異世界に飛んだらペンを握れ
男は今、着慣れた煙草の香りが染み付くスーツの一張羅。気が付いたらそこは、穏やかな木漏れ日が身を包み込むような、大きな木の下だった。
当然、木の下で眠るという童話のような行動を行うようなタチでは無いし、最近だと酔い潰れてコンクリートの上で大の字になって寝ていたような特例を除き、家の布団以外で寝る事など考えられない。
とある役所に務めて早13年になろうとしているベテラン事務員『本間寛太朗』は半ばパニックになりながら周りを見渡す。
--ジャングル……?いやそれと言うよりは穏やかな森林?どちらにしろ、俺はこんな場所知らねぇぞ!?
目覚めたら知らない森林、流石の若者とおっさんの中間的なポジションにいるよく分からない括りの35歳の男性であろうと、この状況にパニックを起こさない筈はない。
しかし、そこは数々の修羅場をくぐり抜けてきた本間35歳。ひとまずは目覚める直前を思い出すことにした。
「昨日は確か…金曜日だったな…普通に仕事して19時に…いや!腹立つクレームに1時間付きまとわれたから20時あがりだったな…それ以降の記憶が思い出せねえ…だが、金曜でイラついてたって事は…帰り当然呑むよなぁ…?それも悪い酒の筈だ…!?」
呑んだ“かも”という憶測が彼の思い出せる最後の記憶であり、それ以前の行動から“死”を連想する現象に行き着けなかった。そんな乏しい推測にこの状況。パニックとなった本間の思考回路がオカルト的な超次元的結論に行き着くに時間はかからなかった。
「やっぱりそうだ…!!俺は昨日!潰れる程呑んじまって!天国に登っちまったって事だよなあ!??」
総結論づけた後にやってくるのは後悔の念である。
「あぁ…おかんおとん…すまねぇ…俺はなんて親不孝者なんだ…ろくに子供も作らねぇで先に逝っちまったじゃねぇか…ううっ…」
彼は後悔の海に呑まれるように泣いた、号泣した。35歳という若くもなければおっさんって言われたら少し顔を曇らせたくなるような絶妙な年齢である彼も、流石に自身の死亡による圧倒的な後悔の念によって流れる涙は、止められようものでは無い。
しかし、どうやら彼の言うところの『天国』には、泣いている暇は与えてくれないらしい。
「待てやこのヨゴレ小娘がァーー!!」
「こんの!!どんだけしつこいの!!」
どす黒い怒号と少女の叫び声に驚いて飛び立つ鳥の群れ、枝が軋み、折れる音。平穏な空間を台風のように狂わす2つの厄災が、彼に近付く。
2つの台風の『眼』が瞬く間に泣きじゃくる本間の元に上陸するのに、そこまでの時間はかからなかった。
「…しまった!千年樹の幹に足が!」
「追い詰めたぜガキこら…!よくもうちの大事な万年筆を盗って行ったなぁ?」
「なんだお前ら!?ここ天国だぞ!?」
咄嗟に出たその言葉は自分でもその意味がわからなかった。
目覚めたら知らない森の中という状況。その中で人に逢えたという嬉しさと、自身の号泣シーンを誰かに見られたのではという焦りが、一斉に押し寄せているというのだから仕方ない。
そんな発言に、少女がこちらを向く。
「天国?何言ってんだオッサン!へんなかっこしてんな!?」
肩にギリギリかからないくらいの栗色のショートカットに暗いエメラルドグリーンの瞳。身長から察するに、小学六年生位だろうか。そんな彼女が本間に言い放つ。
「あーん?てめーそのガキとグルだったのかあーん?」
続いて本間に睨みを聞かせるこの男、どっかの世紀末の漫画に出てきそうなチクチクの肩パッドにギラギラのグラサン、更に黄色のモヒカンヘアーと明らかにこれからやられますよ感満載の格好をしていた。
「な、なんだか知らんが子供相手にムキになるんじゃない。この子は私が叱っておこう」
「だぁめだね!こいつァ俺達‘’ゼブラ‘’が保有する大事な万年筆を盗んだんだからなぁ!?」
「だってよ、ほら返しなさいガキんちょ。ほら、めんどくさいからこういうの」
「いや雑だな!?なんだお前??…くっ…ここまでだと言うのか…でもこれは元々オチばあの…」
ぐぬぬと拳を握り中々返そうとしない彼女に、ゴロツキが遂にしびれを切らす。
「無理っつーんならよォ…やるしかねぇよなぁ?」
「……!!」
ゴロツキが臨戦態勢に入る。こんな子供相手に本気で構えているのを見るとこいつも相当間抜けなんだなと本間は呆れる。
そのままゴロツキは徐ろにポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
そう、お馴染み‘’極太マッキー(黒)”の油性ペンを取り出し、彼女にかざす。
「これで、いてぇめにあいてーってことだよなぁ!?」
「……!!極太マッキー(黒)!?お前みたいな下っ端が!?」
「へへっ…そうさ…最近末端の‘’0.3mm”族から一般階層の‘’0.5mm”族に昇格したのさ!覚悟しろやクソガキィ!!」
「いや何この流れ!?マッキーでどうすんだよ!?」
ゴロツキが極太マッキー(黒)を片手にイキリだす様に理解できなかった本間は思わずツッコミを入れてしまった。
「あーん?てめーこの状況でも理解できねーのかよ」
「お、お前ほんとに言ってんのか?だとしたらすげーアホだぞ!?」
ほぼ同じタイミングで少女とゴロツキにツッコミを入れ返される状況に、尚更意味が分からなくなる。
呆れるようにゴロツキは続いた。
「ペンを前に翳したらペンバトルやんのがルールだろぉが!!馬鹿かテメーはよォ!?」
“ペンバトル”。この状況下で通常は想定できないような謎のワード。しかし、本間には聞き覚えがあった。
--ペンバトル…?ガキの頃クラスの友達と腐るほどやったが…何言ってんだこいつ!?
