表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

偶像不在証明

美しやアーサー王伝説。美しやヴィヴィアンの心。

 ドルイドの時代から今に至るまで、幾度となくこんなことが、こんな無根拠なことが、言われておりました。『女に、魔術など扱えるものか』。残酷です。あまりにも、残酷です。人々はこう言ってせせら笑うものですから、アタシ、人目を避けて生きてきましたの。一人哀しくベッドで泣いた日もありますわ。アタシ、本当に、孤独で辛かったのですよ。

 でも、でもねマーリンさま、あなたに言われたことが、何よりのアタシへの励ましになったのです。そう。初めて、アタシがマーリンさまの術を受け継いだ時の事です。『いいかい、古臭い考えで生きていちゃァいけないよ。術に性別の差異など関係あるか。ホレ、こうしてキミは、儂の術をひょいと習得しちまったじゃァないか。自分に自信をお持ちなされ』。ああもう、本当に、愛おしくてたまりませんの。こんな一言をおかけになってくださったのですよ、あなたは。ご自分自身で愛おしくお思いにならないの?

 でも、本当に最悪な、世の中の分からずやたちは、まだこんなことを言っているのです。『馬鹿じゃないのか? キリストのおわします今の時代に、ドルイドの末裔を崇拝なんて。女はすぐ、偶像にすがる。目に見えるから都合がいいんだ。その偶像が嫌いになれば、すぐ捨てちまうのに。悪いことは言わない。あんな老いぼれに付き合うのは、やめといたらどうだね』。本当に、ほんとうに世の中って、どうかしています! アタシはともかく、マーリンさまを『あんな老いぼれ』だなんて。嘗め腐っているのです。魔術の大先生であり、イエス様にも並び立つほどのマーリンさまを、どうしてこうも罵倒することが出来るのでしょう? きっと、この広い世の中を知らないのです。人ならざる術を知ったアタシたちに、嫉妬しているのです。無様です。本当に、無様よ。きっと魔術に縁がなかったのよ。才能なんてなかったのよ。

 それにマーリンさまを捨ててしまうだなんて。そんなひどいこと、あなたを本気で慕うアタシがするはずがございませんわ! なんて失礼なの! あの時はそう思っておりました。男どもに言い返せない自分が、本当に情けなくて。


 マーリンさま? あなたはいつも、アタシの術の習得を喜んでくださいます。アタシのことがお好きなのですか? ええ、好きって、言ってほしいのです。お願いですから、アタシを愛していてくださいね? いつまでも、いつまでもですよ? でも、でもねマーリンさま、あなたはそれ以上に、ご自身のことをお好きになっているのです。あなたは、自分の事ばかりお話しなさる。もっと、アタシに愛を囁いてもよろしいではありませんか。あなたの武勇伝はもう聞き飽きました。一字一句違わず覚えてしまったじゃありませんか! 暗唱して見せましょうか? ええ、練習がてら、あなた様のお真似をしておきたかったのです。

「ユーサーっていう若者がいたんだよ。すらっとした、プラチナ髪の美男だ。自身の王という立場に胡坐をかかないような真人間だったなァ。しッかし一つだけ、困ったことを言ったんだ。ちょいと不道徳なことを考えちまったわけだ。人妻に恋をして、手に入れたいと言っておったよ。

 コーンウォールに住むゴロワって貴族がいたんだが、例に漏れず、貴族らしい見た目だ。口元に髭をちょいとつけて洒落た気でいるが、ご自慢の三段腹が邪魔をして、ズボンが上がらないのが特徴さ。太もものあたりでベルトを締めなさっている。ケケ、想像できるかね? いや、女の子にそんなものを想像させちゃァ悪いね。何も考えず、お聞きなされ。ゴロワはどういうわけか、えらい別嬪な妻をもっておった。その名、イグレーヌと聞くと、もうユーサーはたまらん顔をしておったのだよ。名を聞くだけで、赤面する奴が居るかァ? 恋文の一つを読んじまう奴が居るかァ? ケケ、いたんだなァ。

