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何をするにもお金が必要なのは、どこの世界でも同じ事だと思い知らされてから数時間後、僕は、ただひたすら一人で川沿いを歩いていた。
実の所、あのすぐ後で判明する事だが、頭を抱えていた飲水問題は、そこまで問題ではなかったのだ。
と、言うのも、先程までいた街…王都?には川が幾つか流れていたのだ。
そして、その内の幾つかは、そのまま飲めるほど澄んでいて、魚も当然の様に泳いでいたし、その魚を釣る人達もいた。
まぁ、現代っ子の僕には、そのまま飲むのは少し怖いが、それでも煮沸すればまず問題はないだろう。
そんなこんなで、城の人達から手に入れた心許無いお金で、木製の水筒と最低限の調理道具、僅かばかりの食料を追加で何とか買う事が出来たので、急いで捕まる前に街を出てきたのだ。
とは言え、国を出ると言うのは、口で言うより簡単な事ではない。
当たり前と言われれば当たり前なのだが、国と言うのは途方もなく広い。
とは言え、今回は個人的判断だが、この国と言うのは元の世界で言う所の『国』ではなく『県』を意味する事だと思っている。
と言うのも、渡された食料がおよそ一日分…もしかしたら二日分かもしれないが、そんな僅かな量の食料と、まともな買い物も出来ない程のお金だけでは、国を出る事は、ほぼ不可能に近いからだ。
例えば、日本からお隣の国、韓国へ行くとしよう。
貴方は、僅かな食料とお金…しかも、徒歩で行けますか?十中八九、まず不可能だと答えるだろう。
しかも、この世界には車みたいな交通手段がある訳でも整理された道がある訳でもない。
まぁ、流石に、王都の中はそれなりに整理された道ではあったが、それでも、現代日本の様な道はなかった。
ちなみに、何台か馬車とすれ違ったので、移動手段は、徒歩か馬車が一般的なのだろう。
もっとも、残念な事に、国を出る為の乗合馬車に乗るだけのお金はないので、こうして徒歩で移動しているのだが…。
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「そろそろ、寝る場所を探さないとな…。」
歩き始めてだいぶ時間が経った頃、少し薄暗くなった事で、夜が近付いて来た事を理解する。
とは言え、すぐに水を確保する事が出来る様に川に沿って歩いてきた所為もあり、現在は、森らしき場所を歩いている。
当然ながら、こんな場所に宿などある筈もない。
そして、何事もなく、ここまで来れた事で僕は大事な事を忘れていた。
…そう、ここは安全な世界などではなく、危険な異世界だと言う事を…。
『アオーーーーーン!』
遠くで遠吠えがする…犬か?と思ったが、コレまでテンプレ通りの事が、多々起こっている。
だとすれば、この場合は犬などではなく、もっと危険な狼だと考えるのが正しいだろう。
まぁ、犬だったとしても、野犬ならば危険なのだから、危険と言うのであればどちらでも同じ事か…なら、僕が取る最善の方法は?
火を焚いて、周囲を警戒する?否、それなりの人数いるなら有効だろうが、残念ながら僕一人しかいないのだから、それは悪手だ。
それに、火を起こす為の道具は持っていないので、今すぐ火を起こす事は不可能に近い。
ならば、どうする?周囲を見渡す…すると、僕でも登れそうな木が生えているのを見付ける事が出来た。
「そうだ、この木に登っておけば安全じゃないか?」
流石に、木の上まで狼とかが登って来たならアウトだが、それでも地上にいるよりは安全だろう。
焦る所為か、何度か手が滑ってヒヤッとする事があったが、それでも何とか木の上に登る事が出来た。
まぁ、それほど高い場所まで登ってはいないが、多分、大丈夫だろう…。
そんな事を考えた瞬間、『ガサガサッ!』と周囲の茂みが揺れた。
そして飛び出してきたのは数匹の狼…一歩遅ければ、まさに危機一髪だった。
いや、油断するのはまだ早い…まだ危機は今も続いている。
何故なら、狼達は『クンクン』と周囲を嗅ぎ回っているからだ。
もしかすると、既に僕の匂いを嗅ぎつけたのかもしれない…その証拠に、僕が登っている木の周りをグルグルと回っているのだ。
気付くなよ…絶対気付くなよ…。
しかし、無常にもその願いは叶わなかった。
『グルルルルル…ガウガウッ!!』
先程、茂みから出てきた狼は合計で四匹、しかし、その内の一匹が、木の上にいる僕を発見して吠えた。
当然、その声により他の狼にも気が付かれ、木の下では餌待ちの雛鳥の如く、賑やかになる。
幸いにも狼達は木に登ってこれない様で、今は吠えるだけなので問題ない。
まぁ、いくら吠えても、何も出来ないのだから放置で良いだろう。
問題があるとすれば、狼達が何時いなくなるか…だ。
十分、二十分と時間が経っていく。
しかし、狼達はその場を離れようとしない。
まぁ、獲物を前に居るのに、この場から居なくなると考えるのは愚考だろうか?
何はともあれ、このまま待つだけしか出来ないのだからと、僕は袋の中から、黒パンと干し肉…それと、木製の水筒を取り出した。
『ガリガリ、クッチャクチャ、ゴクゴク…。』
黒パンは思った以上に硬いし、干し肉は噛み切るのが大変だし、なかなか柔らかくならない。
挙げ句に塩辛くて喉が渇く。
その為、水筒の中身の水はどんどん減っていく…ってか、コレ、水筒なかったらやばくないか?
そう言う意味では、なけなしのお金で木製とは言え、水筒が買えたのは良かった。
これがなければ、木の上で、のんびりご飯を食べる事など出来なかったかもしれない。
「やば、トイレに行きたくなってきた…。」
流石に、大きい方ではないとは言え、我慢するのにも限界はある。
刻一刻と近付く我慢の限界…しかし、木の下には狼達がいる為、降りれない。
…よく考えたら、オシッコを我慢しなくても良くね?
そんな考えが頭をよぎる…そりゃ、何処でも用を足すと言うのはいけない行為だが、今はある意味、緊急事態…。
しかも、狼達に追われて木の上に逃げている状態なのだから、このまま木の上からオシッコをしても問題ないはず…。
その答えに辿り着くと、その答えが正しいとでも言うかの様に、身体が欲求を満たそうと反応する。
だが、今、この場でオシッコをしてしまうと、木から降りる時に、オシッコの上に降りる事になり、正直、かなり汚い。
流石に、それは遠慮したい事案なので、木から落ちない様に念の為、他の枝を持ちながら、少しずつ移動する。
それに伴い、ご丁寧に狼達も後を追う様にして移動してくる。
だが、それは狼達にとっては最難であった…。
目的の場所へと移動したら、もう我慢する事はない。
落ちない様に注意しながら、欲望を解き放つ。
放物線を描き、眼下へとオチていく水…木の下にいた僕を狙っていた狼達には災難である。
しかし、こちらとて自分の命が掛かっているのだから許されるだろう。
とは言え、先程までいた場所と違い、今の場所は不安定と言える。
目的を達成した僕は、安全の為、先程までいた枝の付け根へと向かう。
しかし、罰が当たったのか、この日、最大のピンチが引き起こされる事となるのだった…。
拙い作品ではありますが、気に入って頂けたら幸いです。
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