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銀の十字架

ジョーカーはイカれた野郎だが馬鹿ではない。

度々突拍子もない言動をするから思慮しりょがないと思われているが、実際は逆だ。

とても用心深いし、重要なことについては吟味をした上で慎重に行動に移す……


魔女の手配書が配られてから、デマやら報酬目当てのでっち上げやらがたくさん本部へと上がってきた。

今回の洞窟の中に隠れているという魔女についても、ジョーカー自身は半分も信じてはいないだろう……


試しているのだ。

本物の魔女が現れた時のために、どのようにコマを動かせば確実に捉えられるのかを……

それでは困る。単なる訓練で終わらされては私の目的が達成出来ない。




「ヴァンパイアだと〜?」




高台に構えた本部の陣地でジョーカーが首をすくめた。

七人衆の内の一人、レッドが声高らかに発言する。


「はっ!背信行為を働いた団員は全て拘束。調べた結果、何人かに唇部分に古い傷跡有り。ヴァンパイアの特殊能力により操られていた可能性大です!」


これを聞いたジョーカーは剃りあげた頭をペシペシとリズム良く叩き始めた。

深く考えを巡らせる時の彼の癖だ。


きっとこう思っているはずだ─────────




コビーナ村に現れた魔女には髪がピンク色の男がベッタリとくっ付いていた。

それはそれはまるで姫を守る騎士ナイトのようだったとか。

これは本部でも限られた幹部だけが知っている機密情報だ。


杖で体をメッタ突きにされてもケロッと生きていただとか、50mもの巨大なドラゴンに爆弾抱えて突っ込んで行っただとか……

そんなクレイジーな奴が実在すんのかと疑っていたんだが、その男がヴァンパイアならば合点がいく。


ヴァンパイアは、銀の十字架を心臓に刺されない限り死なない。



おいおいおい…まさかまさか………

洞窟に居るのはモノホンの麗しき魔女か〜?




そう確信を得て必ず動き出す───────




「パープル、イエロー、インディゴ。それからっ…いやいい、俺が行く!」



ジョーカーは七人衆の内の三人を従えて本部へと向かった。


「まほろばさん。もう夜明けまで時間がないのに、総長はなぜ本部に戻ったんでしょうか?」

「さあね。なにせ彼はイカれてるから。」

そんなこと言っちゃまずいですよと言ってくるこいつは誰だったか……

まあ、覚える必要はないのだけれど。



全部…私の思い通りに事は進んでいる。










本部の地下には幾層にも封印魔法が張り巡らされた厳重警備な保管庫があった。

重々しい扉の前に立ち、その扉にかけられた最後の封印を四人ががりで解いた。

ジョーカーだけが中に足を踏み入れ、中央に置かれた重厚な箱に鍵を差し入れた。




「まさか俺の代でこれを使う日がくるとはな……」




中には紅く揺らめく玉が一つ……


怪しい光を放っていた─────……




















石灰岩体の内部に生じた洞窟は『鍾乳洞』と呼ばれ、地面に降った雨水が地下水となって地中にある石灰岩の隙間を溶食・浸食して形成されたものだ。

数万年という長い年月を経て作られたその空洞は、非常に複雑な構造を成している。


コウモリからの情報によれば入口から直線で200m進んだところに大きな空洞がある。

まずはそこに向かって行こう……

魔法で一気に飛んでいきたいところだが高低差の激しい洞窟では危険だ。

地道に足で進むしかなさそうだ。


「シャオン、そこ水が溜まってて滑るから気を付けろよ。」


……って、シャオンがいねえっ!!

足元の窪みを覗くと地下へと続く小さな竪穴があった。

まさかと思ったら穴の奥からシャオンの声が聞こえてきた。


「ツクモすまない…落ちてしまった。」

「あ〜…俺が行くまでそこでじっとしてろ。」


シャオンてたまに抜けてるとこあんだよな。まあそこが可愛かったりするんだけど……

この穴は俺には小さ過ぎて通れない。

石灰岩はもろいので穴を広げたら大規模な崩落を招きかねない。面倒くさいが回り道をするしかないようだ。

この下の空洞に繋がる道となると……

複雑な経路を思い浮かべながら考えていると、穴からバタバタと走り出す足音が聞こえた。


「おいっシャオン!そこに居ろって言っただろ?!」

「今っ向こうで、トムが見えたんだ!!」


はぁあっ?トムって……あのトム?!

なんでこんなとこに居んだよ…どう考えたっておかしいだろ!!