ペンバトルとは、2本以上のペンを机に並べ、相手と交代でペンを弾き合い先に相手のペンを机から落とした方が勝ちという、小学生が考える謎の遊びシリーズの中でも、そこそこコアな部類に入るやつのことである。
本間は幸いペンバトル経験者であり、知っていたとはいえ知らない場所で知らないゴロツキにペンバトルを申し込まれたのだ。この年齢で。当然、彼の返答はこうだ。
「…は?」
「は?じゃねえよ!ルールに従いやがれよばーーーか!!」
ゴロツキは割と本気でキレている様子だった。本気で本間とペンバトルがしたい様子だった。カオスすぎるこの状況。本間のキャパシティは5週くらいして冷静さを取り戻した。
「お前…その見た目でペンバトルはないぞ。しかもガキンチョ相手に本気でイキリ散らして…。そのマッキーボロボロだし。小学校の総合の時間で模造紙と一緒に配布される奴かよ」
「うるせぇなぁ!これは歴戦の傷なんだよ!傷ある方がカッコいいんだよばーか!!」
「あのなあ…ボロくてかっこいいが通るのはジーパンだけだぞ」
「あーうるせぇうるせぇ!よし!まずはてめーからぶち止めしてやる!この極太マッキー(黒)でな!」
「誰がやるかそんなもん。なーにが(黒)だ。悪いがこの子は俺が親の元に届けるから、せいぜい君は新しいマッキー買ってもらうんだな。おかんに。」
そうして少女の手を引こうと手を差し伸べるも、彼女は全く手を握り返すことはしなかっ
「おいこらガキ、おっさんの手は汚いとかいいから。割と傷付くんだよそういうの。親のところまで帰ろう。」
彼女を介して、彼女の親という‘’大人‘’と出逢えばこの謎めいた環境の把握も少しは分かるかもしれないと閃いた本間。少女の予想外の反応にそろそろニコチンも切れ始めた頃、イライラが募って来ていた。
そんな本間の状況を知らぬ少女は、徐ろに口を開く。
「ペンバトルを申し込まれたら、それは絶対に断っちゃダメなんだ。世界共通で。」
「まじで知らねぇっぽいから教えてやるよ!もし断ったならなぁ!3年以下の懲役、50万芯以下の罰金又はその両方が科せられるんだぜぇ?」
「映画泥棒と同格の罪なの!?つーかなんだよ!‘’芯‘’って!」
本間のツッコミに少女は目を丸くする。
「お、お前ほんとになんも知らないんだな…」
「マジでなんだよここ…くそっ…そんなこと言ってもペンなんて持ってねぇぞ?」
「そんなわけねぇだろ!ペン持ってねぇと住所登録出来ねぇんだぜぇ?ヒャハハ!嘘はすぐバレるよなぁ!?」
もうツッコミを入れることに気力のなくなった彼は、謎の常識を語られても反応を示さず、一応ペンを探す事にした。
あるはずがない。いつも持ち歩いてた煙草すら見当たらないんだから。諦めて映画泥棒と同じ罪を受け入れようとすら思っていたその矢先、発見した。
胸ポケットに収まる、黄金のボールペン(鉄製の原価3800円)がそこにあったのだ。
就職記念という節目で何故かカッコつけ、デパートのケースに入ってるちょっと高いボールペンを購入し、それ以来ずっと使い続けてきた本間。彼の社会人生を親のように見守り続けていたボールペン。まさかこんな形で彼を前科持ちの危機から救ってくれるとは、彼自身思いもよらぬことであったに違いない。
「あーわかったわかった!ほらあったぞ。これでいいよな?」
ほらほらと黄金のボールペンを見せ付ける本間、そんな彼を見るや否や、ゴロツキの表情は一変した。
「おっさん…そ、そのペンは!」
「で、伝説の‘’デウス・ペンシル・マキナ”だとォーー?!?‘’」
2人は声を揃えて驚く。まさかこんなおっさんが伝説の‘’デウス・ペンシル・マキナ”の所持者だとは思っては見なかったに違いない。
「ふつーにデパートで買ったペンだよ。驚いてねえではやくやんぞおい」
「あ?あ、おう!やるに決まってんだろ糞野郎!なんで持ってんのか知らねぇが常識も知らねぇテメーに果たしてデウスを扱えるのかなぁ!?」
「ほら長ぇから早速略してるじゃねぇか。つーかどこでやんだよ。ここ森の中だぞ?どこに机があんだよ。」
アホらしい茶番に付き合わされているのとニコチンが切れているせいか、本間はせっかちに進める。
「あ?フィールドくらいその辺に散らばってんだろーが!公共施設とか行けばだいたいあんだろ!おいガキ!探してもってこい!」
「わ、わかった!」
「フィールドって机か?そんなAEDみたいにあるわけないだろ」
「あったぞ!」
「いやあるんかい!すげぇ一瞬で戻って来てるし。」
フィールドと呼ばれるそれは、小学校6年生が使うであろうサイズの勉強机。この少女が座れば違和感ないだろうが、スーツ着たおっさんと世紀末のチンピラ男がそれを挟んで睨み合う光景、なんと残念なことか、これが小説である事が救いである。
「いくぜ…覚悟決めろや」
「なんだこれ…」
「じゃ、じゃあ私が審判やるぞ!2人とも、戦筆を並べてくれ!」
少女が付属してある椅子に跨りレフリーを担当する。35歳と世紀末のかませ2人はお互いの相棒
を机の中心に並べる。
「へへっ、驚けよ?やっちまええい!俺様の極太マッキー(黒)!!!」
「すげぇドヤ顔でボロボロマッキー出すなこいつ…なんの誇りだよ。」
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極太マッキー(黒) レア度★★★☆☆
攻撃力 ★★★★☆
防御力 ★☆☆☆☆
素早さ ★★★★☆
回転力 ★★★★★
描きやすさ ★★☆☆☆
解説 かつてはその辺で市販されていたが、極悪組織‘’ゼブラ‘’によって独占されてしまった為、レア度が高くなった。作者はこいつから発せられる不快音が大嫌い。
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「いや何この解説!?描きやすさとか関係ないだろこれ」
謎の解説にツッコミを入れながら、本間は胸ポケットからデウスペンを降臨させる。
「ほらよ、あーニコチン吸いてえ」
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デウス・ペンシル・マキナ レア度★★★★★
攻撃力 ★★★★★
防御力 ★★★★☆
素早さ ★★★★★
回転力 ★★★★☆
描きやすさ ★★★★☆
解説 かつてシャープボール王国が隣国に襲われた際、颯爽と現れ国を救った英雄コーカサスが使用していた通称、英雄の一振り。しかし、英雄は息絶え同時にペンの存在も幻となった。
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「え?…コーカサスだって…!?」
「へっ!くだらねぇ!ならてめーからこいつを奪い取ってよぉ!俺様が英雄になってやるぜ!俺様の先行!!」
本間がデウスを置いた瞬間、かませは勢いよく人差し指でマッキーを弾く。
カキーン!!という鉄とプラスチックの擦れる音。高い攻撃力を誇るマッキーの一撃は、無慈悲にデウスを葬るかと思いきや…
「す、凄い…!」
「なん…だと…?」
効いていない…!全然効いていない!栄養ドリンクで言ったらリアル〇ールドよりも効果がない!モンスター〇ナジークラスの効き目なんて期待できるはずがないくらい…!
