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シャオンの母

シャオンから渡された記事を見た時、満月の夜に事件を起こしているのは奴らではなく、狼男の仕業なのだと直ぐに分かった。


奴らが殺るのはあくまでも俺達のような魔物だ。

時には人間も自分達の利益や不利益が絡めば容赦なく殺るが、その場合は世間に知られないように上手く始末する。



俺は奴らと関わりあいたくない。

この世界で生きていくためにはヴァンパイアである自分の存在を半分消さなければならなかった。

これからもそうやってのらりくらりと賢く生きていくつもりだった。


なのに俺は……



シャオンのことを見捨てることが出来なかった。






「ちょこまかと逃げ回るんじゃねぇえ!!」



目の前で狼男が苛ついている。

俺のことを力でねじ伏せたいようだが、紙一重のところで何度もひらりとかわしているからだ。


シャオンが魔女であることは間違いないのに、なぜだか魔法の使い方を忘れちまっている……

本来の力を引き出すためにも、こいつを利用しない手はない。



「狼男。ここにはおまえの仲間も住んでたんだよな?奴らに全員殺されたのか?」



狼男の拳を振り上げた手が止まった。

満月の日になると狼男は気性が荒くなる性質がある。

でもそれ以外は温和とまではいかないが、人間に危害を加えるような性格ではない。

姿を隠して何百年もこの自然公園でひっそりと暮らしていたのだろう……


狼男に限らず、こちら側の世界に住んでいる魔物なら奴らに好き好んで反抗しようとはしない。


人間に魔力が無くなってきているせいか、奴らは魔物に対してますます強硬な手段を討つようになってきた。

ここに魔物がいるとの情報を得て、動物もろとも皆殺しにしたのだろう……



こいつは唯一の生き残りってことか─────……




「だったらなんだあ!!今さら俺に同情でもしたかあ?!」



遺体の放置場所を結んで浮かび上がる星のマークも、殺害場所にここを選んでなぶり殺すやり方も、こいつなりの復讐なんだろう……



「いや。奴らに直接手を下すんじゃなくて、一般人に手を出すあたりが小者だなと思っただけ。」



狼男は額の血管が切れるんじゃないかってくらいにブチ切れた。


「三百年生きた俺様を小者扱いとは良い度胸してんやがんなぁあ!!」


上半身を後ろに仰け反らせると口から勢いよく火の玉を飛ばした。

パワー型の魔物にありがちなのだが、魔法を出す動きがとろい。

目を閉じていても避けれるが後ろにいるシャオンの方に飛んでいくと厄介だ。



「シールド。」



俺は防御魔法を唱えて受けて立った。

〈シールド〉に覆われた俺の体に当たった火の玉は跳ね返されて空に虚しく消えていった。

木のような物質的な攻撃には効かないが、魔法による攻撃ならば大概のものを防いでくれる。



「なんで防御魔法なんて使えんだ?!魔物のくせに卑怯だぞ!!」

「おまえ頭悪そうだもんな。良かったら教えてやろうか?」



狼男の血管が切れて額から噴水のように血がピュ〜と吹き出した。

大道芸人の水芸みたいだ。


「こんっっの青二才が!!三百年生きた狼男の俺様に生意気いうんじゃねぇえ!!!」


うるさく吠えながら俺を捕まえるうとする狼男の太い手が、何度も何度も空を切る。




「さっきから三百年三百年ていい加減聞き飽きたわ。俺はなあ……」




狼男の頭上をひらりと乗り越えて宙を舞うと、満月と重なり…俺の体はシルエットとなって浮かび上がった。







「その倍以上の──────……




……───千年生きてるんだよ。」








人間より遥かに寿命の長い魔物でも、何百年と生き続けられる種族は少ない。

それがさらに一桁上の千年となると…出会う確率でさえまれだ。

別に生きたくて千年も生きてきた訳じゃあないし、俺にとっちゃ自慢にもならない。

でも…狼男には余りにも衝撃的だったのか、凍りついたかのように固まってしまった。



「今だっシャオン!」



振り向いた俺は天を仰いでギョッとした。

な、なんだこりゃ……


夜空に直径200mはあろうかという巨大なフレアの魔法陣が出現していて、メラメラと燃え盛っていたのだ。


「ちょっ、ちょっと待てシャオン……」


あいつ…俺も巻き添えにする気か?!

