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さよならにはまだ早い  作者: 岩本ヒロキ
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第2話

 昨日のヒナちゃんたちの話通り、渡辺君は次の日からは2限目が終わる頃にしか登校して来なかった。

こっそり登校しては「おはよう」と挨拶を交わし、照れ笑いをしてから職員室へ向かって行った。誰もそれを咎めたりせず、「入学した時からああだから」と原田は話した。

僕がこの学校に来てから、すでに数日が過ぎ、新聞部の6人で過ごす時間がどんどんと増えて行った。


 その日は、僕自身も市役所の手続きの関係で遅刻をした。

登校するとクラスはみんな体育でグラウンドに出ていた。静まり返った廊下を歩き、足音を殺し教室へと向かう。廊下の窓からはそれ見る事ができた。ドアを開けると、教室の窓から外を眺めていた渡辺君と目があった。

「今日はもう来てたんだ。行かなくていいの?今ならまだ体育間に合うんじゃない?」

 悲しい顔をして笑いながら、渡辺君は僕に振り返り、言った。

「秋月に口止めされてることなんだけどさ。ここだけの内緒にしてね。僕、こう見えて心臓が強くないんだ。いつ止まるか、分からないんだ。」

 

 いつものボサボサで長い髪に眼鏡の姿の彼の横に並び、グラウンドを見ながら話をした。

ヒナちゃんとは小さい頃は幼馴染であったこと。大きい病院に移るために転校をしたこと。秋月の実家が大病院であり、今でも渡辺君がそこへ通院をしながら学校に通っている事。職員室へはいつも出れなかった分の課題と病状の報告を行なっていた事などだ。

「本当は秋月、この学校よりもっと上のレベルの学校に行けたはずなんだ。入退院を繰り返す僕にね、秋月はわざわざ合わせてくれたんだよ。わざと志望校を内緒で書き替えてさ。あの時の秋月のお父さん、怖かったなぁ」

「僕に話して、大丈夫なの?」

「うーん。大丈夫じゃないのかな。僕はさ、自分の時限爆弾がいつ発動するかを知らないんだ。だから、毎日を後悔せずに全力で生きていきたい。僕からの敷島君へのお願い、その時まで、友達になって下さい。

 そして、ヒナを、秋月と一緒に、僕の知らないその先まで、最後までよろしくお願いします。」


 そう笑う彼の、上着の裾からは水色のカーディガンが顔をのぞかせた。

先輩のネックレスと同じ色。先輩が最期に会いたかった人。確証なんか全くない。けれど、もし僕が過去の時間に戻っているとして、今僕の目の前の人を先輩が想っていたのだとしたら。先輩の会いたい人はとっくにこの世から居なくなってしまっていたのではないか。だから、遺書をのこして居なくなった。そしてその後を追いかけた。

 そう考えた途端、寂しい感情の中に違う思いが込み上げた。なぜ、先輩に寂しい思いをさせてしまうような事になったのか。けれど、今目の前にいる彼もまた、自分に残された時間を必死に生きていた。僕にどうすることも出来なかった。


 それから僕は、吹奏楽部にも入った。ほとんどが女子部員だったけれど、秋月がいた。少しでも先輩のそばにいたい。10年後の先輩が彼を追いかけたことを知っているからこそ、どうしても離れたくなかった。

 あの、金具が全く壊れていなかった”僕に託された”ネックレスの意味はきっと、彼女の最期の思いだったんだ。そんな気がした。




 新聞部が部として発足したのは、今の新聞部のメンバーが入学した時からだそうだ。それまでホームページの全てを先生たちが管理していたそうだが、一部である学校行事や学校紹介、部活動紹介などは新聞部への一任となったそうだ。

