声 (中)
――
現世
木々が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえる山の中。
成海、海摛は雨音を先頭に、道とも言えない道を進んでいた。足元は落ちた枝や石が邪魔で歩きづらい。ただひとつの救いは、ひんやりと心地のよい風が通り抜けていく事くらいだ。
「…………ねぇ」
「ん?」
「ん?じゃねーよ!?どこだよここ!!」
「山だな?」
「それは知ってる!!」
「海摛さんが聞きたいのはきっとなぜこのような場所にいるのかということでは……」
「だから代表に会いに行く」
「それは聞いてた!!聞きたいのはなんで今!山にいるのかってことだよ!?」
「はぁ……代表がいるのがこの山なんだ」
「「え……」」
成海と海摛は声を揃え、顔を突き合わせる。
「その代表ってヤバい奴なのでは……?」
「いやもしかしたら狸とか人型ではない可能性も……」
「狸親父ってこと……?」
「いえ、そういう意味では……」
二人はコソコソと耳打ちする。
「あのな、俺も正直ここには来たくないんだ。さっさと終わらせて俺は帰る。ほら着いたぞ」
雨音がそう言ってたどり着いた場所は、大きな滝の前だった。川の水は澄みきっていて底が見えるほどだ。太陽の光が反射して水面が輝いているように眩しい。
「……雨音」
「なんだ?」
「ふざけてる?」
「いや?」
「「………………」」
「二人とも黙ってないで着いてこい」
雨音はなんのためらいもなく川に入り滝へ向かって歩いていく。
「は!?ちょ!?……マジかよ……」
「着いていくしかないですね……ここにいてもなにがあると言う訳でもないですから……」
二人は諦めて雨音に続き川に入る。
「冷たっ!?え?あいつ平気そうな顔してたけど!?は?クソ冷たいんだが??」
「まぁまぁ落ち着いて下さい。雨音さんと僕達では体の造りが違いますからっ!?…………冷たいですね……」
「ぎゃあぎゃあ騒いでないでさっさと来い……」
雨音があきれ気味に声をかける。
「お前と一緒にするなよ!?こっちは寒くて凍えそうだっていうのに!!お前鬼か!!」
「あの、雨音さんは鬼ですよ?」
「知っとるわ!!」
「ハイハイ、分かった分かった。待ってるからゆっくりでいい、早く来い」
「どっちなんだよ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい」
二人は相変わらずぎゃあぎゃあと騒ぎながらサブサブと水を掻き分け、滝の前で待っている雨音に合流した。
「ほら、行くぞ」
雨音はパンッと手を叩くと滝に向かって歩いていった。
「…………あいつ滝にっていうか壁に向かって歩いていったぞ」
「そうですね……暫く様子見してみます?」
「そうするか」
…………数分後
「おい」
「「!?」」
滝から雨音が出てくる。
「お前らな………なにしてるんだ。ちゃんと着いてこい」
「いや……お前がいきなり壁にぶつかりに行くから……」
「壁?…………あぁ……そう言うことか。大丈夫だからさっさと着いてこい」
「は!?なにいってんだよ!?正気か??修行に来た訳じゃないんだぞ!?」
「はぁ……うるさいな。つべこべ言わずに行け」
そう言って雨音は海摛と成海の背中を押した。
――
………………?
滝の音が聞こえない……それになんだ?
甘い香りがする。
雨音に背中を押されて咄嗟に目を瞑ったが覚悟していた痛みはなく、それどころか先程まで聞こえていた滝の音すら聞こえない。海摛は不思議に思い、瞑った目をゆっくりと開いた。
「え……?」
目を開くと一番最初に目に写ったのは、大きな桜の木だった。季節は秋だと言うのにここの桜は今が見所といった様子だ。次に柊。桜の花が咲いているにも関わらず柊も白い花を咲かせている。鼻を掠める甘い香りは柊だ。
「…………屋敷の庭と同じだ。」
「屋敷の庭?」
海摛の独り言に成海が問う。
「あぁ、雨音の屋敷もこんな風に季節の違う花が一緒に咲いてるんだ。」
海摛は心ここにあらずといった様子で花を見る。
「海摛さんは花に詳しいんですか?」
「いや……そうでもない……」
海摛はやはり上の空だ。
「ボーとしてないで今度はちゃんと着いてこいよ」
そう言って雨音は前を歩く。
「分かってる。と言うかここって誰かの屋敷の庭じゃ……」
「あぁ、例の代表の屋敷だ」
海摛と成海の顔がサッと青くなる。
「えっ……不法侵入したってこと!?」
「それは流石に駄目では!?」
二人は声をあわせて雨音に抗議する。
「なに言ってるんだ」
「そっちこそなに言ってんだよ!?不法侵入だぞ!?しかもここ陰陽師の代表の人の屋敷なんだろ!?危なすぎる!」
「そうですよ!!何かあったらどうするんですか!?退治されちゃいますよ!?」
「………………」
二人の言葉に雨音は無言のまま呆れた顔をする。
二人は不思議に思いつつも帰ろうと説得を続ける。
「こんにちは。もういらっしゃっていたんですね。」
そんな中、後ろから声を掛けられる。反射的に体がビクッと跳ね、声の主にバッと視線を向けた。そこには艶やかな長い黒髪とその穏やかな雰囲気が特徴的な青年が立っていた。
「すみませんっわざとじゃないんです!!…………?」
………………ん?いらっしゃって??