 うんうん。たまらんじゃろなァ。他人の妻だ。どうしても我が物にしたいっていうものだから、彼も部下も困ったろう。もし奪ってしまえば、コーンウォールとは決別することになる。でもどうしても、ベッドの上で語らいたいと、ユーサーの奴、夜も眠れぬ日が続いた。いやはや、ユーサーは、良い部下を持ったもんだ。主人を助けたくってどうしようもない部下の一人が、この儂にだよ? 緊急の文を出しおった。『隠者となった儂に、何ができるかなァ……』と思っておったが、ケケ、この大魔術師マーリンを嘗めるなよォ。イグレーヌを惑わすために、ちょいと魔法をかけてやった。ユーサーの顔を、あたかもゴロワに見えてしまうように変装させてやったのサ。これでめでたし、お二人さんは寝室を燃え上がらせるほどの饗宴をお楽しみなすった。面白いったらありゃしないねェ。その晩だけはイグレーヌも『体をこうして合わせておりますのに、どうして彼の愛おしい、あのだらしのない腹が当たらないのでしょう』とか思っておったことだろう。カカカ! でもユーサーとゴロワ、もとッから仲の悪い二人は、さらに関係が悪化しちまった。戦争なんて起こしおって、いけねェなあ。若者のドンパチは、好きじゃァないね。参加は拒否させてもらった。そうそう、結果が聞きたいかね? ゴロワの奴の負けだよ。儂の見込んだ、ユーサーは父になった。母は言わずもがなだが、イグレーヌだ。あの一夜限りの、不了見な饗宴が、果実を結んだのだ。子供は儂が預かる約束だったんだ、名門の養子にしてやったものさ。何を隠そう、その子こそがアーサー公じゃよ。儂らのマジェスティだ。どうだ、驚いたかね」

 驚くも何も、六回は聞きましたわ。一回目ならともかく、同じ口調であと五回続けられたら、誰だって驚かなくもなりましょう。

 マーリンさま。あなたはね、自分に酔ってらっしゃるのよ。過去の栄光になんて囚われていてはいけないはずなのです。でも、でもね、あなたは例外なのよ。そうでなくちゃ。あなた様ほどの素晴らしい大魔術師は、自分に酔い知れるくらいが丁度いい。そんなあなたが、アタシ大好きなの。もっともっと、他のお話もお聞きしたくなっていきましたわ。

 マーリンさま? お話を聞いてくれたお礼にと、あなたは魔術を一つ受け継いでくださるのだから、もうほとんどの術を知ってしまったのですよ? 女のアタシが、術なんて使えるはずがないと言われたあのアタシが、こんなにも成長したのですよ? お願いですから、あなたの武勇伝と同じくらいの頻度で、この頑張り屋のアタシを褒めてくださいね?


 愛おしい人には、すべてを語っておかなければなりませんよね? もちろんですわ。アタシのすべてを、ここでさらけ出しますから、しっかり受け止めてくださいね? でないと、嫌ですよ? 実はアタシ、マーリンさまに失望したことがあったの。マーリンさまも、やっぱり男だなって。

 男を悪く言いたいわけじゃありませんわ。仕方のないことでしょうから。どうしても、己の雄に勝てないのでしょう? 女にむしゃぶりつきたくて、たまらないのでしょう? 肉欲って言葉を聞くと、どうしても下品に見えてしまうのは、アタシだけではないはずです。特に男の肉欲は、本当に質が悪い。心のどこかで、女を屈服してやろうなんて考えているのですから、最悪です。もしマーリンさまが女であったなら、もっともっと、あなたはアタシの理想のマーリンさまに近づいたでしょう。いつであったか忘れてしまいましたが、あの時のあなたは、ひどい有様でした。目の動きをもうちょっと自重なさったら? もう知っているのです。アタシの顔を見たと思えば、視線は舐るように胸に移り、申し訳なさそうに目をそらすのです。でもそらしているのかと思えば、今度は足を見ているのでしょう? もう知っておりますからね? と思ったら顔を見て、アタシを辱めたことへの免罪符とばかりに、爽やかで愛おしい笑顔をお見せになるのです。ああ、なんて不埒なの。マーリンさまは、アタシの足がお好きです。網掛けのタイツから覗かせる、ひし形の白い肌が大好きでしょう? それに網目は、大きければ大きいほどお好きでしょう? だって、その方がマーリンさま、アタシを見ている時間が長かったですもの。アタシの肌を感じていたいの? ねえねえ、アタシを見ている間、何を考えなさっているの? いいえ、答えてくださらなくっても良いわ。しわがれてなお、愛欲の滾らせるその溌溂としたお体には、きっと甘ったるい妄想が広がっているのよ。

