お化け屋敷
俺達…クラスメイトの有志達は、町外れにある古びた館の前にいた。
もう何十年も人が住まずに放置されたその建物は、想像以上の不気味なたたずまいだった。
周りの空気が冷たくて寒気がする……
なにが現れても不思議じゃないこの館で、これから肝試しにチャレンジするのだ。
なぜこんなことになったのかと言うと──────
「ルルちゃんにはその荷物重いだろ?僕が持つから貸してごらん。」
「ありがとうココア君。」
「ルルちゃん、そこに段差があるから気を付けて。僕の腕に掴まるといいよ。」
「ありがとうココア君。」
「だめだめルルちゃん!ここはこの僕がっ……」
「ありがとうココア君♡」
ココアがすっげえイケメンに見える……
やっぱココアも男だったんだな。
手紙を渡したのはルルちゃんなのに、ココアの方がデレッデレだ。
でもまだあの二人は付き合ってるという訳ではない。
「ココアは今日もルルちゃんとお昼か?」
「……なんだよシャオン。俺と二人っきりじゃ不満か?」
別にと言いながらシャオンは少し拗ねたような顔になった。
ココアを取られたような気がして寂しいのだろう。
まあメシくらい四人で食べようと誘ってもいいのだけれど……
今は付き合うか付き合わないかっていう微妙で一番楽しい時期だ。邪魔しちゃ悪い。
「なんならクラスの女子でも誘うか?シャオンが声掛けりゃわんさか寄ってくるだろ。」
「……それはいい。女の子のキャピキャピとした雰囲気は苦手なんだ。」
シャオンだって女の子だろうがよ……
ココアもさっさとくっつきゃいいのに、なに返事を先送りにしてるんだか……
ルルちゃんはクラスで一番背の低い女の子だ。
と言ってもココアよりは少しだけ高い。
きっとココアはそれを気にしているんだろう…手紙をもらった翌日からシークレットブーツを履いて身長を誤魔化している。
はたから見たら微笑ましいくらいにお似合いなカップルなんだけどな……
そんな遠くにいる二人を見守りながらシャオンとお昼を食べていると、ボンボンが取り巻きを引き連れて近付いていくのが見えた。
そう言えば二年になってクラスの委員長を新しく選ぶ時、ボンボンは早々に立候補をした。
女子からも委員は一人選ばなければならなかったのだが、みんなボンボンとはやりたくないもんだからなかなか決まらずにいた。
そんな中、ルルちゃんはじゃあ私がと引き受けたのだ。
大人しいけれど、芯のある優しい子なのだ。
そんなルルちゃんにボンボンは自分に気があるのだと勘違いし、満更でもなかったようで惚れたっぽかった。
単純な奴だ。
「ツクモ……ボンボンは二人になにを話してるんだ?」
「まあろくなことじゃないだろうよ。」
気になるので近くにある草むらまで行って聞き耳を立てることにした。
「じゃあ二人は参加ってことでいいね?言っとくけど結構本格的な肝試しなんだけど……お子ちゃまなココア君は本当に大丈夫かい?」
「はあ?そんな楽しそうなイベントなら参加するに決まってるだろ!」
「怖いんだったら途中棄権してもいいからね。ココア君は肝っ玉も小さそうだから心配だな~。」
「ボンボンこそビビって真っ先に逃げんなよ?!」
ボンボンはやたらと突っかかるような言い方をしていた。
取り巻き達にまでチビチービと言わせて煽っている……
相思相愛だと信じて疑わなかったルルちゃんを取られて僻んでいるとしか思えない。
「じゃあこないだの壁をすり抜ける魔具を持ってきてもらっていいかな?場所が学校の外なんだ。」
「それくらいお安い御用さ!」
ココアはやる気満々なようだけれど、ボンボンは平気で卑怯な手を使う……
なにか企んでいることは間違いない。
放課後になり、廊下を急ぐココアを呼び止めた。
「肝試しは行かない方がいいんじゃないか?嫌な予感がする。」
「売られた喧嘩は男なら買わないと。ボンボンなんか返り討ちにしてやるしっ!」
ボンボンの挑発にのせられてココアはすっかり頭にきているようだった。
これはもう止められない。俺も肝試しに付き合うしかなさそうだ。
ココアは校舎も寮も通り過ぎて人気のない場所にある建物の前まで来るとノックをした。
研究所と書かれているけれど、こんなのいつ出来たんだ?
