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入院中の痛み、あれこれ〈小学3年生 女子〉

 いつもなら風邪を引いて具合が悪い日は、家でひとり寝ているだけだったのに───



 誰もいなくなった家でひとり過ごすのは、私にとっては最高な楽しい時間だった。少しくらい熱があって咳が出て苦しくたって。苦い薬を1日3回飲まなきゃいけなくたって。


 お父さんの古いスマホをこっそり持ち出して、動画だって見放題だったし、冷蔵庫だって自由に開けられる。学校に行かなければ意地悪なアイツらに会わなくて済むし。



 もう、夏休みは明けて3日経ってる。私はひとり夏休み延長。



 ここは病院。ベッドが横に3つ並んでいて、私の両隣には、知らないおばあちゃんたちが入院してる。


 窓側のベッドのおばあちゃんの横には、うちのママよりも年上な感じのおばさんがいて、つきっきりで口うるさく世話焼いてる。おばあちゃんは目の手術したから横向きで寝たらダメなんだって。でも、おばあちゃんはすぐ横向きに寝るから怒られてる。


 おばさんは時々私にも話しかけて来る。いいんだけどちょっとヤダ。


 私の左側にいる廊下側のおばあちゃんはなんにも喋らないし、誰もお見舞いも来ないし、ひとり静かでいいんだけど、しょっちゅうおならをするから私はキライ。




 私は夏休み最終日、どうしてだかお腹がすごく痛くなって下痢が止まらなくなって、病院へ行ったら、そのまま一週間から十日くらい入院することになった。吐き気は無いし、自分的には、何で私は入院すんのって思うんだけどね。


 まあ学校を休めるのはいいんだけど、私は何度もおトイレに行かなきゃなんない。この病室からトイレ微妙に遠い。面倒い。



 消灯時間を過ぎたって、真夜中だろうと、私のお腹のウェーブは止まらない。


 誰もいない廊下も、しーんとしたおトイレも怖いけど、3年生にもなってお漏らしするわけにもいかないからね。


 おばけが出ないように祈りながら、YooTubeで聞いて覚えた歌を、心の中で歌いながら行く。ビクビクしながら。


 自分のスリッパの音だけが響く薄暗い廊下。だけどトイレだけは白々しいほど明るくなってる。


 明る過ぎて、逆に手洗いの鏡が怖い。はっきりくっきり見え過ぎて。2回目からは、絶対にそっち見ないように気をつけて手、洗ってる。




 でね、下痢が止まるまで私はご飯は食べたらいけないってことになっていて、栄養は点滴で取らなきゃいけないんだって。


 下痢が終わるまでは、薄っすいお粥の上澄みだけ貰えるとか。育ち盛りのお子様になんなん? どっちかっていうと私はお腹が痛い下痢よりも、お腹が空いて死にそうなんだけど。



 この、点滴って拷問だよ。


 始まると一時間くらいは終わらないし、私は2つも続けてやんなきゃいけない。その間、腕を動かさないようにしてじっとベッドで寝てなきゃなんないんだもん。


 廊下側のおばあちゃんはズルだから、看護師さんが部屋を出た途端に、点滴の管の途中についてるスピード調節を勝手に回して、しずくが落ちるのを早めてるから、私よりすっごく早く終わる。


 私も真似してそうしようとすると、窓側の付き添いのおばさんがダメだって怒るから出来ないんだよね。何で私にだけ言うの? やな感じー。


 入院中して3日目。私の左腕は点滴の針のせいで青アザだらけになって、もう血管が見えなくなったので今度は右腕に刺されることになった。点滴、いつまで続けんだろ。


 下手な看護師さんに針刺されると、点滴の間、ずっとズキズキ腕が痛いし、アザも大きく濃く出来る。私は子どもだから、文句を言えないから練習台にされてるっぽい。だって、ママがちょうどいる時は上手い人がやるもん。


 ここも見えなくなったら次は手の甲にしますねって言われた。げげっ。それまでに右腕のアザが薄くなんないかな。


 針、毎日刺すのは怖い。だからって家に帰りたいかといえば、帰りたくないよ。



 4日目。お母さんが来て、担任の先生から預かったって原稿用紙の束を持って来た。これは長期欠席者に送る、恒例のクラス全員からのお手紙。



 ───まさか私がこれを受け取る日が来るとはね。



 なんかこれ、気持ち悪。呪物っぽいな。


 クラスの誰かが長く欠席することになると、授業が一時間潰されて、そのかわり1枚の原稿用紙が配られ、お見舞いの手紙を書かされる。不登校の子とか、病気やケガで入院することになった子に宛てて。



 これまでも私は3年生になってから、3枚くらいは書いた気がする。書いたことは全部同じ。一言で言えば『早く元気になって学校に来て下さい。みんな待ってます』ってのを頑張って頑張って延ばして原稿用紙後半の半分でまで行かせるだけ。後は絵を書いて誤魔化す。男子にだったらサッカーボールとユニフォームとか、女子()てだったらお花とかネコとか。下手くそだけど。



