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龍神様の憐憫  作者: 中山
番外編
6/7

ある日の一幕:雨音の一日

夜行水清、青鬼雨音。


 彼の噂は多岐にわたる。見た目に関しての噂を除くと、残虐非道、謹厳実直、自由奔放、温厚篤実、大きくかつ、簡潔に言うとこの4通りだ。全く意味の異なるこれらの言葉全てが、皆が彼に抱いているイメージだと言う。

 

 なぜこれほどまでに沢山の噂があり、皆から恐れられ、敬われているのか。そして結局のところ夜行水清とは、雨音とは一体どんな人物なのか……それについて知ろうなどと言う命知らずなどそういない。

 そう、"全くいない"と言う訳ではないのだ。


 さて皆様、今回は雨音と海璃、そしてそのご友人方のお話ではなく、ただの畏れ知らずのお話にございます。


 ――


 ビッショリ濡れた大きな丸い灰色の耳に大きな黒い瞳、後ろには耳と同じ色の細く長い尻尾。彼の身体は小さく、その衣服は水分を含んでいて、最早衣服としての役割をはたしていない。そんな状態で彼はコソコソと、屋敷の前の茂みに隠れ、好機を伺っている。


「くしゅんっ……はぁ…なんだよさっきの!!ふざけやがって、何が夜行水清だ!!クソッ!」

 

 さて皆様、夜行水清、雨音の屋敷には結界が張られていることを覚えていますでしょうか? そうそう、屋敷の植物達の維持をしているあの結界です。海璃は知りませんが、実はあの屋敷にはいくつもの結界が張られているのです。当然ながらその中には部外者を入れない為の物もあります。聡明な皆様であればこれ以上言わずともお分かりでしょう。そう、この少年屋敷に潜入しようとして対部外者用の結界に阻まれ、全身びしょ濡れになり追い払われたのです。


((取り敢えず一旦戻るか……?いや、夜行水清は滅多に表に出てこない……一度逃すと長くなる……あぁ、でもびしょ濡れだし着替えを取りに戻るくらいなら大丈夫なのでは?))


 彼が思案しているとキィと言う音を発てて門が開く。


 ((チッやっと出てきたか。))


 そうして彼はびしょ濡れのまま雨音を尾行することになったのです。


 ――


<午前11時:屋敷のある郊外から水清妖市へ降り、本屋へ入る。>


 水清妖市、とある書店。

店内は狭く、客も少ない。あまり整理されていないのか本の上に埃がたまっている。小窓から差し込む木漏れ日が埃だらけの店内を照らしている。

 

「ふんっ、んっ……取れないっ!」


 とある少女が本棚の上の段にある分厚い本を取ろうと背伸びをしたり、跳び跳ねてみたりとしてみるが一向に届く気配はない。辺りには踏み台もなく、書店員もおらずシーンとしている。しかし諦めてたまるかともう一度背伸びをする。


 そんな少女の後ろから白い腕が伸びてゆき、少女が取ろうとしていた本に指をかける。

 

「あ!?その本私が取ろうとしてた……」


 少女は思わず口を開き、後ろへ振り向いた。

 

「はい、なかなか届かなかったようなので、ご迷惑でしたか?」

「いえ……ありがとうございます……」

「良かった。では失礼しますね」

「はい…………」


 少女は顔を耳まで赤くして先程の本を抱き抱え、雨音が店を出るまでその後ろ姿をただ茫然とみつめていた。


 ((なんだ?夜行水清と言えば一夜にして自身以外の青鬼を全て虐殺したと言う噂があるが…………。これは温厚篤実の方か?まぁいい。こちらも仕事だ。ひとまずメモをしておこう。))


<店内を2時間ほど散策し途中、本に手が届かず困っている少女に本を取る。その後5冊ほど書籍を購入。少女に対する態度は終始礼儀正しく親切なものだった。>


 「っと、これで……え?」


 彼は本棚の影から雨音を観察していたのだが……

ドシンッと言う音を発てて彼の後ろにあった大きな本棚が倒れる。彼は本棚の下敷きにこそならなかったが落ちてきた本に埋まってしまい悪態をついた。


「くそっなんなんだ!?いきなり倒れてくるとかありえないだろ!?ふざけんなよ!!」


 ――

 

<14時10分:門番の双子の1人と和菓子屋で談笑する。>


 水清妖市、和菓子屋花道。


 店内は広く、和風建築の平屋で中庭の所々に植えてある紫陽花と庭の真ん中にある青々とした紅葉が印象的な店だ。


「この間、現世の社会制度や福利厚生についての書籍を読んだのですが、確かにそういった支援があると言うのはとても親切で理想的だと思いました。ですが、実際にその制度を利用している方や支援を得ている方が少ないみたいなんです。これは何故なんでしょうか?」

