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夢の続き


─────あの日の夜……



家に初めてお客様が尋ねてきた。

その男の人は母の古くからの知り合いらしく、二人は楽しそうにお喋りをしていた。

いつも厳しい母があんな風に声を上げて笑うところを見たのは初めてだった。

私も嬉しくなってきて、胸がポカポカと温かくなった。



なのに────……


男が出した白いハンカチに刺繍された欠けた星の印を見たとたん、母の顔色が変わった。

シャオンはもう寝なさいと、追い出されるように部屋から出された。




「リハン…君のやってることは間違ってる。今ならまだやり直せる。こちらで全て処理するから、あの子を私達に差し出すんだ。」


「トム止めて…シャオンには普通の子と同じように過ごして欲しいの。あの子をあいつらの好きなようにはさせない…絶対に。」




ドアの隙間から聞こえる二人のピリピリとした声に、怖くなってきた私は自分の部屋のベッドに潜り込んだ。





どれくらい時間が経ったのだろう……

いつの間にか寝てしまっていると、空気を切り裂くような鋭い音と爆発音が聞こえてきた。

部屋のドアが勢い良く開いて母が飛び込んできた。

とても慌てている母を見て私は目を疑った。


母は血まみれで……

右腕が無くなっていたからだ。



「迂闊だったわ。」



母は舌打ちをすると残った手で私を引き寄せて天井を突き破り、真っ暗な外へと飛び出した。

猛スピードで森の中を駆け抜けると、崖の中腹にある大きな岩の窪みに私を下ろした。

そこに母は魔法で秘密の抜け道を創った。

中にあるトンネルをくぐっていけば遠くの場所まで歩いて行けるのだという。


「前に住んでいた場所に通じてるわ。このトンネルは一時間しかもたないから、シャオンは先に向かいなさい。」


そう言って立ち去ろうとした母の腰にしがみついた。

怖かった……

このまま、母に会えない気がしたから────



「シャオン、離しなさいっ!」



それでも離そうとしない私に、母は少し考えてから自分の首にかけていたペンダントを外した。


「本当はもっと魔力の燃費を抑えてから渡したかったのだけれど……」


そう言って私の首にかけたのは、母がとても大切にしていた翡翠のペンダントだった。

母が随分前から毎晩このペンダントを利用してなにかを創っていたことは私も気付いていた。



「これに念ずるだけで男の子になれるわ。男の子になれば、これからは誰に追われることなく普通に生活が出来るのよ。」



……私が、男の子に?

いつも凛としていて弱みなど見せない母が、悲しそうな顔をするので不安が押し寄せてきた。


「お母さんは?お母さんも一緒だよね?一緒じゃなきゃヤダっ!」

さらに強く母にしがみついた。



「……私もよ、シャオン……」



私に魔法を教えてくれている時の母は鬼のようだ。

行儀作法にも厳しくて、ご飯の時なんか肘がテーブルに触れただけで頭を引っぱたかれる。

勉強だってスパルタで、覚えるまで何回でもノートに書き写させられた。

私が泣いていても慰めの言葉なんてかけてくれない。


その厳しい母が…私のおでこにそっとキスをしてくれた。





「こんな私のことを、心から慕ってくれてありがとう。」





母は世間一般にいる母親ように愛情を注ぐような性格ではなかった。

でも私はちゃんと知ってるよ……?

毎晩私が寝静まってから、母が部屋にこっそり入ってきては私のおでこにキスをしていたことを。

その厳しさに、目に見えぬ愛情がたっぷりと詰まっていたことを……


その時見上げた母の顔は、忘れられない。

私を愛おしそうに見つめる…とても、優しい笑顔だった……


「……お母さっ……」


母は断ち切るように目を閉じると、私の手を振りほどいて去って行った。

私は聞こえてきた激しい攻撃音から逃げるように扉を開いた。

母の言いつけは必ず守らなければならない。私が居ても足でまといになるだけだ。


そう…頭ではわかっているのに─────……


出口まであと少しのところで引き返してしまった。

必死で元きた道を進んで同じ場所へと飛び出ると、扉がスーッと煙のようにかすれて見えなくなった。


まだ一時間は経ってないのに…トンネルが跡形もなく消えてしまった。

それが何を意味するのか───────



私の動揺を嘲笑うかのように、辺りは暗く静まり返っていた。

深い森の中を母が居ないか懸命に探し回った。

雲の合間から満月の淡い光が差し込んで、湖畔の真ん中にある浮島を照らした。



「……お母さんっ……!」



なぜここまで母を傷めつけなければいけなかったのだろう……


「お母さんお母さんっお母さん!!」


その変わり果てた姿に、母から返事など返ってはこないとわかっているのに……

それでも、母を呼び続けずにはいられなかった。



「ヤダ…イヤだ……おかあっさん……!」




消して忘れることが出来ない母の無残な姿……

母との記憶を思い出す度に、この日の光景が重く頭をもたげてくる……


そこでいつも記憶は途切れるのに、今日は違っていた。






「やっと見つけた。」





泣きじゃくる私に闇の中から伸びてきた手。


母を尋ねてきた男とは違う……




その男の口元には


白く輝く牙が二本、のぞいていた─────























瞼の裏が太陽の光を受けて眩しい。

季節は冬だっていうのに、真夏のようなこの暑さはいつまで続くんだろうか。

まるで砂浜で日光浴をしているかのようにジリジリと体が焼け付く……

……部屋の中で寝てるのに、直射日光っておかしくないか?