「どうした?めっちゃ弱いじゃねえか。次は俺の番だぜ?」
本間の勢いに乗った人差し指のシュート!筆者は見たことないが、隅田川の花火くらい美しく回転するデウス!それは勢いよく極太マッキー(黒)の中心部に直撃する。
勢いよく吹っ飛んだマッキー。そのままキャップが空中で分解され、インク部分が剥き出しとなった本体は、持ち主のちょうど頬を掠れ、黒い線が右頬に刻まれた。
「ひ、ヒィ!」
右頬に手を当て、恐れおののくかませ。
「おら、油性だから落ちねぇぞ中々。もういいな?さっさと行っちまいな。」
「す、すいませんでしたぁ!!これあげるから見逃してくださいぃ!」
かませはひれ伏し、本間にマッキーを差し出す。彼の自慢のマッキーだ。
「いや要らねぇよ!そんなボロいの!会社行けば腐るほどあるわ!はよ行け!」
「か、カイシャってとこはそんなに凄い場所なのか?」
一連の出来事を見守っていた少女が、驚いた様に話に割って入るよう。
「ある意味凄い場所だぞ。そこ行かないと死ぬからな(社会的に)」
「し、死ぬのか!?そんなすごい場所で鍛えていたのか…」
「ひ、ひいいいい!!!」
少女が我社に対して少し違った認識を産むことになったが、かませは逃げるように森の中へ消えて行った。
「あーくそ。マジでなんだったんだおい…ニコチンとって落ち着きてぇぜ…」
「あ、あの…!」
「ん?なんだ?まだなんか用か?」
「おっちゃん…いや!英雄・コーカサスさん!憧れなんです!どうかうちへ来てくれませんか!?」
デウスペンは世界に1本の伝説のペン。これを持ち、使いこなしている本間。そんな彼の姿を彼女は、英雄・コーカサスと重ねた。
「んぁ?さっきの謎の説明でゆってたな…コーカサスってよ…残念だが俺ァ…」
「オチばあにも紹介しないと!お願いです!コーカサスさん!来てくれませんか?」
ぺこりと頭を下げる少女。実際は本間はコーカサスでは無いが、ここで打ち明けてしまうと正直可哀想に感じるし、まだこの状況を把握出来てない彼は、とにかく人の居る場所に出たいと言う思惑もあり、彼女のお願いに乗るのはお互いのメリットを感じた。
「あ、ああ!いいぞガキンチョ。でもな、ちょっと事情があって記憶を無くしちゃったんだ。出来れば、向かってる最中に色々と教えてくれないかな?」
「な、なるほど!だからなんもわかってなかったんだ…それは大変だ!分かりました!はやく行きましょう!」
ソワソワと急ごうとする少女。そんなか細い背中に本間は語りかける。
「お前そういや、名前聞いてなかったな。なんつーんだ?」
「モノっていいます!ばあちゃんはゲキオチ!オチばあっていいます!よろしくお願いします!コーカサスさん!」
「おお、ばあちゃんの名前までありがとな。俺のことは本間でいいよ。よろしくな、モノ。」
「はい!コーカサスさん!」
モノとコーカサス(35歳独身)は森を抜け、シャープボール王国に戻る。その際、モノから色々な情報を手に入れることに成功した。
端的に言うと、ここは天国ではない。別の世界だ。“異様にペンが大好きな世界”略して“異世界”だ。この世界ではペンが全てだ。ペンを持たざる者、人に在らず。何かを得たくばパンバトルで勝利せよ。
通貨の単位は“芯”。リンゴ1個買うのに5芯必要らしいが円換算すると、スーパーのリンゴが1個150円くらいなので、1芯=30円程度の価値がある。
そんなざっくりとした情報を得る本間であったが、暫く歩くと村に出た。大体の家が木造であある。道路なんてあるはずなく、馬車が走り、大体の人が食品を路上に並べて売っている。少し先には教会のような建物。やはり、ペン以外は完全に元世界よりも遅れている印象だ。
そんなRPGの最初の村みたいな場所の外れに、モノの家はあった。
「オチばあただいま〜!」
元気よく木製のドアを空け、中に入るモノ。10秒ほどで彼女は、オチばあと呼ばれてる老婆の手を引いて戻ってきた。
「オチばあ!この人!英雄コーカサスさんだよ!帰ってきたんだよ!」
オチばあと呼ばれる老婆は本間を見つめる。もしも違うことがバレたら大変だと彼は息をのんだが、彼女は頷き、頭を下げた。
「よくぞ、お戻りになられましたな。英雄よ」
「いえ、頭をおあげください。私、記憶を無くしていまして、今はもうただのおっさんですよ。」
「なんと…さぞかし大変だったことでしょう…。どうぞ、中へお入りください…。粗茶ですが、多少の菓子も用意できますぞ」
「では、お言葉に甘えて…」
仕方ないとはいえ、少女と老婆に嘘をつくのはやはり悪いことをした気持ちになるものだ。本間は菓子を口に入れながら、今後はどう生きるかとプランを練ることにした。
一一やっぱりこのペンどうすっかだよなあ…多分金になるだろうから売ってその金で生計たてるか、とっといてペンバトルで金稼ぐか…いやめっちゃやだなそれ。ガキの遊びで飯食ってくのか俺は。
デウスという切り札の最も有効な使い道を考えている中で、老婆が口を開く。
「英雄よ。今日はもう遅いでしょう。うちへ泊まっていっていださい。どうやら孫がお世話になったようですし、お礼をしなければなりませんしのう…」
「そうだよオチばあ!今日だって、前ゼブラに盗まれた万年筆を取り返してくれたし!」
「あんた!もしやまた1人でゼブラのアジトに乗り込んだのかい!?」
オチばあが声を荒らげる。まるで上司に部下が怒鳴られてる時の社内の空気のように、家の中に不穏が訪れる。
「だ、だってあれはオチばあが大事にしてた…」
「だからってね!あんな危険なとこ行っちゃダメだって何回も行ってたじゃろう!!あんたって子は!たまたま英雄様がいらっしゃったから助かったけど、あんたなんかが一人いったとこで…」
「わ、わたしはオチばあのことを思って行っただけなんだぞ!!」
涙を目にうかべ、怒鳴り返すモノ。その頬は真っ赤に染まり、今にも茹で上がりそうな勢いだった。
さすがに沈黙を貫くのは良くないと判断した本間は、怒鳴り合う2人に割ってはいる。
「ま、まあ落ち着きなって2人とも。ばーさんもこいつぁあんたのことを思ってな」
「外野はだぁーっとれい!!!」
老人の怒鳴り声は妙に迫力を感じる時がある。本間はタジタジとここに着く前に購入したタバコに火をつける。
「ぐうぅぅぅ……!!」
ぐぬぬと震えるモノ。何を言い出すかと思えばガキんちょに相応しいあの台詞である。
「オチばあにわからず屋!!こんのガサガサインク切れ!!もう出てってやる!!」
謎の罵倒語彙にお決まりの家出宣言を言い放ち、モノは家を飛び出す。行く宛てなんかある筈ないが、彼女はお構い無しに走り去って行った。
「.............」
「...................」
「.........................」
「おいどーすんだよばーさん。行っちまったぞ」
「英雄よ。先程の御無礼、お許しくださいま…ゴホッゴホッ!!」
「ほら、無理して怒鳴るからだ。茶でも飲んどけ」
オチばあにお茶を差し出す本間。彼の脳裏は、未だに罪悪感にいなされていた。それを抱えながら噎せる老婆の背中を見つめ、ついポロリと正体を暴いてしまう。
「ばーさん…俺本当は…コーカサスなんかじゃねぇんだよ…。英雄なんてガラじゃねぇ…ただの本間勘太郎。35歳だよ」
しまったと口を覆う本間に対し、オチばあの表情はにこやかだった。
「ほっほっほ…知っとったわい。英雄は煙草なんて吸わん。」
「じゃあなんで…俺に世話焼いてくれんだ?なんで俺がデウス・ペンシル・マキナもってんだ?」
「そんなもん知らんよ。ただワシはあんたを、愛する孫を救ってくれた英雄だと思っておるよ…」
「ばーさん…嘘ついてすんませんでした!このペンは明日どっかに売って普通に暮らします!ペンを弾いて飯食うのなんか…嫌なんで…だから今日だけは世話になります。」
理不尽な上司への謝罪の時と違い、精一杯オチばあに頭を下げる本間。そんな彼に、老婆はお茶を1杯啜りながら呟く。
「まあ、ここにいつまでいるかはあんたのすきにするといいが…そのペンを売っちまうのは…なんだか勿体ない気もするがねぇ…?なにかの運命で、お前さんのとこにやってきたに違いないだろうに」
