俺が異世界へ?
神を名乗る老人は先程までの威厳に満ちた態度とは打って変わり
バツの悪そうな表情を浮かべながら急に腰の低い態度でフレンドリーに話しかけてきたのだ
「なあシンジ君。我々の間には色々誤解があったようだね
ここは一つ建設的に話し合おうじゃないか」
「こらジジイ、話し合いよりまずは謝罪が先じゃないのか?」
立場は完全に逆転した、言っておくが俺は強い者には弱いが弱みを見せた者にはトコトン強い男だ
今度はこちらが上の立場で話を進める。
「いやその……すまなかった」
意外と素直に過ちを認め頭を下げる老人、しかしそれでは済まされる話ではない。
「すまないで済むか‼︎俺は人違いで死んだのだぞ
一体この落とし前どうつけてくれるつもりなんだい、ああ、神様よ?」
神を名乗る老人は額に噴き出す大量の汗をハンカチで拭いながら戸惑っていた。
「その、できる限りのことはさせていただく所存にございます
この度は当方の不手際によってお客様には多大なご迷惑をおかけしました
つきましてはお客様のご要望を実現すべくできる限りのことはさせていただきますので……」
それを聞いた時、俺の目がギラリと光った。
〈言質取った‼〉
俺は神様に近づき、肩をそっと抱いて耳元で優しくささやいた。
「できる限りのことはするって今言ったよな、お前さんが本当に神様ならば相当な事ができるのだろう?
じゃあ俺を生き返らせた後、可愛い彼女をよこせ。性格が良くてスタイル抜群な美人だぞ
俺は巨乳派じゃないから胸はそこまで大きくなくていい
だが尻にはこだわる、ヒップは85~89㎝で絶対だ、そこは1㎝でも譲れん
いいか俺は違いのわかる男だからな、くれぐれも誤魔化そうなんて考えは……」
すると神を名乗る老人は言いにくそうに口を挟んできた。
「大変言いにくいのですが、貴方を生き返らせることはできないのです……」
返って来た言葉に俺は少なからずショックを受けた。
「なぜだ、お前は神様なのだろう?なら俺を生き返らせることなんて造作もないだろう⁉」
「それはそうなのですが貴方の葬儀はつつがなく終わり遺体は既に火葬されてしまっているのです
今貴方が突然生き返ったら親御さんを含めパニックになります……」
何と、事態は既にそこまで進んでいたのか⁉思わぬ展開にやや焦りを感じる。
「そこは時を戻すとか、記憶を書き換えるとか、何かあるだろう?神様なのだから……」
すると神様は再び申し訳なさそうに答えた。
「下界の人間の記憶の改ざんは神聖評議会に書類申請を出した後に評議会の許可が無いとできないのです
しかもよほどの事がない限りその許可は下りません
〈人類の存亡に関わる〉とか〈世界の破滅につながる〉とか、そういうレベルじゃないと無理なのです
ですので貴方みたいなゴミの為にその許可が下りるとは到底思えないのですよ」
俺は思わず神の胸ぐらを掴み、グッと顔を近づけた。
「こらジジイ、誰がゴミだ、サラッと言えば許されるとでも思ったのか⁉
それにアンタは神様なのだろう?じゃあこの世の中で一番偉いのではないのか?」
そんな俺の素朴な質問に対し、少し顔を背けながら答えた。
「確かにワシは最高神バルドじゃ、しかしワシの上には超最高神と超々最高神と超々々最高神がおるのじゃ」
「なんじゃそりゃ、じゃあアンタは神様の中でも結構な下っ端か?」
「失礼なことを言うでないわ、ワシの下にも神はおる、貧乏神とか疫病神とか……」
「ロクな神がいないじゃねーか……最高神が聞いて呆れるな
まあそれはそうとして、どうにかして俺を生き返らせろよ
両親だって兄貴だっていきなり俺が死んで悲しんでいるはずだ、親孝行もしないまま先に死ぬとか
子供として最悪の親不孝だろうが‼」
俺は情に訴えかける作戦に出た。仮にも神様を名乗る者ならば
この訴えを無下には出来ないだろうと踏んだからである
だが俺の思惑は見事外れた。当のバルドは実にアッサリと答えたのである。
「そんな事ないだろう、松岡家の人々もお主の様な恥さらしがいなくなって清々したんじゃないのか?