 私は無言でその原稿用紙の束を受け取る。



 どれどれ。ちょっとだけ読んでみようか。出席番号順に閉じられてる原稿用紙の束。うん、みんな同じことしか書いてない。仲の良かった数人は、ちょっとだけ面白いことが書いてあったけど。


『お手紙貰ってよかったね。こういうものは大事に一生とっておかないとね』


 なーんてサブイボなことをいうママ。


 イヤ、ママ(あんた)私のことなんて何にも知らないよね? 私のことなんて本当はどうでもいいんだもん。


 なのに、入院中の今だけは、いやに私に甲斐甲斐しくしてる。周りに人がいるせいかも。この人、すっごく見栄っ張りだから。


 隣の付き添いおばさんや看護師さんたちに娘の入院を同情されて喜んでる風じゃん? 急に私に優しくして来られるのは嬉しいようで、でも慣れて無い私には奇妙に感じる。



 このままゴミ箱に入れても全然オッケーな紙束に記された名前を、パラパラめくってみる。


 よくもまあ、無難にまとめてあるよ。みんなさぁ。ケッ‥‥‥



 私はクラスの一部の男子から理由もわからずターゲットにされていじめられてる。先生だって知ってるのに止めてくれないよ。


 あ〜あ。普段意地悪ばっか言ってくる人たちから、しかも嫌々書かれた手紙って価値があるのかな? なんなら呪いがかかってるかもよ? 『オマエもう戻って来んな。氏ね』って、あぶり出ししたら出て来たりして。



 

 流石に正義感の強いクラスの一部女子が、男子が女子にしてくるイジメのことを先生にチクって、私もついでに便乗して、自分のイジメ被害を女の担任に訴えたら、なんて言ったと思う?


『あんたがいけないよ? あんたがすぐグズグズ泣くから虐められるのよ。泣かなければ面白くないから虐められることはないのよ』


 ‥‥なーんて、意地悪男子じゃなくて、私の方を注意して来た。


 へぇ‥‥さすが先生だね。私がいつも休み時間に椅子を取られたり、持ち物を隠されて意地悪されて泣いてるの知ってたんだ?


 なのに。



『あんたのことを、いくら男子たちがからかって "サナギ" なんて呼ぼうと、あんたは実際、"凪沙(なぎさ)" なんだから、なにも本当の名前が誰かのせいで変わるわけじゃないでしょう? 悪口言われても気にしなきゃいいの。知らんぷりしなさいよ。そんなことでいちいち泣くなんて。ここは幼稚園じゃないでしょう?』


 

 知ってた。リーダー格の男子は顔はイケメンでクラスの中では2番目に背も高い。授業中も存在感発揮してるし、背が高いぶん運動にはアドバンテージ持ってるし、実際走るのも早い。モチ、女担任のお気に。


 だから、アイツは余計に調子に乗ってる。子分引き連れて。弱っちい男子にもメッチャ威張ってる。性格最悪。アイツグループからのクラスの被害は、結局は、あのショタ好きな担任のせいなんだよね。だから私にはどうにもならない。


 あの担任。黒田先生。教室の整理整頓が出来て無いとか言い出して、女子にだけ掃除させたり、提出物の字が汚いって女子だけ不合格で居残りで書き直しさせたり、なぜかもっと字が汚い男子だっているのに男子だけは全員謎合格という、あからさまな事件が続けて起きた。


 で、あまりにも普段からも男子にえこひいきが過ぎるから、気の強い女子たちから抗議が上がったことがある。そしたら───



『先生は女なんだから、女子のことがよくわかるんだから同じ女子に厳しくなるのは当然ですよ!』 って言い放ってから、口許をニヤけさせてた。


 なんか良くわかんない理論だったけど、『なにそれ?』ってみんなざわざわしながらもそれ以上は黙った。小学生は大人の先生には、そこまで逆らえないよ。




 一学期の終わりの私の成績表には、『情緒の安定』って欄に思いっきり黒い丸がつけられてた。これは情緒に問題ありってマーク。はぁっ???って感じ。


 私は悪いことなんて何にもしてないのに、全面私が悪いって評価。きっとあの意地悪男子には、『君は大変素晴らしい』の白い丸がついてるに違いないよ。



 学校なんてクソ。



 学校も先生もクソだって、私はもう知ってる。成績表にだって、なーんの意味も無いってこともね。



 ***



 明日の金曜日はついに退院だ。月曜日からはまた学校行かなきゃなんない。


 それまでに、伸ばしていた長い髪は美容室に行ってうんと短くカットしてもらおう。


 私は私を変える。



 私は密かにとある決心をして、ちょっと緊張しながら、でも口許は自然と嗤ってしまうんだ。



次回、この対のストーリーです。

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