10 青い空と白い雲。殿下とお揃いみたいでなければ最高です
久し振りに見る天井の無い空は、どこまでも青く広かった。
「やっぱり、外は良いわね」
軽く手綱を振って馬を数歩前に進めると、ふわりと草の香りが鼻腔をくすぐる。
気がつけば夏も近い。
大きく腕を広げて久し振りの壁の無い空と大地を満喫していると、トンと胸元に小さな衝撃を感じた。
見下ろすと、すっかり見慣れたレオンハルトの赤い瞳がローランを不機嫌そうに見上げていた。
「殿下?」
「殿下、じゃないだろう。ちゃんと顔を隠せ。お前が虜囚だということには変わらないんだからな。それがノウノウと自由に出歩いているとあっては公国の面子に関わる」
「周囲に騎士団の皆さま以外いないことは確認しております」
「そういう問題じゃ無い。心構えの問題だ」
お子様のくせに偉そうに、と心の中で呟きながらローランは渋々と被り布で頭を覆った。
被り布はカルンブンクルス公国の国色である赤を基調としており、レオンハルトと一緒に馬に跨がっていると、イヤでもお揃いのように見えてくる。
そこを除けば、貸し与えられた衣服共々デザインそのものは気に入っていた。
ヘプトアーキー帝国で主流の薄い布を幾重にも組み合わせたヒラヒラしたドレスに比べれば野暮ったいかもしれないが、幼い頃を思い出させる意匠はローランにとってはよほど落ち着くし、何よりこうして馬にも乗りやすい。
「よし、それでは出発するぞ。騎士団、隊列を整えよ! 親衛隊は公子殿下をお守りせよ。赤獅子騎士団、出撃する!」
ルドルフの号令一下、赤獅子騎士団討伐部隊総勢54名の騎馬がいななき声を上げる。7名を1隊として7小隊。残りの5名はレオンハルトを護る親衛隊という扱いだ。
ローランとレオンハルトの跨がった馬の周囲を5騎の騎馬が少し距離を空けて取り囲む。
「殿下。準備はよろしいですかな?」
「俺に聞くな。こいつに聞け」
トントンと頭でレオンハルトがローランの胸元をノックする。
機嫌がよろしくないのは、ローランと同じ馬に2人乗りしているせいだろう。しかも、手綱を捌くのもローランなのだからプライドが傷つくこと甚だしい。
「仕方ないでしょう。殿下では鐙に足が届きませんから。なんでしたら、今からでも詰所に戻って吉報をお待ちいただいても良いのですぞ?」
「誰かに乗せて貰うことが不満なのではない。そんなもの、とっくに分かりきっている。気に入らんのは、どうしてよりによってコイツと一緒なのだということだ。オーランドでもコンラートでも、別に問題はないだろうが」
「それですと、殿下をお守りするのに差し支えますからな。馬上で戦鎚を振るうのに2人乗りはいささか都合が悪うございます」
「野盗や魔獣が相手なら、それもわかるがな。今回の相手は死霊だろうが」
なおも納得いかないという感じのレオンハルトにローランの顔を覗き込むようにローランは少し意地の悪い笑顔を浮かべて見せた。
「死霊であれば、私の腕の中が一番安全です。特等席ですわよ、殿下」
「そういうことですな」
護衛の騎士たちの笑い声が青い空に吸い込まれてしまうと、移動が始まった。
しばらくは常歩でゆっくりと進み、帝都からある程度距離をとったところで本格的な騎行に移るらしい。
カッポカッポとゆっくりと馬を進めるたびに、少しづつ帝都が遠ざかっていく。
目的地の古戦場跡は馬で3日の距離。
ローランは今さらのように、ずいぶんと長いこと帝都を離れていなかったことに気がついた。
「意外だな」
「何がですか?」
「馬を操るのが思ったよりも上手い。爵位持ちの貴族令嬢だと聞いていたから、少し驚いた」
レオンハルトの感心したような声にくすぐったさを覚えながら、ローランは軽く手綱を振ってみせる。
「私も少し驚いています。馬に乗るのは随分と久し振りですが、身体が覚えているものですね」
「どこで覚えた? 中央の貴族は乗馬をそれほど嗜まないと聞いたが」
「この国でではありません。子供のころの話です」
母と2人でこの国を目指して彷徨っていたころ、しばらくいくつもの国を往来するキャラバンに身を寄せていたことがあった。
キャラバンの多くは遊牧民の出身だったので、その時に馬の世話と一緒に教えて貰ったのだ。他にも鷹狩りや獲物の足跡の追いかけかたに、ちょっとした商いのコツなど色々なことを教えて貰った。
「子供頃から馬に乗れたのか!? もしかして、俺よりも、その、小さい頃からか!?」
「遊牧の民は走るより早く馬に跨がりますよ。高地の馬は騎士の馬よりずっと小柄な馬も多いですし」
「小柄な馬か……その手があったか」
自力で馬に乗れなかったのがよほど悔しかったのか、なぜ気がつかなかったと悔しがる姿がとても可笑しい。
クスクスと笑いをかみ殺していると、レオンハルトはまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
「まったく、ヘンなヤツだ、お前は」
「そうですか?」
むすっとした声に相づちを打つ。レオンハルトの不機嫌な声は怒っているからではなく、至らない自分自身を持て余しているからだとローランは少しづつわかってきていた。
「貴族の令嬢で、奇妙な魔術の使い手で、馬にも乗れるし、何より金に煩い。断罪の塔に閉じ込められたというのにまるで悲嘆にくれたりもしないしな。おまけにこうして、死霊の討伐にまで首を突っ込む」
しばらく言葉を句切ってから、レオンハルトはぽつりと自分に言い聞かせるように呟いた。
「怖くは無いのか?」
「怖いですよ。当たり前じゃ無いですか」
「なら、どうして首を突っ込む? 塔で待っていれば良いだろう」
少し迷ってから、ローランは戯けたように答えた。
「大事なお客様ですもの。商品を売って、それっきりというのは私の流儀ではありません」
「やっぱり妙なやつだ、お前は」
その答えに納得したのかしていないのか。あるいはローランが答えを誤魔化したことに気がついたのか。
レオンハルトは不機嫌な口調でもう一度呟いた。
(死んでいても生きていても、同じ人間ですもの。同じように怖いのは当たり前です)
そう答えるべきだったのかもしれないが、その答えをローランは口にはしなかった。呪術師の知識と技の他にも引き継いだモノが、ローランの口を閉ざしていた。
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