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望まぬ再会

2階にあるテラスからは薔薇が咲き誇った見事なローズガーデンが見下ろせる。

色鮮やかな昼間とは違い、日が落ちた今はいくつものキャンドルが静かに灯り、幻想的な雰囲気がかもし出されていた。


一通り詳しく見て回ったが怪しいと思えるような人物は見当たらなかった。

僕の見当違いだったか……


「まあそんな簡単には見つかんねえよ。明日も犯人が行きそうなとこ探してみようぜ。」

「ああ…そうだな。」

ツクモにもとんだ無駄骨をさせてしまった。



若い女性ばかりを狙う卑劣な犯人……

今もどこかでのうのうと息をしているのかと思うと許せなかった。

近くにいるであろう犯人でさえ捕まえることが上手くいかない。

こんなことで、10年前に母を殺した犯人を探し当てるだなんて一体いつになるのだろうか……


……気が滅入る。





外で待っているツクモの元に行こうと螺旋らせん階段を降りていると、1階から物々しい喧騒が聞こえてきた。

玄関近くのホールには、ダンスフロアから飛び出してきた大勢の招待客でひしめき合っていた。

中でなにか騒ぎがあったようだ。


人混みをかき分けてフロア内に入ると、そこには気が狂ったように暴れている数人の男女の姿があった。

これは……っ?

悲鳴が中 庭や別の階からも聞こえてきた。



「どうしたシャオン?なにがあった?!」

「ダルドの時と同じだっ。複眼化した人が…ダンスフロアだけでも七人いる!」



複眼化とは昆虫型の魔物に寄生された時に起こる、多数の小さな個眼が束のように集まって見える現象だ。

昆虫型の魔物なんてとっくの昔に烈士団によって全滅させられたんじゃなかったのか?

ダルドに寄生した蜘蛛が生き延びていたのは奇跡だって、ツクモは言っていたのに……




「屋敷の外の通りにもそれらしき奴らがうじゃうじゃいる。どこかであちらの世界と繋がる“歪み”が開いてるんだっ。ダルドの時もおかしいと思ったのに…くそ、もっと早く気付くべきだった。」




────ひずみ……?あちらの世界?

ツクモは一体なにを言っているんだ?




「集団で人間に寄生する虫は蟻で間違いない。」


僕が苦手な蜘蛛じゃなくて良かった。

まだ体が異形にはなってないから救ってあげられる。

相手が蟻なら怖くはない。



「どうやったら寄生が解けるんだ?」

「蟻は頭に寄生するから、脳天に軽く電気ショックを与えたら外に出て来るけど…まさかシャオンやるとか言う?」


「頭にデンデを食らわして出てきたところをふみ潰せば良いんだな?了解。」

「いやいや待て待て。シャオンがやったら頭が吹っ飛ぶ。こっちを片付けたら直ぐ行くから良い子で待ってろ。」



カチンとくる言い方だな。

確かに僕の魔法は繊細さを欠くところがあるのは認めるけれども……

ここは護衛の魔導師達に任せるしかない。

でも、いくら暴れているとはいえ公爵が招待した大事な客に危害を加えられるはずがなく……

足止めをするのが精一杯という状況だった。


彼らは魔物の存在さえ知らない。

ツクモが到着するまでもてばいいのだが……


僕は逃げ惑う人達を安全な湖畔へと避難させた。










黒々とした木々が夜空に生い茂り、水面には月の光が尾を引いていた。

無事に避難してきた人達は寒さと恐怖を庇い合うようにして肩を寄せ合っていた。

寄生された人達はどうなったのだろう……

ツクモからの連絡がないので全くわからない。



「ミリア…ああミリアっ……誰かミリアを見なかったか?」


ボクチャー公爵が血相を変えて娘の姿を探していた。

ミリア令嬢…ここには来ていないのか……?



─────しまった……


もし連続殺人犯がこのパーティに紛れていたとしたら、この好機を見逃すはずがない。




「ツクモ、今どこにいる?!ミリア令嬢が行方不明なんだっ!」


しばらく待ったが返事がこない。

イヤリングが通信出来る100m圏内から外れてしまったのかも知れない……


屋敷へと続くレンガが敷き詰められた小道を急いだ。

ヒールだとこの道は走りづらい…飛行魔法はまだ不慣れだからあまり使いたくはないのだがそうも言ってられない。

魔法陣を出現させて呪文を唱えようとしたら、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


この声は…ミリア令嬢……?