多額の保険金も入ったみたいだし、もしここでお主が生き返ったりしたら
保険金を返さなきゃいけない分だけ寧ろ迷惑なのでは?」
「こらジジイ、黙って聞いてりゃさっきから人の事をゴミだの恥さらしだの好き勝手言いやがって
アンタ自分の立場をわかっているのか?誰のせいでこんなことになっていると思っているのだ、コラ⁉
何なら今回の失態を上にチクってやろうか?」
するとバルドは再び腰を低くしニコやかに話し始める
もはや最初の威厳は何処かに吹き飛んでしまった
人違いの件といいこのジジイは中々の残念神様のようだ。
「まあまあ真二君、まずは落ち着こう。我々には話し合いが必要だとは思わないかね?」
強気なのか弱気なのかよくわからないバルドの態度に俺は大きくため息をついた
確かに人から見たらロクでもない人生だったかもしれないが
死にたいと思った事は今まで一度もなかった
大好きなアニメやゲームが今後無くなってしまう事が思いのほか堪えた。
「じゃあアンタは俺を一体どうするつもりだ?」
やや自暴自棄になり始めていた俺にバルドは驚くべき提案をしてきたのである。
「現世へ帰ることはできないが異世界に行くというのはどうじゃ?」
〈異世界転生〉アニメやラノベで何度も聞いた言葉、まさか自分自身で味わうことができるとは⁉
俺の心は踊った。ゲームではなく自身の体で冒険ファンタジーを体験できるのである
仲間と各地を巡る旅、モンスターとの死闘、武器や防具、アイテムを集めながら美女との出会い
共に苦難を分かち合いながら戦い抜き、そしてついには魔王を倒し、俺は伝説の英雄へ
負け続けの人生から最高の勝ち組へのジョブチェンジ……悪くない、悪くないぞ‼
俺はニヤつきそうになるのを必死に耐え、何気ない素振りを装い答えた。
「へえ~異世界ね……まあ現世に帰れないというのであればやむを得ない落としどころという訳か
あまり気乗りはしないが話は聞いてやってもいいぜ」
あくまで平静を装う俺。クールにそしてエレガントに、それが俺のモットーだ
逸る心を抑え込み終始クールに決める俺、我ながら何てカッコイイ
クールビズとはこのことを言うのだろう、そんな俺の態度を見てかバルドはホッとした表情を見せた。
「そうか、それで納得してくれるのであれば一安心じゃ、ところでお主はどんな世界に行きたいのじゃ?
異世界と言っても様々な所があってだな……」
ふと気づくとバルドは複数の書類を手に持っていて
いつの間にかかけていた眼鏡越しに熱心にそれらの書類に目を通していた
どうやらその書類が各異世界の資料のようである
しかしその質問に俺は思わず笑ってしまった、そんな問いかけは愚問だからである
俺の行きたい所は既に決まっている。そう俺の進路先は夢と希望の満ち溢れる異世界だ
剣と魔法が飛び交い凶悪なモンスターが跋扈するファンタジー世界
今思えば俺はこの時の為にワザと大学受験に失敗したのである
俺は兄貴の様な愚かな社畜にはならない、大学に行った奴は社会と会社の奴隷となるのだ
それに比べれば俺は世界を救う英雄、勝ち組、まごうことなき勝ち組である。
早速それを伝えようとした時、バルドが一枚の紙を取り出し俺に差し出してきた。
「ここなんかどうじゃ?牛と豚に囲まれながらゆったりとした生活
いわゆるスローライフというやつじゃ、お主にぴったりだと思うのだが……」
「あんたは俺を何だと思っていやがる⁉
俺は美女に囲まれながらモンスターを倒す伝説の英雄になりたいのだよ
何が悲しくて牛や豚と共に一生生活を共にしなくちゃならんのだ、
真逆だろ‼」
猛然と抗議する俺を見てバルドは怪訝そうな表情を見せ軽くため息をついた。
「モンスターを相手に戦う英雄か……そういう条件の世界も無くは無いが危険じゃぞい
命の保証はできん、それでも良いか?」
「ああ、それでいい。ただ初期ステータスは高めに設定してくれるのだよな?」
「まあ今回はワシの不手際でもあるしな、できる限りの協力はするつもりだ
で?他にも要望はあるか?できる限り条件に沿う世界を紹介してやろう」
「そいつは有り難い。そうだなぁ~条件としてはまず美人の王女様がいて
仲間には美少女がいる事、それが最低条件だ」
それを聞いたバルドは目を細め、いぶかし気な視線をこちらに向けてきた。
「それなら別にファンタジー世界でなくてもよさそうではないか
なぜファンタジー世界にこだわる?ドラゴンやデーモンより牛や豚の方がいいじゃろ?