海摛は沈黙の末、先程の青年に尋ねた。
「……………………………………お知り合いですか?」
青年は微笑みながら答える。
「えぇ、雨音様にはいつもお世話になっています。私がまだ門下生だった頃からの付き合いですよ。もう50年ほど前になりますか」
「そうだったか?」
「えぇ、えぇ、そうですよ。時間とは早いものですね。あの頃はまだ10代だった私も、もう良い年したおじさんですよ。さぁさぁ、ここではなんですし屋敷に上がって下さい」
そうして屋敷に上がることになった。
――
結界内 屋敷
屋敷内の雰囲気は雨音の屋敷に少し似ている。
例えば調度品、華美ではないけれどそれでも洗練された匠の作品だとわかる上品なものばかりだ。
それに先程の庭。雨音の屋敷と同じく季節の違う植物の共生……雨音と趣味が似ているのだろうか?そう思いながら彼の後ろに着いていく。そうすると屋敷の一室に通される。客間といった所だろうか?花を着けた桜の枝が、鶯の描かれた白い陶器に生けられている。
屋敷全体を見て回ったと言うわけではないが調度品を含め、まるで中華建築と日本建築の間の建物だ。確かに親しみやすさがあるが、やはりどこか違う。
「さて、では改めまして私は清洹と言います。僭越ながら陰陽寮……つまり国家直属の陰陽師をさせて頂いています。」
「僕は海摛と言います」
「えっと僕は成海です。宜しくお願いします」
「雨音様から聞いています。今回は成海さんの件でこちらにお越しになったと」
もう話がいってる!?はやっもしかして最初からこのつもりだったのか?
「あぁ、申し訳ないが頼めるか?」
「雨音様からのご依頼です。無下にはできませんよ。勿論引き受けさせて頂きます」
「ありがとうございます!!」
成海が頭を下げる。
「では、早速ですが儀式をします。陣の用意は出来ています。準備を」
「色々とありがとうございます。ですが、すみません。一つお聞きしても構いませんか?」
「えぇ、どうぞ」
「では、儀式とは何の儀式でしょうか?」
「今回は貴方の適性を調べるための儀と拝師の礼をします。詳しいことはまたのちに説明しましょう」
「分かりました。ありがとうございます」
「顔合わせも終わりましたし、雨音様はお帰りですか?」
「そうだな。まだ仕事が残っているからな」
「そうですか。分かりました。貴方はどうされますか?」
清洹は海摛に問いかける。
「そうですね。もし良ければなんですが見学させていただいても良いでしょうか?」
「えぇ、良いですよ。と言うことですが、雨音様はどうします?お一人でお帰りですか?」
「はぁ、分かった。俺も見学しよう。」
「承知しました。では準備があるのでそれまで弟子達の修練でも見学なさって下さい。」
「ありがとうございます!」
「潤」
「はい、師匠。どうかされたんですか?」
清洹が声を掛けると声がして戸を開けて少年が一人現れる。
「この方々へご挨拶を」
「はい。私は藤代潤と言います。こちらの清洹師匠の元で修行に励む内弟子の一人でございます。」
潤はそう丁寧に挨拶をすると清洹の側へ控える。
「して、師匠。なに用でしょうか?」
「あぁ、この方々を修練場に案内してくれるか?」
「はい」
「儀式までにはまたこの部屋へお連れしてくれると助かる」
「はい。承知しました。」
そう言って成海と清洹は奥の部屋へ入っていった。
その後ろ姿を見送ると
「さて、ではご案内しますね」
潤はそう言って海摛と雨音を連れ客間を出た。
「改めて自己紹介しますね。先程も言いましたが藤代潤と言います。呼び名は好きにしてくださって構いませんが出来れば潤とお呼びいただければと思います。」
「潤は真面目なんだな。僕は海摛。なんだろ……肩書きとかないからな……まぁいいや、海摛って呼んでくれ」
「海摛ですか?…………女の子みたいな名前ですね?」
「それ最近聞いたことある気がするんだが……まぁいい、所で潤はどうして陰陽師に?」
「家門の為ですよ。先祖代々陰陽師なんです。それ以外にないでしょう?」
「そうなの?」
「一般の方にとっては物語の中にしかいない架空の職業ですから。」
「そうなんだ。実は僕も雨音が言うまで作り話だと思ってたんだ。そういや修練ってなにしてるんだ?」
「そうですね……、まぁ百聞は一見に如かず、ちょうど修練場に来たので見て下さい。きっとその方が理解しやすいでしょう。」