 あなたの下卑た妄想の中で、アタシはきっと息も絶え絶えになって、マーリンさまの名を連呼しているのです。アタシの視線の先には、その上品な紫色のローブをお召しにならないマーリンさま。マーリンさまは、アタシに全身をくまなく悦ばされていらっしゃるの。ああ、汚らわしいですわ。このままでは世の中の、アタシたちを馬鹿にしてきたケダモノたちと何も変わらないじゃありませんか。あの人らだって、アタシにそんな思いをぶつけているのですよ。いや、それだけじゃありませんわ。実際に触れてきたこともあったのよ。もちろん、そのような者を生かしてはおきませんでしたけどね。

 でもアタシ、もう嫌だとは思っておりませんの。だって、マーリンさまに何をされたってアタシ、幸せですもの。ですから、その妄想を現実のものにしてくださっても、良いのですよ? 一切の体の自由を奪ったまま、泣いても叫んでも、一切アタシを解放なさらずに、その下卑た肉欲をぶつけてくださるのも、やぶさかではないのですよ? マーリンさま。アタシは、こんなにみっともない期待を抱いておりましたの。でも決して、嫌いになってはいけませんよ?


 いつの日の事だったでしょう。マーリンさまは、覚えていますか? アタシにはどうしても知りたい魔法があったのです。あの時のマーリンさまのお顔は少し、強張っておられましたね。

「ねえ? マーリンさま? アタシに完全な変装の術を、教えてくださいな?」

「完全な、変装ゥ? それってキミ、姿も形も、声もにおいも何もかも、その人に化ける術かね? 悪用してもらっては困るよ。何に、使うんだね?」

「秘密ですわ。ひ・み・つ」

「キミねえ、このマーリンの知的好奇心を嘗めておるのかね? キミがヴェールに包まれているというのなら、必死こいてでも剥ぎ取りたくなってくる。キミのどんな秘密だって、暴いて差し上げようじゃァないか」

「ああん、おやめくださいな? だってだって、女の秘密だなんて、背徳的でしょう? これ以上ない、雌を輝かす最高のスパイスじゃァありませんか!」

「うゥーむ。そう言われてみれば、そうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。いいや、それよりもなんだね? 儂の口調の真似をしていないか?」

「そんなこと、ありませんわ。口調をお真似したところで、アタシがあなた様に並ぶほどには、賢くなるわけでもございませんのに。何かアタシに、得がございましょうか?」

「いやいやすまないね、キミの言う通りだよ。そして、うんうん。良いだろう、了解した! 術を教えて進ぜようじゃァないか」

「お優しいこと! ありがとうございます。お礼にアタシ、何をして差し上げればいいのかしら?」

「またつまらん話でも聞いておくれよ。ああ、老いてなお健在の、お恥ずかしい自尊心を慰めておくれ。大魔術師と呼ばれたこの老いぼれの、聞くに堪えない武勇伝だ」

「ダメですわ!」

「ダメってなんだい。飽きたのかね」

「違うの! そうじゃァなくって、もっともっと、したいことがあるでしょう? きっとわかっておいでのはずです。アタシに対して、したいことがあるはずですわ! ですからアタシ、いつもよりも赤い服を着て参っているのに! 胸元だって、こうもひらけているのですよ!? 白い肌が覗かせているのですよ!? 手に取りたいとお思いにならないの!? 顔をお埋めになりたいと言って下さらないの!?」

「なんだいなんだい、お怒りなさっちゃァいけないよ。可愛らしいお顔が台無しだ。……うゥーむ。まったくキミは、何を求めているのだね。儂がキミに、何を求めていると考えているのだね」

