第六話:作戦
「これは……?」
白波は目を白黒させながら村長に尋ねる。
「見ての通り、先の事件の下手人だ」
「怯えきってるみたいだけど……」
「なあに、少し『質問』させてもらっただけだ……この傷の礼も兼ねてな」
村長は肩の傷を指し示して暗い目で笑った。
「し……『質問』……?」
恐る恐る問う白波。
「こいつはここ一帯にのさばる野盗供の尖兵に過ぎない。こいつが帰らなければ、いずれより強い者が報復にやってくるだろう。それに対し我々が取れる手段は一つ」
「……先手を取って急襲をかける……ってこと?」
「その通りだ。表門が破壊されてしまった以上、防衛は悪手」
村長は地面にうずくまる野盗のそばにかがみ込んだ。
「さあ、聞かせてもらおうか」
「……分かった、分かったからもうこれ以上は……」
「早く話さねば何度でもくれてやる」
村長が鋭い眼光を放つ。
「ひっ……アジトの場所だろ?教えてやるよ……どうせ帰っても殺されるだけだ……」
男は震えながら話しはじめた。
「アジトがあるのはオレたちが来た方と逆側の門から入れる森の中だ……てめぇらも知っての通りな」
「確かに、我々はお前たちをあの森に封じ込めた。しかし……あの森からの出口はこの村の裏門のみのはずだ。どうやって出た?」
「……この前、地震があっただろ?その時にまじないに狂いが出たんだろうよ、山道に抜ける方法が見つかったんだ」
「……ふむ」
村長の表情が曇る。
「えーっと……話が見えないんだけど」
白波は耳慣れぬ言葉に困惑気味だ。
「……後で説明しよう。それで?アジトは森のどこにある?」
「……さあな。オレのほうが聞きたい」
「……」
村長は無言で右腕を男のほうに伸ばした。
「ま、待てよ!別に教えたくないとかいう意味じゃねぇって!本当に知らないんだ!」
「では、お前はどうやって根城に帰っていたんだ」
「目印があるんだ。だが、どうなってんのか知らんが……毎回位置が変わる。だから実際のアジトの位置は誰もわからない」
「その目印とは?」
「よく観察したら木の根っこがすこし白くなってるのが何本かある。その根っこの伸びてる先に進むと、その先にも同じような根っこがあるから、それを辿って行けばいい。……まあ運が悪けりゃ最初の一本を見つけるのに三日くらいかかるが……」
「……俄かには信じがたいが……」
「嘘じゃねえって!嘘だったらそのときは煮るなり焼くなり好きにしろよ」
「……わかった。ではこの件が終わるまでお前にはここにいてもらおう」
「……ああ」
返事なのか嘆息なのかわからない声を漏らすと、男はそれきり口を閉ざしてしまった。
「さて……まずはこの村周辺の地理について話しておこう」
部屋を移し、白波と村長は卓を挟んで向かい合った。
「この村の裏の森は、『封じの森』と呼ばれている。この村ができた当時からずっと、あるいはその前から、あの森では不可解な現象が発生する」
「不可解な?」
「そう……あの森に踏み込んだが最後、方向感覚が失われる。その上、どう歩いたとしても森を出るときはこの村の裏門の前にしか出ることができない」
「それは……不可解だ」
白波はつい鸚鵡返しをした。
「何かの自然現象がそうさせるのか、あの男が言うように何者かのかけたまじないであるのかは分からないが……ともかく、我々は昔からこの地形を利用し、あの森の中に厄介者を封じ込めてきた。野盗の一味も、その内の一つだ」
「でも、その特性がなんらかの原因で失われてしまって、今回は表門から攻めてこられた……ということ?」
「その通り。裏門は守りに適した作りでそう簡単には破られないようにできでいるが、表門は日々の出入りも多く、そうもいかない……その弱点を突かれた形になる」
「なるほど……」