――
清洹結界内 修練場 武術棟
キィンキィンキィン
金属がぶつかる音と気合いの入った声が無数に響く。
「ハァ!ヤァ!!セイッ」
「もうちょっと!!」
「おっと!?」
武術棟にやってきて一番最初に目についたのは潤と同じ服を着た少年少女らが武器を持ち、お互いに容赦なく戦っている様子だ。汗だけでなく血を流している者もいる。
「……あの子達大丈夫なのか?」
海摛は顔を真っ青に心配している。
「あぁ、大丈夫ですよ。いつものことですから。それに端を見てください。きちんと処置しています。」
潤は事も無げにそう答える。
「ここではこれが当たり前だ。なんなら昔より優しい位だ。」
雨音が修練の様子見ながら言う。
「そう……なのか……」
「そうです。そうです。いつものことですからあまり気にしないで下さい」
こんな所で成海はやっていくのか……本当に大丈夫なのか?
海摛がそう考えていると
「潤師兄!」
少し遠くから潤より幼い少年少女が潤を囲むように並び口々に話し出す。
「潤師兄!また師兄と師姐が喧嘩してるんだ!!」
「私たちじゃどうしようも出来なくて……」
「潤師兄何とかして」
「ハイハイ。分かったからどこで喧嘩してるんだ?」
「「「竹林」」」
「はぁ……またか……今回はなにが理由なんだ……」
「「「知らない」」」
「分かった。ありがとう行ってくる。」
一通り会話が終わって潤がこちらにやってくる。
「少し席を外します。すみませんがその間お待ち頂けますか?」
「いや!着いていく!!」
「あの……待っててくれると助かるのですが……」
「いや!行く!!絶対面白い!!」
「………………はぁ、分かりました。くれぐれも気をつけて下さいね」
「はーい」
――
清洹結界内 修練場裏、竹林
青々とした竹が群生しており、上から降り注ぐ太陽の光を目指す様にそびえ立っている。清廉な空気が漂っている。そんな竹林の中、大きな声が響く。
そこにはおおよそ人の形をした紙人形を人差し指と中指で挟み、それを額に当てている少年がいた。
「我が力に従いてその力ここに聞こし召し給え。式神召喚急急如律令」
少年は何か呪文を唱えると紙人形を切るように前方へ投げる。すると紙は白い煙をたて消え、代わりにそこにいたのは人の顔と同じくらいの大きさの土色の大きな蛙だった。
「蛙!?」
蛙を召喚した少年と対峙するように一人の少女が鞭を片手に怒鳴る。
「ちょっと!それは反則でしょ!!この卑怯者!!自分の力で戦いなさいよ!!」
「ふん、式神だって結局自分実力次第。俺が呼び出してるんだ。自分の力だろ?」
「それにしたって卑怯だわ!!私の嫌いな蛙を召喚するなんて!!」
「卑怯?戦略だろ?なに言ってるんだ?お前の頭はお花畑か?そんなんじゃ実際に現世での仕事出来ないんじゃないか?」
「うるさいうるさいうるさい!!あんたなんて召喚しか出来ないくせに!!」
「は?呪符もまともに作れず、召喚も出来ない、脳筋女に言われたくないね」
「はぁ!?誰が脳筋女よ!!召喚術だけが取り柄のこの卑怯者。召喚術しか出来ないのに召喚するのはいつも雑魚ばっかり。落ちこぼれはあんたでしょ!!」
「あ"ぁ"?もう一度言ってみろ?誰が落ちこぼれだって?次言ったら容赦しないからな!」
「何度だって言ってやるわよ!!この落ちこぼれ!!」
二人は頭に血が上っているようで自身のことしか見えず、後の海摛達には気づいていないようだ。
「これ不味いのでは?」
「お恥ずかしい限りなのですがこれが日常でして……あの二人、本当に折り合いが悪くて」
「あ…………お疲れ様です」
海摛は何かを察して潤に同情する。
「あぁ!もう!!頭に来た!!今日こそのその減らず口と品曲がった性格を叩き直してあげるわ!」
「はっよく言うな?吠え面かかせてやる!後で後悔するなよ!!ヤコマル行け!」
少年がそう言うとヤコマルと呼ばれた蛙は少女に向かって長い舌を伸ばす。少女は気持ち悪いとばかりに顔を歪め、手に持っていた鞭で蛙の舌を防ぐ。バシバシと強烈な音がするがお互いにやめる気はないらしい。蛙の舌は滑りのよい鞭のようなもので少女が絡め取ろうとするがスルッとすり抜けていき叩き落とすしか手段がない。
「本当になんで蛙なのよ!!」
少女は最早半泣きの状態だ。
