すれ違い
やっと分かった気がした。
ばあさんほどの魔導師が、なぜあんな世界の端っこで東の門番という縛りのような役目をしているのか……
あの場所はばあさんにとって
自らに課した
牢獄なのだろう───────……
「はあ?まほろばといただと?」
「ああ。金髪で美人な兄ちゃんだろ?直ぐに店から出て二人で宿に行ったぞ。」
「まさか同じ部屋に泊まったんじゃねえだろうなっ?!」
「知らねえよそこまでは!おいっ首締めんな!!」
くそっ……なんでよりにもよって、まほろばなんかといるんだっ!!
俺が酷い嵐の中をシャオンを追ってこの港町に着いたのは朝だった。
あの火球目掛けて来たとすればこの町で足止めを食らって途方に暮れていると思ってたのに。
本部団員であるまほろばと一緒だったってことは、もう島に到着しているかも知れない……
なに考えてんだあのくそキザ野郎!!
「なあピンク頭の兄ちゃん。もしかして三角関係ってやつか?」
本部に行く前に連れ戻したかったっていうのに。
ああもう…サイアクだ……
「おいおっさん!本部に行く抜け道ってのはこの店のどこにあんだっ?!」
「地下だよ地下あ!首締めんなって言ってんだろ!!」
ドラゴンがうじゃうじゃと巣食っている境目を横切るのは危険だ。
本部に行く時はこのBARにある抜け道から行くのが正式なルートだ。
世界中にこの烈士団御用達の酒場はあるので、全団員が集まる緊急時には各店からそれぞれに本部へと通じる抜け道が繋がるらしい……
俺が抜け道を通って本部に着いた時、集結した全ての団員は本部大聖堂にあるホールへと集まっていた。
天井が抜けるほど高く、座席は前方にある舞台を囲むようにすり鉢状に置かれていた。
五万人は優に超えている……
全員世界中から集まった優秀な魔導師達だ。
魔物の血が半分流れる俺にとっては恐ろしい光景だ。
この中から早くシャオンを見つけ出さなければならない。
舞台上では顔まで覆った真っ黒な甲冑を着た七人が、異様な雰囲気を放ちながら整列していた。
背中のマントのカラーが七色に別れている。
あれがばあさんの言っていた七人衆か……
一人一人の実力もさることながら見事なまでのチームプレイを駆使して攻撃してくるので、くれぐれも戦わないようにと念押しされた。
シャオンを探して歩き回っていると、時間だから早く座れと怒鳴られた。
適当な席に座ると場内が暗くなり、トップの総長とみられる男がスポットライトを浴びながら現れた。
髪をツルツルに剃りあげてスタイリッシュなサングラスに細身のスーツを身にまとっていた。
魔導師というよりは実業家のように見える……
あれが四ヶ月前に若くして本部の総長にまで上り詰めた新世代のホープ……曲者ジョーカーか──────
ジョーカーがど真ん中にある玉座のような椅子に座ると、司会進行役の団員がマイクで話をし始めた。
「今日皆さんに集まってもらったのは通達でもお伝えした通り魔女狩りを行うためです。まずはご存知の方も多いと思いますが『三度目の審判』の教えと魔女についての関係を……」
「つまらんつまらんつまら────ん!!」
突如ジョーカーが足をバタバタさせながら駄々っ子のように叫んだ。
「なんだその説法みたいな語り口はあ!!これから祭りが始まるっつーのに、お・通・夜、かぁあ!!」
司会者からマイクをぶん取り、総長自らが熱弁を振るい始めた。
ばあさんから聞いていた以上のイカレた野郎だ。
「二千年前に魔女は自分に従順な人間にだけ魔力を与え逆らう者には〜……」
カッ!と大口を開けて首をかっ切る動作をした。
「死を与えた!!そして千年前!魔女は豊かだった土地を真っ二つに切り裂き、人間達の世界を半分奪ったあ。アホでも分かるよなあ?魔女とは極悪非道のとんでもない女なんだよお!!」
マフマディー教団の解釈とはまるで違う……
こんなの、烈士団が自分らの都合の良いようにねじ曲げた嘘話じゃねえか!
「次は魔女目撃情報!!」
ジョーカーがバーン!と言って壁を叩くと、世界地図が映し出された。
目撃情報があった場所は大陸の北に位置する洞窟の中で、今もそこで魔女は身を潜めているらしい。
どうやらバレたのはシャオンのことではなかったので一先ずホッとした。
暗くなったらその洞窟へと続く抜け道を通り、隙間なく取り囲むようにして待機。
夜明けと共に一気に攻め込むという手筈のようだ。
「いいかてめえら…魔女が出てきたその持ち場にいる支部は死ぬ気で頑張れよ?俺が行くまで決───して逃がすなあ?」
そこにいるのは偽物の魔女だ。
でも烈士団は本物だと思っているから何が何でも捉えたいはず……
なのにこんな人海戦術のみの幼稚な策で、凄まじい魔力を持つ魔女を捕まえられると本気で思っているのだろうか?
