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天使の気まぐれ

作者: 深沼バルキ

 その日、私は屋上に立った。


 何日もかかったが、ようやく開いた扉。その先に私はいるのだ。


 下とは比べ物にならないほど乾いた強い風が髪を揺らす。気温も低く、肌寒い。


 上着、着てきた方が良かったかな。


 一度そう思ったけど二度目は無い。何故なら私はこれから死ぬのだから……。


 幼い子供でも一人一台、ネットワーク端末を持つこのご時世でも未だ、いじめという本能的無益行動は根絶しなかった。ただその内容の種類が豊富になっただけだった。


 「もういいや。死のう」


 私は屋上の端まで足を進め段差をのぼり、爪先を浮かばせる。


 今まで実感があまりなかったけど、実際に立ってみて、本当に自分が死の淵にいるのだということを実感する。


 さよなら世界。さよなら私。


 前々から決めていたことだからか、すんなりと死を受け入れている自分に少し笑えてくる。


 そう考えていると突然後ろから女性の声が聞こえてくる。


 「なに、してるの?」


 ドアを開く音も、足音すら全くしなかったため驚いてしまい、バランスを崩しそうになり、「わっ」と声を出してしまった。


 「やっぱり、これから飛び降りて死ぬつもりなの?」


 声の方へ振り向くと、艶やかに輝く金の髪と絹のようになめらかで綺麗な肌の同い年くらいの美人が真っ白なワンピースを着て立っていた。


 いかにも物語に出てきそうな見た目の彼女に目を細め、疑いの目を向ける。


 こんな人、学校で見たことがない。もしかして不審者かな? そもそも学校にワンピースって……。

私はそう思い、より一層疑いを強めた。


「やめて。そんな目で見ないでください! わたしは天使ですよっ! そんな視線を向けないでって……なんかさらに凄い顔をしてますよ貴方!」


 私は自称、天使と言ってきたので思いっきりひいた。


 逆に聞きたい。自分のことを天使と言っている人と普通に喋れるだろうか。いつもの私ならその場から立ち去り、そのまま自宅に逃げ帰るだろう。もし初めから何事もなかったかのように喋れる人がいたならば、それはその人もこの自称天使さんと同類なのだろう。つまりは頭のおかしい人だ。


 「え、えーっと。どちら様ですか?」


 私は目を合わせず、横を向きながら訊いてみる。


 「もー。言ったじゃないですか。天使ですって」


 え。この人二度も言ったよ。完全にやばい人確定だよ。


 「えっと、今度は。あなたはどこから来たんですか?」


 「特に名前もないので天使でいいですよ。わたしは天界から来た使者です。どうですか? 敬ってくれてもいいんですよ?」


 ドヤ顔しながら自分を説明する自称天使さんは私に苦笑いを作らせる。


 ドヤ顔されながら言われても私はお腹いっぱいというか、処理しきれないというか、もう関わりたくないというか……。


 でもあと一つだけ訊いておきたいことがあった。


 「最後に質問ですが、あなた……自称天使さんはなんでここに来たのですか?」


 自称天使さんは私が自称と付けたことに、まだ疑っているのかと指摘してきたけど、すぐに考え始め「どっちにしろ、言わないといけなかった、しね……」と呟いて笑顔になった。


 「わたしの用件はただ一つ! どうせ死ぬならわたしにその命を使わしてください!」


 「は? えっと、ちょっと待って。頭が追いつかない。どうゆうこと?」


 何を言ってるの? この人は。プロポーズなの?


 こんな言葉を言われることなんて無いと思ってた。ましてや同性の人に言われるなんてもっとありえないと思ってた。でも現実にこう起こっているのだから信じがたい事実なのだろう。


 「私は男の人が好きなんだけど」


 「ええ! ち、違うよ! 誤解してる! いや誤解させたのはわたしなのか。ご、ごめんなさい」


 自称天使さんは焦りながら頭を下げた。


 何故か私が振られたみたいになっているのが少しムカつく。


 「で、結局どうゆうことなの? ちゃんと説明して!」


 「つまり、わたしがこの下界でやらないといけない事を手伝って欲しいのです」


 「やらないといけない事? 例えばどんなこと?」


 「それは。今は言えません。けどもし、貴方が手伝ってくれるのであればそのうちお伝えしますよ」


 もう一回聞いても天界がどうたらってはぐらかすだろうしこれ以上は訊かないでおこう。


 そうだ、とまた焦るように自称天使さんは「ご飯とかはわたしが出すので心配ご無用です!」と胸を張って自慢げに言った。


 何をする。どこに行く。この二つも聞いていないのにご飯は保証されてるってどうゆうことなの?


 相変わらず意味の分からないことを言う自称天使さんだったが、そんな彼女だったからかもしれない。


 「いいよ。付き合ってあげる。私も暇だしね」


 元々ここで死ぬつもりだったんだし、ちょっとくらいなら付き合ってあげようかな。この人、やばい人ではあるけど悪い人ではなさそうだし。でもやっぱりご飯ってどうゆう意味なのか気になる。