「…………そうだな。これは憶測でしかないが……」

「はい、それでも構いません。雨音様はどう思われますか?」

「1つは国民性、2つは手続きの複雑さ、3つは知名度だと考えられる」

「それはどういうことですか?」

「まず、一つ目だが…………」


((ふむ……夜行水清は自由奔放で仕事を投げ出す事が多々あると言う話だが……少なくとも今はそうは見えないな。頻繁に仕事を投げ出す割には真面目に語らっている。にしてもあの双子の片割れも好奇心からなのか?異界に暮らす奴にとって現世の制度なんて関係ないだろ。まぁいい、少なくとも俺には関係ない。ひとまずメモしておこう。))

 

<2時間に渡り現世の福利や社会制度(?)について語らう。現世についての造形が深い様子。夜行水清は黒豆茶、双子の片割れは柚子茶。そして各々団子を頼んだが話が終わるまで口をつけなかった。一点集中型の可能性あり>


バシャーン


「きゃぁ!?お客様!?すみません!!大丈夫ですか!すぐにタオルを!」


 廊下で定員が足を滑らせ、手に持っていた御冷が綺麗に弧を描き、近くの席で二人の会話を隠れ聞いていた彼に向かって飛んでいった。本日二度目の水浸しだ。

 

「チッ、全くなんなんだ今日は!」


 彼はまたしても全身ずぶ濡れで雨音を追うこととなった。

 

 ――


 <16時25分:水清妖市近くの民家を散策。>


「きゃあ!?」

「おらっ邪魔だ!!」

「引ったくりだわ!!誰か!そいつ引ったくりよ!」

「ははっ捕まえれるもんなら捕まえてみろよっゴフッ」


 

「……捕まえられるものなら?この程度で図に乗るな」

「あぁ……夜行水清…………」

「よく知っているな?俺の領内で引ったくりなんてしているから知らないのかとも思ったが……命知らずの方だったか」

「あぁあぁこれは返すのでっ!もうしませんっ!お願いします!! 見逃してください!!」

「それは難しいな。どんな事情があったにせよ、お前が盗みを働き、女性にぶつかったのは事実。烏天狗どもには連絡済みだ。大人しく沙汰を待て」

「雨音様ー」

「来たみたいだな?」

「ヒィッ」

「引ったくりって本当ですか?」

「あぁ」

「珍しいですね。ここで悪さをしようなんて奴。お前どんだけ命知らずなんだ?」

 そういって烏天狗は引ったくり犯をお縄にかける。

「…………」

「まぁいいか……ではこいつ連れていきますね!!雨音様、通報ありがとうございました!」

「あぁ、こちらこそ仕事が速くて助かる。あとは頼んだ」

「はい!任せてください!!では!」


 ((正義感が強い……のか?いや正義というにはあまりにも……いや……考えるな。俺は悪いことはしていない。仕事だしな?俺には後ろめたい事なんかない!!

別にビビってるんじゃねーし。ひとまずメモしなくては。))


<盗人を取り押さえる。凶暴、凶悪と噂されているにしては正義感が強く、冷静な状況判断。だが温和という噂にしてもそんな優しいものでもない。>


 ――

 

数時間後


「結局どれが本当なんだ??」

「さてな?どれだろう?」

「ぴゃっ!?」


 いきなり後ろから声をかけられ驚きのあまり情けない声を出してしまった少年は可哀想なことに恥ずかしさから顔を赤らめ、恐怖と不安から青ざめていた。


「君の顔色は(せわ)しないね。ひどく興味深い」

 

 そう言って笑ったのは観察対象であるはずの夜行水清だった。

 

 「やぁ、はじめまして噂の夜行水清です。ここ数日俺のあとを付け回してたの君だよね??何の用かなと放置してたけどそう言うことね、うん理解した。」

 

「いや、あの、その……決して貴方を貶めようとか思ってなくてただ仕事だし、それを別にしても噂の真相が知りたくて……ごめんなさい!」


「謝る必要はないよ。お仕事だもんね。お仕事ちゃんと出来てて偉い偉い。」

「ふぇ……?なん……で」

「う~ん?仕事を全うしてるだけの妖にそんな怒んないよ。安心しな、なんなら良く書けてるよ」

「仕事を褒めてくれるんですか?」

「うん?出来た子は褒めるものだろう?」


 その言葉を聞いた少年の黒い瞳から大粒の涙が零れる。

「どうしたんだ??俺はなにかひどいことを言ってしまったんだろうか??」


 そう慌てる夜行水清に少年は花も綻ぶような笑顔で

「いいえ。いいえ、嬉しくてっ他人(ひと)に褒めて貰うのは初めてで、仕事にしても人様を餌にするなんていつも言われてたからっそんな風に言って貰えたのにっビックリしてっ」


 ズビズビと鼻を鳴らし、しゃくりながらも少年は夜行水清に伝える。

「そうだったのか。大変だったな。」

 そう言って夜行水清は自身の懐から一枚の手巾(しゅきん)を取り出し、少年の涙を拭いた。

 少年の瞳には憧れや羨望を飛び越え、盲信とでも言えよう宗教染みた狂気が宿っていた。


 その後、その少年は夜行水清、青鬼雨音の下、諜報活動を一任されるようになる。これはこの日から十数年程先の話である。

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