「この分からず屋! お分かりにならないのなら、そのつまらない武勇伝を、勝手に仰っていてくださいな!」

 赤い服を着て参りましたのに、アタシに魅力がなかったのかと辛い思いをいたしました。雄の最も燃え上がる色が、赤と聞いておりましたのに。でも、マーリンさま。あなたが悪いわけじゃありませんわ。マーリンさまをお悦ばせできなかった、アタシに責任があるのです。でも、でもね、ちょっとくらいは、ほんのちょっとくらいは、あなたの雄に素直になってくださっても良いじゃありませんか。どうして、気取っているのです。まったくもって驕慢なお方。くだらないわ。あなたは、大魔術師なんかじゃない。欲にまみれた雄なのですよ。どうして、それをお認めにならないの。


 ねえマーリンさま。今日の話に戻りましょう。あなたが仰っていた話に、何の意味もない武勇伝なんかとは違って、こんな面白いものがありました。

「アナステウという少年がおった。アッセン王の息子だ。いや知らなくたって構わない。キミが彼を知っているかは、この際どうだってよい。もう何十年も昔に聞いた話だから、儂も儂とて彼がどんな顔をして、どんな髪色をしているかの描写までは、覚えとらんからな。彼らは森での狩猟が得意で、昼間はよくそこで遊んでいらした。仲睦まじい親子とは、彼らのことをいうんじゃなァ。しッかしそうもいかなくなるのが、人間の愛情の脆さだ。アナステウは王子になることばかりさせられていたもんだから、女性を知らなかった。『女とは、どんな生き物なのだろう』というくらいにはひねくれていたかねェ。そんな坊やが、美しい、若い女に出会ったら、どうなるね? ああ、キミの思う通りだ。完全に夢中になっちまった。可哀想にねェ。王は怒ったよ。その女の身分が低いのに、結婚させてくれだなんて。到底許せるものじゃァなかった。二人はもう結ばれていたのに、王がいては契りが出来ぬ。女はアッセンを殺してやればよいと考えていたが、アナステウの方はそうはいかない。実父を殺すなんて、心優しい彼には出来っこなかったのだ。かくなる上は、逃げるのだ。森に良い隠れ場所があるのを、アナステウは知っている。アナステウだけが、知っている。それは墓のようでいて、中は空洞なのだ。フランス野郎どもすら顎が外れるほどに驚く、宮殿にも並ぶ豪勢な隠れ家になっていたのだ。二人は生涯、誰にも見つかることなく、幸せに暮らしたそうだよ」

 好都合でした。そのアナステウとやらも、妻の方も、どうだっていいのです。だってアタシとマーリンさまとの間だけでいいじゃない、最後に結ばれるラブロマンス喜劇は。アタシの興味は、その墓の下にあったのです。ねえ、マーリンさま? 愛しのマーリンさま? アタシから何をされても、絶対に嫌がらないでくださいね? いや、こんなことを言わなくたって、アタシのことを拒絶したりなどは、いたしませんよね、あなた? アタシの知るあなたは、そんなお人じゃありませんわ。

「キミも風情の解る人だねェ、お二人の隠れ家をご覧になりたいと。ちょうどアーサー公からお暇をいただいたのだ。ご案内いたそう」

「まあ、マーリンさまは、本当にアタシを一番に考えてくださいますね」

「ケケ、まあね。儂は弟子を取らなかったから、キミのように魔術を知ろうとしてくれる人がいると、ひいきしちまうんだなァ。これからはずっと、キミと過ごすんだろう。育ちの良い、可愛らしい孫を持った気分だね」

「……孫? どうして、孫なの? 恋人のように、思って下さらないの?」

「恋人ォ? 一体全体、どうして、恋人なのだね。恋人同士なら、もうちっとだけ年齢が近かっただろうに」

「本当にあなたの方は、風情をお解りにならないのね。古臭い価値観は嫌いです。恋愛に年齢の差異など関係ございましょうか?」

「関係あるとも。儂の方が、先に死ぬ。もしキミが恋人なら、悲しませちまうじゃァないか」

「マーリンさまが……かのマーリンさまが、死んでしまわれるはずはございません!」

「死ぬよォ。これでも儂は、人間の端くれなんだ。イヴが粗相をして、我が主が原罪をくだすったのだから、その寿命のさだめには従わねばならぬ」

 この時の会話は、アタシがもう何も言わないようにしましたから、これで終わったのでしたね。ええ、分かっていたのです。あなたは当然に死んでしまう。寿命に敵う人はいないって、ずっと前から知っているのです。でも、でもね、マーリンさまはずっと生きている。そんなありもしない幻想を持っていたとしても、良いではありませんか。愛ゆえの幻想なのです。あなたを愛しているからこそ、こう思っているのです。これもあなたの云う、風情という奴ではなくって?