 「やった! これで第一関門クリアです! じゃあさっそく行きましょうか」


 すると自称天使さんは段々と私に近づいてくる。


「え、今から?」


 「はい。今からです!」


 「いやでも、一旦家に帰らせてよ。支度とかもしたいしっ……!」


 動揺と、まだ会ったばかりの人が迫ってきたことにより、つい癖で後ろに足を引いてしまい私は足を踏み外した。


 あ、これ死んだ。死ぬつもりだったといえ、こんな死に方なんて嫌だ。


 助けて……。


 死を覚悟した私はぎゅっと強くまぶたを閉じた。


 するとすぐに暖かい何かに包まれるような感覚になった。


 なんだろう。


 ゆっくりと再びまぶたを開くとそこには自称天使さんがこちらを困ったように覗いていた。


 「大丈夫ですか? もーひどいですよ。付き合ってくれるって言ってくれたのにいきなり飛び降りるなんて」


 自称天使さんが喋る後ろでバサバサと何度も音が聞こえ、目を凝らすと、自称天使さんの背後から大きな白い翼が生え、動いていた。


 「えっ、噓。まさか本当に天使なの?」


 そのまま下に降り、抱えていた私を下すと翼は光を放ち、消えた。


 「何度も言ってるじゃないですか。わたしは天使ですって! って、そんなことは今は置いといて。行きますよ。チカさん」


 「なんで私の名前……」


 「秘密です!」


 本当に天界から来た天使なら私の名前なんて知れて当然なのかな。


 少し天界の個人情報管理事情が緩すぎることが気になったが、天使に手を引かれ、荷物も持たずに学校を出た。


 翌日から私は三年もの間、天使と日本の様々な場所を巡った。当然学校には行ってなかったから通っていた学校は退学している。


 巡ったといっても、中にはただゲームセンターに行くだけとか、観光地に行っても日帰りだったり、翼のある天使と山登りをして全身筋肉痛になったりして、楽しめたかときかれると微妙な時もあったけど、やっぱり楽しかった。


 そしてその合間合間に私はまだどこかで死に場所を求めていた。


 「どう? 最近楽しい? チカさん」


 私の部屋に敷布団を敷いて布団に入ると天使はそう言った。


 「もうチカでいいよ。うん、楽しいよ。でも私、楽しんでいるだけで何にも手伝えている気がしないんだけど……」


 自分のベットで不安そうにする私に天使は布団を出て私の頭を優しく撫でた。


 「良いの、それで。わたしはチカが楽しめるだけで……」


 「え? 最後の方なんて言ったの?」


 「ううん。なんでもないですよ。ほら明日も早いので、もう寝ましょ」


 天使が横になると私は電気を消した。


 しかしいつもならスッと眠れるのに今日は眠れない。


 すると天使が話しかけてくる。


 「ねぇ、もう明日でチカは二十歳でしょ?」


 「ああ、うん。そうだよ」


 そっか、天使と会ってからもう明日で三年か。はやいな。


 「なら今度は海外に行ってみない?」


 「海外に? どうして? 私英語とか話せないよ?」


 「そこは天使の私に任せて! 下界の言語は全て覚えてきたんだから!」


 「それはすごいね……」


 まだこのころはどうしてわざわざ言葉を覚えてきたのかを考えもしなかったけど、今思えば意味があったのだと思っている。


 翌週から私たちは日本を出た。


 日本を出るには飛行機に乗ったのだけど、その際に天使に「そういえば翼があるのだから先に飛んでいけば?」と提案したが「確かに飛んでいけるけど、チカと少しでも一緒にいたいから」と恥じらいなく言われ、私が恥ずかしくなった。


 初めは近く、馴染みのある中国に向かった。言語は違うけど何となく伝わることを知った時は驚き、感動さえした。


 次は韓国、アメリカ、カナダ、ロシア……。何年も、何十年もかけて二人だけで世界を巡り、沢山の人を見た。


 その結果、私は自分の悩みはどこかの国に置いてきて、生きる楽しさを知った。


 最後に私たちが向かった……いや、帰って来たのは日本だった。


 目覚めると白い部屋に私はいた。


 「あ、あえ……」


 「あ、おはようございます。チカ」


 天使は私に微笑みかける。


 いつの間に帰って来たのかと訊いても笑顔を見せるだけで何も答えてくれない。でも怒るわけでもなく、じっと椅子に座っている。


 ただ他に気になるとするならば、ずっと話しかけてくれる天使の後ろで一定のリズムを刻む機械音だけだった。


 疲れたのかもう声を発する気力もない私は天使の話を聞くことに残りの気力を使った。


 天使が喋らなくなり、今度は悲しそうな顔をし始める頃には私は首から上しか動かなくなっていた。


 「もう何年越しですかね。出会った時から今までだから六十年以上ですか。月日が経つのは早いですね。どうですか? これから死ぬんですよ、チカ」


 嫌味のように言うその天使の言葉には棘は無くて、むしろ悲しさを感じた。


 そっか、私死ぬんだ。


 これから死ぬというのに私は天使が近くにいてくれるだけで不思議と怖くはなかった。


もしかして天使のやらないといけない事って……ううん。これは私のそうであってほしいという願望なのだから、たとえ私の頭の中であっても言葉にしてはいけない。


 ならばせめて最後は天使に伝わるように。


 「てへんし。ずっとわらしを気にしてくれへはんだね。あの時もずっほ。だから……あ、ありが…と……」


 突然部屋にさっきの機械の代わりに甲高い音が響き渡る。


 「いいえ。わたしこそ……」


 今にも泣きそうな天使に私は命尽きるその瞬間に心の中でこう言った。


 生きてて良かったよ、と。

 こんにちは。深沼バルキです。

 埋もれていたのでせっかくなので投稿しました。

 あまり覚えていないのですが、確かこれを書こうと思った時「天使の出てくるものを書きたい」と唐突に思っていた気がします。

 だからなんなのだって話ですが。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

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