第四話:『借りる』
「……行くぞ!」
先手を取ったのは村長。
脇構えの状態で一気に間合いを詰め、勢いそのままに逆袈裟に切り上げる。
「おおっと……」
野盗の男は上体を反らし斬撃を回避。
「そこだッ!」
重心を崩した隙を狙い、凄まじい速度で刃を返し追撃を狙う。
「あぶねぇことすんなよな……死んだらどうするんだ?オイ」
首元にまで迫った刀を自らの剣を用いて両手で受け止めつつ、野盗は余裕の表情を見せた。
「死ぬのはお前らだけで……」
「くっ……」
そのまま刀を押し返し、逆に村長の体勢を崩させる。
「十分だってんだよ!」
続けて右足での鋭い蹴りを繰り出す。
「はぁッ!」
村長はとっさに刀を手放し、その足を両腕で捕えることに成功した。
「お前が足技を得意とすること……観察していれば容易に見抜ける。油断したな」
「チッ……」
野盗は拘束を抜け出そうともがくが、片足では力が入らず抜け出せない。
「鬱陶しいんだよッ!」
「遅いッ!」
ならばと剣での刺突を狙う野盗を、村長は回転しつつ投げ飛ばした。
「クッ……!」
野盗は地面を転がり、素早く体勢を立て直す。
「やっぱ強ぇな……本気の半分じゃ分が悪いか」
「減らず口を!」
落とした刀を拾い、大上段に構え再び距離を詰める村長。
「この一刀の下に散れッ!」
そして渾身の力で野盗に向け振り下ろす!
「……ッ!」
次の瞬間、村長は自らの目を疑った。
目の前の野盗は、斬撃を食らい倒れるどころか、平然と自らの剣で必殺の一撃を受け止めているのだ。
それも、片手のみで。
「こんな言葉を知ってるか?『二刀流は一刀流の2倍強い』……ってな」
野盗は静かにそう言った後、腰から2本目の剣を左手で抜いた。
「オレの本気の『もう半分』……見せてやるよ!」
逆手に構えた剣を振り抜く!
「……なんという無茶な力……!」
一手飛び退くのが遅れていれば、胴体が真っ二つになっていただろう。
村長は自らの胴当てが切り裂かれているのを確認し、戦慄した。
「どうした?かかってこいよ」
野盗はわざとらしく右手の剣で挑発してみせる。
「……」
下手に斬り込めば、片腕で受け止められ、反対側の剣に貫かれる。
村長は冷静に相手を分析した。
右手の剣と比べ、左手の剣は短く作られている。
おそらくこの男の本来の利き腕は右なのだろう。
であれば、左手側から攻めるのみ……!
「来ないならこっちから行くぜ!」
野盗は剣を交差させる独特の構えで突進、そのまま十文字に斬撃を放つ!
「はッ!」
飛び離れて回避!間髪入れず野盗の左手側へと飛び込む!
「やぁッ!」
腹部を狙った致命の刺突が迫る!
「ちぃッ!」
野盗は左手の剣で切っ先を反らし直撃を免れたものの、その衝撃で剣を取り落とした。
「もらったッ!」
もはやがら空きとなった左半身を狙い、決着の一撃を叩き込む……!
「……!?」
はずだった。
が、村長の手に伝わってきたのは、弾かれたような手応え。
右手側の剣の反応が間に合う速度ではないはず。
では、なぜ……?
その疑問を飲み込み、刀を構え直す……
「……ぐっ!?」
はずであったが、腕に力が入らない。
下を見れば、右腕に凄惨な斬撃の跡。
「残念残念、惜しかったなぁ」
「何をした……ッ!」
全く気づかぬうちに付けられた傷に、村長は動揺を隠しきれない。
「こんな言葉もあるんだぜ……『二刀流よりも三刀流の方がもっと強い』……ってな」
野盗はゆっくりと左手で剣を拾い上げた。
「もっとも、3本目の刀はてめーには見えなかったようだがなァ!」
そして最早反撃の叶わない村長の顔面に痛烈な蹴りを見舞う!