「ふつーにデパートに売ってたけどねぇ…これ」
無意識にデウスを利き手で軽快にぐるぐると踊らせる本間。小学生の頃に習得したペン回しだ。
「まあ…とりあえず寝るか…やけに疲れちまった」
オチばあに用意された布団に転がり、直ぐに寝息をたてる。眠る直前、家出したモノの事を思い出したが、どうせすぐ戻るだろうと、特に心配すること無く、眠りについた。
**************
シャープボール王国の外れにある小さな村、ペンテル村の夜は治安の良い分、不自然なほど静まり返っていた。
そんな常闇の中でモノはひとり、地面にへたり込み、焦っていた。常闇のせいか、普段の道から知らずのうちに外れてしまい、完全に帰り道を見失ってしまったのである。
「どーしよ…こんな道あったっけ…??」
モノはおろおろと半パニック状態になりながら人を探す。まあ、こんな深夜に人などいるはずもない。もしいたとするならば、モノと同じような家出のガキンチョか、怪しい噂を耳にし、村に潜伏する“ゼブラ”のメンバー位なものだろう。
「嬢ちゃん。どーしたのかな?こんな夜中にひとりで」
「おじちゃん達人を探してるんだけどさ?黒いぴっしりとした黒い服を着て、胸に金色のペンを刺した30〜40位のおっさんを知らないかなぁ?」
「…….......….......!!」
モノは危険を察知し持ち前の瞬足で逃げようとするも、その先にまた3人程のガタイの良い男が逃がさんと構える。右に3人、左にもう3人。そして後ろにも3人。合わせて12人の男女が、モノを取り囲む。
「どーして逃げようとしたのかなぁ?」
「人探ししてるだけなんだけどなぁ〜おじちゃん達」
「教えてもらおうか…英雄の居場所を」
真っ赤な髪。赤の鎧、赤の肩パット、赤の靴、そして真っ赤なマッキー(細)をモノの前に突き出す全身赤でコーディネートされたゴロツキは、薄ら笑いを浮かべ突き出した赤ペンをモノのおでこに押し当てる。
カチッと言うボールペンのノック部分の音が鳴った直後、今度は全身青づくめの男と全身緑づくめの男が素早くモノの両腕を拘束し、青い方の男が青いペンをチラつかせながら彼女に囁く。
「俺達はゼブラの12神だぜ?へへっ大人しくしてもらおーか…」
「ゼブラの12神…!?」
その囁きを聞いたモノは青い方の男に負けないくらいに顔色を青く染め、そして大人しく奴らに従う事にした。家を飛び出した自分の愚かさと無力さを憎む。
「くっ…ごめん…オチばあ…コーカサスさん…!」
呟いたふたりへの謝罪の意は、静寂なる深夜の空間の中で潰れるように消えていった。
*************
本間の起床時間は朝の6時半。社会人であれば例え休日であろうともその身体には“6時半に起きる”という事が刻み込まれている。それは例え自分の住む世界が変わろうとも変わらないものだ。
「ん〜!……この世界やけに寝つきが良いんだよなあ〜あの木陰の時みてえによ…」
そんな異世界での寝心地の良さに関心するのも束の間、ある事に気付いた。
「あれ?ばーさんは?モノの奴も帰ってきてねーしよ」
オチばあとモノの姿がない。それだけならまだ川に洗濯にでも行ってるだけだろうとか、違った予測が出来たかもしれないが異変はそれだけではなかった。
「はあい♪マドマーゼル♪よく眠れたかい?」
家の居間に1人、優雅に茶を傾ける美青年が、オチばあらを探す本間に語りかけてきた。こいつこそが、異変のもうひとつの正体であることは、言うまでもなかった。
「誰だお前、ばーさんとモノはどーした?」
「僕はフリック。“ゼブラ”の鉄砲玉さ♪悪いけど少女と老婆は我々ゼブラが監禁している。帰ってきた英雄を匿っているからってね」
「英雄…!?てめぇなにいって…」
そうか、俺は今英雄のペンを持ってるのか。と本間は思い出す。つまり奴らの狙いを察知するのも早かった。
「なるほど。俺のペンが欲しいんだな?」
「ふふっそうさ☆マドマーゼル♪。」
お茶を優雅に揺らし、口に含むフリック。それから更に彼は続いた。
「この茶の間で僕とペンバトルをしたまえ。もし君が勝てば彼女らの居場所を教えよう」
また優雅に茶を口に含むと目の色を変え、フリックは呟く。
「もし僕が勝ったら、デウスを頂こう。マドマーゼル♪…さあ!僕の美しき紫に輝くペンを魅せてあげる!GO!フリクション!」
本間に向かって軽くウインクを飛ばすフリック。それに対し本間は、デウスを茶の間に置き一言だけ返す。
「お前、マドマーゼルの意味知らないだろ?」
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フリクション1.0mm(紫) レア度★★☆☆☆
攻撃力 ★★★☆☆
防御力 ★★★★☆
素早さ ★★★☆☆
回転力 ★★★☆☆
描きやすさ ★★☆☆☆
解説 話題沸騰!消せるボールペン!全てのボールペン業界に革命を産んだかと思いきや、履歴書やなんか重要な書類を書く時は大体シャチハタ同様にハブられてしまうので別に革命でもなんでもなかった。消えたとこが黒ずむ。
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「ぐああああああ!!あっつ!!あっつ!!ちょっ!!拭くもん!拭くもんないのかい!?」
吹っ飛ばされたフリクション(紫)は、フリックが優雅に回してた茶の中にぽちゃんと入り、その衝撃で零れた熱湯の水滴が、彼の手にふりかかった。
「おら、はやく教えろ。どこにいんだよモノとばーさんは」
「ふ、2人ともゼブラの本拠地に監禁されている…急ぐなら今だよ…奴らはもう時期に最終兵器を完成させんとしている…最後のパーツも揃ったしね…さあ、行くんだ…マドマ…あっ間違えたジェントルマン…?」ガクッ
そう言い残してフリックは気絶した。それを見届けた本間は、バサッ!とスーツを空中ではためかせる様に羽織り、いつもよりキツめにネクタイを締め、ゼブラのアジトへと向かう覚悟を決める。
「……あ!」
しかし、同時に本間は重要な事を思い出す。
「おいお前、俺ゼブラのアジトの場所わかんねえから案内しろや。なに名勝負の後に魂尽きたりみたいな感じで気絶してんの?勝負シーンすらカットされた癖によ」
「鬼かい君は!?」
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本間が冒頭で目覚めたあの森は“クレパスフォレスト”と呼び、ゼブラはそこから更に北にある巨大な廃城をアジトの拠点としていた。
廃城の下周りが見下ろせるあの広い場所で一人、大男が仁王立ちにて誰かを待ち構える。
「さあこい英雄よ。我が最強兵器で貴様を次こそ葬ってくれよう…!」
本間より10は歳を食っているであろう渋い顔付きに、右眼の眼帯。黒と赤と紫で彩られた鎧に、分厚い黒マントを纏うその姿は、まさしく“恐怖の大王”そのものだった。
「アクティオン大王様!英雄が森に侵入しました。如何致しましょう」
ゼブラの12神が1人、赤ペンのレッドと呼ばれるその男は、自らの王に、侵入者の報告を告げる。
「我らが王よ!討伐の御命令を!さすれば我らが12神が必ず奴を仕留め、英雄の生き血で染まったデウスを王に献上致しましょう。」
血走った眼差しでレッドは王に乞う。それに応えるように大王は頷き、12神と呼ばれるそれらに命令する。
「往けい!12神よ!英雄の一刺し、デウス・ペンシル・マキナを奪い取ってしまえい!」
その命令と共に、12人の男女が一斉に王の前に整列。そして口を合わせ一言。
「「「はっ!!」」」
一斉に城外へと走り、英雄討伐へと赴く12神。そんな恐ろしい光景に、奥で監禁されるモノとオチばあは、震えながらただ、本間を信じるしか無かった。
************
「この森を抜けりゃ、2人のいるアジトっつーとこにつくわけだな?」
「ふっそうさ☆それと同時に君の命運も尽くってね☆」
レベルの低いジョークに加え、腹立たしいウインクで挑発してみせたフリックに対し、デウスのペン先をその憎らしい頬に突き立て、軽く渦巻き模様を描いてみせる。
