混じり気
不死身と言われるヴァンパイアでも、銀の十字架で胸を貫かれたら死ぬ。
十字架は純銀でなければならず、心の蔵の中心を1mでも逸れてはならない。
あの時、銀の十字架は俺の心臓のど真ん中を確実に捉えていた。
体中の水分が蒸発していくのを感じ、完全に殺られたのだと屈するしかなかった。
カラカラに乾いた体は風化して、やがて砂のように崩れ出す……
刺さったままだった十字架が崩れゆく胸部からズリ落ちた瞬間、死んだはずの俺が目を覚ました。
とんでもない激痛で叩き起されたってのが正解か……
とにかく生き返ると、朽ちようとしていた体は逆再生を高速で回しているかのようにみるみるうちに回復していった。
急いでシャオンを探しに向かった俺は、まほろばの魔の手から間一髪で助け出すことが出来た。
危ねえ危ねえ……
で、大聖堂から飛び出したところで口笛を吹き、コウモリの群を八方向へと分裂させた。
烈士団からの追ってを撹乱させるためだ。
さて、これからどうやってこの島から脱出しようか。
にしても────────
シャオンが俺にギューっとくっ付いたまま離れようとしないのだが……
はっ、もしやこれは…ようやくシャオンにアレやらコレやらをするチャンスが巡ってきたのかっ?
「シャオン…もう大丈夫だから……」
ドキドキしながらシャオンの腰に手を回そうとしたら、なにかを思い出したかのようにガバッと顔を上げて離れていった。
「まさかまたキツネじゃないだろうな?」
「……おまえなあ……」
疑いたくなる気持ちは分かるが人をその気にさせるだけさせといて突っ放すなよ。
てか、なんでシャオンはこんなに胸元がガッツリ開いたエロいドレスを着てるんだ?谷間が気になってまともにシャオンの方が見れねえじゃねえか!
着ていた上着を脱いで、着ろと言ってシャオンにぶん投げた。
「ツクモはどうやって生き返ったんだ?」
「……なぜだかは俺にも分からん。」
背中にはもう、刺された傷跡さえ残っていなかった。
シャオンが無事なのかどうかで頭はいっぱいだったし、今もこの孤島からどうやってシャオンを安全に出せるかで頭はフル回転している。
自分が生き返った理由なんて鼻クソくらいどうでも良かった。
「ツクモにも分からないことが世の中にはあるんだな。」
「シャオンて俺のことお釈迦様かなんかだと思ってる?」
なにかが作用したのは間違いないだろう。
大事なことを忘れているような気がしないでもないのだが……
とりあえず、愛のなせるパワーなのだと思っておこう。
「あれ……シャオン?」
上着を着たシャオンの方を見ると、いつも身に付けている翡翠のペンダントをしていなかった。
代わりに魔女封じの玉付きの首輪が付けられている……
無理に外そうとすれば爆発するのだという。しかもそのカギはまほろばが持っていると。
なんでまほろばが……?
「実は10年前にトムが母を殺したのは自分の意思じゃなかったんだ。操られていたんだ、まほろばに。」
…………はい?
俺はまほろばが親切そうに微笑みながらターゲットに近付き、裏ではその相手に平気で卑劣なことをしているのを何度も見てきた。
性根がグチュグチュに腐りきっている野郎なのは十分に理解していたつもりだった。
でもこれはさすがに…想定外過ぎて二の句が継げなかった。
「魔女である僕を操り、世界の王になるのだと言っていた。」
「……随分めでてえ頭してやがるな。俺にはさっぱり理解出来ねえ……」
てことはなにか……
シャオンの首にある、魔女の魔力を封印する赤い玉を見てため息が出た。
烈士団にいるのは里のみんなの敵を取るためだと言っていたのは全部デタラメだったってことか。
珍しくしんみりとしていたから仲間が全員殺られて少しは心を入れ替えたのかと思っていたのに……
……っんの腹黒ペテン師野郎がっ!!
「シャオンのファーストキスは俺が予約してるっつーのに横取りしようとすんじゃねえっ!!」
「なんでキレるポイントがそこなんだ?大体そんな約束をした覚えはない!!」
カギもそうだがペンダントも取り返さないといけない。
マジか……どう逃げようかと考えていたのに、またあの本部に戻らないといけねえじゃねえか。
あったま痛え……
「……ツクモ…ツクモ!!」
「なんだよシャオン、引っ張っんな!」
シャオンの指さす空を見上げると、七色の光の帯が大きな半円を描きながらこちらに向かってきていた。
それは真上で七つの光に分裂すると俺達を取り囲むようにして落ちてきた。
赤・橙・黃・緑・青・藍・紫の七色のマントが風を受けてフワリとなびく……
……烈士団最強戦力、七人衆のお出ましだった。
彼らとはくれぐれも戦わないように。
何度も念押ししてきたテンチム校長の言葉が過ぎる……
言われなくても、こんな真っ黒な甲冑を顔まで覆った不気味な連中なんかと戦いたくはない。
目くらましの煙幕魔法を放ち、シャオンを抱いてコウモリから飛び降りた。
眼下に広がっていた深い森の中に素早く紛れ込んだのだが、七人衆達は俺達を取り囲んだままの陣形でピッタリと追いかけてきた。
間隔が一定の距離を正確に保ったままだ……
どうやら完全にロックオンされているようだった。
逃げようとしても無駄だってことか……くそっ。
これはもう覚悟を決めて戦うしかない。
森から飛び出して風氷魔法のブリザードを唱え、鋭い刃のような氷が飛び交う猛吹雪を出した。
でも七人衆は俺の攻撃など意に介さず、一気に間合いを詰めてきた。
「どうしてだっ?ツクモの魔法がまるで効いてないぞ?!」
「あの甲冑っ…防御効果の高い最高クラスの魔石で出来てやがる!金かけすぎだろっ!!」
ただでさえあっちの方が人数で有利だっていうのに道具にまで頼ってんじゃねえ!!
