第七話 ずっと一緒にいたい人たち
「じゃあ西香お姉ちゃん!遊びに行ってくるね!」
「今日はアスレチック広場に行こうぜフェルくん!オレの家の近くなんだ!」
あれから商隊のバザーが出る日には毎回フェルディナントは街に入り込み、例の子どもたちと親交を深めていた。それを西香は手をひらひら「いてらさーい……」と送り出す。西香の商店には子どもたちの親が話を聞いたようで、これまでに何度かフェルディナント特性の治癒布を買っていってくれるようになっていた。
だからもう何度か取引をしているのだが、それでも西香の接客スキルはやっぱり最悪だ。
「それでキッズ達のおばさん、今日は何個買ってってくれるんですの?」
ここで無難にお母さんだとか、お姉さんだとか言えていればもう少し希望はあるのだろうが、西香にそんな気遣いは不可能である。ただ西香にも得意なことはある。それが今まさに試されようとしていた。
「ねぇそれよりも西香ちゃん、この布ね、この前私が料理している時に油がはねてやけどしちゃったの。それでこれ使ったらびっくり!すっかり治っちゃうんだもん!びっくりしちゃったわよ~。……でこれ、一体どういう仕組になってるの?旦那に話したら『魔法みたいで怖いな』って。ほら、おたくのフェル君っていつもフードを被ってるから……」
そういったキッズの親の一人が、別のキッズの親に「ちょっとまたそんなこと言って……」と諌められていた。この人は普段からそういうスタンスで喋ってしまう人のようだ。だが西香は表情一つ変えずに答えることが出来る。
「少し前に隣町に東方から来た薬屋さんがいましたの。なんでもその方、漢方とかいう東方の奥地に伝わる神秘的な薬方を使う方でしてね。その調合方法を教わって、そこで出来た薬液をこれに染み込ませてるんですの。わたくしにも細かい効能はわからないんですけど、東方のどこかじゃ流行ってるそうですわよ」
息をするように「言ったってネットも無い世界じゃどうせわからないでしょう」という気持ちで、西香は強気の嘘を付く。これがもし魔法で作られていると知ったら顔を隠すフェルディナントは真っ先に魔刻を疑われるだろう。だが西香の無駄に尊大な態度は一種の信憑性を生んだようだ。
その裏で……フェルディナントに小さな事件が起きていた。子どもたちとはしゃぎ回っていたフェルディナントは、楽しくなってフードが緩んでいることに気づくのが少し遅れてしまった。そこに強い風が吹いて、一瞬だけフードが取り払われかけたのだ。
急いで元に戻したフェルディナントだったが、子どもたちの一人の女の子がその一瞬を見ていた。
「フェルくん、銀色の髪がかっこいいね!でもどうしていっつもフードを被ってるの?フードを脱いでも大丈夫だと思うよ?」
魔刻についての知識はあるのやらないのやら、女の子はフェルディナントにそう持ちかけ、フードの中の顔を覗き込む。
「そういえばフェルくんってあんまりお顔見せてくれないね。どうして?」
たたみかけるような女の子の言葉にフェルディナントは顔をそらしてフードをぐっと目深に下げている。その様子を気づいた二人の男の子が近くに寄ってきた。これまでに親交を深めたことで知ったのは、その二人は兄弟であったということだ。
「どうしたんだよ?」
男の子の内、元気いっぱいのリーダー格の兄が声をかける。フェルディナントが接触のきっかけとなった泣き虫の弟も後ろからうんうんと頷いて様子を見ていた。女の子が「フェルくんの髪ってとってもきれいなんだよ、でもいっつもフード被ってるなぁって」と言うと、兄は周りを少し気にして、自分の声が他の誰にも聞こえないと認識したのか、女の子に教えるように言った。
「だって取っちゃいけないんだぜ、フェルくんは魔法使いなんだもん」
フェルディナントに冷や汗が流れた。兄弟はその事を知っていたのだ。それも、出会った初日に気づいている。弟の方が手当されていた時にフェルディナントの頬の奥に銀の筋のような物が走っているのを見ていたのだ。帰るなりそれがなんなのか親に聞いている。
「い、いつからそれを……」
泣きそうな声音に震えるフェルディナントの事を、兄はパンと叩いた。優しくを肩を、安心させるようにだ。
「最初の日からだぜ!でも安心しろよ!フェルくんのことは誰にも秘密にしてんだ!魔法使いの友達なんて最高にかっこいいもんなー!」
兄弟は親から「顔や額に銀の筋が入っているのは魔刻と言って、怖い存在なのよ」なんて教えられていたが、彼らは彼らなりに自分で魔刻を持った人間の事を調べていた。ドラゴンに変身することも、しない確率の方が高いことだって承知していて、自分たちの考えでフェルディナントを友達だと認識していたのだ。
「ぼ、ボクの事を知っても、友達でいいの……?」
「当たり前だろ!オレの弟を治してくれたし、フェルくんはかっこよくて優しいからな!」
弟もその言葉にうんうんと勢いよく頷いて、それを見たフェルディナントはその言葉を理解するなり、自然と涙を零していた。
「フェルくんも俺たちの事友達だって思ってくれてるだろ?」
「うん!」
彼らは商隊の日だけの関係ではあったが、確かに絆を深めている。今のフェルディナントの不安は、西香がいずれ元の世界に帰ってしまうかもしれないということだけだ。