セレブなパーティ
「シャオンちょっとこれ食ってみろよ。美味いぞ?」
「いらない。よく生魚なんてものが食べれるな。」
「シャオンてダンス出来んの?一緒に踊らね?」
「ツクモ…遊びじゃないんだからもっと真剣にやれ。」
ここはボクチャー公爵が住む御屋敷の中だ。
一人娘のミリア令嬢の20歳の誕生日をお祝いするパーティが盛大に開かれていた。
テーブルには贅を窮めた最高級の料理が並び、フロアでは着飾った男女が生演奏に合わせて優雅に踊っていた。
街中では浮いていたこの白い戦闘服も、こういった場では違和感なく溶け込めていた。
シャオンは連続殺人犯ならこのパーティに目を付けるはずだと言うけれども……
こんな任務をくそ真面目にする必要があるのか?
言っちゃあなんだが、次に誰が殺されようが誰が連続殺人犯だろうが俺にはなーんも関係ない。
でも、シャオンにとっては違うようだ。
写真でしか知らない殺された女性達が可愛そうだと心を痛め、なんとしてでも犯人を捕まえたいと思っているのだ。
シャオンて、魔物の割には性格が優し過ぎるんだよな。
いつかそれが命取りにならなきゃいいけど……
「ツクモ。ミリア令嬢の周りにいる奴らは護衛の魔導師か?」
「だろうな。まあまあ腕の立つ奴らが壁際のも合わせて…五人てところだな。」
この会場に入るのにはもちろん招待状がいる。
でもここのセキュリティは隙間だらけの防御魔法のみだったので簡単に侵入することが出来た。
美人とセレブがお好みの連続殺人犯にとって一番の獲物であるミリア令嬢には、護衛が目を光らせていて迂闊には手を出せないだろう。
としたら…次に狙うは招待された美しいお嬢様方か……
「特殊能力っていうのはなんなんだ?」
シャオンが怪しい人物がいないかチェックしながら聞いてきた。
そう言えばシャオンには特殊能力のことを説明していなかったっけ……
「魔物の中には特殊な能力を持っている種族がいるんだよ。前に戦った狼男いただろ?あいつの場合は電流系の攻撃が効かない全身を覆っていたあの毛だ。」
特殊能力にも魔法と同じで攻撃系や防御系のものまで多種多様にある。
珍しいものも含めると、その数は未知数だ。
「ヴァンパイアにもあるのか?」
シャオンがじっと俺を見つめてきた。
他の種族に軽々しく特殊能力のことを漏らすのは御法度なのだが……
「……あるよ。」
俺はボーイからシャンパングラスを一つ手に取りながら答えた。
シャオンに隠し事なんてしたくない。
「キスしながら血を吸うことで、相手を自由に操れるんだ。」
グラスをそっと…シャオンの形の良い唇に近付けた。
シャオンは口元を手でガードすると睨みつけてきた。
「したら殺す!」
「しねえわっ!」
規則を破って親切に話してやったっちゅーのに!
俺のことなんだと思ってんだ?
ムカついて勢いよくシャンパンを飲み干した。
「この能力はキスする前に色々とややこしい条件がいるんだよ。だいたいこんなんでシャオンをものにしたってつまんねえだろ?」
俺は手をピストルのようにしてシャオンの胸を撃つマネをした。
「俺は正々堂々と、惚れた女を口説き落とす。」
「別々にチェックしよう。怪しい人物がいたら呼んでくれ。」
気持ちのいいくらいに華麗にスルーされた。
シャオンて俺に対してだけ手厳しくね?
照れ隠し…じゃあ、ねえわな〜。
去って行くシャオンの後ろ姿を見て不意に湧き上がってきた。
特殊能力って
魔女にもあんのか───────……?