「さアさア着いた。このちっぽけな墓がそれだよ」

「これがその、隠れ家なのですか? 落ち葉やらで汚れていますわよ」

「もちろんだ。こんな森に誰が来るかね。こんな森の、こんなちっぽけな石くれに、誰が目を向けてやるかね。整備なんて、もちろんされないよ」

「そう。でもそんなのは、どうでもいいですわ。きっと、かのお二人がここに住んでおられるのでしょう?」

「ああそうだ。厳密には、『住んでいた』だろうがね。もちろん彼らは、もうとっくに死に絶えているはずだ」

「やはり、アタシは死を受け入れたくありませんわ。せめて、彼らが抱き合って死んでいった、そのお姿だけでも拝見したいのだけれど」

「いけないよォ。死人の顔を見たら、発狂しちまうんだ。そんな力が、死人にはある」

「覚悟の上です。成し遂げなければ、どうして私はこちらに赴いたのでしょう」

「あのね、儂もキミを失いたくはないんだ」

「発狂するだけなのでしょう? あなたがアタシを失う道理などありませんわ。どんな状況に置かれたとて、あなたを置いて死に絶えるものですか。どんなに基地外になっても、あなたを思う気持ちに変化はありませんわ」

「だとしてもだ。孫の気が触れた姿をこの爺に、見せないでおくれ。ほんの少しの生きる希望すら、なくなってしまうのだ」

「ですから孫でないと申しているでしょう!?」

「ああ、すまなかったよ。……もうよい。恋人同士でよい」

「アタシにお詫びを申し上げるくらいなら、どうか、この石くれを退けてくださいな。恋人であるこのアタシのお願いをどうか、そのマーリンさまのお優しさで叶えてやってください」

 あなたは、開けてくださいましたね。すごく、悲しい顔をなさっていました。きっと、預言者でもあるあなた様は、悟っていたのでしょう。これからどうなるかを。だから、出鱈目を言ってでも、開けたくなかったのよ。死人の顔を見ただけで、発狂なんてするはずがございませんもの。


 あなたが恋人同士であると、本気になって認めてくださったのなら、アタシはこんなこといたしませんでしたよ。でも、無理だった。認めさせることなんて、出来っこなかった。……あなたが悪いのよ。何もかも、あなたのせいなのよ。

 アタシは、マーリンさまをその中に押し込んで、閉じ込めてやりました。彼は何かおっしゃっていたようでしたが、もう、知りません。

「アタシはこれから、マーリンさまになるのよ。アタシが、大魔術師マーリンなの。いいでしょ? それがアタシの、一番したかったこと。アタシの好きなマーリンさまでいられるのは、アタシだけなの。アタシだけが、最高の『大魔術師マーリン』を演じていられるのよ。あなたは、ただの欲にまみれた雄なの。そこで一生を過ごすのがお似合いだわ」

 違う。違うわ。一番したかったこと、それは、マーリンさまと恋人同士になること。認めてほしかっただけなの。アタシと恋人になってくれて、アタシのしたいことをしてくれるマーリンさまにお会いしたかったの。でも、そんな人はいない。ならば、アタシがその『理想のマーリンさま』になるしかなかったのよ。人の世に、妥協はつきものでしょう?

 あなたから完全な変装の魔法を学んだじゃない。あなたの口調を真似て、練習していたじゃない。あなたのことを、研究し尽くしていたわ。まったく好きでもないあなたのことを、研究し尽くしていたの。どうしてか、これでよくわかったわね。ねえ? マーリンさま? アタシの偶像の、マーリンさま? ああ、違った。これからは、アタシがマーリンさま、だったわね。


ご覧くださり、ありがとうございました。気に入っていただけましたら、どうか出来得る限りで構いませぬ、こちらの作品の拡散をよろしくお願いしとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