捕まえるのも総長自らとは。
なにか…隠している秘策がありそうだな……
「あー……ここからは機密情報だったんだが……特別にお話しよう。」
勢いよく喚いていたジョーカーが急にかしこまり出した。
「16年前、リハンという優秀な魔導師が本部にいたんだ。」
リハン……?
なんでここでシャオンの母親の話なんかするんだ?
「これは幹部のみのオフレコなんだが、リハンとはあのクィーン魔導師の長女だ。そしてこれもオフレコなんだが、魔女の宿主となり亡くなったのは次女のアイリスだった……」
オフレコとか言いながら思いっきり喋りまくってんじゃねえか。
なにわざとらしく嘘泣きまでしてんだ、このハゲ……
「リハンは悲運にも産まれたばかりの魔女に操られ、自分を連れ去る道具として利用された。しかしそれも利用価値がなくなれば魔女によって始末される。10年前、リハンは魔女によって殺され無残な姿となって発見された。」
元総長だったばあさんを可哀想にと嘆く声があちこちから聞こえてきた。
三剣士が全員現役でいた頃の烈士団はまさに黄金期だった。
特にばあさんは、強さやカリスマ性において他の二人とは群を抜いていた。
表舞台には立たなくなり16年経った今でも、完全復活を望む声は根強いのだ。
「二人の娘が魔女によって殺されたあ!このクィーン魔導師の無念の思いをっ……我々が代わりに報いるのだ!わかったかあ!!」
ハゲの後ろの壁が巨大なスクリーンとなって眩く光る……
そこには、リハンの変わり果てた姿を前に涙を流すクィーン魔導師の姿が映し出されていた。
こいつ───────……
一瞬静まり返った後、怒涛のような鼓舞が沸き上がった。
─────ばあさんの人望を利用しやがった……
目を背けたくなるような悲惨な死体だ。
これを…これを今シャオンは見ているのか?!
団員達が総長に向かって血気の大声援を送る中、ホール横の扉からそっと出ていく本部の戦闘服を着た人物が見えた。
シャオンだった…………
急いであとを追うと、シャオンはバルコニーの縁にぼんやりと座っていた。
「……魔女とはとんでもない生き物なんだな。命を狙われるわけだ……」
「あんなもん真に受けんな。全部デタラメだ。」
とはいえ烈士団の連中は今の話を信じきっている。一刻も早くここから脱出しないと……
シャオンは消え入りそうなため息を付いた。
「母も僕を嫌って当然か……」
「それ…マジで言ってんのか?おまえがリハンのことを信じてやらないでどうすんだ!」
「僕だって記憶があれは極悪非道な魔女だったかも知れない!母もそれを恐れて僕から記憶を消したんじゃないのか?!」
「違う!!リハンはシャオンのことがっ……」
シャオンが特殊能力を使うことで命を落として欲しくなかったからだ。
でも…それを説明するとなると全部シャオンに話さなければならなくなってくる。
今の動揺しているシャオンに、全ての真実を知ることは余りにも酷過ぎる……
「……大丈夫だから戻ろう。シャオン……」
そう言って差し出した手をシャオンは拒絶した。
「ツクモ……僕にまだなにか隠してるだろ?」
「隠してない。ここは危険だから戻ろうって言ってんだ。」
手を掴んで無理やりに引っ張った。
このっ…頑固もんが!今回ばかりは俺の言うことを聞いてもらうからな!!
「なにか言いかけたよな?……なんで話してくれないんだ?」
「とにかくここは危険だ!文句なら帰ってからいくらでも聞いてやるから帰るぞ!!」
「嫌だっ!トムを見つけるまでは帰らないっ!!」
「トムトムト厶ってうるせえな!そんな奴とっくに死んでるかも知れねえだろ!!」
シャオンの体からピリっと電流が流れるのを感じて咄嗟に避けた。
危なかった…デンデを食らうとこだった。
「そう何度も何度も同じ手をっ……」
シャオンを見てしまったと思った。
「……なんでそんな酷いことを言うんだ……」
……シャオンの瞳からは涙が零れ落ちていた。
俺…今シャオンになんてことを言っちまったんだ……
シャオンが幼い頃からずっと母の敵討ちをするためにどんなに辛い思いをしてきたのか分かっていたはずなのに。
なのに死んでるだなんて……
それは決して言ってはいけない言葉だった。
「ごめっ…シャオンっ……」
「……もういい。僕一人でやる……」
近付こうとした俺にシャオンは束縛魔法のチェーンを唱えた。
「ツクモなんか…大っ嫌いだ!!」
シャオンはバルコニーから生い茂った森へと飛んでいってしまった。
すぐにでも追いかけなきゃいけないのに……
シャオンが消えていった先を見つめることしか出来なかった。
またシャオンを深く傷付けてしまった。
昨日からなにやってんだ俺はっ………!!