「ひっ!!ジョ…ジョークだよ!頭のお堅いジェントルマンだなあ」
「こいつほんっと腹立つな!!いいから黙って道案内しとけや!このかませナビが!」
「か、かませナビ…!?あんまりなネーミングだよ…」
そんなやり取りをしながらも、着々とアジトに近づいていた本間。そこで彼は、見覚えのある木を見つける。
「この木は…俺が気が付いたら寝そべってた…確か…千年樹とかいった木じゃなかったっけか?」
そう、本間が目覚めた大樹。彼のもうひとつの人生の始まりの地でもあるこの場所に、再び戻ってきたのだ。
しかし、そこに見覚えのない机が6つ。それぞれが小学校の給食班の時みたいにそれぞれがくっついて並んでいる。
普通なら不法投棄で通報するような案件であるが、この世界では机はその辺に転がっているので、特に気にはならなかったものの、隣にいたフリックの反応で一気に無視のできない案件である事に気付かされる。
「あ…アハハ!ハハハハハ!!終わりだよ英雄君☆まさか12神が揃ってお出ましとは…」
「あ…?なにいって…?」
本間が視線を前に向けた時、既に12人の屈強なる男女が、仁王立ちにて自身を待ち構えていた。
「英雄よ。悪いがここで死んでもらおう!」
「我らは大王、アクティオンに仕えし12人の神々なり!我らの挑戦を受けろ英雄、コーカサスよ!」
彼らの中心となるレッドが代表して、本間に宣戦布告。その為に机が用意されていたのかと理解する頃には、本間も自身のデウスを胸ポケットから抜刀するように引き抜き、6個に纏まった机の上に握り立ての寿司を並べる職人のようなスタイリッシュさを込めて置く。
続いて12人が一斉にそれぞれ違う色のカラーペンを机の上にジャラジャラと並べた。レッドがニヤリと笑い「さあ、始めようか」と一言。その不気味な笑顔に、本間はたじろぐ。
「え…?12本一気に来るの?」
本間の戸惑いに、レッドは口を開く。
「当然だろ?なにせ、1ダースケースに入ってた12色入のペンなんだからよ?」
「そう、私達は12人で一人。常に力を合わせて戦い続けたゼブラのヒーローなのよ♡」
一際目立つセクシーなピンク色に全身を包んだ女性が、青い奴に続いて語りかける。更に後ろでガヤガヤと笑いが起きる。その為にわざわざ机を6個も使ってフィールドをでかくしたのだろう。どうやら12対1は避けられならしい。
「さあ!勝負をうけろ英雄!!ぶっ潰してやっからよお!」
「ずるいだろそんなの…クソ…わかったよ!やるよ!やるからその馬鹿みたいな笑いをやめろ!」
半ギレ状態で条件を承諾するが、理由は反論に疲れただけではなかった。
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12色カラーペン レア度★☆☆☆☆
攻撃力 ★☆☆☆☆
防御力 ★☆☆☆☆
素早さ ★★★★☆
回転力 ★★★☆☆
描きやすさ ★★★☆☆
解説 その辺に売ってるカラーペン。大事な文章をマークしたり、尖った先の部分でメモを加えたりと受験生の味方。たまに妙なバリエーションを見せるが、筆箱にやたら色んな色のカラーペン入れる奴は偏差値が低いらしい。
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「このステータス…攻撃力が低すぎるぜ…正直、どんだけあろうが負ける気がしねえ。1人づつ相手する方がダルいし纏めた方が楽だぜ…」
「ふふっそれはどうかな?我がゼブラの連携術をみよ!青!緑!黄!桃!紫!五角形に陣を組めェい!」
「あらぁ〜♡もうアレをお見舞しちゃうのね♡」
「相手は英雄だ。遊んでる暇はない。」
怪しげなやり取りを行った後、青〜紫の5名が、丁度六角形にデウスを囲むように弾かれる。
「続いて黄緑!青緑!深緑!浅葱!翡翠!常磐!続いて配置につけェい!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
「いや後半緑系統ばっかだなおい!だから半分くらい森に同化してて空気だったのかな!?」
緑が多いのは作者の趣味だが、規則的に取られた配置は、別にアートの為でもなんでもない。まあ元々ペンは戦わせるのではなく、アートに使うものでもあるが。
「なんだ?綺麗に並べちゃって。バラけて時間稼ぎのつもりか?」
「ふん。我々はそんな小心者ではない。これは全てこの一手の為に設けられたものよ!!喰らえェい!!英雄よ!!必殺!12色の完成品ッ!!」
力強くレッドの人差し指から放たれた赤ペンは更に力強く青ペンの元へと往く。接触した青ペンは次に緑の元へ、更に緑が黄の元へ…!!それはまるでビリヤードの凄技プレイの如く、ペン同士が弾き合い、加速する…!!
そしてトップスピードに乗った赤ペンは、そのままデウスに突っ込む。1本の力は弱くとも、12本の衝撃を1本に凝縮した究極の一撃!!
バッチーーーーン!!!!
とてつもない轟音と共にデウスに直撃!!時速に換算すると73.2キロくらいだろうか、そのままデウスは吹っ飛ぶ!!このまま無惨に地に落ちるかと、誰もが確信していた。
「ば、馬鹿な…!?」
耐えていた。デウスはすんでのところで机の端の方で堂々と輝いていた。
「3800円舐めんなよ?その辺で売ってる100均共が…!」
この世界だからこそ許されるかっこいい捨て台詞と共に、力いっぱい人差し指でデウスを弾いた。鉄の重りでグイグイと加速するデウス。そしてそのまま、自身を追い込んだ赤を初めとする5色のペンを同時に弾き飛ばした。
「そ、そんな!?」
「同時に5つも!?」
赤、青、黄、桃、紫のペンは、無防備にもそれぞれを所持する12神の額に直撃する。
「いてッ!!」
「り、リーダー!!」
倒れ伏すレッドに、緑の奴が駆け寄る。
「ぐ、グリーンよ…お前が…やるんだ…が、合体を…お前らなら…できる…ぜ…」ガクッ
「なんでこの世界の奴って一々脆いねん」
気絶したレッドに背を向き、覚悟を決めるグリーン。彼は口を開くと一言。
「合体!!」
すると、彼の持つ緑のカラーペンが光り、それに吸収されるように他のペン達が集結する。その謎の力の正体は、異世界では必ず存在する者。無いとつまらないもの。ご存知魔法の力…!!
「な、なんだこいつぁ!!」
「まさか、これを使うことになるとはな!ゆけ!!最終兵器!!7色の巨神兵!!」
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7色の巨神兵 レア度★★★★☆
攻撃力 ★★★★★
防御力 ★★★★☆
素早さ ★★★☆☆
回転力 ★★★☆☆
描きやすさ ★★★☆☆
解説 12神達が追い込まれた時に魔法で産まれるペン。現実世界で言うと、複合ペンみたいな感じ。これ1本あればぶっちゃけカラーペンはいらない。
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緑、黄緑、青緑、深緑、浅葱、翡翠、常磐がひとつになり、巨大な1本のペンとなりて、英雄に立ちはだかる。巨神兵と英雄の激突…!!
「さあ行くぞ!!英雄よ!!引導を渡してやる!!」
がキーン!!バキーん!!ボカーン!!ズバッ!!ドゴオオオ!!
「す、凄い打ち合いだ…」
「いやなんでペン同士の激突にボカーンとか音鳴ってんだ!?」
両者譲らない究極の一戦!!かつてない強敵を前に、本間は流石に息がアガる。
「ハア…ハア…クソッ!」
長期戦になるにつれ、経験の浅い本間が押され始めていた。そして遂に、デウスはその身体の3分の1程度を宙に浮かせ、崖っぷちへと追い込まれた。
「万事休すだな英雄よ。大人しく降参し、デウスをゼブラに差し出すがいい。」
「クソ…ここまでか…?」
諦めようとした。思えば、大事な企画や局面にはなるべく関わらないようにし、永久平社員上等と地味に生き続けていた本間。今回なんて大役だ。くだらないが、英雄の代わりを任されるのだから。潔く寝返って、なんとかあの2人を無事に解放することだけでも交渉しようと心を決めた。その時だった。
--諦めるな…!
