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第四話 魔刻を持つ少年

「全く。さすが異世界……イベントには事欠かないということですわね」


 西香はガラの悪い男の落とした剣を放り捨て、フェルディナントの手を取って身を起こしてやる。その様子を見て、今度は男の方が西香を心配するかのような声でこう言ったのだ。


「おい、あんた……そのガキがなんなのか知らないのか……?」


「はぁ。何のわけがあるのかわかりませんが、わたくしにとっては大貧乏の可哀想で便利なボーイですわ。妙なことするんならわたくしの視界の外でやってください。さぁボーイ、あなたも……」


 一緒に街に行きましょう、とフェルディナントの手を引っ張る西香だが、その背後から屈強な男やプロテクターをこさえた女性ら数人がこちらに向かってくることが確認できる。彼らの表情は険しく、ともすれば怯えたようにすら見えるものである。西香はその表情を読み取れず、か弱い自分がガラの悪い男に絡まれているのを助けてくれようとしているのかなという程度に思っていたが、後ろからフェルディナントに勢いよく引っ張られたことで状況が一転した。


「お姉ちゃん!逃げなきゃ!」


「えっ?あら?」


 確かな足取りでフェルディナントは西香を引っ張って森の奥へ向かって進む。追手を躱すためにフェルディナントはある程度走った先で西香にぎゅっと全身で抱きついた。そこはちょうど森の中でも空が抜けている場所で、天空がよく見える。


「ちょ!いくらボーイだからってそれは全人類が許さない行……」


「喋らないで!舌噛むよ!」


 するとフェルディナントを中心に周りの木々を揺れ始めた。最初は外に広がる波紋のように、そして次は台風の目のように風が集まる。次の瞬間、フェルディナントは空高くへ上昇したのだ。


「いいいいいぃぃぃーーー?!」


 西香もフェルディナントにガバっと組み付いた。何メートル上昇したのかはわからない。でも最初に目を覚ました崖を見下ろすほどに飛び上がり、街も森もジオラマのようになっていた。


「ごめんねお姉ちゃん。とりあえずこうするしかなかったんだ。これからゆっくり落ちていくけど、大きな声は出さないでね、バレちゃうから……」


 どうやら昇るところまで昇ったようで、二人の体はゆっくりとゆらゆら滑空するように地上へ向かう。速度は緩やかで十分に話す時間があった。


「な、なんで浮いてるんですの?背中からジェットパックを生やすバカじゃあるまいに……」


「え?なんでって、ボクには魔刻があるから……」


「マコク?」


 するとフェルディナントは「ほら」と自分の額と頬を示す。そこには寿命を迎える電灯が明暗するように模様が浮き上がったり消えたりしている。フードをかぶっていたときには見えなかったものだ。


「これがあると魔法が使えるんだよ」


 西香は口をぽぁーっと開けて、「衣玖さんが聞いたら喜びそうですわ」と受け入れた。異世界にはありがちだと、いくつか見ていたアニメと同じような境遇を受け入れている。フェルディナントの方も西香が”何も知らない”事を受け入れ始めているのだろう。


「で、そんなボーイはなんでさっき剣を向けられてたんですの?」


 ゆらゆらと落ちる中で、先程飛び出した場所に人影が見えた。下方の森では何人かの武装者が捜索を続けているのが伺える。


「魔刻持ちは殺されちゃうんだ。人間じゃないから」


「はぁ。人間じゃないとはまた。妬みですの?はぁーやだやだ。やっぱりどんな場所であれ、他人を羨んで突飛なことをする方っていうのはいらっしゃるのね。浅ましいですこと。わたくしのファンのように素直にひれ伏せばいいのに」


 やれやれと肩をすくませる西香だったが、それにフェルディナントは俯いて首を振った。


「ううん、妬みじゃないんだ。魔刻を持っていると何かのきっかけで変身しちゃうんだよ、ドラゴンに……。昔は魔刻を持ってる人はたくさんいて、みんながしてたわけじゃないんだけど……でももう、今は見つけたら殺してしまおうってなってて……」


「はぇー、それでボーイも。ってか重っ……全然ときめかないタイプの異世界でわたくしびっくり……さすが異世界ですわね。世界観も場所によってガラッと変わるということですか……」


 これはもしかして美少女の友達だのなんだのと言ってられないのではないか、西香はそんな不愉快な思考にため息をつく。


「異世界……やっぱりお姉ちゃんは異界人なんだね?」


「まぁそうでしょうね。街で元の世界に戻る方法を探そうと思いましたのに、面倒なことになりましたわ。このまま街に突入できませんの?上からなら大丈夫じゃありません?」


「でも大きな魔法はそう何度も連続では使えないんだ。もし何かあって捕まっちゃうのも嫌だし……とりあえず今日はボクの家に案内するね」


「むむ……わたくし、もしかして子供とはいえ男の部屋に連れ込まれようとしています?」


「何を言ってるの?お姉ちゃん」


 地平線には沈んでいく太陽がオレンジの光を放ちだしている。西香は「オンボロな家だったり清潔なベッドがなかったらどうしよう、というか衛生上わたくしがいられる場所なんでしょうね?」なんて思いながら、やがて滑空で降り立ったフェルディナントの木の小屋の中に迎え入れられた。空から見ていた感じだと、最初に目覚めた崖の上からそう遠くなく、川の近くで傾斜の影にあって人目にはなかなかつかないであろう場所、という印象だった。


 西香はその小屋の様相にがっくりと肩を落とし、「お世話になるのは今日だけですわ……」と家にあがる。過ごせないほどに汚いわけではなかったが風呂などあるわけがなく、子供であれ自分の美しさに心を惑わせてしまうかもしれないと、西香は厳戒態勢(半径1メートルに男性接近禁止)で一夜を過ごすのだった。


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