その姿はか弱く人々の同情を誘うだろう。しかし、手元で操っている鞭が放つ音は可愛らしさなどなく、強烈な音が周囲に響く。
「ちょっ!そんな泣くことないだろ!?」
少年は狼狽える。そこに目をつけたであろう少女は少年へ鞭を振るう。少年はあわてて蛙を盾に防ごうとするが間に合わずバシィン!と無情にも少女が振るった鞭は大きな音をたて、少年の額に傷をつける。少年は尻餅を着き少女を見上げる。
「ふんっ自業自得よ」
少女はそう言ってまた鞭を少年に向け振るった。がそれが少年に届くことはなかった。
「そこまで」
「潤!?」
「お前……」
潤が少女の鞭を止めたのだ。
「ごめんなさいっ私……潤に当てる気は……」
「分かってるから落ち着きな。で?これは?今回はなにをしたんだ?」
「お前には関係ないだろ」
「関係ない?そんなわけないだろ。毎回毎回、喧嘩吹っ掛けて今度は何をしたんだ!!」
「私が落ちこぼれだって、だから外の依頼の時、師匠のお供が出来ないんだって言うの……」
「本当のことじゃないか!!それを言ってなにが悪い!」
「あのな慧、師匠は南兎が弱いから連れていかないわけじゃない。お前も分かってるだろ。」
慧と呼ばれた少年は居心地悪そうに潤と少女、南兎から視線を外す。
「うるさい!お前なんかが俺に指図するな!この馬鹿」
「は?馬鹿?それは誰に言ってるんだ?」
「勿論お前だ!!そんなことも分からないのか?こんなのが俺達の代の主席?ふんっ聞いて呆れる」
「なんだと!?」
「良いこぶったって結局は分家なんだ。しかも婚外子。師匠はなんでこんな奴の入門を許したんだか」
「ちょっと慧!言いすぎよ!!なにが本家よこんなんじゃ本家が潰れるのも時間の問題ね。それに本家筋の貴方がここにいるのは見放されたからでしょ!!いい加減その品曲がった性格直したらどうなのよ!!」
止めに入った筈の潤も巻き込み喧嘩は更に勢いをます。流石に見ていられなくなった海摛は間に入ろうと竹の影から出ていこうとするが雨音に腕を引かれ阻まれる。
「……どうするつもりだ?」
「止めるに決まってる!」
「ここは現世だ。俺達が首を突っ込んで良い話じゃない」
「なに言ってるんだお前らしくない!ここで出ていかなかったら後悔するぞ。僕は後悔したくない。お前の行いはいつだって正しい。だけどここでなにもしない事が正しい事とは思えない!!」
「…………」
雨音は黙って海摛の顔を見つめる。
その顔は不安や心配といった感情が見てとれる。
「それは僕の思う正しい事じゃない。僕には僕の考えがある。君に迷惑は掛けない。」
「…………」
そう言って手を振りほどき、出ていく海摛の背中を雨音は振りほどかれた手を握り絞めながら見つめる。
「あの、そんなこと言わずに仲良くしませんか?」
海摛は三人が言い合っている中、割り込むように話しかける。
「誰だよお前。外の奴か?」
「はい。海摛と言います。」
「名前なんて聞いてなんだけど?」
なんだこいつ!?態度悪っはぁ……落ち着け、冷静に冷静に……ふぅ……
「それは失礼しました。しかし名乗らないのもと思いまして」
「ふんっ」
「で、何やら揉めているようですがなにがあったんですか?」
「外の奴には関係ない。首を突っ込むな」
そう言って慧は武術棟へ戻っていった。
「海摛!!お前危ないだろ!?なんで出てきた!」
「あの~口調が……」
「あ………………ふんっまぁ、聞かれたのであれば行儀よく話さなくても良いか……」
「それ良いの?」
「良いんじゃないか?雨音様はともかく海摛は人間だろ?」
「まぁ……そうっちゃそうだね?」
「じゃ、問題ない。と言うことでこれからも宜しく」
潤は豪快に笑いながら海摛の肩を組む。
「潤、その方は?」
「あぁ、友達!海摛って言うんだ。そちらにいる雨音様の供の方だ。」
「そんな方を呼び捨てにしてるの!?」
「うん?あぁ、お互い了承済みさ!」
「そう?ならいいわ……そうだ、二人共さっきはありがとう。でも潤?貴方私の邪魔したわね?」
「そんなことないよ。たまたまだって、それに喧嘩したの師匠にばれてみろ?罰が怖くないのか?」
「分かってるわよ……でもあいつは私が気に入らないみたい……」
「ハイハイそうだな」
潤が興味無さそうに答える。
「そうだわ!!」