「だ、誰だ!?今の声は!」
突然本間の頭を駆け巡るテレパシーのような声。この声の正体を探るべく、辺りを見渡す。
--私はコーカサス。かつて英雄と呼ばれたものだ。
その声は、本間の持つデウスから発せられたものだった。どういう訳かデウスには、かつての英雄の思念が宿っていたのである。
「あ、あんた…!話せたのかよ!?じゃあいままでなんで黙って!」
--ペン解説しただろう。それより、ここからは私の指示に従うのだ。まずは、我が半身、デウス・ペンシル・マキナの宙に浮いた先の部分を下から持ち上げるように弾くのだ。思い切り弾くんだ。少しでは不利な状況は変わらないからな。
「あの解説お前がやってたのかよ!んで?やりゃいいんだな?下から持ち上げるようにっと…いやこれむずくねえか?」
「まさかこいつ…高等技術、《救いの手》をやるつもりか!?3分の1も既に出てるってのに!」
--お前ならば可能なはずだ。新たな英雄となりし者よ。さあ、やるのだ。
コーカサスに諭され、本間は初めて、一世一代の賭けを行うことを決心した…!
「やってやるぜ…見てろおらあああ!!!!」
バチコーーーン!!と大きく弾かれ、3m位垂直に飛ぶデウス。後は落下位置を祈るばかりだった。
--完璧だ、86度やや垂直。この角度でこそ、我が半身の威力は発揮される。さあ、技名を叫べ。高らかにな。
「く、喰らえ!!ほ…本間ボンバー!!」
コーカサスの予想通り、デウスは巨神兵の巨大なボディをやや垂直から突き刺す様に直撃。バキン!という乾いたプラスチックが破壊される音と共に、巨神兵はバラバラに砕け散り、その破片は机一帯に散りばめられた。
「お、俺達の巨神兵がああああ!!!」
無残に散っていった巨神兵の残骸を抱え、そのまま机に泣き伏すグリーン。それに続き、12神は皆、声をあげて号泣する。
「めっちゃ泣いてるんですけど…え、俺がペン壊したいじめっ子みたいじゃん…」
「謝った方が良いかもね☆あれは大事なものだから」
戦闘中空気だったフリックが謝罪を諭す。謝る義理はないが、ちょっとだけ可哀想に見えた為、本間は一言。
「ご、ごめんな?今度コンビニで買ってくるから…常磐色とかあるかわかんないけど…」
「英雄…!敵である俺達にすらも…!なんて懐の広い奴なんだ…」
自らを突破し、先へと進む本間のその背中に、グリーンは確かに英雄の風格を感じた。
*************
「おぬし…!英雄を呼びつけてどうするつもりじゃ…!」
囚われたオチばあは、恐怖に震えるモノを抱き抱え、アクティオン大王の背中に叫ぶ。
「…リベンジ。いや…かつて私を討ち英雄と評されたペンに、我が革新的兵器はどこまで通用するのか…ふふっ」
呟くように回答し、彼は懐からあるものを彼女らに見せる。
「そ、それは…!おぬしまさか禁忌に!?」
「新たな技術を禁忌と呼び封じ込め、発展のチャンスを避けてきた結果。我がシャープボール王国は完全に時代のおいてけぼりだ。隣国の三菱を見てみろ。既に沢山の新技術を取り入れ、今や西側と並ぶ大国の仲間入りだ。我々も禁忌を取り入れ、革命を起こさねばならない。」
「か、革命…!何する気なんだ!お前!」
震える声でモノは叫ぶ。すると、大王はマントをはためかせ、再び背を向ける。
「大国となるのだ!王国の富と禁忌の持つ技術!これを以てこの国を私が大国へと導くのだ!貴様を下してなあ!コーカサスよ!」
大王が問いかけるその視線の先には、デウス・ペンシル・マキナを右手に掴んだスーツ姿の男が一人。その漢の名は“本間勘太郎(35)”…!
「こ、コーカサスさん!!」
モノはオチばあの腕の中で英雄の名を叫ぶ。それに気付いた本間は、彼女に視線を落とし、ため息混じりに呟く。
「ヒロインがガキンチョとバーさんってモチベあがんねーぜ…。どーせならマミちゃん(本間が通ってるキャバクラのお気に入りの嬢)似の美女がよかったが…多分、今こいつらを助けてやれんのは俺だけなんだろうし、一晩世話んなった礼があるからなあ!」
バン!と予め用意されていた、巨大な机にデウスを置く。すると、デウスの中に存在するコーカサスの思念が大王を認識し、思い出した様に一言。
--お前は…!確か城下町の外れで馬車引きで生計を立ててた…あっくんとか呼ばれてた下っ端の…。
「ほう。そのペンの中には未だに、かつてのライバルの思念が残っていたとはな。久しぶりだな。コーカサスよ」
「いやお前ら大分認識に差が出てるぞ。てか馬車引きってこの世界でいうタクシーの運転手じゃねえか」
「貴様に敗れてから実に13年…。私はゼブラを立ち上げ、革命の刻を待っていたのだ。そして今、全ての準備が出揃った段階で…貴様が現れたものだからな。運命とは奇妙なものよ!」
軽快に笑い、どこか嬉しげな反応を見せる大王に対して、コーカサスの思念は神妙に呟いた。
--私はかつてのお前たちのボス、パイロットを討ち取り、その代償で私自身も力を使い果たし命を落としたが、新たな脅威に備え思念のみをこのペンに宿し、時空を破り異世界のある場所へと潜り込み新しい持ち主を待ちづつけていたんだ。そこで商品として売られ、当時はこの上なく絶望したが…今はそれで良かったと思えるよ。
--貴様という巨悪を討ち取れる。本間勘太郎という最高の相棒と共にな。
「お前…!」
本間とコーカサス。こうして会話するのは初めてだが、2人の歴史は中堅のお笑いコンビ位長いのだ。1人と1本。固く結ばれたその絆は、たとえ修正ペンだろうと書き消す事は不可能…!
「くだらん!ならばその絆ごと!私の新兵器で消し炭にしてくれるわ!!」
再び大王は懐からプラスチックのケースを取り出し、前の机に叩きつける。
バキーン!と派手に飛び散ったプラスチックの破片から、確かにその新兵器は姿を表した。
「おま…これ…コンパスじゃねえか!!」
「如何にも!これは人の手で描く事の出来ぬ“円”を創りし神具!コン・パース!」
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コン・パース レア度★☆☆☆☆
攻撃力(測定不能)
防御力(測定不能)
素早さ★★★☆☆
回転力☆☆☆☆☆
描きやすさ☆☆☆☆☆
解説 算数の授業の時に使う奴。鉛筆忘れた時仕方なくコンパスについてる鉛筆で一日を乗リ切らなければならない時があるが、最高に描きにくいので素直に隣の席の子に借りよう。
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「え!? アリなのコンパスとか!?」
「一応字が書ける場所があるからOKなんだよ☆これが、僕達ゼブラが地道に開発した禁忌の形さ!」
「なんだよその理屈!…てか忘れかけてた頃に出てくんなあかませナビ!もう用済みだからどっか行け!」
--なんてものを作ったのだ奴は…これは…何としてでも止めねばならない!先手を打て!相棒!
「なんで棒に棒呼ばわりされてんだ俺は!おら!これでもくらいやがれ!!」
キンッ!という金属音と共にデウスがコンパスに直撃する。しかし!今まで圧倒的な攻撃力で敵を葬ってきたデウスの一撃が、多少揺らぐのみであまり効いていない…!
「その程度か?英雄のペンの力は…次は私が打たせてもらうぞ!」
バッキーン!!という大きな金属音と共にデウスは吹っ飛ぶ!辛うじて生き長らえるも、その差は圧倒的にも感じた。
「これやばくねえか?勝てる気がしねえぞ…」
本間は早くも、絶望を覚えかけていた。英雄すらも太刀打ちできない。これが禁忌の力…!
指を弾くのに躊躇う本間。そんな姿にコーカサスは語りかける。
--とにかく、奴から離れるのだ。端に行き、時間を稼げ!それまでに対策を考えよう!