声のした方に行くと薔薇に包まれたガーデンアーチのゲートがあった。

ミリア令嬢はあのローズガーデンの中か……

あの庭は迷路のように入り組んでいたから空から探した方が早い。


「パプリス。」


飛行魔法の呪文を唱えると思いのほか空高く浮かび上がってしまった。

ローズガーデンどころか地平線まで見渡せる……

キャンドルライトの灯りを頼りに小さくなった庭に目を凝らしていると、中央にある円形の花壇の中央に裸で横たわっている人影を捉えた。

まさかと息を飲んだ瞬間、重力に引っ張られるように急降下した。



「……った〜。」



危うく人影の真上に落ちてしまうところだった。

そこに倒れていたのはミリア令嬢…ではなく、あの女魔導師だった。

僕はドレスのスカートを切り裂き、女魔導師にかけてあげた。

植えられた薔薇の陰には放心状態のミリア令嬢の姿もあった。


「助けに参りました。ミリア令嬢、お怪我は?」

「あ、怪しい男が…急に、襲ってきて……」


ミリア令嬢はよほど怖い思いをしたのか酷く震えていたが、怪我は無いようだった。

女魔導師も瀕死の状態ながらもまだ息はあった。

呼吸困難に発熱、チアノーゼの症状…明らかに毒によるものだ。


「彼女は私のことを守ろうとしてくれたの。ああ…可哀想に……」

「大丈夫です。解毒剤がありますから。」


この事件に使われている毒に合わせてテンチム校長が特別に調合したものだ。

ぐったりとする体を引き上げて口を開かせ、解毒剤の粉をサラサラと注ぎ入れた。


──────この女魔導師の顔……


会った覚えはないのに、どこかで見たような感じがした。

この真っ直ぐに通った鼻筋は……


ミリア令嬢がふらりと立ち上がり、黙ったまま歩き出す……




「……待て。そこで止まれ。」




連続殺人犯はいつも被害者の体の一部分だけを自分のと取り替えていた。

それがこの魔物のスキルなのだと思い込んだのが盲点だった。

追い詰めてもあと一歩のところでいつも逃げられていたはずだ……

だって───────





「ミリア令嬢の体の全てと取り替えたな?」





─────今ミリア令嬢の姿をしたこいつが、連続殺人犯なのだから。







「取り替えるって?なにを言ってるのお?」

その女はフワリと微笑んだが、それは左右の口角の高さが非対称な歪んだ笑顔だった。



「下手な芝居は止めろ。どんなに美しい器を手に入れたところで、内側から漂う気品がまるで違うんだ。」



女は眉間に皺を寄せて小さく舌打ちをした。

ミリア令嬢ならこんな不貞腐れたような態度は決してしない。

僕は束縛魔法の〈チェーン〉を唱え、女が動けないように鎖で全身を縛り上げた。

相手が魔物なら手加減は必要ない。



「無作法な子ねえ。あんたなんなの?」

「僕は烈士団の者だ。ミリア令嬢の体を今直ぐ元に戻すんだ。」



烈士団と聞いて驚いた様子を見せた女だったが、肩を揺らしながらゲラゲラと笑い出した。


「烈士団にしては甘いったら!令嬢のことなんか気にせずにさっさと殺らなきゃダメじゃないっ!あんた新人でしょ?」


女は鎖が巻き付いたままの状態で体を勢いよく回転させた。

なんて馬鹿力だ……ピンヒールで踏ん張りが効かず、引きずられるようにして体勢を崩してしまった。

ミリア令嬢の体に傷を付けないようにと配慮していたが、攻撃系の魔法で言うことを聞かせるしかなさそうだ。



「動かないで!」



女はナイフのように爪を尖らせ、自分の喉の部分に強く押し当てた。


「少しでも動いたらこの体を滅茶苦茶にするから。」


白い首筋に爪の先がくい込み、血が流れ出た。

今は自分の体なのに……本気なのか?

動きが取れなくなった僕を見て、女は満足気にニタリと微笑んだ。



「私はね、この世界で一番美しくなきゃいけないの。見た目はもちろん、身に付けている物もぜ──んぶ。」



それが若い女性の命を奪ってまでしなければいけない理由なのか……?

見栄えが良いからと…次から次に……

まるで、新しい洋服を着替えるかのように……



「くだらないな。おまえの正体はなんだ?」



女は胸を張りながら得意げに答えた。





「私?……白雪姫よ……」





白雪姫、だと……?

