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マフマディー教団

寮の部屋で目を覚ますとシャオンとココアの姿はなかった。

俺を置いて学校に行ったのか……すっかり寝坊をしてしまった。

結局、魔法陣を書き終わったのは明け方だった。

なんでボンボンなんかと一晩過ごさなきゃなんねえんだ。

あの野郎……ちょいちょいムカつくこと言いやがるから無駄に時間がかかっちまった。

まだ治まらない腹の虫を落ち着かせるために煙草を取り出し一服した。

どうせ今から行っても一限目は間に合わない。ゆっくり準備をしよう。


そう言えば俺…肺に穴が空いて無かったっけ……?


服を脱いで鏡に背中を映すと傷一つない綺麗な状態だった。

ヴァンパイアの自然治癒は早い方だが、それでも内蔵まで達した傷が一晩で治ることはない。

あの時息苦しさを感じたのは一瞬だった。

塩酸が肺まで溶かしたと思ったんだが、単なる勘違いだったか……



着替え終えて二限目からの授業に向かおうとドアに手をかけた瞬間、首根っこを引っ張られて体が宙に浮いた。


「おわっ!なんだっ?!」


ジタバタと抵抗するも部屋の窓から外に出され、あっという間に空高くに舞い上がった。

そしてそのまま遥か上空にある窓から校舎内へと引っ張りこまれ、受け身もなしに部屋の床へと落とされた。




「ツクモ!!あなたは一体なにをやっているの?!」




痛って〜……って、ばあさん?

いつも柔和で理性的なのに、般若のごとく怒っている。


「なんだよいきなり!!」

「あなたはシャオンを守ると言っていたでしょ!!なのにわざわざ危険に晒してどうするのっ!!」


危険て…昨日の肝試しのことか?

シャオンにケガはさせてないし、人喰い屋敷なんて大食いなだけで魔物の世界では下の下のレベルだ。

俺が大袈裟だと抗議すると、ばあさんは机から一枚の紙を取り出して見せてきた。



「先週世界中の支部に本部から配られた手配書よ。わかる?今、全団員が、血眼になってシャオンを探しているの!」




その手配書には魔女のことが書かれていた。


16年前に産まれ、連れ去られし魔女。

死んだとみなされていたがしぶとく生きながらえていた。

見つけし者には賞金を奉ずる。と─────



なんて金額だ……

小さな国だったら国家予算に匹敵するような額だ。

今まで烈士団が手配書を配って危険な魔物を捕らえようとしたことは何度もあった。

でもシャオンはなにも悪いことなんてしていない……


「いいツクモ?見つかれば魔女狩りよ。もうシャオンを学校の外に出すようなことはしないでちょうだい。」

「魔女狩りって……なんだよそれ?」


「シャオンは私達にとって重要な存在なの。」

「だからなんでだよ?!」


唯一無二の存在ってだけで、なんでここまで魔女一人に対して躍起になるんだ?

言いようのない不安に目の前が真っ暗になっていく……



「ばあさん頼む…何が起こってるのか俺にも説明してくれっ。」



俺の知らないところでシャオンに危機が迫っている。

もしシャオンを失うことになったら……

そんなのは絶対に嫌だっ……!

もう一度頭を下げて頼むと、ばあさんは首を左右に振って目を伏せた。

組んだ腕を震わせながら、じっと何かを考えたあと…やっと、その重たい口を開いた。





「……マフマディー教団。」





─────マフマディー教団……?


確か何年か前に信者だった女子供も巻き込んで、何百人もが集団自殺をして世界を震え上がらせたカルト教団だ……



「私があなたに言えることはここまでよ。あとは自分で調べなさい。勘のいいあなたなら分かるでしょ……」





そんなのがシャオンに関係してるっていうのか?






