そう言って南兎は雨音の前に駆け寄る。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。南兎と申します。先程はお目汚し失礼いたしました。お許しください」
「構わない。気にするな。楽にしてくれていい」
「はい。ありがとうございます」
コソコソ…………
「なんかさっきと全然違くない?」
「あぁ……お前、女友達いないのか……」
「は!?なんでいきなりそんな話になるんだよ!?」
「いや、女ってのはお前の想像以上に恐ろしい生き物だぞ……」
「は?いや……なんだよ……」
「そうだな、女の猫被りは相当なもんだ。お前も気をつけとけ?見た目に騙されるなってこと」
「なるほど……?お前、女性になにか恨みでもあるのか?」
「別に?ただの忠告だ」
「ふ~ん」
「さて、そろそろ修練場に戻ろう。武術棟は見たし、学問棟へ行こう」
そう言って4人は竹林を後にした。
――
清洹結界内 修練場 学問棟
「おぉ……」
竹林を通り抜けるとそこには大きな木造の建物が建っておりそこからは琴や笛等の楽器の音色が聞こえる。
「ここは?」
「ここは学問棟。そう言えばさっきの武術棟についての説明もまだだったね。じゃ、説明しよう。まず質問だけど海摛は陰陽師ってどんなことをすると思う?」
「そうだな、なんか妖怪とか幽霊とかと戦ったり、なんか術比べみたいなのをしたり占いをしたりって感じ?」
「まぁ、そうだね。じゃあ、陰陽術ってなんだと思う?」
「え?なんか凄い人間を超越したなんか凄い力??」
「ふっなんだそれ」
「ちょっと潤、笑ったら可哀想だよ」
そう言って潤と南兎はクスクスと笑う。
「そうね。一般の人はそう考えるでしょうね。でも陰陽術って数学みたいなものなのよ?」
「どういうこと?もしかして僕のことを馬鹿にしてる?」
「いやいやいや、そんなわけないでしょ?簡単に言うと方程式のようなものなのよ。決まった式にその目的にあった物を当てはめていくの。」
「うん??なるほど…………?」
いつもの癖で助けを求め、雨音に目を向けるが雨音はすぐに視線を外してしまう。周囲には気まずげな雰囲気が漂う。何かを察した潤は間に入り
「まぁ、頭が良くないと陰陽師にはなれないってことだよ。海摛には無理だろうね?」
「誰が馬鹿だって??」
「君だよ。お馬鹿さん」
気まずげな重い雰囲気は幾分か軽くなったが雨音は相変わらず黙ったままだ。
「なんなんだよ……」
海摛は小さく呟く。
「なんか言った?」
「いや?それで勉強が必要だから学問棟があるのは分かったけど音楽が聞こえるし、陰陽師は召喚出きるから武術棟はいらないんじゃないかなって思ったんだけど」
「あぁ~なるほど、良いところに目を着けたね?ただの馬鹿じゃないみたいだ」
「また馬鹿にしてんな?」
「全然、本当に感心してるだけ。楽器に関しては師匠の趣味みたいなもんでなんか集中力を高めるためとか依頼でたまに必要になるとか。で、武術棟に関してなんだけど」
「なんだけど?」
「陰陽師の式神には種類があるのを知ってるか?」
「え?そうなの!?」
「そう、その中の悪行罰示神って言う式神は悪事を行った霊を倒して服従させた式神のことを総じてそう言うんだ。倒すためには自分自身が強くないといけない。だから武術棟があるんだ」
「なるほど……陰陽師って大変だな」
「まぁ身体だけ強くても、頭だけよくても陰陽師にはなれないってこと。つまり陰陽師の素質の一つは文武両道であることなんだ。本当は学問棟の中まで案内したいけどそろそろ準備が終わる頃だし」
「もうそんな時間!?」
「まぁまぁ、また機会があれば案内するよ」
「分かった。約束だぞ?」
「うん。じゃ戻ろう。南兎ももう戻りな?」
「はーい。また後で」
「うん、後で」
そう言って南兎は武術棟へ、残りの3人は客間へ向う。
――
清洹結界内 屋敷 客間
「師匠只今戻りました」
「あぁ、ありがとう。こちらも用意が終わった。潤」
「はい」
「この部屋で待機しててくれるかい?儀式が終わったら成海の案内を頼みたい」
「承知しました」
「あぁ、頼んだよ。お客人方、こちらへ」
そう言って清洹は成海、海摛、雨音を連れて屋敷を出た。
――
結界内 祖霊舎
