9 よろしいですわ。その挑戦、受けて立ちましょう
「殿下、少しよろしいですかな?」
頭の中でアイデアを纏めたルドルフは難しい顔で羊皮紙を睨んでいるレオンハルトに声をかけた。
「なんだ? 言っておくが、いかにオーランドの言葉とは言え俺自身が納得出来ない以上は騎士団の予算を使うことは認めないし、ローランに自由を与えるために動くつもりもないぞ」
「それは重々、承知してございます。ですが、殿下がお認めになれば話は別でございましょう?」
「それは、まあな」
レオンハルトにしてもまったくローランの付呪に価値を見いだしていないというわけでは無い。価値があるからこそ、粘り強く交渉を続けているのだ。
もっとも、3割ぐらいは子供扱いされたことへの意趣返しも混ざっているかもしれないが。
だが、それだけで判断を決するほど暗愚でも無い。
「ならば、試してみれば良いでは無いですか」
「何かアテがあるのか?」
「ございまする」
ルドルフが考えているのは、それぞれの公国の騎士団が割り当てられている浄化の任務のことだった。
独自の騎士団を持たない中央の治安維持は、七公国から派遣された騎士団が受け持つことになっている。
カルンブンクルス公国の騎士団もまた、そういった治安維持の一環として断罪の塔の監視などを行っているわけだが、その中の1つに古戦場の定期的な浄化があった。
「ローラン殿もご存じかとは思うが、帝都の周辺にはいくつもの戦場跡が点在しておる。残念ながら完全な浄化とはいかず、どの戦場も湧き出る死霊や妖魔の数を減らすのがせいぜいだがな。この祓いを近々行わねばならん戦場跡がある」
そこまで聞けばローランもルドルフが何を言わんとするか見当がついた。
「その戦場跡で役に立ってみせよ、とおっしゃいますのね?」
「そういうことだ。役に立てば、採用することに殿下も反対はされますまい。言い値でも安いというもの」
ルドルフの言葉にレオンハルトがうなずく。
「そして、役に立たなければローラン殿。不採用でも文句は言えまい? であれば、その代金を騎士団が払う必要も無い。ローラン殿、その時はタダ働きだ。その後、騎士団がそなたを助けることはない。どうだ、この条件。見事、お受けになられるか?」
上手くいけば一気に目標に手が届くが、失敗すればおそらく恋のおまじないの呪符を売ることも出来なくなる。
まさにイチかバチかの大勝負というわけだが、ローランは躊躇わなかった。
「受けない理由がございませんわね。ただし、その条件を受けるにあたって、私からも1つ条件をつけさせていただきたく存じます」
「なんだ? 言ってみろ」
そう促したのはルドルフではなくレオンハルトの方だった。逸らしていた視線を真っ直ぐにローランに向けて、面白そうに見つめている。
「私もその浄化に参加させてくださいませ。呪術を施した剣や鎧だけでは湧き出る死霊を払うのが関の山。その原因を断ち切れるとは思いませんわ」
思いがけないローランの提案にぎょっとした視線が集中した。
「ロ、ローラン様? 冗談ですよね? 戦働きなんて、殿方のお仕事ですよ?」
「あ、ああ。その通りだ。ローラン殿には武具にエンチャントしていただければ十分だ。それ以上はもとより望むつもりはない」
「ルドルフ様。もとより、死霊を払うというのは戦のようにはいきません。死霊の怖ろしさは心を惑わすことにございます。鎧で身体は守れても、心を守る術が必要でございます」
この任務が成功しなくて困るのは、私ですもの。
そう微笑むローランに返す言葉が見つからない。
パクパクと口を開け閉めするだけのルドルフに変わって、今度はレオンハルトが笑みを深めた。
「なら、俺も参加するとしよう」
「で、殿下まで何をおっしゃいますか!? 万が一のことがあったら何とします!」
「どうせ、死霊共とは帝冠の試練で嫌でも向き合わねばならんのだ。なら、今のうちに慣れておくぐらいでちょうど良い。たかが古戦場の死霊も相手に出来ずに試練に打ち勝てるわけもないからな」