まとめて相手してやるからフルチンで来やがれってんだ!!
七人衆の内の四人が集まり、宙に線を描き出した。
俺達を中心にして徐々にか浮かび上がるこの立方体のシルエットは…封印魔法のキューブだった。
キューブは封印魔法の中でも凄ぶる強固なもので、閉じ込められたら自力での脱出はまず不可能だ。
完成する前に回避するしか手はないのだが、その大きさがデカいなんてもんじゃなかった。
シャオンを連れて猛スピードで移動するも、四人も同じようにキューブの形を崩すことなく追いかけてきた。
残りの三人が水流魔法で巨大な津波を起こし、水ごとキューブの中に閉じ込められた。
凄まじい水流がまるで木の葉のように体を上下左右へと攪拌した。
今すぐこの状況をどうにかしたかったのだが、もがく激流の中では魔法を唱えるどころか息をすることさえままならない……
こいつら…俺達を溺れさす気だ……
ばあさんが言っていた通り、七人衆の一糸乱れぬチームワークの良さに手も足も出せない。
このままだとシャオンが再び烈士団に捕まってしまう……!
意識が飛びそうになりながらも突破策を考えていると、自分の口が熱を帯びて淡く光り出していることに気付いた。
なんだと思っていたら突如、太い閃光が口から放たれた。
その光はキューブを一瞬で粉々に砕いて近くにいた七人衆を吹き飛ばし、さらには後方にそびえていた山を一瞬で火の海にした。
俺とシャオンは大量の水と共に流されながら地面に落ちた。
地面には七人衆が全員、口から泡を吹いた状態で失神していた。
少し器官に水が入ってしまった……
ゲホゲホとむせ返っているとシャオンが興奮気味に話しかけてきた。
「なんなんだっ今のとんでもない魔法はっ?今度僕にも教えろ!」
いや…出した本人が一番びっくりしてるし訳が分からなかったのだが……
「俺…口からなに出した……?」
「えっ?レーザーみたいな眩い光だったけど……」
……レーザー?
口からそんなもんが出る魔法なんて聞いたことがない。
それじゃあまるで……
……いや待てよ。
「あーっ!!そうか!俺、穴だらけでケツの穴にっ!!」
シャオンがなにを言ってんだという険しい顔付きで首を傾げた。
説明するより見せた方がてっとり早い。
持っていた小型のナイフを取り出して自分の腕を切りつけた。
「何やってんだツクモ!?」
「まあ見てみろって。」
腕の傷が治癒魔法をかけたわけでもないのに一瞬で塞がった。
シャオンが目を見開いてきょとんとしている。
「シャオン覚えてるだろ?俺がアルビラに体中穴だらけにされた状態でドラゴンの腹ん中に入っていったのを。多分そん時にドラゴンの体液を大量に体ん中に取り込んだんだ。」
そう…俺には今、あの魔獣最強と言われるドラゴンの力が使えるのだ。
ドラゴンの体液にこういう作用があるとは驚きだった。
「じゃあ…さっきツクモの口から出たのは?」
「ドラゴンの息吹だな。」
「じゃあ十字架刺されて死ななかったのも?」
「ドラゴンの超再生能力ってので復活したんだろうな。」
まあこんなチートな能力、体内にドラゴンの体液が留まっている期間限定なもんだろう。
「殺しても死なないなんて凄いぞツクモ!」
シャオンが俺の背中を叩いたら踏ん張りが効かなくてバッタリと倒れた。
凄まじい威力のドラゴンの息吹を放つだなんて…俺が持っている魔力の量を軽くボーダー超えしている。
今のですっかり魔力を使い果たしちまったようだ。
寝てるヒマなんかねえのに……
「地面に這いつくばっている姿、実にお似合いだな。」
この嫌味ったらしさ満載のゲスなくちっぷりは……
思った通り、俺達のすぐ上でまほろばが浮いていた。
顔がニンニクパウダーによって無惨に焼けただれている……
「肌荒れか?せっかくのイケメンが台無しだなあ。」
「おまえのそういう冗談、とても鼻に付く。」
まほろばはブリザスを唱え、身動きの取れない俺の体に氷の矢を何本も突き刺した。
この状況でのまほろばとの遭遇は非常に不味い……
俺もシャオンも、魔力が空っぽだ───────