見間違いだと叫んだのだが、シャオンの足音はだんだんと遠のいて行く……

慌てて下へと通じる道をたどって降りたのだが、シャオンの姿は既になかった。

目の前には奥へと続く大小の洞窟が五つほど広がっている……


……どれに進んで行ったんだ……?

せめて目印くらい付けとけよ。



「……あんのっ猪突猛進野郎めっ!」



昨日からどんだけ俺に探さす気なんだ!!



















間違いない…間違えるはずがないっ……

僕はトムが消えていった方向を必死になって追いかけた。

顔が見えたのはほんの一瞬だったけれど、あれは確かにトムだった。

母を殺した憎き相手を、見間違えるはずがないっ……!



洞窟は下へ下へと延びていた。

進んでいくにつれて気温は下がっていき、寒さで吐く息が白くなってきた。


入り組んだ狭い空洞を抜けた先にあったのは広い空間だった。

幾つもの乳白色の鍾乳石が天井から垂れさがり、地面からもたけのこのように立ち上がっている。

天井や壁から垂れ落ちる水滴の音だけが冷たく響き、あちこちに水たまりが出来ていた……


空間の奥まった部分だけ、薄ぼんやりと明るく照らされていた。

その場所へと導かれるように進んでいくと、青く輝く水をたたえた幻想的な地底湖が広がっていた。



湖の真ん中で、人が宙に浮きながらたたずんでいる。

その姿に…あまりの衝撃で時が止まった─────




……どうして……?


そこには信じられない人がいた。


艶やかな長い髪を後ろでひとつに束ね、気高く聡明な面持ちの彼女は、凛とした目で湖面を見つめていた。





「お……母さん……?」





振り返った顔は紛れもなく…僕の母、リハンだった。


それ以上声を出すことが出来ず、ただ…呆然と立ち尽くした。





「久しぶりねシャオン……会いたかったわ。」





懐かしい母の声が心を揺さぶる……

それは何度も何度も思い浮かべた、柔らかくも芯の通った声だった。

どんなにもう一度、名前を呼んで欲しいと願っただろう……


夢でも幻でもなく、直ぐそこに、ずっとずっと会いたいと思っていた母がいるのだ。



「……死んだんじゃ…なかったの?」

「シャオンが見たのはトムの死体よ。魔法で私のように見せていたの。」


それはとても高度な魔法だが、母なら可能だろう。

遺体は酷く損傷していた。あそこまでの酷い状態にしたのは死体を上手く欺くためだったのだろうか……



母は水面を滑るようにして歩み寄って来た。

ふわりと漂うこの澄んだ香り…忘れかけていた母の匂いに目眩がしそうになった。


「どうして僕にまで嘘を付いていたの?」

「私と一緒だとどうしてもシャオンが魔女だとバレてしまう。魔女も死んだと思わせるには別々に暮らすしかなかったの。あなたのためなのよ?」


そう言って僕を愛おしそうに抱き締めた母の体温が、泣きたくなるほどに温かかった。



─────でも………



「ここでずっと暮らしていたの?魔女の振りをしたのはお母さんなの?」

「そうよ。魔女の目撃情報が上がって烈士団が魔女狩りに動き出したから…シャオンから目を逸らすために、ここで魔女の振りをして私が代わりに死ぬつもりだった。」




姿も声も仕草も、匂いも温かさも全てが母だった。

目からは涙が止めどなく溢れた。



こんな…こんなことがあるのだろうか……



僕は溢れる涙を拭いながら、強く抱き締めてくる母に向かってデンデを唱えた。

母の体は電流に貫かれて湖へと弾き飛ばされた。



「な、なにをするのシャオン?」

「なるほど良く出来たストーリーだ。つじつまも合っている。でももう、止めろ……」



────────ここに居るのは母じゃない。



「なにを言っているの?シャオン…私は……」

「その声で僕の名を呼ぶなっ!!」



母とは決定的に違う部分がある───────




「母ならどんな相手にも簡単に死ぬだなんて諦めたりしない!こんな洞窟でコソコソと隠れ住んだりもしない!なにより、幼かった僕を一人にするはずがない!!あの誰よりも気高かった母を侮辱するなっ!!」



僕の尊敬する母が……こんな恥じるような生き方を選ぶはずがない!!




