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第五話 異世界の洗礼

 次の日。高い太陽にもあまり照らされないが、心地よい風が抜けるその木の小屋の軒先で、西香がこう言った。


「もうここに戻ることは無いでしょう。多分街でそれなりにだらだら生活を続けて、しもべを作ったら元の世界に帰る方法を見つけさせて、ぱぱっと帰ってしまいますので。ではボーイ、もう会うこともないでしょうが、ご達者で」


 フェルディナントはおずおずと送り出す。西香は街までの道はなんとなくで行けるということと、昨日の事もあって一人でこの小屋を出ることにしたのだ。


「あ、うん……でも何かあったら、またいつでも来てね……?」


「わたくし、こういったサバイバル生活にはアレルギーがありますし宗教上の理由で禁じられてるんですの。ですからよほどの緊急事態じゃなきゃこんなことしませんので。まぁあなたもそこそこ大変みたいですが、わたくしのような天上人と一日でも共に過ごしたことを糧に頑張りなさいな。それじゃ」


 玄関から出て扉を閉めようとする西香だったが、フェルディナントが少し声を大きく呼び止めた。


「あのっ、お、お姉ちゃん……お名前、聞いても良い?」


「あら。まだ言ってませんでしたか。わたくしは西香(さいか)。永遠の美しさと品を兼ね備える人、という意味のある名前ですの」


 その説明にフェルディナントは名前の通りの人だったんだと、とても感動したようだった。


「……西香お姉ちゃん……元気でね!」


「ボーイもですわよ」


 という挨拶をして。そして数時間後の事だった。


「ちょっとボーイ!!!」


 ほんの少し前に西香によって静かに閉められた扉が、今度は彼女によって勢いよく開けられ、同時に怒号が飛び込んできたのだ。


「わわっ、西香お姉ちゃんだ!おかえりなさい!どうしたの?」


「どうしたもこうしたもありませんわ!!どうなってるんですのあの街は!!!」


 怒りというか、焦りというか、西香自身が全く感じたことのない感情を吐き出せずにいるような溜め込んだ表情で騒ぎ立てているのをフェルディナントはカワウソのような小動物を撫でながら見守っている。


「ど、どうしたの?」


「あの街!わたくし!合わない!!!」


 フェルディナントは西香が落ち着くのを待って話を聞き出した。端的にまとめると、こういう話をした。


 まず西香は街で最も高級な宿に飛び込んだ。そこで受付の男を懐柔する。「わたくしお金ないんですけど、ここに止まりたいんですの。なんとかなりませんか?」……潤んだ瞳と上目遣いでの懇願は、これまで無条件に男を惑わせ、自らのファンに落とし込んできた実績のあるものだったが。


「すみません、当宿は予約制でして」


 などと、普通にあっさり断られてしまったのだ。これまでに西香が困っているという体で男に何かを頼んだ時に、断られたことなど一度もなかったのに。そして順に宿のグレードを落として回った。女性が受付の場所ではともかく、現実ではまず間違いなく成功する西香の懇願が、ただの一つも成功しなかったのだ。


 お腹が減ったらりんごを持って「これ美味しそうですわね」と言ってみる……それが現実ならたこ焼きを焼いているところを数秒じっと見つめればたこ焼き屋の親父は特大セットをプレゼントするのが当たり前なのに、ただ一つのりんごすらもらうことが出来なかった。


 日も暮だして、いよいよ焦った西香が言うことを聞いてくれない店の店員に言った。


「どうしてこんなに可愛いわたくしの言うことを聞いてくれませんの?!」


 すると店の親父は「うーん、まぁ」と西香の美しさをある程度肯定した上で、こう返したのだ。


「でも、お嬢ちゃん。確かに可愛いと思うよ?でもほら、他の人見てご覧よ」


 そう言って街を歩くモブ共に、西香は今日はじめて意識を向かわせた。


「お嬢ちゃんは可愛いけど、でもお嬢ちゃんにサービスしたらみんなにサービスしなきゃならなくなってしまうよ」


 親父が言ったのはつまり、街を行き交う女性がみんな可愛らしいということだ。そこにいる全員がヒロイン級である。言い直せば、西香はこの世界においては突出した美貌とは言えなかったのだ。みんな可愛いというキャラクター郡の一人……この街でそういう扱いを受けていたことに気付かされた。異世界とは得てしてそういうモノなのだ。


