが、覚醒の魔術が込められている。
「こちらは気付け薬です。死霊の中には生前、魔術を使うことの出来た霊も存在します。そうした霊は生前のような魔術を行使することは叶いませんが、人の心を惑わせる魔術を使います。具体的には戦場にいるはずの無い恋人や家族の姿をみせたり、死んだ親しい者の姿を浮かび上がらせたり。あるいは味方の騎士をデュラハンのような首無しの騎士に見せたりもします。いつ幻術にかかったかを判断するのは困難ですので、常に口に含むようにしてください」
そして、こちらは珍しくいかにも呪術具っぽい小さな宝石。
親指の先程度の小さな紅玉にびっしりと呪文のようなものが刻み込まれている。
これはさすがにローランも苦労したので、お値段は一番高い。
「これは最後の手段です。この結界が発動すると、結界内の存在は生者も死者も身動き1つ取れなくなりますし、傷つけることも出来なくなります。いよいよという時にだけお使い下さい。朝日を2度浴びれば自然と結界は解けますが、それ以外では解けません」
実際に呪術具を手に取って、次から次へと使い方や注意事項を付け加えていく。
その度にレオンハルトの顔が厳しくなっていく気がするが、そこはあえて気にしない。
(どうせ、どんだけぼったくるつもりだとか思ってるんでしょうけど)
最終的に予算を承認する立場のレオンハルトとルドルフの2人には全ての明細を提示してある。
きっと、レオンハルトの脳裏ではローランが1つ呪術具を手に取る度に金貨に羽が生えるような気分なのだろう。
やがて、一通りの説明を終えるとローランは少し離れていた場所で黙って話を聞いていたルドルフに場所を譲った。
「ローラン殿。丁寧な説明、感謝する。皆、今回の討伐はいつもとは勝手が違うが問題は無いな? 上手くいけば、今回の討伐でこの古戦場を浄化しきることも可能やもしれん。それでは殿下」
ルドルフに促がされたレオンハルトが一歩前に出て、ローランの隣に並んだ。
戦場には明らかに場違いな2人だが、今回の討伐任務の要がローランでありレオンハルトだと承知している騎士たちの顔には嘲りも侮りも無い。
「今回の討伐では、いくつかの偶然から極めて貴重な東方の魔法を操る魔道師の協力を仰ぐことが叶った。この者の言葉によると、古戦場跡のように祓っても祓っても死霊が途切れぬ場所には、死霊を引き留める『何か』があるとのことだ。今回の討伐任務は、この何かを確認し、可能であれば浄化することが目的だ」
ここで言葉を句切って、騎士たちの反応を伺う。全員に言葉が浸透するのを確認したレオンハルトはさらに言葉を続けた。
「とはいえ、増えた死霊を放置してまでというわけにはいかぬ。このため『何か』に対しては俺と魔道師を中心とした遊撃部隊を編成し、これにあたることとした。発見し浄化が可能であると判断した時点で合図を上げる。不可能であると判断した場合も別の合図を上げるので、これに応じて作戦に従い行動してくれ。俺からは以上だ」
「一同解散! 皆、明日は頼むぞ!」
ルドルフの激に一糸乱れぬ鍔鳴りで騎士たちが応じる。
ガタリと篝火にくべられていた薪が崩れ、その音を合図に騎士たちがそれぞれの隊員たちへの元へと戻っていく。
このあとも、それぞれの部隊で作戦の最終確認は続くのだろう。
彼らを見送るレオンハルトの表情は硬い。
同じく後に残されたローランはじっと佇んでいるレオンハルトの鮮やかな赤毛をくしゃりとかきなぜた。
たちまち、不機嫌そうな顔で睨みつけられる。
「……だから、子供扱いするなと言っているだろう」
「あら。失礼。少し不安そうでございましたので。心配せずとも明日は私がお守りしてさしあげます」
ローランの軽口にレオンハルトはいつもの挑戦的な目つきでローランに笑いかける。
「言ってろ。俺とて帝冠継承候補だ。エンチャントのような小細工はいざ知らず、魔術に暗いわけではない。足手まといにはならん」
夜が更け、朝になれば戦いが始まる。
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