『三度目の審判』





どこの誰が言い出したかは定かではない。


古くから伝わるこの神話を、多くの学者や教団の教祖達が独自の解釈を混じえていた。

これは悪魔降臨の話だの人類滅亡の予言だのと、大抵はくだらないことをのたまわっていた。



でもマフマディー教団の解釈は違っていた。


人々を助ける親愛なる神。

人々に利用された悲哀の神。

人々を信じ続けた慈しみ深き神……


世間から弾劾された反社会的な狂気的カルト教団の教えとは思えない、清らかな信仰心だった。



そして……


その神とはどうやら千年ごとにこの地に降り立つらしい。




魔女も、千年に一度産まれてくる───────





シャオンがドラゴンと本気で戦った時……

俺は紅く浮かび上がるシャオンの姿に逆立つような恐怖を感じた。


今思えば、俺がまだ生まれて間もない頃の記憶がそうさせたのだ。

地面が大きく揺らいだあの日……

ひとつだった大陸が真っ二つに引き裂かれ、その間には永遠に荒れ狂う海が横たわった。

当時俺はまだ二歳だったが遠くで紅く光る空を見た。

その灯りはとても綺麗で…残酷で……

胸の奥底に消えることのない恐怖を刻んだのだ。


あれは天変地異なんかじゃなかったんだ。




千年前に世界を二つに切り裂いた神。


二千年前に魔力を人間に与えた神。




恐らく、ここに書かれた神とは──────





「……マジかよ……」



あまりにもスケールのデカすぎる話に頭がついていけてない。

一息ついて気持ちを落ち着かせてから再び本に目を通した。




魔法は未来永劫に続くものではない…か………


人間の魔力はここ50年ほどで急激に弱まってきている。

なぜ人間だけが弱まっているのか疑問だったのだが、それが元々魔法で与えられた力なのだとしたら合点がいく。

魔法が解けてきているのだ。


だとすればいづれは境目も……

最近、歪みが世界のあちこちに出来ているのはその前兆なのかも知れない。

もし境目が消滅し、あちらの世界の魔物がなだれ込んでくる事態となったら……

今の弱りきった人間なんてあっという間に食い殺される。


烈士団が躍起になって魔女を探すわけだ……





気になる文面がある。



愚かな人間共はその亡骸から血を抜き取り

この身を投げうる価値のある世界



ここから読み解けることは魔女が死んだという事実だ。

もしかすると大きな力を発動する対価は自分自身の命ではないのだろうか。

そしてこれこそが……魔女の持つ特殊能力なんだ。



魔女は人間の傲慢な願いを叶えるために、二度も命を落としたんだ……





魔物は自分が何者であるかを本能的に理解している。

種族ごとによって違うが、生まれながらに使える魔法だってある。

血の中に宿る魔力の記憶とでも言うのだろうか……


魔女の魔力は他を逸脱している。

魔女は本来ならば生まれながらにどんな魔法でも自由に扱える。


でもシャオンは魔女である記憶を失っている……

今のシャオンにこの特殊能力が使えるとはとても思えない。





……シャオンの記憶を消したのはリハンだろう。




その目的はきっと、ただ純粋に……


シャオンを守りたかっただけなんだ───────









「ツクモが図書室にいるなんて珍しいな。」





俺のことを間近で見下ろすシャオンと目が合った。

開けっぴろげになっていたマフマディー教団の聖書や資料を慌てて隠すと、シャオンがシラケた目で見てきた。

ちょっと待て。そっち系の本じゃねえぞ?


「シャオンはまたなにか調べものか?」


シャオンはツクモの分だと言って今日もらったプリントをくれた。

見ると希望職種と書かれていた。

魔法学校に入ってもう一年と二ヶ月が過ぎた。

二年生の後期になるとそれぞれが選ぶ進路によって選択科目が違ってくる。

まず自分が何の職業に就きたいかを書いて提出しなければならないと言うのだが……

今まで数々の職業をこなしてきた俺に今さらこんなもんを書けというのか?


「仕事と魔法がどう関係してくるのかが良く分からないんだ。」


悩んでいるシャオンにざっとだが説明してあげた。

例えば攻撃魔法なら警察やSP、警備員といった職種はもちろん、テーマパークや演芸舞台等の演出にも重宝される。

治癒魔法が得意なら医者、飛行魔法が得意なら運び屋等…魔法が出来れば就職にはかなり有利だし稼ぎも良いのた。



「シャオンて…ここを卒業した将来のこととか考えてるのか?」

「一応出すだけだ。僕が何よりも優先すべきことは母のことなのはこの先も変わらない。」


だったら適当に書いて出せばいいのに。

一応という割りにはきちんと調べるところがシャオンらしいっちゃらしいのだが……


─────いや、違うか………


シャオンは母の敵討ちのことだけを考えてこの学校に入学してきた。

でも…この学校で色んなことを知った。

シャオンは憧れているんだ。

普通の生活ってのに──────



ばあさんが言うように学校にいる間はまずシャオンが魔女だと烈士団の本部に知られるようなことはないだろう。

でもその先は……

またシャオンは昔のように隠れながら暮らさなければならないのだろうか。

守ってくれたリハンはもう…いないのに……



あーでもないこーでもないと未来の自分に思いをめぐらすシャオンがとてもいじらしく思えてきた。




「シャオンの将来は決まってんだろ?」




俺はシャオンの紙にデカデカと“ツクモのお嫁さん”と書いてやった。


「なっ…なにを勝手に書いてんだ!!」

「じゃあ俺は金稼げる職業でも目指すかな。奥さんを楽さしてやらないといけねえからな。」


「ふざけたことばっかり言ってんじゃないっ!!」

「別にふざけてなんかない。大真面目だ。」



シャオンの将来を誰にも邪魔させたりなんかしない。




俺が必ずシャオンに見せてやる。


この先の、広い世界を──────……







「……ツクモどうした?なにか変だぞ?」




感傷的になりすぎた。これではシャオンに不審に思われてしまう。


「シャオン…実は……」


神妙な顔をして人差し指でちょいちょいと呼ぶと、シャオンは何事かと耳をそっと傾けてきた。

無防備なシャオンの頬にチュっとしてやった。



「ツクモ!!貴っ様あっ!!!」


「じゃあな。未来の嫁さん。」






シャオンに隠し事なんてしたくはないけれど……



俺は世界がどうなろうが知ったこっちゃない。

この先この世が地獄になろうが自業自得だとさえ思う。

でもシャオンは違うだろう……





こんな事実


シャオンは知らない方がいい……──────


















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