不審に思いながらもココアに付いて中に入ると、そこには奇抜な格好をしたあの人物がいた。
「ティ兄ループ君ある?ちょっと貸して欲しいんだけど。」
なっ、なんでティーチ博士がいるんだ?!
部屋には荷物の詰まった大量のダンボール箱が積み重なっていた。
まさかここに引っ越してきたのか?学校の敷地内に??
「誰かと思えばツクモ君も一緒じゃないですか〜。ありますよっ進化版!今度のはどんな魔法も完全に潜り抜けられますよ〜って…どこに入れたかな?」
まさか魔女であるシャオンを調べるめに潜り込んだんじゃないだろうな……
非常識なこいつなら十分有り得る話だ。
「やだなあツクモ君、そんな怖い顔しないで下さい。テンチムさんからある魔具を創って欲しいと依頼されてこの学校に招かれたんですよ〜。」
あの凄腕のばあさんが魔具なんかをわざわざ依頼する必要があんのか?
しかもこんな胡散臭い野郎に……
「……魔具って何の?」
「それは秘密です。」
ティーチ博士は鼻歌をうたいながら例の四次元鞄から次々と段ボール箱を取り出していた。
どんだけ入るんだこの鞄は……
足元に開いていた段ボール箱に目をやると、ラベルにドラゴンと書かれた小瓶が大量に詰まっていた。
「ああそれですか?こないだのドラゴンの体液を採取したんですよ。治癒薬としての効果はバツグンだし、なによりその持続効果たるやいなや……」
ティーチ博士の口からぐっふふーと下品な笑い声が漏れた。
きっと高値で売りさばくつもりなんだろう。
あのドラゴン騒ぎはこいつが起こしたようなもんなのに……ちゃっかりしてやがる。
ココアは段ボール箱の山からやっとループ君を見つけ出した。
「じゃあこれ借りてくね。今晩みんなで肝試しに行くんだ。」
「肝試し?それはおもしろそうですね。」
ティーチ博士はニヤリと笑うと鞄から巾着袋を取り出してココアに投げ渡した。
「私のオススメ捕獲セットです。それで是非幽霊をとっ捕まえて来てくださいね。」
こいつ……
幽霊まで研究材料にするつもりなのか……?
この館では昔裕福な商人が住んでいたのだが恨みを買ってしまい家族と共に斬首された。
自分のなのか家族のなのか……
その切り落とされた首を求めてさ迷う血塗れの霊が頻繁に目撃されているのだという……
ボンボンの怪談話が本当かどうかは別として、メタリカーナ国では知らない人はいないほどの有名な心霊スポットらしく、肝試しに訪れた何人もが行方不明にもなっているらしい。
なので参加した生徒は俺達やボンボンを入れても15人ほどしかいなかった。
「じゃあみんな懐中電灯は持ったね?では、いざ行かん!」
場違いに張り切るボンボンを先頭に、二列に並んで館へと潜入を開始した。
ココアはルルちゃんの手を握り、守るからねと小声で声をかけた。
うん。とはにかみながらもピッタリと体をくっつけてきたルルちゃんに、ココアの頬が赤くなる……
絵に描いたような初々しさだ。
「……ツクモ、幽霊も本当はいるのか?」
シャオンが真剣な顔をしながら尋ねてきた。
幽霊ねえ…千年生きているけれど見たことはない。見えていたとしても俺が気にもとめてないからかもしれんが……
生きてる奴らの方がよっぽどシャレにならんことをする。
「さあな。死後の世界は専門外だ。」
館の中は天井や壁が剥がれ、木の床も所々抜け落ちた見事なまでの廃墟だった。
月の光も届かない室内では各自が持つ小さな懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
足を踏み外さないよう慎重に奥へと進んだ。
夜型であるヴァンパイアは夜目がきくから暗くてもある程度は見えるが、シャオンはどうなんだろう。
シャオンの苦手な蜘蛛の巣があちこちにあるんだが、こんなのが顔に張り付いたらまた卒倒するんじゃなかろうか……
確かめようとしたらどこからか聞こえてくるミシミシという音にみんながザワつき始めた。
「落ち着いて!きっと風で建物が軋んでるだけさ。」
ボンボンが頼もしくみんなを静まらせた。
進んでいくほどに湿気がこもり、生暖かい空気に包まれ出した。なんだか酸味を帯びた酸っぱい匂いまでしてきた。
否が応でも緊張感が高まって行く……
ボンボンにいつも金魚の糞みたいにくっ付いている取り巻き達三人が肝試しに参加していないのは不自然だ。
どこかに隠れて俺達を脅かすために待ち構えているのだろう……
これからどんな茶番で楽しませてくれるんだろうか。
白々しく思っているとシャオンが俺の服の袖を引っ張ってきた。
「どしたシャオン?」
「……こういうのは苦手なんだ。」
えっ、苦手って……?