「グム……ッ!」
「ま、実際てめーは強かったぜ……その強さに敬意ってやつを表して……」
野盗はこれまでで最も残酷な笑みを浮かべた。
「すぐには殺してやらねェからな……!」
数刻後。
「フン……どいつもこいつも腰抜けしかいねぇなァ?面白くねぇ……」
もはやそこに立っている影はたったの2つだった。
1つは、野盗の男。もう1つは、その男に頭を掴まれて無理やり立たされる格好となっている哀れな村民。
それ以外の30余にも及ぶ村の男たちは、ことごとく討ち果たされ、倒れ伏していた。
「見てたかよ?お前の無力さがこの結果を招いたんだぜ」
野盗は振り返りながら村長に語りかけた。
右肩を短剣で貫かれ、木に串刺しにされているため身動きが取れず、村長は皆が無惨に倒されていく様を見ていることしかできなかった。
「安心しろよ……皆殺しとは言ったがありゃ冗談だ……お前らには一生奴隷として働いてもらうんだからな……ま、力加減を間違えて2、3人ほど殺しちまったかもしれんが」
悪魔のような言葉を滔々と紡ぎ、嘲るように笑う野盗を前に、村長の視界は絶望と失血によって歪んでいった。
一方その頃。
「……ねぇトカゲくん?ここまで力を貸してくれた上で悪いんだけど……もう一度君の力、貸してくれるかな」
異様な喧騒で目を覚ました白波は、村の巨大な裏門を見上げて静かに言った。
「おいお前ら!この木偶の坊どもをとっとと運べ!引き上げるぞ!」
巻き込まれぬよう遠巻きに見ていた手下達に、野盗が大声で呼びかける。
「……ちょっと待ちなよ」
が、そこに割り込む者あり。
「なんだァ?てめーは……」
「通りすがりの借賊さ!なんだか物騒な音がしたから止めに来たのだけれど」
「借賊ゥ?なんだそりゃァ……」
「盗むのが盗賊なら、借りるのは借賊。さっきそう教えてもらったんだ」
「あ?何言ってんだてめー……まあいいや」
あくまで飄々とした態度の白波を前に、野盗は一瞬呆れたような顔をしたが、すぐ鋭い表情へと戻した。
「邪魔するんなら痛い目見てもらうぜ!」
野盗は血のついたままの剣を振りかざし、白波に飛びかかった。夜空に鮮血の弧が描かれる。
「……やっぱり、戦うしかないのか」
白波は左手に大盾を構え、野盗の斬撃を弾く。
耳を裂くような金属音が響き渡る。
「……へぇ、いい盾じゃねーか……どうだ?その盾をよこせばここは退いてやってもいいぜ」
「お褒めにあずかり光栄だけど、これは大切なもの……だと思うんだ、君にはあげられないよ」
「そうか……なら殺して奪い取るまでだッ!」
野盗は左手にも剣を構え、二刀の構えで再び突撃した。
盾に余計な傷がつかぬ内に短期決戦をつけるつもりなのだ。
「死ねぇッ!」
左手の剣を振り抜く。
白波は剣閃に合わせ大盾を振るい弾き返す!
間髪入れず右手の剣が襲い来る!
片手で槍を使い、野盗の足元を薙ぎ払って攻撃を中断させる!
「チッ!」
野盗は剣撃をやめ、跳躍して回避。そのままの勢いで右足の蹴りを放った。
白波は素早く屈んで紙一重で回避!
着地の隙を狙い槍の一閃を放つ!
「!!」
不意を突かれた野盗は咄嗟に右手の剣でガード。
体への直撃は免れたものの、弾かれた剣は野盗の手を離れ宙を舞う!
「勝負あり、かな」
「……それはどうかな?首を触ってみろよ」
「……首?……ッ!?」
白波が首元に手を触れると、そこには小さくはない切り傷があった。
頸動脈は外れているが、少しでもずれていれば危険な位置だ。
「いつの間に……!」
「つまり、だ。まだオレには二本の剣がある……お前には見えないかもしれないけどなァ」
野盗はゆらりと立ち上がりながら笑った。
「さぁ!続けようぜ!」
右足での蹴り。これは牽制だ。落ち着いて盾で受け止める。
左手での切り下ろし。これも盾で受ける。
盾に3回の衝撃。1回は剣撃、残りの2回は野盗が盾を足場にし、白波を飛び越えたことを意味する。
素早く振り返り槍で薙ぎ払う。野盗は身を屈め回避しながら急接近!