清洹に着いていくとそこには木造の建物が建っており、学問棟と比べるとやや小さめだが柱などに彫刻が彫られている。扉を開け中に入ると大きな祭壇のようなものが奥にある。祭壇の前には椅子が一つ置いてあり、そこから少し歩いた所には何やら茶器が用意されている。ここに部屋と言う区切りはなく、建物内は広く続いている。絨毯の赤がいやに鮮明だ。
「あの……ここは?」
成海が小さな声で問う。
「祖霊舎です」
なんだそれ?聞いたことない名前だな?雨音なら知ってるか?……でもさっき…………
海摛が気まずげに雨音の顔を見上げると雨音は一つため息を着いて説明してくれた。
「はぁ……祖霊舎は先祖の御霊を奉る施設のことをいう。お前が知っている物で例えるなら仏壇の様なものだ。」
「なるほど……でもなんで仏だ……ん"ん"、祖霊舎で?」
「あぁ、それは拝師の礼は先祖……この場合は歴代の方々、そして師に礼を尽くさなければならないのです。それ故、祖霊舎で行います」
「なるほど亡くなった方々にも礼を尽くすなら確かにこれ程最適な場所はないですね」
「えぇ、まぁ一つの伝統のようなもので今では略式がほぼですよ。では成海、事前に説明した通りに」
「はい」
清洹は建物の奥にある上座の席に座る。先程までとは雰囲気が違い、威圧感があり本当に凄い人なんだと実感がわく。
そこへ成海が歩いて行き三度礼をする。その礼は美しいまでの直角で成海の育ちのよさが伺えるようだ。その後成海は茶葉を手に取り、お茶を入れる。お茶を入れ終わるとそれを清洹へ捧げ、清洹が「うむ」と茶器を受け取りそれを口につける。
そして「今日からそなたは私の弟子だ。師と呼ぶことを許そう」そう芝居掛かった台詞をいう。「はい、未熟者ではありますが師匠の下、修練を積み、精進致します」そう言って成海はもう一度礼をする。
その後、清洹は着物の袖を翻しながら建物を出ていく。成海は清洹が退出したのを確認し、先程の茶器等を片付け退出する。
それからしばらく待っていると扉を開き清洹が顔を出す。「もう大丈夫ですよ。終わりました」笑顔でそう告げると手招きをする。
「成海!!お疲れ様!!」
「うん。ありがとう。凄く緊張した……」
「え!?そんな風に見えなかったけど!?」
「いやいや、緊張してるのが目に見えて分かったら雰囲気ぶち壊しだよ」
二人は和やかに話す。
「にしても何て言うんだ?厳かな雰囲気で自分は本当にここにいて良いのか??って思ったよ……」
「師匠が言うには略式だから大丈夫らしいよ」
「いや略式だろうとああ言うのは苦手で……」
「自分で言い出したことでは?」
「それはそう」
「そうでした。適正調査の儀式なのですが」
「何かあったのか?」
「いえ、雨音様がいらっしゃるとはいえ海摛さんは一般の方ですし危険ではないかと成海が言うので」
「あぁ、確かにそうだな。海摛」
「え?何?」
「帰るぞ」
「は?なんで?成海の儀式は?まだなんじゃないの??」
「お前には危険だ」
「は?その子供扱いいつまで続くんだよ!そろそろ止めろよ。もう18だぞ!?いい加減にしろ!!」
「待って待って海摛!!僕が言ったんだ」
「なんで!」
「手順の説明を受けたとき色々聞いたんだけどちょっと危険だと思ったから…………こういうの迷惑?」
「っ…………チッ今回だけだから!雨音行くぞ」
「ありがとう海摛」
なんだよ。そんな風に言われたら無下に出来ないじゃん…………
「雨音様もうお帰りですか?」
「あぁ、海摛もこう言っているしまだ仕事が残っているからな」
「そうですか。では一つ質問です。貴方様が最後にここへ足を運んだのは何年前だと思います?」
「…………3年程前」
「いいえ?実に23年ぶりです」
「そう……だったか……」
「ええ、そうです。雨音様、鬼である貴方は長く生きることが出来ますが人間はそうではありません。その事を心に停めておいてください」
「……分かった」
二人は親しい仲なんだろうか。
清洹さん、雨音に会いたかったのかな?にしても雨音……時間の感覚狂いすぎだろう……
23年を3年だって?20年分どこ行ったよ!?いくら長く生きてるからってそんなに時間の感覚おかしくなるものなのか?今度誰かに聞こう。もしかしたら認知症かもしれないし、鬼に認知症とかあるかとか知らないけど聞けば分かるでしょ。
まぁ?雨音は僕を育ててくれたし?僕にとっての父親の様なものだし?心配とかしてないけどな?