慌てて安全な場所まで避難しようとしたのだか、シャオンはそんなことなどお構い無しに〈フレア〉と唱えた。

巨大な火柱が荒れ狂いながら落ちてきて狼男を一瞬のうちに消失させた。






今度こそ狼男を倒した─────……

シャオンがふらつきながらその場に倒れ込んだ。








「あっち~!俺まで黒焦げになっちまうとこだっただろ!」



俺は焼け野原になった土の中から這い出てきた。

〈シールド〉だけではとても防ぎきれないと思い、咄嗟に魔法で穴を掘って地下深くまで潜ったのだ。



「ヴァンパイアは火じゃ死なないんだからいいだろ。」

「死なないだけで痛いもんは痛いし熱いもんは熱いに決まってんだろっ!」


「痛そうにしていたのも演技だと思っていた。」

「んなわけあるか!!それに傷だって一瞬で治るわけじゃねえんだぞっ?さっき貫通した腹だって治癒魔法でくっ付いてんのは表面だけで中身はまだぐちゃぐちゃのまんまなんだからなっ?!身代わりになってくれてありがとうくらい言えっ!!」



一気にまくし立ててから辺りを見渡してため息が出た。

狼男一匹倒すだけでなんて惨状だ……

広大な自然公園の半分を焼き払いやがって……


「やり過ぎだ。ちょっとは常識考えろ。」

「ツクモが思いっきりやれと言ったんだろっ?!」


いくら使い勝手が良いとはいえ〈フレア〉は初歩的な火炎魔法だ。なのにこの威力。

魔女であるシャオンに思いっきりなどと言った俺の誤算だとも言えなくもないが、普通は力加減てもんを考えるだろ?


もっと強力な魔法をこの威力で出していたらこの国全部が焼け野原となっていただろう……考えただけでもゾッとする。



シャオンがしゃがみ込んだまま頭を抑えている。

今の魔法で大量の魔力を消費して軽い脳震盪を起こしているようだった。



「頭回ってんだろ?いくら魔女でも一度に魔力を使い過ぎなんだよ。」

「僕を魔女だ魔女だと言うなっ。僕はまだ……」


まだ魔女ではないと言い張るシャオンの言葉を遮って魔法書を投げ渡した。



「大事なもんなんだろ?」



シャオンが母の形見だと言っていたあの魔法書だ。

無くしたら悲しむだろうと思い、狼男と戦いながらも探し出してやったのだ。

俺が見つけていなかったら今頃灰になっていただろう。



「あ…ありがとう……」



シャオンは本を抱きしめながらお礼を言った。

その珍しくもしおらしくお礼を言うシャオンにキュンとしてしまった。


なんか……頑張って良かった、俺。

腹に風穴が開いたこととか火炙りにされそうになったこととかなんてもうどうだっていいや。


男なんて単純な生き物なのである。





シャオンが真剣な表情で俺を見つめてきた。


「ツクモ……欠けた星の印の奴らについて何か知っていることがあるなら僕に教えてくれ。」


俺の正体もバレてしまった。

ここで中途半端に誤魔化しても仕方がない……




「シャオンが追ってる奴らは烈士団れっしだんって名前だ。」




シャオンは奴らを知るためにならこんな危険なことにも平気で首を突っ込む─────……




「烈士団は俺達みたいな魔物を狩る殺戮集団だ。相手が女子供だろうが泣いて命乞いをしようが容赦なく殺す。」




────だからこれは……警告のために言うのだ。




「烈士団は凄腕の魔導師ばかりで構成されていて団員はこの国だけじゃない、何万人もが世界中に散らばっている。おまえみたいな半人前の魔女が太刀打ち出来る組織じゃないんだ。何をしたいかは知らないが、殺されたくなかったらもう手をひけ。」