接近の間合では長槍は無力だ。盾での防御に専念する。
白波の体格では大盾の制御は難しく、一歩間違えれば死を意味する。
白波の額を汗が伝った。
再び右足での蹴り。
左手の剣を警戒し、盾を右手に持ち替え左腕でガード。
牽制とはいえ十分すぎる重さの蹴りに白波の左腕が悲鳴を上げる。
続いて野盗は左手……ではなく右手での剣撃!
「!?」
気づかれぬうちに持ち替えていたのだ。
なんとか危うく右手の盾を左手側に回し受け止める。
その刹那、足に激痛!
見れば、またも不可視の刃によって深い切り傷が付けられていた。
「いいぜ……その表情……なにが起きたか分かんねぇって顔だ……そんな顔の奴を殺すのが一番楽しいぜ!」
「いや……違うね」
「なんだと?」
白波は顔を上げ、野盗を真っ直ぐに見据える。
その目には確かな闘志が刻まれていた。
「この顔はね、君の手品のタネは割れたからどうやって倒してやろうか考えていた顔だよ」
「……負け惜しみをッ!」
野盗は右手に持った剣で斬りかかる……が!
「ここだ!」
白波は素早く男の左手側に回り込むと、今まさに蹴りを放とうとしていた左足を捉えた。
「なにッ……!」
「やっぱりそうだ……」
その左足には、巧妙に刃が隠されていた。
「あからさまに両手に剣を持つような戦法をしかけ、左右二択の思考に陥れる。そのうえで右手の方が長い剣を持ったり、右足での蹴りを多用することで右半身に注目を集める……武器を取り落とすのもこの一環だろう。注意が外れた瞬間を狙って左足の隠し刃で斬りつける。これが君の『3本目の剣』の正体!そうだろう?」
「クッ……!」
野盗は白波を振りほどくと素早く距離を取った。
「ああそうだぜ……正解だ。これを見抜いたのはてめーが初めてだ」
悔しさに顔を歪め、野盗が唸る。
「だがな、分かったところでてめーは勝てねぇ!分かってるんだろ?体が得物についていってねぇんだ……戦いが長引けば長引くほどてめーは不利になる!そうだろッ!」
白波は肩を落とした。
「残念だけど……そのとおりだよ。ここには私に力を貸してくれる人なんていないし」
「ここに……いるッ!」
不意に、野盗でも白波でもない声が響き渡る。
野盗の背後からだ。
「なにッ……!?」
慌てて振り返る野盗の肩先を、剣が掠めていった。
「くっ……外した……か……」
剣を投げた声の主は……意識を取り戻した鉄!
野盗が取り落とした剣が近くの地面に刺さったことで目覚め、ずっと機会を窺っていたのだ!
「この死に損ないが……ッ!」
野盗は怒りに我を忘れそうになったが、すんでのところで冷静さを取り戻し、背後からの白波の一撃をかわした。
「チッ……余計な横やりが入ったがあいつに出来ることはせいぜい隙を作る程度のこと……その程度の力を借りてもどうにもならなかったなッ!」
「いいや、そんなことは無いよ」
不意打ちをかわされた白波は、余裕の笑みを作ってみせた。
「それに、力を借りるのはこれから、さ」
「なんだと……」
「というわけでさ!文字通り君の力……『借りさせて』もらうよっ!」
白波がそう叫ぶと、鉄の体に異変が起きた。
(力が……入らない……)
言葉を発することすらできないほどに、全身の力が急激に抜けていく。
(俺……死ぬのか……?)
首を上げている力すら無くなり、倒れ伏した鉄の意識は闇へと落ちていった。
「ふぅ……凄い力だ、こんなのは初めてかもしれない」
同時に、白波は自らの中を駆け巡る鉄の力を感じていた。
そう。白波は他人からその力や性質を『借りる』ことができる特殊能力を持っているのだ。
「追い詰められて狂っちまったか!わけのわかんねーことを!」
野盗の剣閃が迫る!
「やれる!今なら!」
白波は大盾を構え……そのまま真上に放り投げた!
「なッ……!?」
槍を空にむけ掲げ、その穂先が盾と重なる……!
次の瞬間、野盗は地に伏す自分の姿を認識した。
「な、なにが……」
何が起こったのか。それを確認することすらできずに、野盗は意識を失った。
続く。