「恐ろしい……なんておぞましい!これがブスのいない世界!ひー!」


 騒ぐ西香の声を聞きつけて店の奥から親父の奥さんがひょこっと顔を出した。絵で書いたとしか思えないようなシワやシミが一つもない美魔女のような人で、その脇から顔を覗かせる娘もまた可愛らしくある。それを認識した西香はおばけでも目の当たりにしたかのように驚いた。


「う、うわー!みんな鼻くそ食べて死んじゃえー!!」


 西香はそんなセリフを残して街をあとにして、逃げ帰るようにフェルディナントの小屋に戻ってきたのだった。


「おぞましかったですわ……わたくし、こんなところでブスの存在価値を再認識するとは思いませんでした……やっぱり女たるもの、ちょうどいいブサイクのキープは必須なんですのよ……」


「は、はぁ……ちょっとボクにはわからないけど……」


 フェルディナントは苦笑しながら「今日も泊まっていく?」と優しく訊ねると、西香は観念したような感じで頷いた。


「異世界と言ったら転移者は無双が当たり前だと思っていましたのに……いえ、基本的に主人公はクズでしたか……ということは異世界と現実のステータスは反比例している……?あーん!何もかも完璧なわたくしでは特別な力が宿らないんじゃありませんの?!この神をもひれ伏せる可愛らしさですら!こんな扱いだなんて!」


「西香お姉ちゃんはとってもキレイだと思うよっ……」


「ボーイ!わたくしは地位と名誉とお金を持った秀麗な人間からの褒め言葉しか喜べませんの!せめてお金を持ってから言いなさいな!」


 フェルディナントは肩を落として「ごめんなさい」と、しょんぼりしながら手元の動物を撫でている。


「で。ボーイ。それはそれとして、その小動物はなんですの?カワウソ?昨日はいませんでしたよね?」


 その子を抱き掲げたフェルディナントが友達を紹介するように西香に見せた。


「うん、外で怪我しているのを見つけたんだ。それで治してあげたら遊んでくれて……」


「治す?それはまた。そんな知識があるんですのね。お医者さんになれるならわたくしのファンクラブ入会特典も付きますのに」


「えっと……でもボク、知識があるわけじゃないんだ。魔法で治してるだけだから」


「あらまぁ魔法。ほんと便利ですわね。街に出られたらお金になりそうですのに。まぁわたくし的にお金にならないことには興味ありませんので。それよりわたくしが現実に戻る方法ですわよ、ボーイ、何か心当たりはありませんの?っていうかその魔法でぱぱっと戻せませんの?」


「ぼ、ボクは無理だよ、ちょっとしたことしか出来ないし……本屋さんとかで魔導の歴史書とかからヒントを探す感じになるんじゃないかなぁ」


「げげー、それお金が必要じゃありませんの……ボーイはお金無いですもんねぇ。あぁっ、この世界じゃ貢物をいただくためのファンクラブ結成も難しいんじゃ……」


 ちなみに現実においての西香ファンクラブ結成の経緯は、西香が魅了した男性ファンが勝手にファンクラブを結成、西香の預かり知らぬところで勝手に集金システムが形成、西香が全く関知しないところで貢物システムもいつのまにか成立し、何もしないでもお金がガッポガポと入ってくるようになっていたという話なので、運営について何もノウハウは持っていない。


「うー!わたくしをちやほやしない異世界なんて……ちーっとも魅力無いじゃありませんかー!」


 こうしてどん底からのスタートを余儀なくされた西香は、一層現実への帰還を強く願うのだった。

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