近寄ってきたシャオンは激高した様子で俺の胸ぐらを掴んだ。


「その烈士団のアジトはどこだ?!」

「おまえ……今の俺の話聞いてた?」


「いいからアジトを教えろ!あの学校なのか?そうなんだなっ?!」

「そんなことまで俺が知るか!!」



マジかよこいつ…ちょっとはビビれよ……


魔物の存在は知られていないので烈士団も世間には非公開の秘密組織だ。

世界中に支部を持っているが支部だとはバレないように美術館だったりレストランだったりを装っている。


メタリカーナ国立魔法学校は間違いなく支部だろう。

それに俺は本部の場所だって知っている。

でもそんなこと、今のこの興奮したシャオンに言える訳がない。

これは奴らに対する恨みの感情だ。

言った瞬間、本部にまで乗り込んでどデカい火炎魔法をぶっ放しかねない。


ヤバいなこれ…どうやって誤魔化そう……

それにさっきから……



「ツクモ…なぜ僕から目を逸らす?他にも何か知っているんだろ?」

「いや、ちょっ……だっておまえっ……」



なんで気付かないんだ?

さっきから俺はどこを見ていいのかわからんちゅーのに!!


「ツクモ!こっちを見ろ!!」

「シャオン……胸元、めっちゃ見えてるから。」


狼男との戦闘でシャオンのシャツは大きく引き裂かれていたのだ。

ノーブラなもんだからエロいったらない。


「は、早く言えっバカ!」


真っ赤になって慌ててコートのボタンを閉めるシャオンが可愛すぎる。

女の裸なんて腐るほど見てきたのに……

胸元がはだけてただけなのにめっちゃドキドキしてしまった。





「きき、君達は一体なんなのだ?!」




岩山の洞穴から神父が出てきて何やら叫んでいる。

そういや狼男に襲われていたじいさんが居たっけ……

岩山は火炎魔法がギリギリ届かない位置にあったために難を逃れたらしい。

シャオンは神父の元へと駆け寄った。


「怪我の具合は大丈夫ですか?」


そう言って手を差し伸べたのだが……



「ひいぃ!ばっ化け物!!」



神父は悲鳴を上げて転がるように逃げて行った。




化け物、か………



命懸けで助けたシャオンに随分酷い言葉を投げつけやがる。

まあ人間側からすれば魔物なんてどれも同じで恐ろしいものにしか見えないんだろうけれど……





遠くでサイレンの音がした。

街から離れた人気のない場所だとはいえ、さすがにさっきのデカ過ぎる〈フレア〉で気付かれたようだった。


「おいシャオン、見つかる前にずらかるぞ。」


聞こえているはずなのにシャオンはその場に立ち尽くしていた。



「どうしたシャオン?」



呆然としたままのシャオンの顔を覗き込みながら尋ねた。





「教えてくれツクモ……僕は…本当に魔女なのか?」




……シャオンて……

記憶が何も残ってないのか?



魔物は自分が何者であるかを本能的に理解している。

種族ごとによって違うが、生まれながらに使える魔法だってある。

血の中に宿る魔力の記憶とでも言うのだろうか……


魔女の魔力は他を逸脱している。

魔女は生まれながらにどんな魔法でも自由に扱えるはずなのに……



「ああ、シャオンは魔女だ。記憶を失っているようだがな。」



なぜ失ったんだ?

なんらかの意図があって故意に消されたのだろうか……




「じゃあ……僕は化け物なのか?」




どう…答えてあげたらいいのだろう……


目に浮かぶ涙が零れ落ちないようにと必死で耐えているシャオンに、俺は返す言葉が見つからなかった。

今のシャオンにはどんな慰めの言葉も薄っぺらに聞こえてしまうだろう……



「教えてくれツクモ……僕は化け物なのか?」

「……シャオン。」



俺はゆっくりと手を伸ばし、シャオンのことを強く抱きしめた。





────────ドスっ!!




