第五話:「返す」
「見つけたぞ……」
「……」
「よもやこのような所に身をやつしていようとは」
「んん……誰だ?」
聞き慣れぬ声に目を覚ました鉄は上体を起こして周囲を見回した。
誰もいない。
「我が誰か?詮無きこと……今の汝には理解できぬ」
「失礼な奴だな、勝手に人の家に入っといてよ……」
鉄はベッドから降りようとした。しかし……
「……は?」
ベッドがない。
それどころか、よくよく見れば周りには何も存在しない。
鉄は白とも黒ともつかない無彩色の空間を一人漂っていた。
「……そっか、俺……死んだのか」
気絶する前までの記憶が戻ってくる。
奇妙な旅人の来訪、野盗の侵入、そして……
「はぁ……あんだけかっこつけておいて結局死んだのか、俺は……何やってんだろうなぁ」
「汝は……死んでいない」
「そりゃどうも……それはそれでかっこ悪いぜ」
謎の声に適当な相槌を打ちながら、鉄は上体を投げ出して横になった。
「腐っている場合ではない……汝が天命を果たす時が来たのだぞ……」
「なんだ?何言ってるのかさっぱりだぞ」
「今は分からずとも……いずれ……それまでは……」
謎の声に雑音が混ざり始める。
「なんだよ、よく聞こえないぞ」
「『力』よ……我が元へ……」
「おーい?もっとはっきり話してくれよ」
だが、それきり声は聞こえてこなくなった。
「……なんだったんだ?まあいいや……どうせ死んだんだし、もう一眠りするか……」
鉄は目を閉じた。
「……ん……」
次に鉄の耳に入ってきたのは刃物を研ぐ音だった。
「おや、目が覚めたみたいだね……えっと、鉄くんだっけ?」
「……はぁ!?」
鉄は我が目を疑った。
見慣れた自室のベッドの脇に、見慣れない人物。
「お、お前……なんで……?俺は……どうして……?」
すっかり混乱した様子の鉄を見て、その人物……紫髪の旅人、白波は無邪気に笑った。
「ごめんね、勝手に部屋に入っちゃって……でも君が一番最後まで目を覚まさないから心配でさ」
「……」
「でもよかった、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ってたんだ、なんせ丸2日寝てたからね」
「……」
返事が無くとも気にせず話し続ける白波のことを、鉄は半ば放心状態のように眺めていた。
「村長さんもすごく心配してたし、君の無事を報告してくるね……」
「なぁ」
立ち去ろうとする白波の後ろ姿に向け、鉄は声をかけた。
「なに?」
「その……ありがとうな、皆を助けてくれて……えーと」
「白波」
「え?」
白波はくるりと振り返って微笑んだ。
「私の名前。白波って言うんだ。よろしくね」
「……ああ、よろしく」
白波が去った後、鉄はぼんやりと自室を眺めながら思考を整理した。
「どうやら俺は死んでない……らしい。自分で死んだと思い込んでたせいで変な夢を見ただけか……」
鉄は自嘲気味に笑った。
「英雄ぶって一人で犠牲になろうとして、結局赤の他人に助けられて生き延びる……情けなさの極致だな」
ふと、見慣れないものが置かれているのに気づく。
「これは……あの旅人の武器か」
巨人の持ち物としか思えないような巨大な盾に、身の丈以上の大きさの槍。
「普通……じゃないよな、色々とやっぱり」
何の気無しに、盾を持ち上げようとする。
「?」
びくともしない。
「おいおいウソだろ……」
両手を使い、全身の力で持ち上げようとする。
「うおおおおおお……」
なんとか持ち上げることには成功したものの、すぐに限界が来て取り落としてしまった。
鈍い音が響き渡る。
「ハァ、ハァ……なんなんだこの重さ……!?あいつこんな物持って戦ってんのか!?」
「そうだよ」
「うわぁ!?」
いつの間にか戻ってきていた白波が戸口に立っていた。
「でも君の力ならそんなに苦労しないはずだけど……ああ、そうか」
白波は合点が行ったというように手を叩き、鉄の近くに歩み寄った。
「ありがとう、借りてたもの、返すね」
「な、なんの話だ……?」
鉄は目を白黒させるばかりだ。