わかったと藁に縋る思いで本間はデウスを机の端へと寄せる。大王は呆れたように嘲笑し、コンパスを弾く。
「私のコン・パースより素早さと回転力があることを利用し、逃げ惑うつもりだな。馬鹿め!時間稼ぎなど無駄でしかないわ!」
デウスとコンパスの追いかけっこが続く!力ではコンパスが圧倒してるものの、スピードと飛距離ではペンであるデウスに大きく軍配が上がる為、中々捕えられずに時間だけが過ぎてゆく。
「おのれ…逃亡など恥を晒しおって!失望したぞ!コーカサスとその器よ!」
1時間位続いた追いかけっこに、先にしびれを切らしたのは大王の方だった。
「まだ早いと思っていたが、見せてやろう。コン・パースの第2形態を…!」
大王は右手をコンパスに当て、謎の呪文を唱える。すると…今まで閉じていた軸の部分と鉛筆の部分が最大にまで開き、より鋭利な物へと変化した。
「開いただけかよ!別に呪文唱えなくても出来るだろ!」
「ふん!軽口を叩ける暇はあるかな?」
大王がコンパスの軸部分を指で弾く。すると、今まで全くと言っていいほど回転しなかったそれが、見事に回転力を得て、格段に素早くなる…!
それは遠くまで逃げていたデウスとの距離を一気に詰め、おまけにその黄金のボディを軽く掠める。その圧倒的な力は、祈るような思いで見守るモノの目からでも一目瞭然だった。
「コーカサスさん…!負けちゃう…!」
震えるモノ。そんな彼女に。オチばあは優しく語りかける。
「英雄は…負けぬ」
勝ちを確信した大王は、ライバルの呆気なさに失望するように一言。
「…つまらぬ最期だった。次の一撃が、貴様の最期の一撃となるだろう。」
--確かにそうだな…ただし“最期”を迎えるのはお前だがな。
「これで…どうだ!!」
本間がデウスを弾き、近距離でコンパスの鉛筆部分に直撃する。
気合十分。力いっぱい人差し指から込められた一撃に、デウスは勢いよく当たっていくも、やはり大した効果は得られなかった。
「所詮…勢いのみか…くだらん…。終幕だ。コーカサスよ!!」
大王がコンパスに指を近付ける。百戦錬磨の英雄、デウス・ペンシル・マキナに引導を渡そうと指に力を込めたその時、とあることに気付いた。
「…!これは…!」
--やっと気付いたか。勝負は既に決している事にな。
「こんなことが…馬鹿な…!」
脂汗をかき、絶望に震える大王は、鬼の形相で本間を睨みつけ、吠えるように怒鳴りつける。
「折ったな!芯をおおおお!!!」
そう。直撃された鉛筆部分は、鉄の衝撃に耐えきれず無惨にも粉々にへし折れていた。
彼らの行っていることはあくまでも“ペンバトル”だ。コンパスは元々グレーゾーンではあったが唯一のペン要素であった鉛筆部分が機能を失ったことで、一気にソレはペンではなくただの異物。つまり戦う資格を失ったのだ。
--上手くできたようだな。相棒よ。
「ちょっと締まらねえ終わり方だけどなあ!」
コーカサスの閃きと本間の行動。13年という長い使用月日の長さが、この完璧な連携を実現させていた。
「ば、馬鹿なあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
突然の敗北に大王は大きく取り乱し、発狂する。長年準備し作り上げた計画が、この瞬間水の泡となったのだ。
「嘘だ…こんな!こんなことがああああああああ!!!!!!!!」
「うるせえよおっさん。いい歳して何してんだ。もう負けたんだから潔く大人しくしとけ!」
--大王アクティオン。その身はこの私が責任を以て王国が保有する監獄、“筆箱”に幽閉することにしよう。禁忌に触れたのだからな。
--そしてゆっくりと反省するといい。己の罪深さをな。
「…ふざけるな」
反省を諭された大王は、再び鬼の形相で本間らを睨みつける。その顔面は、力み過ぎて鼻血が垂れていた。
「ふざけるなあああああああああああ!!!!!!!!!!」
とんでもなく大きな声量で叫び、一同を驚かせる。そして再び懐に手を入れ、あるものを取り出す。
「こぉれを見ろ馬鹿共おおおおお!!!!この万年筆をなあああ!!!!」
「そ、それは!!」
「貴様…いつの間にワシの万年筆を…!」
「ぬははははは!!!ゲキオチよ!貴様の家を襲ったのは何も貴様を人質として貰うという目的だけではないぃぃぃい!!これだああ!!この万年筆をおおおお!!!!」
取り出した万年筆を掲げ、高らかに笑う大王。そんな狂気の姿にさすがの本間もたじろぐ。
「あれ確かモノが奪い返したっていう万年筆じゃねえのか?」
「実家を襲われた際、取られたのかもしれん…ワシは…寝ている最中に襲われたもので…よくわからんがのう…」
「実際に実家襲った奴がまた盗んだってことか…いつの間にそんな小狡いことしてたとはなあ!?」
睨みつけながら本間はフリックに視線を向ける。同時に、モノやオチばあの視線も彼に集まっていた。
「ひ…!?僕じゃないぞ!僕は君の相手をする為に残ったまでさ!だから許して!?ね?」
許しを乞うフリックから視線をずらし、オチばあと戻す本間。そのまま浮かんだ疑問を投げかける。
「また盗み返すってあれもこの世界じゃそんなすげえもんなのか?」
「あれは…かつての奴らの王、パイロットという男が使用していた物じゃ。英雄が没する直前、もう二度とこれが厄災を産まないようにとワシに預けたのじゃ…。」
「…だから…ゼブラはどうしてもあれを私達から奪おうとしてきたのか…。」
モノが初めてあの万年筆の正体を知るも、残念ながら万年筆は再び、新しい厄災へと渡ってしまったのだ。
「その通りいいい!!そして今からこの二本をおおお!!合体させるうううう!!!!!」
--貴様!合体だと!?馬鹿なことをするな!そんな危ないことをすれば、この国…いや!この世界が!
「構わんん!!私の天下とならぬ世などおおおお!!まとめて滅ぼしてやるぅぅううう!!」
本来の目的を忘れ、ただ己の意地だけで再び立ち上がる大王。その姿にはかつての堂々とした威厳はどこにも感じられなかった。
「教えてやるうう!!我がコン・パースの最終形態の力をなああ!!」
大王は万年筆をコンパスの鉛筆部分に思いっきり差し込む。無理矢理ねじ込まれた万年筆はギリギリと削れ、その姿はもはや、小学生が思いつくような歪に改造された文房具に他ならなかった。
--やめろ!それはあまりにも危険だ!そんな歪なものを弾いてみろ!取り返しのつかないことに…!