確か白雪姫とは七人の小人が出てくるおとぎ話だ。

僕が知っている白雪姫は純粋で素直な心を持つ愛らしいプリンセスで、醜く笑うこんな女とはまるでイメージが違っていた。



「私、ミリア令嬢よりあなたの方が断然気に入っちゃった。」



女は着ていたドレスの襟の部分に爪を引っ掛けると、そのまま下ろして服を切り裂いた。

あらわになった体には楕円形の大きな鏡が埋め込まれていた。



「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだ〜あれ?」



鏡に映った僕の姿が渦を巻いたようにひしゃげていく……

それと同時に僕の体からピシピシとひび割れるような音が鳴った。



皮膚が…鏡に……


剥ぎ取られる───────……






「その鏡を見てはいけないよ。」






後ろから伸びてきた大きな手が僕の両目を覆い隠した。

空気が唸るような突風が吹くと白雪姫の悲鳴が聞こえた。

手が離れて視界が広がると…遠くに吹き飛ばされて地面に倒れた白雪姫の姿があった。



「危ないところだったね。」



背中越しに覗き込んできたのは青年で、涼し気なコバルトブルーの瞳に青みがかった銀髪の長い髪を後ろに束ねていた。

体中に切り傷の付いてしまった僕をいたわるように抱き寄せると、花壇の緣へと座らせた。


「少しここで待っていて。直ぐに終わらせてくるから。」


僕が一方的に白雪姫に襲われていたと思ったのだろう……

か弱き乙女のような扱いをされて、脇腹をゾワっくすぐられた感覚がした。




「う、動くな!動けばこの女の体を……っ!」

「動かない方が良いのはそちらの方だ。」



青年が〈ブリザス〉と唱えると、氷で出来た無数の槍が白雪姫の頭上に現れた。

それは白雪姫の体スレスレを通過して何本も地面に突き刺さり、檻のように取り囲んだ。

体にはかすり傷一つ付けていない。なんてコントロールだ……


宙に浮いていた最後の一本が、身動きの取れなくなった白雪姫の鏡のど真ん中を貫いた。


白雪姫の体がピシピシと音を立ててひび割れていき、皮膚がガラスのように砕け散った。

現れたのはおとぎ話の白雪姫からは程遠い、意地悪な継母のような醜悪な姿だった。

これが…本来の姿なのだろうか……?


もしやと思い裸で倒れているミリア令嬢に駆け寄ると、元の美しい姿に戻っていた。

そうか…鏡を壊せば良かったんだ……

ホッとしてその場に座り込んでしまった。





「シャオン今どこにいる?湖畔にいねえじゃねえか!無事なのか?!」



イヤリングからツクモの焦った声が聞こえてきた。

寄生されていた人達を無事に助け終えたようだ。


「連続殺人犯を見つけた。少し怪我をした。でも…ツクモは来るなっ。」

「はあ?来るなってなんでだ?怪我って…何があった?!」


ツクモをここに呼んではいけない……



「別の烈士団員がいる……」



そのスラリとした長身の青年は、肩に烈士団のシンボルマークである欠けた星の印の付いた戦闘服に身を包んでいた。

漆黒で光沢のある…黒くて長いマント─────




「彼は……本部の団員だ。」




ツクモが、居たら逃げろよと忠告していた……

その青年は紛れもなく、烈士団の中でも特に優れた精鋭部隊にしか入れない本部の団員だった。






「邪魔しないでよ!私はっ一番じゃなきゃいけないのよっ!」


白雪姫は氷の檻に閉じ込められたまま、青年に向かって喚き散らしていた。

あの馬鹿力をもってしてもあの氷には傷一つ付けれないようだった。

青年が〈クローズン〉と唱えると氷の檻は白雪姫を入れたまま小さくなっていった。

中からは白雪姫の悲鳴と共に、血が吹き出し、骨が砕けていく凄惨な音が聞こえてきた。


永遠の美に取り憑かれた女の哀れな末路─────


自業自得とはいえ、その惨たらしさには目を背けずにはいられなかった……



やがて氷は2cmほどの小さな立方体になり、青年はその小さな箱を拾い上げると灼熱の炎で燃やした。

跡形もなく、あっという間に白雪姫を消し去ってしまった。




僕も魔女だとバレたら同じように容赦なく消されるのだろうか……

考えただけでゾッとする。



「怪我を治してあげる。見せてごらん。」



青年の申し出に一瞬躊躇したが、ここで断るのも不自然だ。

大丈夫…普通にしていれば疑われることはないはず……

緊張の糸を張りつめながらも身を任すと、柔らかな光が僕の体を包み込み、体中に出来ていた切り傷が霧が消えるかのように治っていった。


青年は傷を治し終えると僕の頭に手をかざしてきた。



「魔物や我々の存在を知られたら忘却魔法で記憶を消す決まりなんだ。ごめんね。」



記憶を、消す……?