羽が生えているのがいいというのであれば鶏も付けるぞ⁉」
「アンタこそどうしてそんなに牛や豚にこだわる⁉︎アンタとは一生価値観を共有できそうにないな
ドラゴンやデーモンと戦うのは男のロマン何だよ‼
そもそもどうしてドラゴンやデーモンがブロイラーと同じ扱いになるんだ⁉」
俺の魂がこもった説明にもイマイチ理解できない様子であったが、渋々ながら納得する。
「わかった、わかった、その条件で探してみる。最後に聞いてよいか?
なぜ美人の王女と美少女の仲間が必要なのだ?」
ヤレヤレ、このバルドという神様は無能な上にとんだ野暮天のようだ
仕方がないので数々のファンタジーゲームや恋愛シュミレーションゲームをクリアしてきた恋愛冒険マスター
この俺がわかりやすく説明してやることにした。俺はどこまでお人好しなんだ
時々自分の性格の良さが嫌になるぜ。そんな事を思いながら俺はニヒルを決め込んだ。
「バルドさんよ、アンタ神様の癖に全然わかっていないな
仲間の美少女と共に苦難を乗り越えていくことによって少女に芽生え始める俺への恋心
一方国の行く末を憂い勇者にすがるしかない王女
激しい戦いの末に魔王を倒した俺は仲間である美少女に思いを告げられ
王女からは私と結婚して国の為に王になってくれとせがまれる
平和の訪れた世界で国民全てが俺を讃える中、祝賀会で王女と仲間の美少女の二人にダンスを誘われ
どちらかを選ばなくてはいけない俺……う~ん、これこそが男のロマンだろ、わからないかな⁉」
ついニヤつきながら熱い思いを語ってしまった俺はふとバルドを見つめた
だがまだ理解しきれていない様子だ、腕組みしながら首をかしげていたのである
「う~ん、さっきはドラコンやデーモンと戦うことが男のロマンだと言っていた様な……
お主の言う事はイマイチ要領を得ないが……まぁいいわい
で、結局お主は王女と仲間の美少女、どちらとオクラホマミキサーを踊るのじゃ?」
「魔王との最後の戦いで勝利した俺が何でオクラホマミキサーを踊るんだよ⁉
あれも一応ダンスではあるが、俺の思っていたのと違ぁーう‼」
思わず興奮気味に声を荒げてしまった。いかん、いかん俺は世界を救う勇者となるべき男だ
威風堂々、尊厳に満ち厳かな態度こそ俺にふさわしい、まだ慌てるような時間じゃない
俺はバルドに理解してもらう事を諦めた。そして同時にこんな言葉を思い出す
それは確か昔の中国の偉い人が残したといわれる名言だ〈諦めたらそこで試合終了だよ〉
その言葉が心に引っかかったがこの老人神様には俺の崇高な考えを理解する事は無理なのだ
要するに話が進まないのでさっさと先に進みたいというのが本音である
「で、俺の要望に合った異世界ってどこなんだよ?」
「おう、そうじゃったな、これじゃ」
バルドは一枚の紙を手に取り俺が転生する世界の資料を差し出した。
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