「君から借りてた『力』を、今返したんだよ」
「……?どういう意味だ……?」
「うーん、言葉通りなんだけど……試しにさ、もう一回その盾を持ってみてよ」
「??ああ……わかった」
言われるがままに、全身の力を込めて盾を持ち上げようとする。
「うわっ……」
驚くほどすんなり持ち上がり、鉄はひっくり返りそうになった。
「さっきより軽い……?」
「盾が軽くなったんじゃなくて、君に力が戻ったんだよ」
「……信じがたいが、確かにそうらしいな……」
鉄は両手を握りしめながら呟く。
「お前、本当に何者なんだ?」
「ただの旅人。ちょっと『借りる』のが得意な……そう、君たちの言葉で言うと『借賊』ってやつかな」
「いや、そんな言葉多分無いと思うが……」
キメ顔で名乗る白波を前に、鉄は苦笑した。
「つまり、お前はこう、なにか形の無いものであっても、人から借りることができる、ってことか?」
「うん、そうだよ」
「なるほどな……はぁ」
鉄は突然ため息をつき、肩を落とした。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……そんな特別な能力とか、すげー武器とか盾とか持ってるやつを庇おうとしてた俺って……」
「……庇う?」
「あっ、いや……なんでもない」
即座に顔を背ける鉄に、白波は探るような視線を向けた。
「もしかしてさ……今回の騒動の原因って……私?」
「いや、もしかしたらそうかもしれないって俺が勝手に思っただけで、実際どうかは……」
鉄は白波の顔をちらりと見た。
「あー……例えば?お前があいつらの仲間をぶっ飛ばすようなマネを、もしかしたらしてるのかもしれない……なんて?」
「……そういうことかぁ……」
白波は気まずそうに窓の外を見た。
その次の瞬間、勢いよく頭を下げた。
「ごめん!まさかこんなことになるなんて……」
「ああいや!謝るなって!こうなるから言わないようにしてたのに……」
鉄はばつが悪そうに頬をかいた。
「こうしてはいられない……行かなきゃ!」
白波は慌ただしく槍と盾を担ぎ上げた。
「おい、行くってどこにだよ!?」
「ちょっとケジメをつけてくるよ!」
「答えになってな……」
鉄がそう言い終えるのも聞かずに、白波は部屋を飛び出していった。
「……なんなんだ……?あいつは……」
「村長さん!」
白波が村長宅に再び戻った時、そこには村長の姿はなかった。
「あれ?さっきはいたのに……出かけたのかな……あの怪我で……?」
不思議に思いながら、念の為奥の部屋を覗く。
「……分かった……話す、全部話すから……これ以上は……」
「……?」
何やら会話が聞こえてくる。
「ふん……やっとその気になったか」
「ああ……アジトの場所でもなんでも話してやるよ……どうせこのまま帰ってもオレは……」
明らかにただごとでは無い会話。
聞いてはいけないと直感した白波はゆっくりと身を引いて……
「!?」
なんの不運か、白波の体が背後の棚に当たり、食器が大きな音を立てて落下した。
「誰だ……?」
部屋の奥から鋭い眼光が飛んでくる。
「あー……その……村長さんに話しておきたいことが……あ!何も見てないよ!何も……」
「……あなたか。別にごまかす必要はない……今、そちらに行こう」
村長は声色を幾分か和らげ、ゆっくりと部屋を出た。
「……なるほど」
白波から事態の説明を受け、村長は頷いた。
「だから、私はケジメをつけなきゃいけない。そうじゃなきゃ、申し訳が立たないよ」
「しかしあなたはすでに我々を命の危機から救ってくれている」
「その危機の原因が私だったんだから」
「ふむ……」
村長は白波を品定めするように見た。
「であれば、一つ頼まれて貰おう……丁度、聞き出せそうなところだ」
「聞き出す……って、まさかさっきの……」
「そうだ。まあ、詳しいことは本人の口から語ってもらおう」
白波は村長に導かれるまま、奥の暗い部屋へと入っていく。
「ヒッ……ま、また来た……!」
そこにうずくまっていたのは、村を襲ったあの男だった。
続く