表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

稚拙な恋の反作用〈小学3年生 男子〉

 クラスに好きな子がいる。


 同じクラスになって、初めて会った時から気になっていた。


 俺のお気にのアニメキャラを思わせるその子。まるで2次元から抜け出して来たみたいな女の子だ。


 その子はちょっとおとなし目な真面目な子で、名前は凪沙(なぎさ)っていう、すごくかわいいコ。凪沙はいつも決まった女子数人で固まって過ごしていた。


 凪沙は女子同士とは誰とでも話してるけど、男子とは決まった数人としか話さない。


 なかなか近づくチャンスが無いから、わざとぶつかったり、足を引っ掛けて転ばせて、そんで謝りながら笑顔で手を差し出す。それを数回繰り返した。


 したら、その子は俺が近くに行くと避けるようになった。


 俺はその態度にモヤモヤして、その子のペンケースをわざと床に落として中身をばらまいたり、その子の体操服の袋を奪ってボールに見立てて他の男子と投げたり蹴ったりして遊んだ。


 怒って来た凪沙の色白の肌を、血管が見えて気持ち悪いとののしり、アゴにある小さなホクロを鼻クソついてると嗤った。名前ももじってサナギって呼んだ。ある時はテストの点数を覗いては、大きな声で教室中にばらまいた。


 いつもは俺を避けてんのに、凪沙が嫌がることをすると怒って俺を相手にするから楽しい。


 そんなことしてたら俺の友だちも真似して、凪沙に意地悪をし始めた。


 やがて、俺らが意地悪をしたら凪沙は泣くようになった。泣かせるとなぜか気分がいい。凪沙を屈伏させたみたいな気分になって。


 俺を非難してくるいい子ぶった女子たちもいたけど、ついでにこいつらにも同じことをすることにした。


 仕方がないよ。俺の気持ちも考えず、凪沙が俺を避けたからこうなったんだ。俺は凪沙がこんなに好きなのに。


 それに俺はクラスのカーストトップ。リーダーだ。みんな俺の命令に従うのは当然だっては。


 担任の先生だって俺を気に入ってる。だって俺は同級生より体も大きいし、陸上の学年代表にも選ばれてるし、去年は子どもポスターコンクールで区の賞を貰った。普段から授業中だってたくさん発言して先生に褒められてる。掃除の時間だって女子がちゃんとやるように他の男子と見張ってやらせてるし。


 だって女より男の方が偉いに決まってるじゃん。そんなの生まれつきだ。しょうがないよ。


 先生だって、そんな感じでやってるし、男女同権とかってよく聞くけど嘘だから。


 給食だって、先生と男子には多く盛るというクラスの暗黙のルールだってある。 家でだって父さんは母さんを叩いてるし、母さんは父さんの言うことに結局は従ってる。男の方がお金だってたくさん稼いでるし、家にいるだけの母さんより偉いに決まってるだろ。女のわがままは許されない。


「母さんは何にも仕事してないのにお父さんの言う通りにしなきゃダメだよ。10年ぶりだからって学生時代の女友だちと3人で一泊旅行なんてダメに決まってるよ」


 俺が父さんの味方して母さんに言ったら、父さんから褒められた。母さんは泣いてたけど。


 しょうがないよ。母さんがいなかったら誰が俺を朝起こしてくれるの? 朝も夕も僕の好きなメニューで食べられないし、俺の塾の車での送り迎えだって誰がしてくれるの? 母親は子どもの面倒、なんも不自由しないように全部見るのが当たり前っしょ。



 夏休み明け、久々に会えるのを楽しみにしてたのに、俺の大好きな凪沙がいなかった。病気で入院してるらしい。


 クラスでは、早速原稿用紙1枚が配られて、凪沙にお見舞いの手紙を書いた。


 俺は凪沙に早く学校に来てもらいたいから、一生懸命心を込めて丁寧に書いた。



 それから、一週間くらいして、凪沙は登校して来た。


 机にランドセルを下ろした凪沙は、長かった髪の毛をバッサリショートカットにしていて、雰囲気が変わってる。俺に黙って髪を切るなんて。これじゃ俺の好きなアニメキャラと違ってる。ショックだな。また同じくらい伸びるまで、どんだけかかる?



 凪沙は俺と目が合ったら、おもむろにスカートのポケットからクシャクシャに丸めた紙のボールを取り出して、いきなり俺に投げつけて来た。


 俺の胸に当たって、足下に転がった。



「あんたのは絶対的に要らないから返す」



 なんだ? 