 学校行事の報告記事の制作者に(柊)が多いのは、きっと昨日の話が原因なんだろうと気付く。

 『毎日を全力で生きたい』

 そう言った柊也を僕は応援したい。けれど、その思いを共有していたであろうはずの10年後のヒナちゃんが犠牲になる必要があったのか…そうか。

 【先輩は、柊也の事が好きだった】

 だから、先輩は柊也の後を追ったのか。

「柊也から体の話、聞いたんだってな。本人から聞いたよ。悪いがあいつの為にも内緒にしといてくれ。新聞部も吹奏楽も、両方で良かったのか?」

 柊也が登校する前の朝の教室で、席に座る僕のところに秋月がやって来てそう小さな声で呟いた。

「大変だろうとは思う、けど2人もいるわけだし。出来ればどっちもいたいと思うんだけど、秋月は嫌かな?」

 首を横に振り「ありがとう」と一言告げ秋月は席に戻っていった。


「秋月、あいつあんまり話さないだろ?まぁ、悪い奴じゃないからさ!仲良くしてやってよ。」と言った。

 この学校に来て二週間ほどがたち、日課となった昼休みの新聞部に今日は秋月とヒナちゃんの姿はなかった。4月に入学した新入生に吹奏楽への勧誘に行ったのである。僕は…まだまだ吹奏楽部員歴は2日である。勧誘に行けるほどのこの学校での経験は無い。ちなみに柊也は、この日は先ほど登校して来ていつも通りの職員室である。

朝の秋月とのぶっきら棒な会話を見ていたであろう原田らかのフォローであった。

「あいつさぁ、昔はもっと酷かったんだぜ?俺にすら話してくれなかったし。話しかけられるのもすっごい嫌そうにしてた。去年の冬くらいかな、あいつ急に吹奏楽部に入ってさ。それまではいっつも柊也といるだけで、教室でも何もしてなかったのに。それから俺とか、数人とは話すようになってくれたんだよ。」

 1週間前にあった入学式の記事をまとめながら、夏樹は語り出した。

「あぁ。吹奏楽に入るちょっと前からヒナとも仲良くなってたっけな。まぁ、ヒナと柊也、幼馴染らしいし秋月とも仲良くなるの、当然なんだろうけどさ。秋月、実のとこ吹奏楽の経験でもあったのかねl絵。詳しく教えてくれないから全くわからん。」

「私は、横野君とも、もっと仲良くなりたいかな。なんか、まだまだ壁を感じるっていうか、話しにくいなぁって思う」

 そう森岡さんは言った。

柊也の秘密を共有してるのは、柊也が言うに僕を合わせた4人だけだった。だからこそ、この二人が感じている秋月への壁を自分はとっくに乗り越えられているものだと勘違いをしていた。



 「すみません。横野先輩、いらっしゃいますか?」

 放課後。他の部員が新入部員の勧誘に出ている中、この学校での吹奏楽部員歴の浅い僕は音楽室にいた。周りを見渡しても僕以外の部員の姿はなかった。まだまだ吹奏楽部員そしての自覚が足りない僕ではあったが、声のするドアの方へと駆け寄った。僕が近づくのにつれ、その声の主の顔がだんだんと赤くなっていくのが分かった。

 僕がそのドアに近づくと、その子を支えるように後ろに2人が構えていた。秋月を訪ねて来たのは真新しい制服を着た一年生の3人組の女の子だった。

「ごめんね。秋月、今部活の勧誘に出ているから音楽室にはいないんだ。学校のどこかにはいると思うけど、急ぎの用?何かあった?」

 あの言葉数が少ない無愛想な秋月を訪ねてくるなんて珍しいと思いつつ、自分達の知らない秋月が知れるかもしれないという期待感で質問を投げた。この時間に来てから、分かりやすい反応を返してくれる柊也やみんなのまとめ役で世話役である原田とばかり一緒にいるせいか、気がつくといつも教室にいない秋月とは接点は多いものの、お互いがまだよく知らないままだった。見た目は良いのに多くを語らない。どれでいてもの静かだけれどいつもヒナちゃんのそばにいる秋月。なんだか秋月に対しては他の人とは違う感情が僕にはあった。他人とは思えない、でも、敵でもない。話して見たいとは思ったが、そのきっかけが見つからなかった。