ベッドで目覚めた俺の真上には天井ではなく、一面の青空が広がっていた。

ココアの家の庭に、ベッドごと放り出されていたのである。


部屋で寝てたはずなのに……なんで外────?



「ツクモ!」



状況を把握出来ずにいるとシャオンが駆け寄ってきた。


「君はそんなに寝ぞうが悪かったのか?」

「んなわけあるか!どこの世界にベッドごと寝返り打てる奴がいるんだ?!」


元のサイズならともかく、魔法で大きくしたベッドをあの小さな部屋から運び出すなんて物理的に不可能だろ?

それになんで俺もこんなことをされてて気付かねえ?

どうなってんだ?!訳が分からんっ!!


頭を抱かえてパニくってる俺を、物言いたげな表情でシャオンがじっと見つめてきた。


「……なんだよシャオン。俺の顔に何か付いてるのか?」


シャオンは少し言いにくそうにしながらも口を開いた。




「夢を見た。」




─────夢……って?


なに俺、もしかして夢の中でシャオンにとんでもないことしちゃった?


「……夢って、どんな?」

「いや、やっぱりいい…僕の記憶違いだ。ココアの母が朝食だと言っていたから早く来いよ。」


シャオンは首を左右に振りながら家の中へと入っていった。

なんだよ。変な奴……




ベッドを元の大きさに戻して部屋へと運んでからダイニングへと向かった。

魔法を使ったのだとしても誰がなんのためにやったんだ?

ふざけやがって…絶対に見つけてとっちめてやる。


イラつきながらもココアの母が用意してくれたコビーナスープを飲んだ。

一晩寝かしたスープはコクが加わりさらに美味しく…って、なんだこれっ?強烈にニンニク臭いっ!!


「あらおかしいわねぇ。なにも足してなんかいないのに……」


ココアの母が昨日とはまるで違う味に首をかしげる。

鼻をつまみながらも、これはこれで元気になれそうですよねと言ってありがたく平らげた。





今日は大晦日だ。


コビーナ村では夜通し踊りながら新しい年を迎えるのが習わしだ。

会場となる海岸沿いには朝から食べ物やゲームなどの出店が立ち並んで賑わっている。

僕達も行ってみようとココアに誘われ、支度をする為に一旦部屋へと戻ったのだが……


「なんじゃこりゃ?!」


俺は自分の鞄を開けて叫んだ。

鞄いっぱいに、これでもかってくらいに十字架が詰め込まれていたからだ。

ちょっと待て…中に入ってた俺の荷物はどこいった?!


「なんでツクモはそんなに十字架が必要なんだ?」


俺が入れたわけねえだろ……

シャオンのボケた言葉に、もう突っ込む気にもなれなかった……
















コビーナ村の海はエメラルドグリーンの透き通った色をしている。

真っ白な砂浜と青緑とのコントラストが太陽の日差しに照らされて美しく輝いていた。

季節外れの海水浴を楽しんでいる家族連れの姿もたくさん見えた。


シャオンとココアは村の子供達に混じってビーチバレーをしていた。

シャオンの楽しそうな姿を眺めながら、砂浜で一人座る俺の気分は沈んでいた。



─────……太陽の光にニンニクに十字架。



この朝にあった奇妙な出来事は全てヴァンパイアの弱点に関係するものだった。

偶然とは考えにくい……


誰かが俺の正体に気付いたのか────……?




「気持ち良さそうに日光浴ですか。やはり太陽の光は平気なのですね。」




後ろから近付いてきたヘンテコな影に、振り向かなくてもそれが誰なのかが分かった。

どうやら俺にふざけたことをしていた犯人はティーチ博士だったようだ。

俺の横に座ったティーチ博士を睨みつけると、手にあの怪しげなランプを持っていた。



「これ、ヴァンパイアを感知するランプなんです。」



……なん、だってっ?

ティーチ博士がそのランプを俺の顔の真ん前にぐいっと近付けると、昨日と同じように点滅し始めた。

全身から冷や汗が出そうになるのを必死で堪えた。

まさかそんなランプがあるだなんて……

それにティーチ博士は魔物であるヴァンパイアの存在を、当たり前のように話している。

こいつ…一体何者なんだ?