 拾って開いて見ると、それは1枚の原稿用紙。俺が書いた凪沙へのお見舞いの手紙だった。


「これからはどうしても必要な時以外は、私に話しかけないで。私、あんたのことが死ぬほどキライだから。この気持ちは私が大人になってもおばあちゃんになっても一生変わらないって自信ある」


 なんだ、コイツ? 入院して頭おかしくなったんじゃね? なんで俺がコイツに嫌われなきゃいけないんだ?


「は? オマ───」


 頭に来て怒鳴ろうとしたら、他のいい子ぶった女子数人が凪沙に加勢した。



「あ、それいいね! 私たちもそれに入れて〜! 岸田、あんたすっごい用事ある以外は私たちにも話しかけないでね。こっちもそうするから。ねー、あみちゃん、りさちゃん」


「「さんせーい!」」


「はい? 俺だってお前らなんかと話したくないしー!」


 ケッ、俺だってお前ら見たいなブスと話したくないって。



「‥‥あの、じゃあ僕たちも入れてくれる? 岸田くん、僕たちにもこれからは話しかけないでくれる? 僕たちも君にはなるべく近づかないからお互いにそうしてよ」


 オズオズと弱っちいカースト下位の男子たちまで加わった。こいつら凪沙が普通に話す、数少ない男子たち。調子に乗りやがって。


 ざわめく教室。


 担任の黒田先生がやって来て、みんな着席し、何事もなかったのようにその場は収まった。




 俺の順風満帆だった学校生活に異変が生じ始めた。凪沙が退院し、登校して来たその日から。


 教室の空気が急に変わり始めた。


 様子見してたやつらも、俺が話しかけるとそそくさと適当に俺をあしらって離れて行く。


 その内、凪沙が入院していたのは、俺が意地悪してたからストレスで胃に穴が空いて手術してたせいだとかって噂が流れた。


 そんなのデマだ! 俺はそんなのは違うと周りに説明するように凪沙に言ったけど、凪沙はとくに否定も肯定もせず、『そういうのは個人情報だから、私の病気に関することは誰にも何も言えない』って突っぱねた。


 噂を信じた奴らの同情が、凪沙に集まる。クッソ!



 ───俺は完全悪者に。



 俺の取り巻きだったやつらも、俺とあんま仲良くしてると他の奴らに避けられるから離れて行った。



 俺はいつの間にかクラスで一人ぼっち。



 ただ、担任の黒田先生だけは変わることなく俺をひいきしている。



 ある日、朝のHRで先生が言った。



「夏休みの課題の読書感想文コンクールですが、このクラスの岸田さんの感想作文が学年代表に選ばれました。私も他の先生方から黒田先生のクラスは素晴らしいって褒められて鼻が高いです。さあ、みんな、岸田さんに拍手〜!」



 それ、母さんに頼んで書いてもらって俺が清書したやつじゃん。実は去年の入賞ポスターも‥‥


 先生が嬉しそうに手をパチパチ叩いたけど、同調する人は1人もいない。



「どうしたの? みんな拍手しなさいッ!」



 先生のヒステリックが滲む命令に従い、ポツポツと始まり、次第に全体に広まった拍手は教室全体を包み込む。


 振り向けば、人形のような無言無表情から放たれる、ただの雑音の意味しか持たない拍手が、俺に向けられてる。



 再び前を見れば、教壇の黒田先生だけは、俺を見て満足げに頷いていた。



 ‥‥そうさ。


 先生は俺がクラスどころか学年トップだって認めてるじゃん。俺は先生方から認められてる。こいつら雑魚とは違って、成績表の内申点も行動面の評価もパーフェクトだ。



 それなのに‥‥なんでこんなに息がしづらい? 胸を手で押さえた。


 見回せば、手を叩く能面の顔が一斉に俺を見てる。そのたくさんの冷えた視線が俺の体を突き抜けて、次々穴を空けて行く。



 グサッ、グサッ、グサッ。痛い、痛い、痛い。


 みんな、こっち見んな、見んな、見んな!! チッ! お前ら、オールうぜぇんだよッ!!



「ギァ゛ーーーーーッ!!! 」



 俺は限界になって、椅子を蹴って教室を飛び出した。




 俺は悪くない。悪いのは、凪沙と凪沙の真似してる他の奴らだ!







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