「こうなった原因も気にかかるが、ともかく奴らの根城が分かった以上、事は急を要する。幸いにして傷が浅く、まだ戦える者が何人かいる。彼らとともに攻め入り、先手を取って討ち果たす。これが、本来俺がやるべきことだったが……あなたにやっていただきたいことだ」
「わかった。でも、一人で十分だよ」
「……何?」
「皆、比較的傷は浅いとはいえ怪我人なんだから、無理に動いちゃいけないし」
「い、いやしかし……」
「それに私……いや、私たちは強いから」
白波は意味ありげにほほ笑んだ。
「はぁ!?一人で!?」
武器を取りに戻った白波から事情を聞いた鉄は、正気を疑うような目で白波を見た。
「うん。正確には一人ではないんだけど」
「……どういうことだ?」
「ああ、こっちの話。じゃ、急いでいかないといけないから、またあとでね」
「お、おい!待てよ!」
慌ただしく背中を向ける白波を追うように、鉄は椅子から立ち上がった。
「あいつ一人だけでも相当強かったのに、一人で残り全員を相手するってのか!?いくらお前が強くても無茶だ!」
「無茶かどうかは、やってみないと分からないよ。それに……」
白波は振り向いて鉄に歩みよった。
「君は、あの人に一人で立ち向かったとき……勝てるって思ったから立ち向かったの?」
「それは……」
図星を突かれ、鉄の目が泳ぐ。
「ふふっ……君は素直だね。でも……君は不思議な人だ。見ず知らずの私のために、勝てるか分からない戦いに挑むなんて」
「え?あ……それは……」
鉄の顔が赤くなる。
「今度は私が、恩返しをする番だから」
「……わかった。でも俺だけはついていく。そうさせてくれ」
「……」
白波は鉄の目を覗き込んだ。
そこには真剣な光が宿っていた。
「……えい」
「ッ!?」
不意打ち気味に白波にわき腹を小突かれ、鉄は痛みに跳ね上がった。
「ダメだよ、そんな傷だらけの体で……今度こそ死んじゃうよ」
「うぐ……わ、分かったよ」
鉄はしぶしぶ椅子へと戻った。
「大丈夫だよ。君には見せた通り、私はちょっと便利なことができるし、それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない。それじゃ、またあとで」
「え!?あ、ああ……気を付けて」
颯爽と家を出る白波を、鉄は狐につままれたような顔で見送った。
その後、白波が何を言おうとしたのかを考えたが、鉄には見当もつかないのだった。
「さて……」
村長のいう通り、非常に重く、開けるのにも一苦労する裏門をなんとか通り抜け、白波は目の前の森を見た。
「言われてみれば……なんだか物々しい森だなぁ……何の気なしに通って来ちゃったけど……」
一通り圧倒された後に、白波は辺りを見回した。
「確かこの辺りに……あ、いたいた」
裏門の右手側に歩いていき、そこに屈みこむ。
「やあ、元気してた?」
そして陽気に語り掛けるその先には……
「……」
白波が森で出会ったあのトカゲが、日向ぼっこをしていた。
「この前はありがとう。君がいないとこの村に入ることもできなかったよ」
そう言いつつ白波は、二日前のことを想起した。
「この門は特別頑丈に作られてるらしくてさ、君の壁に張り付く力を借りられてよかった」
「……」
トカゲは、どこ吹く風といった様子でそっぽを向いている。
「ところでさ、私はこの森にまた入らないといけなくなっちゃって……できればまた君の力を借りたいんだ。頼めないかな?」
「……」
当然ながら、トカゲは答えない。
だが、ゆっくりと白波のほうに向きなおると、足元に近寄ってきた。
白波は、これを了承の意と捉えた。
「そっか!ありがとう!」
白波はトカゲを両腕で抱え上げた。
「さあ行こう!私たちの強さを見せつけてあげよう!」
こうして、奇妙な一人と一匹は意気揚々森の中へと歩を進めるのであった。
つづく