「ヴァンパイアが近づくと強く光るように創ったはずなんですが、なぜかあなたに対しては点滅を繰り返す。壊れたのか、なにか別なことに反応しているのか……」


俺が半分人間だから間をとって点滅してるんだろうか……

恐ろしく高性能なランプじゃねえか。

こういう時は動揺など見せずに若干アホなフリをしてやり過ごすのが懸命だ。


「ヴァンパイアだって?そんなもんいる訳ねえって!」

俺はゲラゲラと笑い飛ばしてティーチ博士の背中をバシバシと叩いた。



「いますよ?一般の人は知らないだけで。私はそんな魔物達を科学的に分析して色々な魔具を創ってきたんです。」



なるほどね……

烈士団が捉えた魔物を研究者に引渡すのはよくあることだ。

ティーチ博士もその内の一人なのだろう。

研究材料となった魔物は悲惨な末路を辿る……

生きたまま解剖されたり、聞くに絶えない酷い実験を繰り返されたりするのだ。



「じゃあ人魚ってのも本当にいるのか?ココアは居ないって言ってたけど。」

ヴァンパイアから話を逸らすために昨日の人魚騒ぎについて聞いてみた。


「それがっ…それらしき姿を確認したのにみんながワーワー騒ぐもんだから逃げてしまったんです!私は人魚の肉を分析して不老不死の魔薬を創って大儲けするために、遠路遥々この村までやって来たっていうのに!!」


ティーチ博士は子供みたいに地団駄を踏みながら悔しがった。

そんな理由でこの村に来やがったのか……


「でも私、金儲けには目がないんで諦めませんよ。」

牛乳瓶の底のようなメガネの奥でオッドアイの目玉がギラリと光った。

とんでもなく下世話な野郎だ。



「彼女とても綺麗ですね。あなたとは恋人同士ですか?」



ティーチ博士は砂浜で子供達からダンスを教わっているシャオンを見てそう言った。


「残念。あいつは女じゃなくて男だ。」

そう否定はしたものの、嫌な予感がした。

俺は……重要なことを見落としていた。



「……俺をベッドごとどうやって運んだ?」



ティーチ博士はに〜っと欠けた前歯を見せながら笑った。


「先ずはループ君であなた達が眠る部屋の壁をすり抜けて侵入しました。」

ループ君とは以前ココアがクラスメイトとの親睦会で夜の街に繰り出す時に使用した、物資も魔法もすり抜けることが出来る魔具だ。


「そして次はこれ、今の私のイチオシ魔具、LOVEカップルちゃんの登場です。」

ティーチ博士の手の平には男の子と女の子の人形がちょこんと乗っかっていた。


「このボーイ君は周りの物も巻き込んで、愛するガールちゃんのいる所まで瞬間移動が出来ちゃうのでーす!ワオ!素晴らき愛の力♡」


説明の仕方が癇に障る……

つまりこいつは女に戻って寝ているシャオンを見てるってことか。

参ったな…シャオンには女装癖があるとでも言っておこうか。

僕は変態か!と言って怒るシャオンの姿が目に浮かんだ。


「二人とも私の良い研究材料になりそうです。しっかり稼がせて下さい。期待してますよ。」


俺の肩をポンと叩こうとしたティーチ博士の手首を強く掴んだ。



「おい、おっさん…てめえ今なんつった?」



朝っぱらから太陽の元に晒したりニンニク臭えスープ飲ましたり人の鞄に十字架敷き詰めたり……

本当は半殺しにしてやりたいところだが、この場をやり過ごすためなら我慢しよう。


でも──────





「シャオンに指一本でも触れてみろ……死んだ方がマシだって目に合わせてやる。」





シャオンを金儲けに利用するだと?

ふざけたことを抜かしてんじゃねえ……!!

沸き立つ殺気に髪の毛が逆立ち、足元の砂が揺らりと渦を巻いた。

いくらでもやり過ごすことは出来たのに、シャオンのこととなると感情のコントロールが効かなくなる。


ティーチ博士の顔からヘラヘラとした笑みが消えた。



「……ほう。これはこれは……素晴らしい。」



ティーチ博士はメガネをズラして感心したように目を細めると、ではまたと言って去って行った。



くそっ……

せっかくココアが村に招待してくれたっていうのに、面倒くさそうな奴に目を付けられた。

直ぐにでもシャオンを連れて学校に戻った方が良いかも知れない……

シャオンの体をいじくりまわしていいのは俺だけだっ!


シャオンを呼び戻そうとした時、子供達が海を指さして騒ぎ出した。

何事だと思って見ると、真っ黒で不気味な船がコビーナ村の湾へと侵入してきていた。



その船にはドクロの旗がたなびいていた。





海賊船だった───────……















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