テンチム校長が全校生徒にした時みたいに何時間か完全に抜けてしまうということか。


それは…困る。非常にまずいぞ……

こんなムーディなローズガーデンでこんな露出度の高いドレスを着て突然ぽつんと放り出されていたら間違いなくパニくる……

普段は男として魔法学校で過ごしている僕にはどう考えたって有り得ない状況だ。

だからといって彼に自分も仲間だとは名乗れない。


……かくなる上は──────


一か八かの策にゴクリと生唾を飲んだ。

僕は口元に人差し指を重ね、悪戯っぽくウインクをした。



「今見たことは、ナイショにしときます。」



ミリア令嬢がした時はとても女性らしくて可愛い仕草だと思ったのだけれど、いざ自分でするとなるとこんなにもこっ恥ずかしいものなんだ……

顔がカーッと赤くなっていくのがわかった。

しなきゃ良かった……


しきりに照れる僕を見て青年はクスリと笑った。




「そうだね。私も君との出会いが無くなってしまうのはとても惜しい。」




かざしていた手で僕の乱れた前髪をクルリとなでると、口元に人差し指を重ねてウインクをして見せた。



「誰にも話さないって、誓える?」



青年の提案に力強くブンブンと頷いた。

なにが可笑しいのか青年はクスクスと笑っている。

信じられないことに僕の策は上手くいったようだった。

完全に失敗したと思ったのに……


「名残惜しいけどもう行かないと。一人で帰れる?」

「はいっ。助けてくれてどうもありがとうございました!」


お辞儀をしながら礼を言うと、青年は僕の手の甲に優しくキスをした。



「また会えるように、おまじない。」



青年はフワリと浮き上がると、風のように去って行った。

た、助かった……






青年と入れ替わるようにツクモが顔を出した。

こいつ…もしかしてずっと隠れて見ていたのか?

人の恥ずかしい場面を……

居るなら教えろと文句を言ってやろうかと思ったのだが、ツクモの顔がなぜだか暗い。



「……相変わらず胡散うさん臭い野郎だ。」



……うん?相変わらず?


「なんであいつが本部にいるんだ…訳が分からねえ。」

「今の人…ツクモの知り合いなのか?」


ツクモは僕の手首を掴んでキスされた手の甲を袖口でゴシゴシと拭き取ると、不機嫌そうに長いため息を付いた。




「名前は“まほろば”。俺の……兄貴だ。」




────お、お兄さんだって?!

あまりの答えに度肝を抜かれた。



「じゃ、じゃああの人もヴァンパイアなのか?なんで烈士団本部の団員なんてやってるんだ?バレたら殺されてしまうんじゃないのかっ?」


「やつは俺と違って純血のヴァンパイアだ。恐ろしく強い。用心深くて嘘が得意だからバレるなんてヘマは絶対にしない。」



確かに…出していた魔法はどれもレベル3だったし、白雪姫の捕まえ方も流れるように鮮やかで芸術的とも言えるものだった。



「そうだツクモ。お兄さんに頼めばトムの……」

「ごめんシャオン。それは出来ない。」



被せるように速攻で断られてしまった。

ツクモの顔がさらに曇る……





「四百年会ってないんだ。あいつとはもう…関わり合いたくない……」





……ツクモ─────?


─────兄と、何かあったのだろうか……





「それより悪かったな。シャオン一人を危険な目に合わせちまって。」

「そんなの、蟻なんて予想外のことがあったんだから仕方がないだろ?」


「いや…俺の読みが甘かった。本当に…ごめん。」



出会った時からツクモに壁を感じたことなんて無かった。

僕の中に平気でズカズカと入り込んでくるから、僕もツクモには遠慮なくなんでも言えた。

言いにくいことも聞きづらいことも、今まで一度も無かったのに……


なのに……

兄とのことはこれ以上踏み込んでくるなと言っているように見えた。



いつも僕はツクモに頼ってばかりだ。



ツクモになにかあるのなら僕にも頼って欲しい。







僕だってツクモの……


力になってあげたいのに───────
















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