てかなんなんだこの丸太みたいに太い鎖わ!
せめてロープぐらいの細さにしろよっ可愛げがねえなっ!!
「痴話喧嘩?」
背後から声がした。
何百年も一緒に過ごしていた聞き覚えのある声に、それが誰なのかは振り向かなくても直ぐに分かった。
「ツクモが一人に執着してるなんて珍しいな。女関係はいつも派手でいい加減だったのに。」
「てめえは相変わらずだな…久しぶりに会ったてのに早速嫌味か。」
俺の兄、まほろばが涼しげに微笑んで立っていた。
四百年前と何一つ変わらないスカした笑顔だ。
「久しぶりではないだろ?白雪姫の時、君は木の上から私を見ていた。」
こいつは昔から鼻が利く。この野郎……あん時俺に気付いてたくせに無視したのかよ。
「あの子うまく化けてるね。魔女が男として生きてるだなんて、誰も考えつかない。」
「てめえ……!」
シャオンが魔女だと分かっててこんなとこに連れてきやがったのか。
一体なにが目的なんだっ……?
「彼女が来たいと言ったから協力しただけだ。告げ口をするならとっくにしている。私が人間に有利な情報を流す訳が無い。君なら一番よく知っているだろう?」
確かにまほろばは人間をゴミの様に嫌っていた。
ヴァンパイアは一年に一度人間の血を吸わないと年を取って死んでしまう。
血を吸う量は少しもらう程度で十分なのに、こいつは一滴残らず吸い尽くし、相手を死に至らしめて笑うような奴だった。
半分人間の血が混じってる俺も何かにつけて死ぬような目に合わされた。
今思い出しても腹が立つ!
「じゃあなんで今は烈士団になんか入ってんだ。里はどうした?」
「そんなこと、里を出ていった君にはもう興味もないだろ?」
俺だって好きで出ていったわけじゃない……
数いる息子の中で、長であった親父が自分の跡継ぎにと選んだのが俺とまほろばだった。
里のみんなが2つに分かれ、まほろば側についた里の人達が俺に人間の血が流れていることに嫌悪感を抱いていたことを初めて知り、何もかもに嫌気がさしたのだ。
「どうせ俺がいなくなってせいせいしてたんだろ?」
「当たり前だろ。半分人間の分際で私と対等の立場だなんておこがましすぎる。」
相も変わらず涼しい顔をして俺の事を蔑む……
こんな奴と話してる場合じゃない。
体に巻きついていたチェーンをようやく切り取り、シャオンを追いかけようとしたら……
「里はなくなったよ。」
耳に入ってきた言葉に頭が真っ白になった。
信じられない気持ちでまほろばを振り返った。
「今から12年前だ。里は全滅。親父も死んだ。」
あの親父が死んだだって……?!
親父は三千年生きていた。
他の種族の魔物でさえ権威を払う、とても偉大な魔物の中の王だった。
「なんでだ?!ありえねぇっ…誰に殺られた?!」
「わからない……私はその時里にはいなかった。帰るとみんな死んでいた。女や子供も、全員だ。」
里で気ままに生活していた頃の思い出が頭を駆け巡った。
嘘だと思いたい……
でも実際にまほろばはここにいる。
里が存在するなら人間嫌いのまほろばがこんなところにいるはずがないのだ。
「親父は…寝込みを襲われたのか、銀の十字架がベットに突き刺さっていたよ。体はもう風化してしまったあとだった。」
まほろばは胸のポケットから親父がいつも身に付けていたブローチを取り出し、俺に投げ渡した。
それはヴァンパイアの長だけが持つことが許される一族の宝だった。
「親父はツクモが里を出てから次の長はツクモだと言って誰にも席を譲らなかった。気に食わなかったがね。でも私も死んだ親父に敬意を称してそれに従うことにするよ。」
出ていった俺が長だって……?!
親父の奴……なに考えてんだ。
「……まさかおまえが烈士団にいる理由って?」
「まあね。でもまだなにも掴めてない。」
里を襲ったのは烈士団以外考えられない。
まほろばには親父と里のみんなの敵を討つなどという義理人情は持ち合わせていない。
でも誰よりもヴァンパイアとしての誇りをもっていた。
その誇りを汚された相手を討つために烈士団にいるのだとすれば、納得がいった。
「これはおまえが持ってろ。」
俺はブローチをまほろばに突き返した。
里を捨てた自分にはもらう権利などないように思えたからだ。
俺はシャオンが消えていった方向に向かって勢いよく飛んだ。
無理やりにでも連れて帰る。
それで俺を恨んで離れていっても構わない。
シャオンが生きてさえいれば
それだけで、いいんだ───────……