そいつは小さく舌打ちをすると鋭いナイフを持って切りつけてきた。

どうやら化ける以外の戦闘能力は低いようだ。

僕がナイフを軽く避けると、体勢を崩して派手に転んだ。


「トムに化けていたのもおまえか?早く本性を現せ。正体はなんだっ?」

「うるさいわねえ!なんだって言いでしょ!!」


母の姿で醜く顔を歪ませて襲いかかってくるそいつに、再びデンデを食らわせた。



「目的はなんだ?他に仲間がいるのか?全部話せば命だけは助けてやる。」



殺す殺すと言いながら飛びかかってくる度に魔法を食らわせた。

そいつはボロボロの姿で地面に這いつくばると、腹を押さえて嘔吐した。

大好きな母を汚されているようで見るに堪えない。


もう…限界だ……



僕は巨大なフレアの魔法陣を出してそいつに向けて放った。




炎に包まれたその断末魔も……


母、そのものだった────────……





















洞窟でやっとシャオンを見つけた時、シャオンは青い地底湖のそばで自分の体を抱き締めるようにしながら座っていた。

その姿はまるで胎児のようで、とても…弱々しく見えた。



「シャオン…どした?なにがあった?」



後ろからその細い肩に手を回すと、シャオンは白い息を吐きながらゆっくりと顔を上げた。

泣いていたのだろうか……

長いまつ毛に、煌めく水の粒が幾つも付いていた。


「……僕が見たトムも偽魔女もこいつの仕業だった。」


冷たく透き通った湖の底で、動物の姿をした魔物が半分焼け焦げた状態で息絶えていた。

これは…化け狐だ。

化け狐の特殊能力は相手の記憶にある人物をそのままそっくりに見せれることだ。

でも化け狐の性格はとても温厚で大人しい。こんな悪さをしでかすような魔物ではない。


やはり、シャオンが言う通りまほろばが絡んでいるのか……


「とにかくここから出よう。」


大丈夫かとさえ聞くのをためらうほど、シャオンの心は深く沈みきっていた。

もうこれ以上シャオンに無理はさせられない。ここを出たら学校に戻ろう……

そう思って入ってきた入口から顔を出して愕然とした。

草木の少ない大地やゴツゴツした岩山、白み始めた空にも…見渡す限りの全てが烈士団員によって埋め尽くされていたからだ。




「ビ───ンゴ!!マージで出てきやがったあ!」



ジョーカーの場違いなはしゃぎ声が辺りに響いた。

……なんでここから出てくると分かったんだ?

よっぽどの確証がなければ全団員を引き連れて待ち構えているだなんて有り得ない……

まほろばの顔がピンと浮かんだ。

あいつなら鼻がきくから匂いをたどれば俺達の動きなんて筒抜けだ。

あっの野郎、告げ口はしないと言っていたのにっ…ふざけんじゃねえっ!!


頭に焼きつくような熱風を感じて見上げると、真っ赤にたぎる巨大な魔法陣が出現していた。

いつものフレアじゃない。火系の攻撃魔法の中では最強の…カエンマだ……!!



「今直ぐトムという男を連れてこい。でないとおまえにこれを落とす。」



ジョーカーを睨みつけるシャオンの瞳は紅蓮色に染まり、溢れ出た光が体を紅く包んだ。

フレアは火柱を主体とする攻撃だが、カエンマはマグマを主体としておりその威力は何百倍にも及ぶ……


「うっひゃ〜でっけえ!!こりゃとんでもねえなあ!」


ジョーカーはシャオンの要求をスルーし、空を見上げると花火を見るかのように興奮した。

その態度にシャオンは険しい表情をし、さらに魔法陣を巨大化させていく……

今までの比じゃない。体に痺れるような重圧がのしかかってくる……

信じられないほどもの凄い魔力の質量だ。


いったい洞窟で何があったんだ……?

さっきまでは意気消沈していたのに、今は怒りで正気を失っているとしか言いようがない。


魔女の圧倒的な魔力を目の辺りにして恐怖を感じた支部の団員が、我先にと逃げ始めた。

離脱を許さないジョーカーがすかさず攻撃魔法を放ち、何人かに制裁を加えた。



「シャオン止めろ。ここにいる全員が死ぬ。」



千年前に見た、思い出すだけでも身震いするあの紅く光る魔女が頭に浮かんだ。

ここにいるのはシャオンなのに…どうしても姿が重なってしまう……


シャオンが悲しげな目をして微笑んだ。





「……ツクモも、僕のことを恐れるんだな……」





……シャオン………?




