俺がクーリングオフ?
両目をつぶったまま異世界へと召喚された俺は今までとは空気が違うことをいち早く感じ取る
先程までと明らかに気温が違うのだ
暖かい春の陽気に似た空気が肌に心地よい。耳からは小鳥のさえずる声が聞こえ楽園を感じさせる
俺はそっと目を開けた、そこは西洋の部屋を思わせる場所で城の中だった
窓から見える美しい景色、一面に広がる湖の中にその城は建っていた
そして何より視界に入って来たのは目の前にいる絶世の美女
数人の老人を従え真ん中に立っている美しき女性は白いドレスを見にまといこちらを見ながらにこやかに微笑んでいる
王女か女王か?どちらにしてもその立ち振る舞いは気品に満ち溢れ高貴な者であることを示していた
俺は一瞬で心を奪われた、そしてこの美女とのこれからの事を想像せずにはいられなかった
そして俺の心は既に妄想の世界へと移行していた
一面にバラの敷き詰められた庭園でその美しき王女は息を切らせて俺の元へと駆け寄ってくる
そして嬉しそうに俺に抱きつき、潤んだ瞳で俺の顔を見あげた
「ああシンジ様、お慕いしております。初めて貴方を見た時から……
いえ一万年と二千年前から愛しております」
「俺もだよ、君は美しい。そうア〇ター社製フィギュアの造形の様に美しいよ……」
そんなことを想像しながらニヤついてしまう俺
ハッと我に返った俺は慌てて、本物の王女に目を移す
しかし王女たちはにこやかな笑みを浮かべながらこちらを見ているだけで何も話しかけては来ないのだ
おかしい、普通この場面では〈ようこそ勇者様、我がメレン・スティアの世界へ
我々は貴方が来るのをお待ちしていました、心より歓迎いたします〉って展開だろ⁉
なぜ何も話しかけてこない?言葉が通じないとかいう問題じゃない
話しかけてこないのだから……俺から話しかけるべきなのか?
いやいや無理無理、彼女いない歴=年齢のシャイボーイな俺にとって
初対面でこんな極上の美女に話しかけるなんてハードルが高すぎる
しかしこの妙な沈黙と空気は堪らんな、どうしたものか?そう思っていた時である
「少々お待ちいただけますでしょうか?」
ようやく王女が口を開いた、何かのバグでフリーズしていた訳ではないようだ
少し安心したが思っていた反応と違う、目の前の王女は後ろの老人たちと小声で話し始めた。
確かに予想外の展開。しかしこれでこそ現実、世の中考えている通りにはいかないのが常である
しかし自分達が呼んでおいて俺をほったらかしにして話始める王女たち
この放置っぷりは何だ?何か手違いでもあったのか?
不安を感じた俺は早速、神に与えられた力を行使した
〈デビルイヤー‼〉もちろん叫んではいない、小声でささやくように呟いただけである
そして能力は発動した、王女たちが話している会話が耳に入ってくる
だがその内容は俺の想像を遥かに超えたモノであったのだ
「ねえ、あの人本当に勇者なの?全然強そうじゃないし、頭もすごく悪そうよ
具体的に言えば三流大学も全部落ちて浪人引き籠りニートしているみたいな……」
「王女、言葉が過ぎますぞ。あれでも神様より推薦があった勇者です
確かに弱そうで馬鹿っぽくて、品が無くていやらしそうで、意思も弱そうで、単純そうで、臆病そうで
信頼できなさそうで、正義感も無さそうで、スケベそうで、優柔不断そうで、自分に甘そうで
周りに流されやすそうで、落ち着きも無さそうで、整理整頓も苦手そうで、姑息そうで
〈小学生は最高だぜ‼〉とか言ってそうな変態っぽいですが、神様の推してくれた人物です
我々が信じてあげなくてどうするのですか⁉」
「それに神様よりこの様な捕捉があります
〈この者は能力や知能は並以下ですが当方の手によって大幅に能力を向上させておりますので
お客様にご安心してご使用いただける様、スタッフ一同心より考えております
今後とも当社をご利用くださいませ。なおクーリングオフ期間は二週間です
ご不満があるお方はその期間内に返品ください
その際はこちらの方で適切な対応をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします〉と」
「そうなの……まあ神様がそうおっしゃるのでしたら信じてみますわ
それに見た目通りのダメ勇者だったらクーリングオフで返品すればいいのですしね」
王女と老人の間ではそんな会話が繰り広げられていたのだ
それにしてもえらい言われようである。正直聞きたくなかった会話の内容
いきなり使った能力でこのような事を聞かされて、もうどうでもよくなってきた
こんな俺にでもプライドがある。あそこまで言われて何故この世界の為に戦わなければならない
そんなことは俺の誇りが許さない、そう俺は誇り高き男なのだ
話を終えた王女がにこやかに微笑みながらこちらに寄って来た
全ての会話を盗み聞きされているとも知らずに……
そして王女はフレンドリーに右手を差し出した
「ようこそ勇者様、我がメレン・スティアの世界へ。
我々は貴方が来るのをお待ちしておりました、心より歓迎いたします」
なんと白々しい、女は怖い。この美しい笑顔のまま平気で嘘をつくのだ
俺は先程までのワクワク感はどこかに消え去り、もうどうでもよくなっていた
差し出された右手を無視し大きくため息をついた
「もういいよ、どうせ俺はあんまり歓迎されていないようだし」
その時の王女の表情は傑作だった〈なぜそれを⁉〉とでも言いたげな驚愕の表情を浮かべ硬直いたのだ
そこに俺がとどめを刺すかのように付け加える
「どうせ俺は弱そうで馬鹿っぽくて、品が無くていやらしそうで、意思も弱そうで、単純そうで、臆病そうで
信頼できなさそうで、正義感も無さそうで、優柔不断そうで、自
分に甘そうで、周りに流されやすそうで
落ち着きも無さそうで、整理整頓も苦手そうで、姑息そうで
〈小学生は最高だぜ‼〉とか言ってそうな変態っぽい男だからね」
呆然として言葉も出ない王女。そんな王女をフォローするように先程の老人が口を挟んできた
「お待ちくだされ勇者殿‼」
この固まってしまっている美しい王女の代わりにアンタが代弁しようと?
