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第一話:その名は白波

はじめましての方は、はじめまして。

「借賊」以来の方は、本当にありがとうございます。

恥ずかしながら、帰ってまいりました。

今度こそ、完走目指して頑張ります。

切り立った崖に挟まれた山間の一本道を、旅人が一人歩いていた。

この地方の旅人の標準的な装備……のはずだが、ややサイズの合わないフードに隠され、顔はよく見えない。

だが、その小柄な体格に似合わぬ得物が異様な存在感を醸し出している。

一つは、扉と見まごうほどの大盾。

そしてもう一つは、旅人の背丈の2倍はあろうかという長槍。

王族の護衛騎士であっても、これほどの得物を携えている者は稀だ。

ましてや、一介の旅人が持っているとなれば、それだけで大いに人目を引く。

……そう。人の滅多に訪れない辺境の地であっても。

「おい!そこのお前!」

「……?」

突如降り掛かった声に反応し、旅人はその出処を探す。

とはいえ、崖に挟まれた道では、探すのにはそう時間はかからない。

前か、後ろか――

「上?」

「その通りだ!」

旅人が上を見上げたその瞬間、声の主は崖から身を踊らせた。

そして旅人の行く先を塞ぐように、音もなく着地した。

身の丈2mはあろうかという大男だ。

「こんなところに一人で来るとは愚かな奴だ!」

「……」

地鳴りのするような大声で怒鳴りつける男に対し、旅人は口を噤んだままだ。

「フン、震え上がって叫ぶこともできないか?でも安心しろ!身ぐるみ剥いで置いていけば命だけは……」

「ねぇ」

「……あぁ?」

盗賊の決り文句を遮られ、大男は面食らったような顔をした。

「一つ聞いてもいいかな」

「……なんだぁ?お前……」

予想外の言葉に、呆けたような返事を返す。

だが、すぐ我に返ったように営業用の強面を作り直した。

「お前のような奴に教えることなんざ一つも……」

「いいじゃないか、冥土の土産、って言うだろう?そりゃ私だって死にたくはないけど……こんなところで武器を手放したらそれこそ死んだようなものだ、違うかい?だから残念だけど……」

「……ゴチャゴチャとうるさいぞお前……ッ!!!!」

まるで自らの知己に話しかけるかのように顔色一つ変えず平然と語りかける旅人とは対象的に、大男の顔はみるみる内に真っ赤に染まっていった。

無論、怒りでだ。

「いいか!オレはなぁ!」

大男は拳を構えた。

「話を遮られるのが……!」

そして、そのまま巨体に似合わぬ俊敏さで旅人との距離を詰める。

「大ッ嫌いなんだよォッ!!!」

思いっきり振り抜いた拳が、旅人へと迫る!


凄まじい音が響き渡り、旅人は後方へと弾き飛ばされた。

衝撃でフードが落ち、紫紺の豊かな髪が顕になる。

「なるほど……確かな重さの乗った一撃だ……どうやらその体はハリボテじゃないみたいだね」

旅人は大盾を構える左腕に痺れを感じ、眉を顰めた。

「当たり前だッ!今更後悔したってもう遅いッ!」

大男は追撃の正拳を構え、再び距離を詰める!

「いくら大層な盾を持っていてもッ!お前の腕が砕けるのが先だッ!死ねぇッ!」

「そうかもしれないね……だからさ」

旅人は今まさに振り抜かれようとする拳に臆せず、しっかりと大男を見据えた。

そして拳が大盾に到達したその刹那……!


「その重さ……『借りる』ね」

そう呟いた旅人の声は大男に届いたが、大男はその意味を理解することができなかった。

いや、正しくは……理解する間も無かった。

何故なら、凄まじい衝撃音と共に吹き飛ばされたのは、旅人ではなく大男の方だったからだ。

(な……一体何が……?)

文字通り宙を舞う大男。

「ごぁッ!!」

その思考が結論を出す前に、大男の体は崖に突き刺さり、気絶した。


「ふぅ……なんとか助かったみたい」

旅人は大盾を背負い直しながら呟く。

鏡のような大盾の表面は傷一つなく、いつのまにか沈みだした夕日を照り返し、赤く輝いた。

「そろそろ日が暮れるな……今日こそ人が住んでるところにたどり着ければいいけど」

歩きだそうとする旅人。

だが。

「?」

足が動かない。

「ああ、そっか」

旅人は合点がいったように頷いた。

「『返す』ね。ありがとう」

旅人が誰にともなくそう告げると、崖に突き刺さっていた大男の体が突然落下し、轟音を立てた。

「あっ……ごめん、そこまでは考えてなかった」

地面で伸びる大男の近くを通りざまに、旅人は申し訳無さそうに舌を出した。


「それにしても……やっぱり分からないな……この巨体でどうやってあんなに軽やかに着地をしたんだろう?コツとかがあるのかな……それが分かれば、私だってこの盾をもうちょっと上手く扱えるように……」

そんなことをぼやきながら、旅人は歩いていく。


旅人の名は白波。

それ以外のことは誰も知らない。

彼女自身でさえも。

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