もしあったとしたら…とてつもなく恐ろしいもののような気がする。
「あらやだ。どうしましょう……」
湖畔に面した庭から困惑した声が聞こえてきた。
行ってみると、女性が柵に寄り掛かりながら足元を気にしていた。
どうやら石畳にヒールを取られて根元から折れてしまったらしい。
「ちょっと失礼。」
俺は彼女の靴を復元魔法を使って直してあげた。
「まあ、お若いのに魔法が使えるのね。ありがとう、お礼を差し上げたいわ。」
「結構ですよ。これくらいでお礼な……」
その女性に目が釘付けになった。とんでもない美人である。
シャオンと出会ってからは他に目がいくことは無かったのだが……
シャオンとはタイプが違う、成熟した大人の色香がプンプン漂っていた。
待てよ……闇雲に犯人を探し回るより、犯人が狙いそうな女性の近くにいる方が効率が良いのではないだろうか……?
「……ちょっとお話をお聞きしても宜しいですか?」
「あらあ、なにかしら?」
これはナンパではない。れっきとした捜査だ。
二人でベンチに腰かけて、お姉さんとの甘い一時を楽しんだ。
「僕のフィアンセになにしてるんだ!!」
俺に向かって七三分けのずんぐりした風貌のお坊っちゃんが鼻息荒く叫んできた。
えっ、フィアンセって……マジか?
びっくりする俺に、そうなのよ〜とお姉さんがウンザリした顔で頷いた。
全然釣り合ってない……
特権階級の結婚ていうのはお互いの家同士の繋がりの方が重要だったりするが、これは余りに気の毒だ。
お坊っちゃんは怒りながらズカズカとこちらに向かってきたのだが、石につまづいて転んだ。
転んだ拍子にシャンパングラスを持ったボーイとぶつかってドリンクを頭から被った。
全身びしょ濡れで地面にはいつくばる姿がカエルにしか見えない……
「お〜の〜れ〜貴っ様──っ!!」
わなわなと震えて睨んできたのだが、俺…なんもやってないよな?
お坊っちゃんが勢いよく飛びかかって来るもんだから避けた。
すると今度は料理を運んでいたワゴンに派手に突っ込み、ワゴンごとひっくり返って辺り一面えらい惨事になった。
「貴っっっ様~!!この僕に何度も恥をかかせやがってぇえ!!」
だから俺…なんもやってないよな?
ファイティングポーズを取りながら来いよと挑発してくる……
騒ぎを聞き付けた野次馬まで集まってきた。
なんだよこれ…勘弁してくれよ……
「ツクモ!なんなんだこの騒ぎはっ?!」
すっ飛んできたシャオンが何事かと声を荒らげた。
「いや…俺、まだなんもやってねえし。」
「……ほう。まだ、ねえ……」
俺にぴったりと寄り添うお姉さんを見てシャオンが軽蔑の眼差しを向けた。
「それは今からなにかヤルということか?」
……いやいや、違う違う!そういう意味じゃねえっ!!
「真剣にやれと言っただろ?!ナンパなんかしてなに考えてんだ!!」
シャオンに思いっきりぶん殴られた。
ナンパしてたのは事実なだけに否定の仕様がない……
「だいたいこんなに目立ってどうするんだ!女を奪い合って騒ぎを起こしてる場合かっ!!」
「シャオン、それって焼きもち?」
「んなわけないだろっ!!」
ですよね……
シャオンから鬼のような説教を食らっていると、お坊っちゃんが横からちゃちゃを入れてきた。
「君ら仲良いね。今時ダサいペアルックまで着てさ。ぷくくっ。」
なんでこんな奴に馬鹿にされなきゃならないんだ。
これ以上シャオンに怒られたくないからしないけど、氷漬けにしてやりたい。
お坊っちゃんはシャオンに気付くと惚けた様子でマジマジと見つめ出した……
「……君、すごく可愛いじゃないか。こんな男とは直ぐに別れて、男爵であるこの僕の愛人にならないか?」
シャオンの顔色が変わり、やばいと思って止めようとしたのだが遅かった。
シャオンのデンデが、お坊っちゃんの体を貫いた。