そっか…ココアが心配だから僕も肝試しに付いていくとシャオンが言った時、ちょっと顔が引きつってるように見えたのはそういう訳だったのか……
「シャオンてお化けが怖いのか?」
「べ、別に怖いとかではないけど……」
かなり声が上ずっているんだが。
わざとその場にシャオンを置いていこうとしたら腕をギュッと掴んできた。
その慌てっぷりに吹きそうになってしまった。
「怖いんだろ?手え繋ぐ?」
「う…うん。」
シャオンのこういうたまに見せる女の子っぽいところがたまらなく可愛い。
俺はシャオンの指を絡ませながら手を握った。
「おいっツクモ、なんだこの繋ぎ方はっ?!」
「恋人繋ぎってやつなんだけど。シャオンちゃんには初体験だったかな?」
面白いのでからかってやるとシャオンは振りほどこうとしてきた。誰が離してやるもんか。
「大丈夫、大丈夫。こんだけ暗けりゃみんなからは見えないって。」
「そういう問題じゃない!!」
突然、全ての懐中電灯の明かりが消えた。
いきなりの完全な真っ暗闇に、あちこちから悲鳴が上がって一気にパニック状態となった。
この懐中電灯はボンボンが用意していて全員に一個ずつ配ったものだ……
予めこうなるように仕組んでいたに違いない。
「みみみみんな大変だあ!あれを見よ〜!」
先頭にいたボンボンがわざとらしく声を上げた。
ボンボンが指差す天井には、首のない幽霊がボワッと浮かび上がっていた。
リアルに出来てはいるが、俺にはマネキンを釣竿にぶら下げて下からライトで照らしている取り巻き達がまる見えだった。
ボンボンに金で手懐けられているとはいえ、あいつらもよくやるよな。
「みんな安心をば!あんな幽霊など僕が魔法で退治してみせよ……」
ここからがボンボンの見せ場だったのだろうが、逃げ惑う人波に押されてすっ転んで踏まれまくった。
まあ、そうなるわな。
しかしみんな好き勝手に離れていったけれど、迷子になるんじゃないだろうか……
「くそっ……ルルちゃんはどこ行った?!おい、追いかけるぞ!やり直しだっ!!」
ボンボンは取り巻き達を引き連れてココアとルルちゃんが逃げていった方に走っていった。
俺もあとを追おうとしたら、座り込んでいるシャオンに繋いでいた手を引っ張られた。
「シャオン急げ!追っかけるぞ!」
「無理だ…腰が抜けたかも知れない……」
どんだけ怖がってんだよ……
シャオンを立たせようと暗闇に手を伸ばした。
「ちょっ…どこ触ってんだツクモ!」
「悪ぃ。暗くて良く見えねえんだ。」
うん悪ぃ。本当はバッチリ見えててわざとだ。
「シャオンて夜目きかないのか?」
「……意識したら見えるけど、ここでは見たくない。」
いや、見ろよ!
一歩も動きそうにないシャオンを持ち上げてお姫様抱っこをした。
「ツクモ!さっきから僕を女の子扱いするのは止めろっ!」
「暴れたら置いてくぞ?しっかり掴まってろ。」
俺にとっちゃシャオンはいつだって手間のかかる可愛らしい女の子だっつうの。
シャオンを抱えながらココアの消えて行った方へと急いだ。