「……いいんだ。どうせ僕は嫌われ者だ。」


「なに言ってんだシャオン、俺はっ……」



シャオンは小さな呻き声を上げると苦しそうに胸を抑えた。

服の上からでも胸にあるハートが真っ赤に燃えているのが分かる……

ハート型の印はシャオンが魔女である刻印のようなものだ。


カエンマの魔法陣が広がった空に、数えきれないほどの巨大な攻撃系の魔法陣が幾つも出現した。

いくらなんでもこんなの……魔女だからって出せる量じゃないっ。


地面が薄い氷のようにひび割れていき、洞窟のあった一帯が大きく崩れて大地が歪んだ。

空にいた団員が魔法陣から漏れる重力に耐えきれなくなって次々と地面へと落ちていく。

空気が煮えたぎる熱湯のように熱くなってきた……

シャオンの胸のハートはさらに大きく燃え広がり、紅い炎が竜巻のように渦を巻いて体から立ち昇り始めた。


こんなの明らかにおかしい……

これってもしかして、特殊魔法が発動してるんじゃないのか?



「シャオン止めろ!力を抑えるんだっ!!」

止めようとしたら近くの岩山まで弾き飛ばされてしまった。




「……ダメだツクモ……逃げてくれ!もうっ…抑えられないっ!!」




シャオンもどうしたら止めれるのか分からないのか……?!

助けたいのにっ……体にかかる圧が重すぎて一歩も動けないっ!!



このままじゃシャオンが死んじまうっ────!!










………────────────………









なんだ────────………?




辺りは何事もなかったように静まり返っていた。


夜明けの空にはオレンジ色に染まったひつじ雲が浮かんでいて、幾つもあった巨大な魔法陣は跡形もなく消滅していた。

あれだけ熱かった周りの空気もひんやりとした風が吹いている……

さっきまでの喧騒からガラリと世界が入れ替わったみたいだった。



シャオンのすぐ横にジョーカーが赤く揺らめく小さな玉を持って立っていた。

魔石……なのだろうか?

それは手の平にすっぽり収まるような小ささなのに、異様なまでの存在感を放っていた。



「これはこの島で発見された“魔女封じの玉”だ。」



ジョーカーは低くよく通る声でそう言うと得意げに笑った。

魔女封じの玉なんてもんが存在するなんてにわかには信じがたい……

でも実際にあれだけ暴走していたシャオンの魔法が嘘みたいに封じられている。

千年前…この島だけ魔女の凄まじい魔法の影響を受けなかったのはあの玉のおかげなのだろうか……


ジョーカーになにか秘策があるのだろうとは思ってはいたが、これだったのか───────



「この玉の前では魔女は魔力のないただの小娘にすぎん。つまり、こんな感じで魔法無しでもラク〜に捕まえることが可能になる。」



ジョーカーは逃げようとしたシャオンを羽交い締めにして捕まえた。




「やめろっ!シャオンに触るなっ!!」




ジョーカーへ飛び立とうとした瞬間、岩山の陰に潜んでいた七人衆の一人に背後から胸を刺された。



細胞一つ一つを握り潰されたような、狂うほどの苦辛が全身を襲った。





ウソ……だろ………?




……俺の心臓を貫き、胸からとび出ていたのは銀の十字架だった。







「ツクモ?!ツクモ!!」







シャオンが繰り返し俺の名前を呼ぶ声が聞こえる……


でも……喘ぐことさえ出来ずに地面に倒れた。






熱いのか冷たいのか痺れているのか息苦しいのか……

全ての感覚がめちゃくちゃになって体を蝕んでいく。






何度…このまま死ねたらと思っただろうか。

死ぬような目に合っても生きながらに耐えなければならない。

永遠に続く命が、永遠に続く孤独のように感じた。


里での居場所を失い逃げるように出てから四百年……

歳を取らない俺は正体がバレないように10年も経てば新しい町へとリセットしなければならなかった。


誰かを必要だなんて思わなかったし、誰からも必要とされないようにいい加減に生きてきた。



─────初めてだったんだ。


シャオンと出会って…この子と一緒に生きていきたい、幸せになりたいと真剣に願ったのは……




視界が暗くなり、体中の水分が抜けていく。




……約束したのに……


シャオンを残してどこかに行くようなこと、もう二度としないって……

ずっとシャオンの側にいると約束したのにっ……





もがいてももがいても

冷たい奈落の底に落とされていく───────……








──────……嫌だっ…………


シャオンと離れたくないっ……!!─────









俺の意識は


電気が消えるようにプツっと途切れた。


















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