「だまれぇぇぇぇぇぇええイイ!!!!!」
コーカサスの忠告を無視し、思いっきりデウスを弾き飛ばす大王。しかし、その歪な形状から威力が殺され、寸でのところで止まった。
「死に損ないがああああああ!!!」
--いい加減に…
「しやがれコラアアアアアアアアア!!!!!」
1人と一本。声を合わせ、歪なコンパスに向かってゆく。今までで1番力の入った一撃。異形の巨体を地面に叩きつけるにはもう少し足らなかったが、鉄と鉄の強い衝突。それらが大量の火花を発生させ、散らばっていた鉛筆の破片に着火。そのまま机全体へと燃え広がる。
「うおっ!まじかよ!!」
急いでデウスを回収し、火柱から遠ざかる本間。その間際、火柱から逃れられずそれの餌食となったコンパスと万年筆の姿を確認した。
「わ…私のぉぉぉぉ…俺のぉぉぉぉぼぼぼくのおおおおおおおお!!!!兵器がああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
大王は再び発狂。自ら火の中へ飛び込み、コンパスらを拾いあげようとする。
「ぬぉぉおおおおおお!!!!!あついいいいいい!!!!!ぎゅうゆうおおっっっっっっこおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
大王の身に火が移り、それを消さんとばかりに大王は転がる。その行動が更に火の範囲を広げ、もはや消化不能の領域まで広がる。
「ペンバトルで森が火事って嘘だろ!!?ばーさん!モノ!早く逃げっぞ!まじであぶねえ!!」
本間に言われ、2人は彼の後に続く。あと何故かフリックも。もはや人のいない炎の中で独り、大王は狂ったように叫ぶ。
「勝負しろぉぉおおおお!!!!俺とぉぉおおおお僕とペンバトルするのだああああああああぁぁぁ!!!!!!ぐおおおおおおあついいいいいいいい!!!!!」
そんな彼の悲しき発狂を、コーカサスの思念だけは聞き逃さずに、遠くで暴れる彼に手向けの言葉を遺した。
--さらばだ。我がライバルよ…。
**********
森を抜けた一同は、糸が切れたように一斉にその場に倒れ伏した。ただし、モノだけは泣きながら本間に抱きついてきた。
「わああああああああ!!!怖かったよぉぉおおおおお〜〜〜〜コーカサスさんーーーー!!!」
「おいやめろガキんちょ!スーツに鼻水がつくだろーが!」
「ぐすっ…ごめんなさい…でも…勝ってくれたことがうれじぐで…!」
「俺に泣きつく前に、やることがあるんじゃねえのかい?なあ、ばーさんよ」
ひいひいと息を切らしてるオチばあに視線を落とす本間。モノはその視線を辿ったあと、ハッとなり、オチばあに向き直る。
「ごめんなさい…勝手に出てってごめんなさい…オチばあ…!」
「こっちこそ…怒って悪かったね〜でも心配だったものでねえ〜ごめんよ、モノ」
正式に2人は仲直りを果たす。そんなほのぼのとした雰囲気を眺めていたフリックが口を開く。
「うん!とても尊いじゃないか!少女と老婆の仲直りシーンとはね☆ここいらで僕らも新たな友情を刻みに…」
「なんでだよ!つーかなんでいんだよお前!!」
そんな4人のやり取りを、本間の胸ポケットに収まるデウスの肉体に留まるコーカサスの思念が見つめる。そして悟った。
自身の本当の最期がすぐそこまで来ている事に…。
--打ち明けなくては。皆に…私の正体を…。この身が天に昇る前に…。
覚悟を決めたコーカサス。彼は声を張り上げ、注意をこちらへと向ける。
--聞いてくれ!みんな!こんな和やかな雰囲気で言うのもなんだが…私はある事を皆に伝えなくてはならない…。
「あ?どーした?声なんて張り上げちゃってよ。相棒。」
--わ、私は…。
英雄・コーカサスは躊躇した。これを打ち明けて、果たして“彼女”はなんてはんのうを示すだろうか…。百戦錬磨の英雄が、吃り、声を震わせたのだ。そんな彼の様子を見かねて、オチばあが口を開く。
「伝えなさい…。コーカサス、いや“マトマ”よ…。」
--……!!
--……コーカサスとは、シャープボール王国における英雄を表す象徴のようなもの…。私の本当の名はマトマ。君の父親なんだ…モノ。
「……え!?」
--怖かった…。初めて君がゴロツキと共に走ってやってきた時。怖くて声が出なかった。妻を助けられず、実質的に捨ててしまい、母親に預けてしまい身がペンへと成り下がった憐れな男が父親だなんて知らされたら…きっと君は傷付くだろうって思ったんだ…。だから…。
彼が英雄呼ばれるようになった大戦最中、愛した妻を守りきれなかったこと。自身も生き延びることが困難となり、残った娘を母親に預けたこと。やっとの思いで打ち明けたマトマ。しかし、またしても声が出なくなる。暫くの静寂…それを打ち破ったのは、モノの一言であった。
自分を命懸けで守ってくれた、偉大なる父親への感謝の言葉。
「そっか…やっぱり…コーカサスさん…いや、とーちゃんはすごいや…!」
--……モノ…モノ!私は!君の父親を名乗っても良いのか!?こんな愚か者を…君の母親を救えなかったこんな愚か者を…。
「さあねぇ。但し、少なくとも今更そんな業を担いで、気にしているのは…あんただけだけどねえ…マトマ」
「娘守れたんなら立派じゃねえか。俺なんて35で独身だぜ?やべえよマジで」
--母さん…相棒…みんな!
「うん!やっぱり家族愛って言うのは美しいものだね☆」
「だから感動的シーンに出てくんじゃねえよ!」
「あうっ!!」
割って入るフリックの尻に蹴りを叩き込む本間。それをふくよかに眺めるオチばあ。嬉しそうに、そして誇らしげに涙を浮かべながら、マトマの思念が宿るデウスに笑いかけるモノ。
--そうか…私だけ…だったのだな…。
「そう…だから胸を張んなさい。英雄・マトマよ…。」
--充分だ…とっくに私は…救われていたんだ…。
デウスがより一層黄金に輝く。その光はやがてデウスと分岐し、光のみが天へと登ってゆく。
--ありがとう…相棒。私を買ってくれて…。ありがとう母さん…娘を守ってくれて…。ありがとう…モノ…。私を…誇りに思ってくれて…。
「とーちゃん…とーちゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
モノの叫びを最期に光は消滅した。英雄・マトマはこの瞬間、完全に天へと登っていった。
「…さあ往こうか…わしらの帰るべき場所へとなぁ…」
光を見届けた後、オチばあがそっと一同に告げる。本間は頷き、胸ポケットからデウスを取り出す。
「…モノ。」
「…え?」
「お前が持っとけ。お前の親父が、お前らを護ったもんだ。」
国を、娘を救った1本のペン。12歳ほどの子供には重すぎる代物。しかし、彼女が持つべきものだと本間は悟った。
「その代わり、この世界で俺はビジネスマンやっからよ、資金整うまで世話になんぜ?そいつは契約の証でもある」
「人のペンで、契約を持ちかけるなんて…とんだ悪徳業者じゃのう」
「でも、大歓迎だよ!おっちゃん!」
「この世界にもあんのな悪徳業者って単語…まあいい、よろしくな。消しゴム一家さんよ」
「あの…僕も一緒にいいかな☆」
「なんでだよ!?」
「あううううう!!!」
尻を蹴られたフリックの悲鳴と、祖母と孫の笑い声が、静寂な森の外れから幸せを乗せて響いてゆく。それはきっと天に昇っていった英雄にも届いたに違いない。
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シャープボール王国から更に東、周りが海に囲まれ、独自の文化を築き上げた一方、巧みな技術力から高い軍事力を誇り“名誉ある孤立”を掲げる小さな大国“三菱”を仕切る一人の男は、豪華な金色の袴を風に遊ばせながら、遠く西側の海を見つめ誰かを待つ。
「殿、報告に参りました。」
彼の背後に1人、従順な家臣が自らの王に重要な報告を告げる。
「西側の小国、シャープボール王国にデウス・ペンシル・マキナを巡って王朝と敵対組織、ゼブラが交戦。ゼブラは崩壊し、現在デウス・ペンシル・マキナは現在、王朝の管理の元、シャープボール王国のとある少女が持っているとのことです」
報告を受けた“殿”は家臣に振り返り、呟く。
「まさか、あのような小国に英雄の一振りが渡っているとはな…」
「如何致しましょうか、殿」
「暗部を向かわせろ。それと奴らに…これを持たせるのだ」
彼は袖から一本のハサミを渡す。但しそのハサミは、柄の部分にペンが埋め込まれている歪なものだった。
「我々、三菱が禁忌を利用し、生み出したこの書挟の試運転にちょうど良いであろう…」
不敵な笑みを浮かべる殿。平和を取り戻したシャープボール王国に、新たな脅威の足音がすぐそこまで近付いていた。
外出れなくて暇な時にペンバトルやってみてください。