いやいや今更何を言っても遅いでしょ
だが逆にどんな言い訳をするのか気になったので言い分だけでも聞いてやることにした
老人は真剣な表情で俺の目をまっすぐ見つめ語り始めた
「勇者殿の先ほどの言葉ですが〈スケベそうで〉が抜けておりました」
「そこ?ツッコむところそこなの⁉」
俺は思わず声を張り上げてしまう。いかんいかん、クールにそしてエレガントに、それが俺もモットーのはず
湧き上がる怒りを押し殺し、冷静を装いながら再び王女に対して話しかけることにした
「一応俺も勇者としてこの世界に来た訳だよ、そりゃあ俺はたいして強くなかったし
勉強ができたわけでもないよ。でもねこの世界を救うために命を懸けて戦おうと決意して来たんだよ、わかる?
それがこの扱い……正直もうどうでもいいと思っている、勝手にしてくれ
さっさとクーリングオフでも何でもしろよ、正直俺も帰りたくなったからさ」
言ってやった。これ以上の侮辱に耐えられるほど俺の心は広くない
そう何度も言うが俺の誇りが許さないのだ。今後どれ程の説得をされようと、俺は一度決めたことは曲げない
男の矜持というやつである
「大変申し訳ありません、勇者様に何とご無礼なことを
しかし、我々にはもう勇者様にすがるしかないのです
どうかお力をお貸しくださいませ、この通りです‼」
王女は深々と頭を下げた、向こうも必死なのだろう
しかし今更そんなことを言われても〈覆水盆に返らず〉である
口は禍の元とはよく言ったもので俺の心は……ん?
次の瞬間、俺の目はある一点にくぎ付けになる
深々と頭を下げる王女は白いドレスを身に纏っていたがその胸元からチラリとブラジャーが見えたのだ
その豊満で柔らかそうな胸に薄ピンクでレースの付いた下着を身に着けている
その事実を知った時、俺の心は大きく揺らいだ。そして王女は俺に近づき手を握ってきたのだ
女性に触れるのは高校時の林間学校の時のオクラホマミキサー以来である
俺の鼓動は激しく高鳴る、柔らかい手の感触にほのかに香るいい匂い、そして王女は潤んだ瞳で俺を見上げた
「お願いいたします勇者様、我々には貴方に頼るしかないのです……」
そんな王女に向かって俺は言ってやったのだ
「お任せください姫、私が来たからには必ずやこの世界に平和が訪れることを約束しましょう‼」
その時、王女の顔がパッと明るくなった。そう俺は間違っていなかった
世界の平和を守る、その壮大な大義の前ではそれ以外の事など全て些細な事なのである
「有難うございます勇者様、何とお礼をしてよいやら
我々一同、心より感謝いたします」
後ろにいる老人達ともども丁寧に感謝の意を示す美しき王女
深々と頭を下げ心からの謝罪を述べながら右手の拳を握り締めガッツポーズしていたのはご愛敬だろう
俺は改めて名乗ることとした、その名が伝説として語り継がれていく最初の挨拶である
「じゃあ自己紹介をするよ、俺の名は松岡真二。勇者となってこの世界を救いに来た男だ、よろしく」
俺はクールにそしてエレガントに最初の挨拶をして右手を差し出す
「初めまして勇者シンジ様、私はルドラン王国第十三代目王女
チョリーナ・ヴァンアレスト・ケデュウィン・ローラ・カーマインと申しますお見知りおきを」
王女はにこやかに微笑みながら俺に自己紹介をした
俺が差し出した右手は無視されたが多分気が付かなかったのであろう
「初めましてチョリーナ・ヴァン……え~っと」
王女の名前を覚えきれなかった。何という不覚、女性声優の名前なら三百人は覚えている俺がこんな時に……
焦る俺の顔を見てクスクスと笑う王女
「いいんですよ、長くて覚えにくいですよね?自分でもそう思っております
私を古くから知っている友人などは私を〈チョロイン〉と呼びます、良ければそう呼んでください」
「いやいや、そのニックネームは止めておいた方が……変なフラグが立ちますよ⁉」
王女には俺が何を言っているのかわからないようだった
まあいいや、そのフラグが正しければ俺にもメリットは大きい
そこで俺は話題をそらすことにした
「で、早速だけど武器を取りに行きたいんだ。俺は御覧のとおり丸腰でね
何でもこの世界には燃え盛る山の頂上に伝説の剣があるって聞いたんだけど……」
俺の相棒となる伝説の剣を求めて、まずは冒険の第一歩の始まりである
だがその第一歩から波乱が待ち受けていようとは思いもよらなかったのである。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。