「いえ…横野先輩いらっしゃらないなら…ね?どうする?聞く?」

 そう1人が話し出し3人が何やら議論を始める。僕の事を蚊帳の外にした議論は数分もたたないうちにまとまり、出た結論に僕は驚かされた。

「すみません。先輩は、横野先輩と仲良いですか?横野先輩、彼女いるかどうか知りませんか?」

 僕が想定していた内容をはるかに外れた回答が返って来た。そうか、今僕は高校生である、そういった青春の醍醐味の真っ只中に置かれているのである。いつの間にか、好いた惚れたとは遠い26歳の自分のままになっていた。この多感な時期である。先輩の思い人が知りたいと願った僕にしては臆病だ。そういえば、そういった話を聞いたこと無いなと気付く。むしろ、ヒナちゃんをはじめ、誰にも聞いたことはなかった。無粋なことだとは思いつつもあの柊也にも確認したことはなかった。全ては僕の憶測。

 そんな誰もが青春を謳歌する中で、秋月は物静かではあるが見かけはぞっとするほど良いのだ。それに加え、授業で見る限り運動神経や頭まで良かった。普段の無愛想な秋月を知らなければ、秋月はかなりの人気があるだろう。けれど、

「横野先輩、いつも山脇先輩といるから、そうなのかなって…気になって…」

 そうもう1人が話し出したくらいで僕は気付く。そうか、この子達、それが知りたかったのだな、と。


「秋月達は付き合ってないよ。多分、それで秋月には彼女もいない、と、思う。直接聞いてみなよ。」

 全ては憶測。むしろ、そうであってほしいという願望だった。

僕のみていた中で、秋月がヒナちゃんと柊也以外と一緒にいたところを見た事がなかった。話すところすらもない。ただの人見知りにも感じなかった、きっと何か理由があるのかと。僕はその理由が知りたかった。


 新入部員の勧誘から戻って来た秋月にはこの事は話さなかった。楽しそうに話すヒナちゃんの横で、まるで幼い子供を見るような優しい顔をした秋月を見て、この話はしない方がいいと思えた。そう言われたら、秋月は吹奏楽部の部活の最中、個人の練習時間以外はヒナちゃんから離れる事はなかった。僕がこの学校に来た時から、その2人の中に加わり教室、部活と3人が時間を共有するようになったが、それでも、僕よりも秋月はヒナちゃんと長く居続けた。

その理由。それが、きっと彼女たちの知りたくて知りたくなかった答えだと思う。



 吹奏楽部の練習が終わると、いつも柊也が玄関前の自販機で僕らを待っていた。雑誌を読んでいた柊也が、僕らの足音に気づき立ち上がり笑顔になる。そして、たわいも無い話をしながら学校からの帰り道を4人で帰る。気がつくとこれが毎日の日課になっていた。電車通学の柊也と秋月の2人と駅へ向かう道の途中で別れ、僕はヒナちゃんと2人になる。2人になったタイミングで問いかけた。

「ヒナちゃんはさ、好きな人いるの?」

 それは、ただの好奇心だった。それ以上でも、それ以下でもなく。

「ん?んー。わかんない。どうして?」

「ううん。なんでもない。なんとなく、聞いてみただけ」

 秋月と柊也を見てそう思ったなんて言えない。ヒナちゃんが2人の気持ちに気付いていなければいいのに。わかんないと答えたヒナちゃんの気持ちはいつ動いたのだろうか。10年後の僕の気持ちは、今でも生きている。けれどその思いは、今僕の隣で夕食の献立を楽しみに屈託無く笑う同じクラスの女の子に向けられているものではなかった。


 次の週、僕に秋月の事を尋ねてきた3人組は、吹奏楽部に入部した。



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