と言うかなんかちょっとモヤモヤする。なんでだ?…………………………は!?もしかして、父親を盗られたみたいで嫌とか?子供か!?うわぁ、我ながら恥ずかしい奴。18にもなって父親の友人に嫉妬とか、ないない。それに今は喧嘩中なんだ。それを忘れるな!!
モヤモヤと悩む海摛を他所に 雨音と清洹は話を続ける。
「成海についてですが近況を綴った文を定期的に出します。ご安心ください」
「分かった」
「では見送りは要らないのでしたね。お気をつけてお帰りください」
「あぁ、ありがとう。頼んだ」
「はい、承知しました。ではまた」
そう言って二人は屋敷を後にした。
――
雨音の屋敷、茶の間
「「………………………………」」
長い沈黙が続く。
成海達と分かれてから一言も言葉を交わさず成海達がいた時よりさらに重た空気が茶の間全体に漂っている。
その沈黙を先に破ったのは
「雨音さまーー!!お帰りなさい!!」
陸である。
「はっ!?ちょっお前またなにも言わずに侵入したのか!?」
海摛は驚いて陸に声をかける。
「ちょっと陸!!ちゃんと手順を踏んでからじゃないと失礼だろ!!すみません雨音様、海摛も。うちの弟が毎度毎度ご迷惑を」
空が謝罪するが陸はそんなこと気にしないとばかりに雨音に話しかける。
「雨音様、なんです?この重い空気??誰か来てたんですか??」
お前怖いもの知らずか!!僕でさえそこまで踏み込めねぇよ!?心臓に毛が生えてんじゃねぇの!?
「いや、そうでもない。気にするな」
「いやいやいや、ここまで重い空気になるってことは相当でしょ。何があったんです?教えてくださいよ!俺愚痴なら聞きますよ!!」
食い下がるな!食い下がるな!!頼むから止めてくれ。僕のせいなんだ!!
「ふっありがとう。だが本当に大丈夫だ。お前が気にすることじゃない。それよりも陸。お前は少し空を困らせ過ぎだぞ。あまり心配かけさせてやるな」
「……分かりましたよ。雨音様のお願いなら少しは気をつけます……」
「あぁ、そうしてやれ。そうだお前達今日の夕餉は家で食べていくか?」
「良いんですか!?」
「良いのですか!?」
「あぁ、たまには良いだろう」
「いやいや、雨音様何だかんだ毎回ですよ」
「そうです。毎度お気遣い頂いてありがとうございます」
「気にするな」
そう言って雨音は微笑んだ。
…………雨音の機嫌が直ったみたいだ。流石陸……あれが弟力って奴か。少し羨ましい気がしなくもない……
「なぁ、雨音」
「…………なんだ?」
「あいつ……成海に今回の事件について聞かなくてもよかったのか?」
「………………」
「…………忘れてたな?」
「……………必要最低限の情報はある。なんとかなるだろ」
「お前なぁ……面倒臭くなったのか?」
「いや、あいつの門派は一度入門すると外出届やらなんやら手続きをしないと外に出られないんだ。だから過ぎたことは仕方ない」
「ふ~ん。そうなんだ。」
「そうだ、黒芭から続報があった。」
「いつの間に!?」
「いや俺達別に常に一緒にいるわけではないだろ……」
「…………それはそう」
「はぁ……まぁいい、前回黒芭含め話した内容は覚えてるな?」
「取り敢えず……?」
「…………当てにならないな」
「いやいや!?そんなことない!!確か...なんかとおりゃんせって言う歌とか、口減らしとか、えっと……過去似たような事件があったとか!!」
「ザックリだな……」
「まぁまぁ!!取り敢えず覚えてるでしょ!?」
「そうだな。まぁいい、その過去の事件についてだが件の怪異は既に消滅しているらしい。基本的に新たに派生するには現世での認知度が必要となるのは知ってるな?しかし、現世でまた大きく噂になっている言う報告は上がってない。つまり、少なくとも当時の犯人が今回の事件に関わっている可能性は低い」
「なるほど?」
んん??基本的に新たに派生するには現世での認知度が必要ってなに?初めて聞いたんだけど?「知ってるな?」ってなんだよ!?知らねーよ!!無知で悪かったな!?にしても本当にいつ黒芭と連絡取ったんだ?分からん……
鬼って謎だな…………ん?もしかして今普通に話してる?雨音と普通に話せてる!!これ仲直り出来たってことだよな??そうだよな!?別に雨音と話せないのが寂しいとかじゃなくて話し相手が居ないと退屈だし、重い空気の中沈黙が続くのが精神的にきついってだけだから!!