腹に例えようのない激痛が走った。

シャオンが思いっきり俺の腹に拳を食らわしたのだ。


「俺…まだ腹ん中ぐちゃぐちゃだって言ったよな……?」

「雷じゃなかっただけありがたく思え!!このど助べ野郎がっ!」



だってめちゃくちゃ可愛かったんだから男なら仕方なくね?





もう東の空が白んで来ている。

完全に明るくなる前に国境に着かないと逃げにくくなる……

シャオンを見るとペンダントを握りしめて男の姿になっていた。


「なんで男になってんだよ!」

「学校に帰るからだ。もう僕に話しかけるなっ。」


帰るだと?

あそこは烈士団の支部なのに?

俺達魔物にとってそれがどんなに恐ろしいことか分かってんのか?!

……って、俺がシャオンに支部だって教えてないからなんだけどお!!



「いやいや待て待て。あの学校はなにやら普通じゃない気がする。もしかしたら変態野郎の巣窟かも知れない。だから今すぐ俺と一緒に逃げようシャオン!!」


話しかけるなと言っているのにしつこいという目をされた。


「正体がわからないから戻るんだっ。僕はずっと奴らを追ってきた。あの学校が関係しているのなら調べる必要がある。」



シャオンが俺の意見なんて聞くわけがない。

どうする……?

戻りたくはないがあんな場所にシャオンを一人にしたくはない。

朝になれば塀に開けた穴は塞がるはず……

それまでシャオンには眠っててもらうしか────





「……母が、僕のせいで奴らに殺されたんだ……」




……えっ………




「逃げたければ君一人で逃げればいい。」



シャオンは街の方に向かって歩き出した。

ずっと引っかかっていた……


「おいっ待てよシャオン。」


魔女のシャオンがいう母親って言うのは一体誰なのか……



「魔女に親はいない。確か魔女ってのは人間の心の闇に入り込んで、その人間の腹を媒体にして生まれてくるんだ。」



魔物の中でこんな特殊な生まれ方をしてくるのは魔女くらいだ。

だから魔女は唯一無二の特別な存在になり得ているのかも知れない……


「だから母は僕を産んでくれた人なんだろ?」

「それは考えられない。媒体になった人間は魔女を産み落とすと直ぐに死んじまうんだ。」


シャオンが明らかにショックを受けている顔をした。

自分が生まれたことで命を落とした人がいるだなんて、知らせない方が良かったか……

でも……



「シャオン、いったい誰と暮らしてたんだ?」



シャオンが記憶を無くしている理由……

その母親と名乗っていた女が絡んでいる可能性が高い。



「……母は、とても優秀な魔導師だった。誰よりも気高くて聡明で厳しい人だったけれど、愛情に溢れた温かい人だった。いつも僕を守ってくれた……」



シャオンは胸にあるペンダントにそっと手を触れた。



「これを創ってくれたのも母だ。例え何者であろうとも、僕の母であることには違いない。」



シャオンは女になったり男になったりをあのペンダントの力を借りて行う。

あんな複雑で高度な魔具を創れる人だ。とても立派な魔導師だったのだろう……


そんな魔導師を殺した奴をシャオンは追っている……



シャオンは街の方に向かって再び力強く歩き出した。




シャオンの母親を殺した奴はシャオンが魔女だと知っていたのだろうか?

そいつがシャオンの言う通り烈士団の団員なのだとしたら、奴らはもっと躍起になって魔女の行方を探しているはずだ。



分からないことばかりで不穏な空気しかしない……

奴らに対して敵を討つだなんて恐ろしいことにこれ以上1ミリも付き合ってられない。


この自然公園を抜けた先にも国境はある。

魔法を使えばまだ余裕で間に合うだろう……



俺はいつだってそうしてきた。

面倒なことは極力回避してきたっていうのに……



………くっそお〜……っ!!





「おい、待てよシャオン!」




声をかけても振り向きもしないシャオンの背中を追いかけた。








二人の上空で、緑の鳥が大きな円を描いた。













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