「海摛、お前雨音様の話聞いてるか?」
陸は顔を覗き込むようにして海摛の顔を見る。
「聞いてる聞いてる」
「そう?ならいいや」
そう言って陸は海摛から離れ、空のお小言を聞いている。二人は基本的に任務には口を出さない。まぁ役割が違うから当たり前ではあるんだけど、なんかちょっと寂しい気がしなくもない。
「まぁ、取り敢えずここまで分かっているんだ。対策のしようはあるだろう」
「うん?うん。そうだね」
「………………聞いてたか?」
「聞いてた聞いてた!!大丈夫」
「……そこまで言うならそうなんだろう。まぁいい一通りのことは話したし夕餉の支度をするか」
「ん。了解。今日はなに?」
「鮪の刺身」
「雨音怒ってる……?」
「別に?」
「やっぱり怒ってる…………」
「自覚があるならいい。但し夕餉を残そうとしたら……」
「分かった!分かった!!ちゃんと食べるから許して」
「食べれたらな」
そう言って雨音は厨へ向かった。
コソコソコソコソ………………
「…………何とかなったみたい」
「そうですね。良かった」
「本当にそうだよ!?雨音様怒ると無意識なのか出てんだよな……あの威圧感……」
「門を通って帰ってきた時凄まじかったですよね」
「それな……不安だったけどお邪魔して正解だったみたいだし一安心」
「そうですね。今回貴方にしては頑張ったんじゃないですか?でもひとまず、夕餉を御馳走になったら帰りましょう」
「だね。今日は流石に帰ろう。正直言うとこのまま泊まって行きたい!てかなんなら住みたい」
「ハイハイ、無茶言わない。無茶言わない。」
「何の話してるんだ?」
「ん~ん、なんでもない空の小言聞いてただけ」
「そう?」
「!?っそうなんです。毎回毎回仕事をサボるし、雨音様の屋敷には手順も踏まずに侵入するしで手に終えなくて」
「………………陸、あんまり空に迷惑かけるなよ?」
「ハイハイ、分かってるよ」
コソコソ……
「なんで疑わないんだよ......いや、ここで疑われてもなんだけどさ?でもさ?俺ってそんな信用ない??」
「いや日頃の行いでは…………」
「にしたってひどいでしょ。そんなサボってばかりじゃないし、雨音様の屋敷以外に無断でお邪魔したことないし!」
「いやまぁ、これは自業自得では……あと後者だけど、それ胸を張って言えることじゃないからな?雨音様の屋敷であってもダメです!というか何故、雨音様の屋敷限定なんですか!?」
この二人仲いいよな。なんか二人の言い合いを見てると日常って感じがしてなんか落ち着くな~
その日、雨音が夕餉の支度を終えるまでコソコソと言い合いをする双子を海摛は微笑ましげに見守っていた。
――――
翌日
「……………なぁ…いつまで呑気にしてるんだよ!!」
「……ん?」
雨音はコテンと頭を傾げるげる。
「"ん?"じゃねーよ!?いつまで放置しとくつもりだ!!」
「干し柿はまだ置いとかないと駄目だぞ?」
「何でだよ!?そうじゃねーよ!!」
「……?」
「おいっ!?例の案件だよ!!」
「あぁ、あれか」
「思い出したか!?」
「あぁ、それに関してはそろそろだと思っていた」
「じゃあ!?」
「あぁ、行こうか」
そうしてふたりは再び現世へ渡った。